34 / 41
第1話 だって、好きだから
しおりを挟む葉月家がある通りに出ると、道路脇に葉月の姿が見えた。
今日も早くて偉いな。
もう俺が居なくても一人で遅刻せずに学校行けるんじゃないかな……。
そんなことを思っていると、なにやら急かすように手招きをしてきた。
時間的にはまだ余裕がある。
なんだろう? と思い小走りで駆け寄ると──。
「あ~あ! 13秒遅刻~! ここ最近たるんでるんじゃないの? 5分前行動だよっ、レンくん!」
元、遅刻常習犯の葉月からお叱りを受けてしまった。
言っても5分前行動の時刻に13秒遅刻しただけだ。これじゃあ5分前行動の定義が問われてしまう!
「少しは大目に見てくれよ! 電車の時間には余裕で間に合うだろ?」
「だーめ! この13秒を許すとね、次は1分2分ってダラケていくんだから!」
「お、おう。そうだよな……」
「そうだよっ! だからあと5分早く来ること!」
「が、がんばる」
「まったくもう! いつからレンくんは遅刻するようになっちゃったんだか!」
葉月に言われると説得力があり過ぎて何も言い返せない……。反面教師、此処に極まれり。
でもそれだと、5分前行動の5分前ってことにならないだろうか。つまりは10分前? なんだかよくわからないけど。まぁ、いいか。
今はそれよりも……。
ちょっと、いや、だいぶ。目のやり場に困っている……。
ワイシャツという名の真っ白な薄い布切れが一枚……。至極健全な服装なのだが、葉月が着こなすとなれば話は別だ。
「きょ、今日はやけに薄着だな……」
「衣替えだよっ! レンくんっ!」
「そ、そうか。最近、あ、暑いもんな」
「ほんとだよー。登校するだけで汗だくにはなりたくなーい」
「は、ははは。早く冬になればいいのにな……」
蘇る記憶──。
恐れていた日がこんなにも早く訪れるなんて……。
衣替えという名の武装解除dayがやってきてしまった。
腕まくりされたワイシャツは第二ボタンまで開けられていて、それに合わせるように緩く掛けられたリボンがましゅまろの上に乗っている。
本来見えてはいけないものがリボンによって隠れているようで、そのチラリズムは見えるよりも遥かに健全な男子高校生のロマンを弄ぶ──。
さしづめ、特大ましゅまろを奉納せしめし、宝物庫を守る門番ッ!
しかし、駅までの道のりを並んで歩くとあら不思議! 門番がまったく仕事をしてくれない……!
正面からの攻撃には強いが真横から見下ろされるとめっぽう弱いとお見受けした!
って、冷静に分析してる場合か!
そんな、そわそわする俺のことなど露知らず、天然系女子代表、葉月選手が追い打ちなる一打を繰り出してくる──。
スンスンスン。スンスンスン。
おもむろに俺の体をスンスンしてきた?!
「ちょっ、な、なにやってんだよ!」
「……違う女の匂いがする」
え。え?!
「柔軟剤変えた? それとも同居人が香水変えたのかな?」
夏恋のことを同居人と言っている現在の状況は危機レベル5。最上位に位置する。
でもなにを言っているのかわからない。
夏恋のハーモニーを奏でるような妹と後輩女子の香りは今朝も変わらず普段通りだった。
自分の肩らへんをクンクン嗅いでみると衝撃が走る──。
一瞬にして昨夜の出来事が蘇る!
天使の翼が否応なしに脳内を侵食する!
そうか……! 昨晩、一張羅に着替えてそのままハンガーに掛けたから……。ゼロ距離ましゅまろホールドの残り香が付着しているんだ!
つまり俺は、歩きながらにして柊木さんの甘いスイーツのような天使の香りを撒き散らして居るのか……!
「いや。これは……。なんというか、その……」
なんて言えばいいんだ。
ていうか若干、怒っている感じがするのは何故だ……?
言葉が出ないでいると、葉月の表情がわかりやすくムッとしたものに変わる。
「レンくんは浮気者なのかな?」
「う、浮気?!」
「えーと。自覚なしはアウトだよ? わたしはなに? 彼女だよね?」
…………………………え。
俺と葉月はいつ付き合った?
いや、俺が彼氏になれるのなら、それはもう……。それはもう?
いやいや。いや! 違う違う!
「あのさ、レンくん。一週間延長コース契約したよね? 忘れちゃったのかな?」
あ! なるほど!
恋人ごっこの振りか!
まったく。一瞬持っていかれそうになったじゃないか!
「俺の目を見て! 浮気してるように見えるか?」
「え? ふざけてるの? いつからレンくんはそんな悪い子になっちゃったのかな?」
「ご、ごめんなさい……」
あれ……。なんだこれ。
恋人ごっこのリアル度が増している。まるで浮気現場を責め立てられるお昼のドラマ! 昼ドラ展開じゃんか!
「うんいいよ。ちゃんとごめんなさいできて偉いね! いいこいいこだよ。今回だけは許してあげるね」
と、言いながらバッグの中をガソゴソすると携帯用の消臭スプレーを取り出し、俺に吹きかけた?!
「ちょっ?! ゴホッゴホォッ」
そ、そんなに嫌だったのかよ……。いい匂いだと思うけどな……。
と、今度はピンク色の可愛らしいガラス細工のようなものを取り出すと、パカッと蓋を開けシュッシュッシュと俺に吹きかけた。
それが香水だとわかった時には──。
「えいっ!」
抱きついてきて体中をスリスリ。
「ちょっ、おっおぉ?!」
「匂いの上書きだよっ?」
なっ、なな?!
ゼロ距離ましゅまろホールドの上書き──!!
「あ、ありがとう。イイニオイダナー」
もはや勢いに押されお礼を言うので精一杯。
何に対してのありがとうなのか、言っていて自分でもよくわからない。
「どういたしまして! 次はないからね? もし次、また同じような匂い付けてきたら、わかってるよね?」
待って。葉月さん? 本当に待って?
今日の恋人ごっこは昼ドラちっくに楽しんじゃう日なの?
こ、怖いから!
でも、昼ドラならこんな時……。
「当たり前だろ。俺が好きなのはお前の匂いだけだ!」
こう言うに違いない!
どうだ! 葉月! 俺は勘違いせずにお前の期待に応えられるぞ! 昼ドラ展開だろうと立派に演じてみせる! なんてったって幼馴染だからな! ごっこ遊びなら任せろってんだ!
「わたしもレンくんの匂いが一番好きぃ!」
「へへっ。じゃあお互い好き同士ダナ!」
「うんっ! だぁーいすきっ!」
ほっ。良かった。
ごっこ遊びに満足したのか、葉月の顔には笑顔が戻っていた。
それにしてもこのリアル度はいったいなんなんだ? まさか契約コースによって変わるとか、そんなんじゃあるまいな……?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる