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第9話 いざ、ライオン使い二日目のステージへ!

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「……はぁはぁはぁああっ!」
 
 急げ。急ぐんだ。一秒でも早く家に帰って濃厚・・なトレーニングを積むんだ……!

 このままでは確実に、俺は死ぬ!
 ライオン界、最強にして王たる象徴。清楚系巨乳ギャルに命を刈り取られてしまう……!

 ボスから殺す発言を受けたあと、俺は超高速で十回うなずいた。……頷くほか、なかった。

 するとボスは優しく微笑み「物分かりが良くて助かるわ。これ以上、あずに近づかないと約束できるわね?」と、言ったんだ……。

 もう、意味がわからない。

 明らかにボスは何かを誤解している。だったらこの誤解だけはなんとしても解かなければならない! ……とは思うも、やはり俺の取る選択肢は当然の如く、超高速で十回、頷くのみ──。

 頷き過ぎて、首が取れてしまうかと思った。それくらいに全身全霊を込めて、イエスの意思を示してしまったんだ……。

 心底、自分が情けなくなる。
 言われのない汚名(ハレンチへの接近)を被せられて、あまつさえ命の危機に瀕しているのにも関わらず、意見することも、弁解することさえもできないのだから、極まってしまっている。

 ──全肯定のイエスマン。

 辛い……。と、昨日までの俺なら己の人生を呪い、泣き寝入りしている場面。……だが、今の俺は、もう違う!

 軽井沢さんの机を三度も蹴飛ばした男にして、我が家の凶暴なGカップ巨乳ライオンを付き従えし、新米ライオン使いだ!

 こんなの、なんてことないさ!

 要はハレンチに負けなければいいだけの話!
 
 思い出せ。朝のパンチラ三連撃を乗り切った奇跡を! あれほどまでに怯えていたパンチラを克服していただろ!

 ハレンチは然るべき訓練を積めば恐るるに足りないものなんだよ!

 だから積め。積むんだ。……トレーニングを積めぇぇええ! 

 現存する全てのハレンチを克服して、ボスの脅威から身を守るために!

 ──俺は走る!

「うっわぁぁぁああああ!」

 待ってろ楓! お兄ちゃん、すぐに帰るからな!






 ☆ ☆

 家がある通りに出たところで、自転車を漕ぐ母さんの後ろ姿が見えた。

 ま、まずい……!

 危惧していた、最悪の状況が脳裏を過ぎる。

 ──ワンコポーズの楓を母さんに見られたら、おしまいだ!

「母さん! 母さーん!」

 閑静な住宅街のド真ん中で、人目もはばからず叫びながら猛ダッシュ。もう、形振りなんて構っていられない!

 驚いた様子で立ち止まる母さん目指して猪突猛進。勢いのままに自転車のハンドルを強引に奪い取り──。

「あ、あの! トイレが、トイレが限界突破しているんです! 自転車を貸してください!」

 言っていることもやっていることも意味不明。
 いったいなにをしてしまっているのか、自分でもよくわからない。

 それでも、ここで止まるわけにはいかない!

「やんっ、ちょっと! 友也くん?!」
「すみません。俺、もう我慢できないんです!」

 気づいた時には母さんから自転車を奪い、跨っていた。

「あんっ。そんないきなりは困るわ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 謝りながらペダルを力強く、漕ぐ!

 ……母さん、ごめん。

 俺は息子である前に、お兄ちゃんだから。
 妹が羞恥の視線に晒されるのなら、それを守るのが兄の務め。

 楓はいま、クソッタレな自分と向き合い、前へ進もうとしている。その歩みを、ここで終わらせるわけにはいかないんだ!

「ごめんなさぁぁぁぁい!!」

 呆気に取られる母さんを背に、立ち漕ぎダッシュで家を目指す!

 待ってろ楓! お兄ちゃん、あと少しで着くから!!





 ☆ ☆ ☆

 ようやくをもってして、トレーニング会場(我が家)へと辿り着く──。

 玄関のドアを手にして深呼吸。

「……ふぅ」

 思い返してみれば、いろいろなことがあった。

 ドラッグストアでハレンチの襲撃を受け、アイスクリーム屋さんの前では殺害予告。そして、母さんの自転車を奪い取る愚行。

 長い長い旅路の終着点。
 けれども此処は、ゴールではなく始まりだ。

 俺には克服しなければならないハレンチが、あまりにも多過ぎる。

 特にハレンチTOP3の克服だけは早急に取り掛かる必要がある。

 『ハレンチ汗拭きシート』

 『ハレンチメロンソーダ』

 『ハレンチハンカチーフ』

 視覚や嗅覚を基準としたハレンチよりも、実際に触れてしまうもの──触覚を基準としたハレンチの破壊力は段違いだ。今日、身をもって体験したからな。

 とはいえ、凶暴なカエデライオン相手にこれらのトレーニングを行うともなれば、危険は避けられない。常に危険と隣り合わせと言っても過言ではないだろう。

 だから気合いを入れ直す──。

「すぅぅぅ…………」

 ライオン使い、始まりの呼吸。

「すぅぅぅ……………………」

 もたついていれば母さんが帰ってくる。自転車を奪い取ってまで作った時間を無に帰しては本末転倒だ。

「…………ハァァッ!」


 意を決して──新米ライオン使い、二日目! いざ参らん!!


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