顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた暴力系女子と疎遠になって六年──。俺は陰キャになり果て、彼女は清楚可憐なS級美少女に変貌を遂げていた。

おひるね

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11ー⑥

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「俺に負けたままで勝ったことにしちまっている負け犬花火はどこだぁ? どーこーだー?」

 常夏にしたり顔を向け、嫌味たっぷりに言ってみせる。

 それを見て、男子たちが一斉に常夏を指差す。

 「「「あーそーこー!」」」

「どこだどこだぁ? わっかんねえなあ! 負け犬過ぎて姿が見えなくなっちまってらぁ!」

 すぐさま女子たちが反論をする。

 「見苦しいわよ! あんたはもう負けているの! 花火ちゃんを負け犬だなんて、それこそ負け犬の遠吠えじゃない!」
 「花火ちゃん! こんなバカの言うことに耳を傾けなくていいからね!」
 「そうよそうよ! 見苦しいのよ! さっさと山に帰れ! この猿ぅ!」

 バカはお前らだよ。あいつはこんなんで勝って喜ぶような奴じゃねえんだよ。

 勝ち負けよりも、結果よりも、大切なもんがあんだろうがよ。

「おぉ~い? マケイッヌ・ハナービ~?」

 さらにわざとらしく言って見せて、教卓から小賢しくしている女子の机の上へと飛び移る。

「おっ、お前が常夏か?」

 机の上にしゃがみ込み、さらに顔を覗き込む。

「な、なにをしているのよ! こっち来んな! こっち見んな! この猿ぅ!」

 慌てて椅子から立ち上がる女子の姿を今度は机の上から、仁王立ちで見下ろす。

「ちっ。んだよ。常夏じゃねえのかよ。五月人形みたいな面しやがって。ぜんぜんちげーじゃねえかよ」

「なっ! こ、この猿ぅ! わたしのどこをどう見たら五月人形になるのよ! 今朝だってママに髪の毛巻いてもらったのよ! この溢れるキューティクルが見えないの?」

「はんっ」

 嫌味ったらしくも興味なさそうに鼻で笑い、さらにべつの女子の机へと飛び移る。

「おっ、お前が常夏か?」

 同じように机の上にしゃがみ込み、顔を覗き込む。

「ちょっ、チョット! 上履きのまま机に乗らないでよ! この猿ぅ!」

「おいおい? なんだよ? 五月人形の次は金太郎かぁ? ったくよ! 俺の可愛い可愛い負けイッヌ花火ちゃんはどこだってんだよ!」

「こ、この猿ぅー! どこをどう見たらわたしが金太郎になるのよ! 髪型のことを言っているのだとしたら、これはショートボブって言うの! 金太郎なんかじゃないんだからね!」

「はんっ」

 興味なさそうに鼻で笑い、さらに──。もうひとり。

「あ? 座敷わらしか、てめぇ?」

 「わ、わたしはNo2よ! 花火ちゃんの次席なんだから! あまり舐めた態度を取っているとお父様に言いつけるわよ! PTAの役員やってるんだからね!」

「と、座敷わらしが言っているけど、お前ら聞こえたかぁ?」

 「「「聞こえなーい!」」」

「だよなー! パッパや常夏の後ろ盾がないと粋れないような奴らの声なんて、俺らには聞こえねぇよなぁ!」

 「「「聞こえなーい!」」」

 そして巻き起こる翔太コール。

 「「「翔太! 翔太! 翔太!」」」

 
 「冗談じゃないわ! どうしてわたしが五月人形なのよ! この忌々しい猿が転校しないってどういうことよ!」
 「座敷わらしって言ったことを訂正しなさい! とっとと転校しなさいよ! 帰ってくんな! 帰れー!」
 「……金太郎。わたしだけ唯一、男の金太郎……。髪型じゃないとしたら、赤いポンチョかな? お小遣いを貯めて買った今季のトレンドなのに……。赤がだめだったのかな……酷いよ…………翔太くん……ぐすんっ」

 女子たちはよほど効いちまったようで、敵意を剥き出しにしていた。

 「「「おおおおおおおおお!」」」

 男子からは大歓声が巻き起こる。

 そして──最後は常夏の机の上を目掛けて大大大、大ジャーンプ!

「………………………」

 ったく。教室内はお祭り騒ぎだってのに、まだそんな冴えねー面してんのかよ。

 しゃあねぇな!

「おぉっと。こんなところに居やがったか! 負けイッヌ花火! ──ほら、よォッ!」

 果し状を叩きつけ、机の上から嫌味たっぷりに見下ろす。

 しかし、叩きつけた果たし状は床へと落ち、拾う様子さえもなく、
 椅子に座ったままでムスッとした表情で真っ直ぐと見上げてきた。

「……嘘つき。転校するくせに」

 なんだよ。普段はバカなくせして、どうしてこういう時だけ察しがいいんだよ。

「あ~、わかったぞ! 俺様に怖じ気づいちまったんだな? ごめんなさいをして敗北を認めるってんなら、寛大なる俺様の計らいのもと、今回だけ特別に見逃してやってもいいぜ?」

 すると次第にムッとした表情に変わると、勢いよく立ち上がり、椅子に乗ったかと思えばすぐさま──。俺が立つ、机の上に乗ってきた。

「バカ翔太! わたしがあんたなんかにビビるわけないでしょ!」

 そうだ常夏。それでいい。

「あ? ビってるようにしか見えねえぞ? 普段の威勢の良さはどうした?! 雑魚犬花火! こんなんじゃねえだろ!!」

「うるさい! バカ翔太! バカーッ!」

 いいぞ。もっとやれよ。俺を突き落とすくらい、力強くやってくれ。

 ほら、来いよ。ほら! 

 さぁっ!

「バカ……バカッ……バカ……」

 されども常夏から放たれるのは、猫ちゃんパンチ。

 なんなんだよ……。戦争を終わらせた責任でも感じているってのか? お前が感じる責任なんて、なにもないだろうがよ!

「痛くも痒くもねぇな! そんなに俺が恐いのか? そりゃ戦争に勝ったとはいえ、サシでの勝負は負け越してんもんなぁ? 結果が物語っちまってるもんなぁ? それじゃあ、しゃーねーよなぁ? あーあー、しゃーねーしゃーねー」

「うるさい。……うるさい!」

 まだ足らないか。だったら突き落としてやるよ。

「しゃらくせえ! 負け犬花火! 今日をお前の命日にしてやるよ!」

 言いながら、机の上から突き落とす。

 すかさず俺も飛び降りて、果たし状を拾い、尻もちをつく常夏に再度、叩きつける──。

 ──バシッ。

「ほらよ。地獄への招待状だ! 逃げるんじゃあねえぞ? 雑魚犬花火!」

 すると男子から大歓声が湧き上がる。

 「「「うおおおおおおお!」」」

 「やれっ! やっちまえ!」
 「やっぱ翔太はカッケーや!」
 「へへっ。俺たちの翔太は永遠なんすよ!」

「僕のそろばんは示している。翔太くん、そんなバレバレなツンデレはもう、やめようよ……。最後ならちゃんと、気持ちを伝えないとだめだよ……」

 対して女子からは、大ブーイング。

 「花火ちゃん! その猿に思い知らせてやって!」
 「わたしは五月人形じゃない! 謝れ! 謝れ猿ぅーッ!」
 「座敷わらしだなんて……。ひどい……。ひどいわ! 花火ちゃん! そいつの口を二度と聞けなくなるようにしてやって!」
 「金太郎ってひどいよ……。この中で唯一男じゃない。なんで……翔太くん。わたしだけどうしと金太郎なの……ひどいよ……ひどい…………」

 女子たちからのヘイトは十分過ぎるくらいに集まったな。これで四年生に上がっちまったら大変だが、鹿児島に行っちまうからな。……構うこたねえよ。

 此処での明日を気にする必要はねぇんだ。

 今の俺にとってこの場所は、限りなく自由な場所だ。

 明日も明後日もいらねぇ。欲しいのは今! この瞬間!

 だから来いよ、常夏!

 お前のために最高のステージを用意してやったぞ!


 けれども常夏は、果たし状を広げると──。

「……綺麗な字。……ねえ、本当に転校しないの?」

 なんなんだよ、まじで。
 本当にお前、どうしちまったんだよ?!

「あぁ、するわけねぇだろ」
「じゃあ今晩、うちくる? 特別にハンバーグ食べさせてあげる」

 ……常夏。何言ってんだよ。これから果たし合おうってときに……。

「おっ。なんだよ? 俺の勝利を祝ってくれるってのか? だったら御馳走にならねぇとな!」

 大丈夫。お前は今日、必ず勝つから。

「……なら、いいよ。戦ってあげる」

「おうよ! んじゃ、いつもの場所でお前を待つ! 逃げんじゃねーぞ?」

「……うん」

 まるで覇気が感じられない常夏を前にして、なにか大きな見落としをしているような気がした。

 それでも俺のやることは変わらない。他にできることなんて、なにもないから──。
 


 ごめんな。こんなやり方しかできなくて。

 湿っぽいのは俺たちの柄じゃないからな。



 俺はもっと、ずっと、
 お前と一緒に居たかった。

 こんな時間が続けばいいと思っていた。

 ──いつまでも続くと、思っていたんだ。

 なぁ、常夏。
 俺はお前が好きだ。大好きだ。

 だから最後は──。
 俺をコテンパンにやっつけてさ、勝利を掴んでくれ。そんで、とびきり最高の笑顔を見せてくれよ。

 んで、ちゃんと終わらせような。
 
 笑顔でお別れしような。
 
 だからそれまで、少しの間──。転校しないって嘘をつかせてくれな。







 +++

 嘘には二種類ある。
 人を傷つける嘘と、そうではない嘘。

 このときの俺は、後者だと思っていた。

 
 そうして六年後、決定的に後悔をしてしまう出来事が起こる──。

 もし一度。たった一度だけ、時間を巻き戻せるのなら──。迷わず、この日に戻ってやり直すことを選ぶ。


 ──最終戦績、一五六勝一五○敗。

 俺は負けることができなかった。

 このあと常夏に、五回も連続で勝っちまうんだ。


 忘れていたんだ。

 お前の元気ない面を見るのは、これが二度目ではなく、三度目だったことを──。
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