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アネモネ
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●「人間は足を切断してもその足が痛むのを感じるものだ。僕は君が葬られたらどこで痛みを感じるのだろう。」
彼女は独り言のように言った。
○「すごく痛いだろうね。けど、痛みを感じる部位は未だ発見されてないんだ。人はそれを心と呼んでいるよ。」
●「心は美味しいのかな。」
○「暖かいってよく聞くけどね。食べた人はいないんじゃないかな。」
後はご賞味あれ、とでも言いたげに、彼女は目を閉じた。
2か月前、僕はとある事件に巻き込まれていた。
いや、事件を巻き起こしたという方が正しいだろうか。
路地裏で見かけた1匹の猫が始まりだった。
綺麗な瞳をした猫だった。
右目は薄い藍色。
左目はアネモネのような深い紫色をした美しい猫だ。
この瞳は不思議な魔力を持っていた。
この瞳をどうしても僕の傍に置いておきたくなった。
そして同時に、今を逃せば二度とこの瞳に出会うことはないだろうと僕の直感が告げていた。
必死になって追いかけ回すこと30分。
ようやく捕まえた。
よく見れば薄汚れた猫だった。
こんな汚い器に似つかわしくない美しい瞳だ。
なんて勿体ないんだ。
僕が相応しい器を探そうじゃないか、
それまで、僕が代わりの器になるよ。
左目に走る激痛は凄まじかったが、得もいえぬ高揚感と多幸感が簡単に勝った。
右目も…と考えたが、僕が視界を失えば器を探すことができないと気づいたので、大切に保管することとした。
僕は空っぽの器と猫の瞳を家に持ち帰った。
なぜだろうか。
これほど汚い器であるのに、器を見ると、左目の涙が止まらない。
この瞳は悲しんでいるのだ。器から離れることを。
そうか、それならば。
この器を僕が取り込もうじゃないか。
そうすれば器は僕で僕は器だ。
悲しむことは何も無い、そうだろう?
腹を割き、内蔵を取り出して頭を切り落とした。
食べるのに困りそうな大きな骨を取り除いたあと、四肢を切り落とした。
オリーブオイルとニンニクを加え、香りと焼き目を付けた。
ソースは赤ワインを主とした凡庸なものをかけて食べた。
正直、悪くはなかった。
味の話ではなく、理解の話だ。
自分とは全く別の他の生物を完璧に理解することは難しいが、自分に取り込むことで、それは自分の一部となる。
猫に特別な感情を抱いたことは無かったが、不思議と、猫に対する見方も考え方も大きく変わったように思えた。
さぁ器を探しに行こうか。
器と言ってもその種類は凄まじい。
まずはどの生物を選ぶのかということだ。
なんて考えてはいるが、実は自分の中で有力候補は決まっている。
僕はどうも野生生物が苦手だ。
見るからに汚らしい。
近しい理由で、人間の男性も苦手なのだが。
よって、難しいことを考えなければ、器に相応しいのは、人間の女性だと言えるだろう。
1人目はあっさり見つかった。
援助交際目的の女子高生。
正直、器として相応しい生き方はしていない。
援助交際には慣れている様子で、男と粘膜で接触する機会は多くあったと考えるのが妥当だろう。
考えただけでも気持ち悪い。
しかし、器にすることは簡単であった。
少し連絡を取れば警戒心を緩め、僕の家まで来た。
事に及ぶ素振りを見せ、首を絞め殺した。
改めて見ると、見た目はとても美しいがどうだろう。
まずは1度、瞳を入れてみようか。
…美しいのは美しいさ。
しかし、肉体にこびりついた汚らしさはどうも拭いきれていないようだ。
すぐに瞳を引き抜いた。
そしてすぐに食べた。
理解し得ないものを理解した感覚が忘れられなかったのであろう。
何となくであるが、理解できた気がする。
この女にはこの女なりの生き延び方があったのであろう。
食べ終えた今なら、愛おしさすら覚える。
しかし、人間の調理というのはどうも大変だ。
過食部ではない臓器や骨が多すぎる。
処理に迷ったが、臓器は全てしっかりと加熱処理を施した後、細切れにして公園のトイレで流すことにした。
骨は細かく砕いて同じく流す。
深夜の公園に来た。
すぐに事を済ませて帰ろうと思っていたが、そこには先客がいた。
星空よりも暗い髪に、白雲よりも白い肌。
瞬時に気がついた。
この子が最高の器であることを。
この子はどこまでも美しい。
それなのに目だけが美しくない。
なんだその死んだような光のない目は。
それだけ美しい器を持っていながら。
僕がその器を輝かせてあげよう。
そこからは簡単だった。
女の住所の特定、一日の行動の把握、パートナーの有無。
どうやらこの女は、一日部屋に籠り、夜になると公園に出てきて夜空を眺めるという一日を送っているようだ。
パートナーもいなければ、この1ヶ月友人の1人とも会わず、外に出てもコンビニに行くか公園に行くかだ。
彼女を拉致し、器にした後に瞳を入れる予定だ。
決行は今日。
僕は、無事彼女を拉致することが出来た。
正直、この公園には人気がないこともあったが、勢いで拉致し、口を塞いで刃物を突きつけるというだけの浅はかな計画だ。
これほど簡単に成功したのは、彼女が叫び声1つ挙げず、抵抗1つしなかったからであろう。
不気味な女だ。
3日後、
女は身動きができない状態で僕の家に監禁している。
大声は挙げないと判断したため、口元のガムテープは外してある。
○「ねぇ…これから私をどうするつもり?」
○「ぐちゃぐちゃに犯して殺す?」
○「お金目的ならやめた方がいいよ。私、家族も友達もいないから。」
この女の中身なんて興味はない。
話す気はさらさらなかった。
○「ねぇ。お話しよ。」
○「私は夜が好きなんだ。永遠に夜のまま、この世界には朝が来ないんじゃないかって思えるから。」
○「宇宙の始まりはビッグバンって言うでしょ?正直私は意味が分からないの。じゃあその前は?って無だったってこと?無があったって矛盾してない?って私は思うの。」
この女の話は比較的面白いと思えた。
初めて人とまともに会話をした。
初めて人を愛おしいと思えたかもしれない。
正直先延ばししていたさ。
2週間もこの女を生かしてしまった。
でももう時間が無いんだ。
昨日、警察が家まで来た。
確実に目星を付けられている。
それまでに器を完成させなくてはいけない。
●「なぁ。」
○「何?」
●「いや、何でもないんだ。」
○「何さ?変なの。」
●「ごめん。」
○「いいってそんなこと。たくさん退屈を紛らわしてくれたんだからさ。」
僕は彼女を絞め殺した。
美しかった。
彼女の左目から漏れる赤い涙はどうしようもなく美しかった。
僕の右目から漏れる涙はどうしようもなく暖かかった。
彼女は独り言のように言った。
○「すごく痛いだろうね。けど、痛みを感じる部位は未だ発見されてないんだ。人はそれを心と呼んでいるよ。」
●「心は美味しいのかな。」
○「暖かいってよく聞くけどね。食べた人はいないんじゃないかな。」
後はご賞味あれ、とでも言いたげに、彼女は目を閉じた。
2か月前、僕はとある事件に巻き込まれていた。
いや、事件を巻き起こしたという方が正しいだろうか。
路地裏で見かけた1匹の猫が始まりだった。
綺麗な瞳をした猫だった。
右目は薄い藍色。
左目はアネモネのような深い紫色をした美しい猫だ。
この瞳は不思議な魔力を持っていた。
この瞳をどうしても僕の傍に置いておきたくなった。
そして同時に、今を逃せば二度とこの瞳に出会うことはないだろうと僕の直感が告げていた。
必死になって追いかけ回すこと30分。
ようやく捕まえた。
よく見れば薄汚れた猫だった。
こんな汚い器に似つかわしくない美しい瞳だ。
なんて勿体ないんだ。
僕が相応しい器を探そうじゃないか、
それまで、僕が代わりの器になるよ。
左目に走る激痛は凄まじかったが、得もいえぬ高揚感と多幸感が簡単に勝った。
右目も…と考えたが、僕が視界を失えば器を探すことができないと気づいたので、大切に保管することとした。
僕は空っぽの器と猫の瞳を家に持ち帰った。
なぜだろうか。
これほど汚い器であるのに、器を見ると、左目の涙が止まらない。
この瞳は悲しんでいるのだ。器から離れることを。
そうか、それならば。
この器を僕が取り込もうじゃないか。
そうすれば器は僕で僕は器だ。
悲しむことは何も無い、そうだろう?
腹を割き、内蔵を取り出して頭を切り落とした。
食べるのに困りそうな大きな骨を取り除いたあと、四肢を切り落とした。
オリーブオイルとニンニクを加え、香りと焼き目を付けた。
ソースは赤ワインを主とした凡庸なものをかけて食べた。
正直、悪くはなかった。
味の話ではなく、理解の話だ。
自分とは全く別の他の生物を完璧に理解することは難しいが、自分に取り込むことで、それは自分の一部となる。
猫に特別な感情を抱いたことは無かったが、不思議と、猫に対する見方も考え方も大きく変わったように思えた。
さぁ器を探しに行こうか。
器と言ってもその種類は凄まじい。
まずはどの生物を選ぶのかということだ。
なんて考えてはいるが、実は自分の中で有力候補は決まっている。
僕はどうも野生生物が苦手だ。
見るからに汚らしい。
近しい理由で、人間の男性も苦手なのだが。
よって、難しいことを考えなければ、器に相応しいのは、人間の女性だと言えるだろう。
1人目はあっさり見つかった。
援助交際目的の女子高生。
正直、器として相応しい生き方はしていない。
援助交際には慣れている様子で、男と粘膜で接触する機会は多くあったと考えるのが妥当だろう。
考えただけでも気持ち悪い。
しかし、器にすることは簡単であった。
少し連絡を取れば警戒心を緩め、僕の家まで来た。
事に及ぶ素振りを見せ、首を絞め殺した。
改めて見ると、見た目はとても美しいがどうだろう。
まずは1度、瞳を入れてみようか。
…美しいのは美しいさ。
しかし、肉体にこびりついた汚らしさはどうも拭いきれていないようだ。
すぐに瞳を引き抜いた。
そしてすぐに食べた。
理解し得ないものを理解した感覚が忘れられなかったのであろう。
何となくであるが、理解できた気がする。
この女にはこの女なりの生き延び方があったのであろう。
食べ終えた今なら、愛おしさすら覚える。
しかし、人間の調理というのはどうも大変だ。
過食部ではない臓器や骨が多すぎる。
処理に迷ったが、臓器は全てしっかりと加熱処理を施した後、細切れにして公園のトイレで流すことにした。
骨は細かく砕いて同じく流す。
深夜の公園に来た。
すぐに事を済ませて帰ろうと思っていたが、そこには先客がいた。
星空よりも暗い髪に、白雲よりも白い肌。
瞬時に気がついた。
この子が最高の器であることを。
この子はどこまでも美しい。
それなのに目だけが美しくない。
なんだその死んだような光のない目は。
それだけ美しい器を持っていながら。
僕がその器を輝かせてあげよう。
そこからは簡単だった。
女の住所の特定、一日の行動の把握、パートナーの有無。
どうやらこの女は、一日部屋に籠り、夜になると公園に出てきて夜空を眺めるという一日を送っているようだ。
パートナーもいなければ、この1ヶ月友人の1人とも会わず、外に出てもコンビニに行くか公園に行くかだ。
彼女を拉致し、器にした後に瞳を入れる予定だ。
決行は今日。
僕は、無事彼女を拉致することが出来た。
正直、この公園には人気がないこともあったが、勢いで拉致し、口を塞いで刃物を突きつけるというだけの浅はかな計画だ。
これほど簡単に成功したのは、彼女が叫び声1つ挙げず、抵抗1つしなかったからであろう。
不気味な女だ。
3日後、
女は身動きができない状態で僕の家に監禁している。
大声は挙げないと判断したため、口元のガムテープは外してある。
○「ねぇ…これから私をどうするつもり?」
○「ぐちゃぐちゃに犯して殺す?」
○「お金目的ならやめた方がいいよ。私、家族も友達もいないから。」
この女の中身なんて興味はない。
話す気はさらさらなかった。
○「ねぇ。お話しよ。」
○「私は夜が好きなんだ。永遠に夜のまま、この世界には朝が来ないんじゃないかって思えるから。」
○「宇宙の始まりはビッグバンって言うでしょ?正直私は意味が分からないの。じゃあその前は?って無だったってこと?無があったって矛盾してない?って私は思うの。」
この女の話は比較的面白いと思えた。
初めて人とまともに会話をした。
初めて人を愛おしいと思えたかもしれない。
正直先延ばししていたさ。
2週間もこの女を生かしてしまった。
でももう時間が無いんだ。
昨日、警察が家まで来た。
確実に目星を付けられている。
それまでに器を完成させなくてはいけない。
●「なぁ。」
○「何?」
●「いや、何でもないんだ。」
○「何さ?変なの。」
●「ごめん。」
○「いいってそんなこと。たくさん退屈を紛らわしてくれたんだからさ。」
僕は彼女を絞め殺した。
美しかった。
彼女の左目から漏れる赤い涙はどうしようもなく美しかった。
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