ラプンツェルの片思い

ゆん2022

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王位の簒奪②

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厳しい箝口令が敷かれ、初夜の儀の真実は外には漏れなかった。
アレックスは気丈に普段通りにふるまった。日中は、王太子の務めを淡々と果たし、家族の晩餐の席には着かずに神殿に向かう。女神像の前に跪き、夜通し祈りを捧げる。
エディットは、部屋に引きこもったままだった。食事も入浴も、身の回りのことはすべて侯爵家から連れてきた侍女に任せ、毎日のように訪ねてくる母親以外、誰にも会おうとはしなかった。
日に日にやつれていく兄に、まったく顔を見ることがなくなった義姉に、何も知らされないレオンハルトはただただうろたえた。イボンヌは何かを察したようだったが、口に出すことはなかった。
国中が歓喜に包まれた夜から一転、翌朝から王宮には張り詰めた異様な空気が漂っていた。

婚姻の日から、2か月ほどが過ぎた。最近はアレックスも落ち着いたらしく、晩餐に顔を出すようになっていた。その日はたまたま、近頃公爵家の領地で力を入れているワインの新酒を届けるために登城していたイボンヌも、レオンハルトと共に晩餐の席に着いた。エディットの姿が無いのはいつものことで、誰も話題にはしなかった。
順調に食事は進み、あとはデザートを残すのみ、というタイミングで、食堂の扉が開く。今日も来ていたらしい母親の腕に手を添え、侍女を一人従えたエディットが、ゆっくりとした足取りで入ってきた。食卓に座るイボンヌの姿に驚き、一瞬鋭い瞳で睨みつけたが、何事もなかったかのようにアレックスのもとへ向かう。
こわばった表情を浮かべながら、それでも妻を迎えるために立ち上がった夫に向かい、にっこりと微笑みながらエディットは告げた。

「殿下。お喜びください。尊き御身の、お子を授かりました」

思いもよらない言葉に、凍り付く王と王妃。驚きながらも喜びに顔を輝かせ、祝いを述べようとアレックスを見上げたレオンハルトが、椅子を蹴倒して立ち上がった。
「兄上!」
アレックスが、まるで糸の切れたマリオネットのように、膝から崩れ落ちてうずくまったのだ。駆け寄って抱き起した兄は、血の気の失せた白い顔で意識を失っている。王と王妃、控えていた侍従も駆け寄り、大声で護衛を呼ぶ。小さな悲鳴を漏らしたイボンヌは、それでも冷静に、己の侍女にすぐに侍医を呼ぶように命じる。慌てて駆け込んでくる護衛騎士と、駆け出す侍女。騒然とする食堂で、王太子妃とその母親だけが、お互いを見つめて微笑みあっていた。

半時ほどで目を開けたアレックスの側にいたのは、レオンハルトとイボンヌだった。
「兄上!お目覚めですか!よかった…ほんとに…女神様、感謝いたします…」
アレックスの手を痛いほど握りしめて、レオンハルトは薄っすらと涙ぐんでいる。
「王太子殿下、お加減はいかがですか?どこか苦しいところなどはございませんか?」
婚約者の肩に手を当て寄り添いながら、イボンヌが優しく問いかけた。アレックスが微かに首を横に振るのを確かめて、彼女は侍医に知らせるために部屋を出た。
二人きりになっても、兄の手を握りしめて離さない弟に、アレックスはかすれる声で問いかけた。

「レオン、幸せか…?」






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