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第8章

8-10ビル

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 「如月君の様子がおかしい? 博士じゃなくて?」
 いずみは大介を廊下に引っ張り出して、小声で告げた。
 「うん…。なんていうのか…湧なんだけど、湧じゃないっていうか…」
 「なんだそれ?」
 大介は訝しげな表情でいずみを見つめた。
 「まあ、俺も違和感を感じてはいたが…。それは如月君だけじゃ…、それより博士のいうアルフとのコンタクトのことの方がわからないんだ」
 「あ、それは…なんていうか…私は博士の言いたいことがなんとなく分かるわ」
 「そうなのか? どういうことなんだ?」
 「う~ん。それこそ言葉ではうまく言えないのよね。的確な表現ができなくて…」
 いずみは眉間にしわを寄せて、言葉を探すがなかなかいい表せないようだ。
 「慌てることはない。いざとなれば博士に助力を乞うこともできる」
 大介は如月博士が休憩しているはずの部屋の方を見つめて呟いた。
 それでもいずみは伝えたいことが喉の上あたりまで上がってきていて、不快な気分を引きずっていた。
 その時、職員らしき兵士がやってきて、ルイーナに何事か伝えた。
 ルイーナが途端に明るい表情になったので、何かいい知らせだったようだ。
 「ルイーナ、何かいい知らせ?」
 「うふふ」
 「キモい…」
 いずみは間髪入れずに突っ込んだ。
 「ヒドォ~いい。まあ、いいか」
 ルイーナの機嫌は崩れなかった。
 ちょうどその時、通路に偉そうな白人男性が現れた。
 「Hi! Leena(ルイーナっ!)」
 「あ、英語だ!」
 「Bill!」
 ルイーナは叫びながら走り寄っていった。
 男性はルイーナを抱きとめ、頬にキスした。
 よほど親しい間柄のようだ。が、すぐに離れたと思ったら、直立して敬礼するルイーナ。
 その様子から、白人男性も軍人だとわかる。
 近づいてくるとルイーナは満面の笑みを続けながら、二人に紹介した。
 「この人は私の上司で、当局長官のウィリアム・カノンと言います。実は私の義理の父です」
 「「は?」」
 いずみと大介は呆気にとられた。
 (その何たら当局って、日本にあったの?)と、いずみは疑問に感じた。
 そもそも如月博士の身柄が確保されて、横田基地に移されてからまだ6時間しか経っていない。それからアメリカのどこかにある本部からじゃ、どう考えても日本に来るのは不可能だからだ。
 「さっき本国からついたばかりで…」
 「そ、それよっ! どう考えてもそんなに早く来られるわけないじゃない!」
 「あ! まさか、亜空間ゲート?」
 大介が正解を導き出した。
 「さっすがぁ! 大介さん!」
 亜空間ゲートは異動先の確実なポイントと状況が把握できていれば、3次元での距離は全く関係ない。
 つまり、アメリカだろうと、アフリカだろうと瞬間的に移動できるのだ。
 いずみがあまりの非常識な展開にあんぐりと口を開けて惚けていたら、3人で勝手に会話が進んでいた。
 「あれ?」
 3人は英語で会話していたため、いずみは全く会話についていけてなかった。それどころか、3人が会話していたことすら気づいていなかった。
 ビル(ウィリアムの呼び名)と大介は、意気投合したらしく英語での会話を続けている。
 「ルイーナ? こ、これはどういうこと?」
 「ん? 何がですか?」
 「いや、大ちゃんが気に入られたらしいことはわかるんだけど…」
 「あ~、そのことは後で落ち着いてからちゃんと話しますから…」
 なんか歯切れ悪い言い方が、いずみはすっごく気に入らなかった。
 それにしても、大介がこんなに英会話に精通してるとは知らなかった。
 いずみの知らない大介がそこにいて、寂しさを感じていた。
 3人が楽しげに会話している様子を見ていられなくて、いずみは湧のいる部屋に入っていった。
 「随分騒がしいな。何かあったのか?」
 湧が先に聞いてきた。
 「うん。ルイーナのお父さんが来て、大ちゃんと話してる」
 「え?」
 「お父さんって? 6次元から?」
 「あ、違う違う。アメリカのその何たら言う当局の長官だってさ」
 「アメリカ? 長官? 何だそれ」
 「私もよく…、… …っていうか、何言ってるか全くわかんない」
 「? いずみ英語苦手だったっけ?」
 「ううん。英語は中の上くらいだよ。でもね英会話は、っていうかネイティブな英語はよくわかんない」
 「ああ、そういうことか。そういう時は身振り手振りで何となく分かるもんだよ?」
 「身振り手振り…ね。ん?」
 「どうした?」
 いずみは喉まで出かかっていたアルフとの交感について、何か掴みかけた。
 「ねぇ、言葉が通じない人とは身振り手振りで、言いたいことを伝えることができるよね?」
 「ああ、今いずみが言ったように、ネイティブでもジェスチャーで伝えることができるよ」
 「じゃあさ、もし視覚障害者だったら? 聴覚障害者だったら? どうかな?」
 「視覚障害者なら言葉で詳細に…あとは点字…かな? 聴覚障害者だったら手書きか?」
 「でもさ、それはお互いに取り決めされた条件でのことだよね?」
 「取り決め?」
 「だって、文字で伝えようとして日本語で書いても、日本語知らない英語圏の人だったら? 言葉を細かくと言ってもその物自体を知らないと伝えられないよね?」
 「あ? ああそうだな」
 「アルフとの交感も同じじゃない? アルフとの明確な言葉や物質的な形容は全く取り決めされてないよね?」
 「…、そういうことか…。だからイメージだと」
 「そのイメージも明確な景色やモノじゃなくて、アルフのイメージを受け取って自分の知ってるイメージで代用する。だから完全な意思の疎通ができないんじゃない?」
 いずみは湧に説明しているうちに、アルフが見せた宇宙の概念は、確かにいずみが理解出来る宇宙のイメージの組み合わせのような気がした。
 「いずみの言う通りだ。アルフと融合っていうからてっきり意思の疎通が出来てるものと思い込んでいたな、俺たち」
 「そう考えると、単なる宇宙人の方がよっぽど会話に共通項があって、交感しやすいのかもね」
 「確かに。宇宙人は基本的にこの3次元の生物だもんな。あはは…」
 湧は何か必死になっていた自分が滑稽に思えて、急に可笑しくなってきた。
 いずみがそのことに気付かなかったら、まだ頑なに父親非難を続けていただろう。
 「俺も少し気持ちを変えて、父親の話を聞くべきだな…」
 「湧…」
 いずみはその湧の前向きな気持ちが嬉しかった。
 「そうだな、そろそろ事情聴取を再開しようか」
 大介は入ってくるなり、そう告げた。
 「その前に、私たちに紹介してくれるんじゃないの?」
 いずみはワザと不機嫌そうな声で答えた。

 「この人は私が3次元に初めて来た時に、私の話を信じてくれて、しかも私がここで活動しやすいように保護者になってくれましたウィリアム・カノンと言います」
 「ウィリアム・カノンです。ビルと呼んでください」
 「え? エエッー!? 日本語話せるのぉ!」
 いずみは素っ頓狂な声をあげて立ち上がった。
 「もちろんです。日本に来た以上、日本語で話す方が良いでしょう」
 なんとも流暢な日本語が飛び出した。
 「だってさっきは大ちゃんと英語で話してたじゃない!」
 「ああ、それはダイスケが素晴らしい英語で語りかけてきたからです」
 「はぁ?」
 いずみは愕然とした。なら自分は日本語で挨拶すればよかったと…、思ったところで挨拶すらしてなかったことを思い出した。
 「あ、失礼しました。私は水無月いずみと言います。よろしくお願いします」
 「こちらこそ。素敵なレディーに出会えて光栄です」
 そう言って、握手を求めてきたから反射的にいずみも手を出す。
 そして全く自然な形でいずみの手の甲にキスをした。
 「ひゃっ!」
 こういうことに全く免疫のないいずみは顔を真っ赤にしてフリーズした。
 「あなたが如月博士のご子息ですか。初めまして」
 「湧です。よろしくお願いします」
 湧は握手した手を見つめ、今まで父親と同年代の男性と握手などした経験がなかったことに気付いた。
 その手は温かく、しかし力強さが伝わってきた。

 ビルは、義理の親という位置付けで、ルイーナの国民登録を行った。
 そして、一通りの資格を習得させて、自分の部下に迎える。
 それはルイーナにとっては願ってもない部署であり、スパイなどの諜報活動と違って、超常現象の解明にあたる、ある極秘の組織だった。
 「あれ? ルイーナって最初に6次元から来たのは今の時代なの?」
 「今というより10年前ですけど、アルフの活動が一番活発な時代なんです」
 「一番活発? 今の時代が?」
 いずみにはなぜかピンとこなかった。
 「まあ、そのほとんどがソウルコンバーター絡みなんですけどね」
 「ああ、そういうことか。今までアルフの出現記録があっても、その正体に迫れる具体的な情報がほとんどなかったんだ」
 湧が補足した。
 「湧は何か知ってるの?」
 「いや、何かというほどじゃないけど、父親の研究でエネルギーの開発っていうのが、どうにも不可解なことが多くて、しかも怪異の目撃情報が続くものだから、ずっと調べてたんだ」
 「あ、それで…」
 「そう水無月家が絡んでると疑っていた」
 「如月君?」
 「大介さん。俺がいずみの“お務め”というのを知ったのは偶然じゃないんです。実はリッチが連続して出現する少し前に、まだ実体化(目で見えるようになったという意味)が完全じゃない怪異が明石町や湊付近に現れるようになって、調査していたんです」
 「あ、有紀さんと?」
 「そう。そして、有紀から怪異を滅している組織があると知らされた」
 「それが俺たち水無月家…だと?」
 「この話をするのは初めてですよね。そして、いずみに有紀が目撃されて、ごまかしきれないからいずみにはフレンズのことを話しました」
 「でも、私たちを疑ってたことまでは聞いてないんですけどぉ!」
 「そりゃ大砲塚神社のあのシェアハウスや水無月の人たちを見てたら、誤解だってわかったし、それにいずみの部屋を…あ!」
 「フグッ! あ、あ、あ、特撮のグッズのことね!」
 「そうそう。特撮好きに悪い奴はいない!」
 3人は、なんか奇妙な雰囲気を感じ取ったものの、触れずにおいた。
 「トクサツ? ああ、ルイーナの好きなスペシャルエフェクトか!」
 「うぎゃ! ビルッ!」
 「今更じゃない。ルイーナの特撮好きはみんな知ってるもん」
 「ああ、そうでした。あはは」
 「君たちは面白いね。特別な力を持っているのにスペシャルエフェクトが好きなんて」
 「あ、それは私たちの表向きの仕事の一つでスーツアクターをやってるもので…」
 「スーツアクター? スペシャルスタントのことかな?」
 ビルは目を輝かせて、大介に迫った。
 「は、はい」
 「ビルもアメコミやスーパーエフェクトが好きなもので…」
 「スーパーエフェクト? スタントじゃないの?」
 「いわゆるSFXのことよ」
 「なるほど。…、…、ところでさ、こんなにのんびりと雑談してていいのかなぁ、私たち」
 「あ! 博士待たせてるんだった!」
 ルイーナは立ち上がると、慌てて博士を迎えに行った。
 最初からグタグタの事情聴取だった。
    <続く>
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