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第9章

9-07パラドックスプロテクション

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 「ち、ちょっと待ってくれ、みんな」
 それまで傍観していた如月博士が会話に割り込んできた。
 「今の理屈だとアルフは間接的に、とはいえ物質に干渉しているってことだよね」
 「そう言ってるんですが…何か?」
 大介が少し煩わしそうに答えた。
 「そんなことが可能だと思っているのか? 私は研究者だからエネルギーそのものの研究において、どんなエネルギーでも必ず何らかの物質的作用があって、初めてエネルギーが発生することを知ってる。例えば光でも光子という最小単位の粒子の作用によるし、電気だって電子の動きによってエネルギーが発生するんだ。物質でないものがエネルギーを発生させる、または物質に干渉するなんてありえない」
 博士は一気にまくしたて、大介の仮説を否定した。
 「ではお聞きしたい。例えば電気エネルギーはエネルギーを放出した後、電子はどこに行くのでしょうか? エネルギーに変換されたものはどこに行くのでしょうか?」
 「それは物体を動かすならば位置エネルギーとして、空気などを動かすなら大気中に拡散される」
 「教科書通りの答えですね。では位置エネルギーというのは物質なのでしょうか? 大気中に拡散と言われましたが宇宙空間のように原子も分子もほとんど存在しない空間では? 私はこのルイーナと出会ってから、今までどれだけ盲目的に学校で教えられる理屈や理論に縛られていたのか痛感しました。何度も失敗を繰り返すうちに気付きました。3次元的な考え方はアルフやクリーチャーには通用しないということを…」
 大介は力強く断定する。
 「そもそも物質はこの宇宙でも数パーセントしか存在しません。ましてや多次元も含めるとほぼ無きに等しいものになるようです」
 「し、しかし、今私たちが暮らすこの地球上ではその物質が全てじゃないか? ならば物質以外の不確定要素は加味せずに物質の特性を知る必要があるだろう」
 如月博士は自分の存在証明とばかりに自論を続ける。
 「確かに今までもこれからもその研究は必要だと思います。が、アルフやクリーチャーに対してはこの世界での常識や理屈は通用しないこともお忘れなく」
 「確かにアルフはこの世界の常識では解明できないと思うが…」
 さすがに博士としての自負があり、簡単に納得というか宗旨替えするようなことはできないらしい。
 「ルイーナが生まれ育った6次元では、基本的に時間という概念は物質と同じように扱うことができます。なぜでしょうか?」
 「は? なんだいきなり? ここは3次元だから6次元のことなど想像もできないよ」
 博士は困惑気味に答える。
 「ルイーナのいた6次元では思念体が主体となります。そして肉体は思念体によって作られるんです。もちろん生物として生まれるので、親が存在します。親はもちろん別の思念体ですので、思念体同士の結婚により別の思念体を子供として迎え入れます」
 「ち、ちょっと待ってくれ。そんな別次元のことを話されても理解できん」
 博士はパニック気味に大介の話を遮った。
 「今は理解されなくても構いません。問題はこの先のことですから」
 そう言って博士を制止しつつ、ルイーナを抱き寄せた。
 「このルイーナが3次元に来て最初に直面した問題がその時間についてです」
 「時間? ああそうかこの3次元では過去から未来への一方通行だからか?」
 「それだけではありません。時間の移動制限からか記憶の一部が封印されているのです」
 「記憶の封印? それは思い出せないということか?」
 「いいえ、記憶はあるんです。けれどそれを口にしようとすると声が出せなくなり、さらに徐々にその記憶が消えてしまいます」
 ルイーナはジャスチャーを交えて、声を出せない説明をする。
 「その理由が分かるまで長い時間がかかりました」
 「理由がわかったのか? その記憶…障害?」
 「記憶障害ではありませんでした」
 「パラドックスプロテクション。それがこの3次元特有の、というより…絶対的な掟のようなものです」
 大介が確信を持って答える。
 「パラドックスプロテクション? それは矛盾の防御? という意味でいいのかな?」
 如月博士は初めて耳にした言葉を反芻した。
 「この3次元は過去から未来への一方通行です。けれど様々な事象によって未来が絶えず変化しています。つまりタイムトラベルによって、過去を変えてしまうと必然的に未来も変化するのです」
 「それは理解できる。だから未来の記憶を持ったままでは不都合が出るということなのか? なるほど…」
 「いえ、それだけではありません。その記憶がある限り記憶通りの未来は来ません」
 ルイーナが妙なことを言い出した。
 「は? 未来の記憶じゃないんですか? その未来は来ない?」
 「何故だと思いますか? 記憶を保持してる時点でプロテクト発動条件に抵触してるらしいのです」
 「…あ、そういうことか!」
 「お分かりになりましたか? その通りなんです。他人に言う言わないは関係ないんです。自分の記憶そのものがプロテクトの対象になるんです」
 「なんでそんなことが?」
 「さっきも話に出たようにこの3次元は時間の流れは一方通行です。しかしそれは全ての人が同じ事象を経験するわけではありません」
 「同じ事象とは、早い話『同じ経験をしない』という解釈でいいのかな?」
 「その通りです。たとえ同じ場所にいて同じような経験をしても、各個人ごとに記憶される内容は異なります。つまり時間の流れの中にある記憶とは、二つと同じものはないのです」
 「なるほど。だがまだ未来の記憶が消える理由にはなっていないぞ」
 段々と研究室の中にいるような口調になる如月博士。
 「それは記憶の方法が6次元と全く異なるからです」
 「方法? 記憶の仕方が違うのか?」
 「ええ。この3次元では人の記憶とは、例えば針と糸で紙を貫いてゆくように、次々と事象という紙を重ねて行きます。(8章02タイムパラドックス参照)その紙は一度通るとUターンして戻ることはできません」
 ルイーナは手元にあったメモ用紙を次々とボールペンにつき通して見せた。
 「この紙が一つの事象というわけか? そしてペンは人の記憶…」
 「その通りです。ところが時間が固定されていない6次元では、必要な時に必要な分だけ時間を移動できます」
 「それは逆行もできるということか? 失敗を何度もやり直すこともできる?」
 「そこまで万能ではありません。物質化したものは時間経過によって、たとえ時間自体が逆行しても物質の劣化は避けられません」
 「? ということは、失敗をやり直そうとしても、物体は元には戻らないということか?」
 「その通りです。この3次元と違って時間の流れが一定方向ではないため、どの方向に時間移動しても劣化して行きます。そして、私と大介さんが記憶を保持しているためにその分、歳をとってしまった理由がそれなのです」
 「あれ? じゃあ他の4人?は? なんで歳をとらないんだ?」
 「それはどこかのタイミングでそれぞれが一度は死亡しているからです」
 「死亡すると何故歳をとらずに済むんだ?」
 博士は基本的な疑問を口にする。
 「この身体に根付いた記憶が途切れるからだと思われます。3次元に戻り、死亡した時点でその人の記憶は身体から分離して思念体となります。そうなると、たとえ元の身体が修復されたとしても戻ることはほとんどありません」
 「それが歳をとらない理由と関係が?」
 「もちろんあります。生きている時点まで戻ってやり直すからです。それに3次元の人たちは本来、同じ時刻を二度経験することはできません。6次元などの特別な空間を経て時間遡行しない限り、未来の記憶、未来で経験したことはデリートされるようです」
 「デリート? さっきは忘れるが記憶はあるって言わなかったか?」
 「それは統合された思念体にのみ、記憶が保存されるという意味です」
 「統合された思念体? それはなんだ?」
 博士は次々発せられる言葉に興味をそそられた様子。
 「人の記憶は身体の中にある時は、脳に保存されていますよね? しかしその人の思念体は次元という枠を超えたところにあると言われてます。そこにはその人がそれまで繰り返してきた輪廻転生の全ての記憶があるのです。それがその人の統合思念体と言われています」
 「は? 輪廻転生? なんだか壮大な話になってきたね」
 さすがに博士の理解の限界らしい。
 「ご理解されなくても構いません。ただ、この話の中で重要なのは3次元に於いて、身体が記憶できる容量が制限されていて、この世界で不要な記憶は消去されるということです」
 今、これ以上の話は無理だと思い、ルイーナは苦笑いしつつ、話を中断した。
    <続く>
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