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第4章

4-15記憶

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 いずみがコクーンから帰還して2日目。
 一向に目覚める気配がないことに、湧は珍しく苛立っていた。
 【湧くん、そんなにイライラしたって仕方ないって。あなたの時だって、私は胸を締め付けられる思いをして待ってたから、その気持ちは痛いほどわかるけど、誰にも何にもできないんだもん】
 さくらが慰めるが、湧の苛立ちは収まらなかった。
 【それにいずみがこうなったのは、いずみ自身の責任なの。それぐらいいずみだって解ってるわ。湧くんが責任を感じることはないのよ】
 「そういう…建前の問題じゃないんだ。なんであの時、いずみが狙われていると知っておきながら傍にいなかんだって、それを一番後悔してる」
 【だから、それは…】
 言いかけて、さくらは口をつぐんだ。
 湧がいずみを好きなことは、もう何年も前から気付いていた。
 そのいずみが酷(むご)い殺され方をしたのだ。
 いくら身体が治ったとはいえ、なかなか意識が戻らなければ、精神的にいつまでも耐えられるものではない。
 愚痴の一つでも漏らしたくなるのは、さくらにも痛いほどよく解る。
 <カチャ>
 その時、部屋の中からルイーナが後ろ向きでそっと出てきた。
 【「?」】
 湧たちは顔を見合わせてから、挙動不審なルイーナの後ろ姿を見つめた。
 「ルイーナ?」
 「ヒャゥ!」
 奇妙な悲鳴をあげて、ルイーナが真っ赤な顔で振り返った。
 「YOU! 何して…ぁ」
 大声を上げかけて、慌てて自分の口を塞ぐ。
 湧を睨みつけて、廊下の奥に引っ張って行くルイーナ。
 「何で休んでいないんですかっ! 今はYOUの体力回復が一番大事なんですよっ!」
 「あ、ご、ごめん。でも、いずみのことが心配で…つい…」
 圧倒されつつ、後退る湧。
 いずみの治療のために、ルイーナがお社に来てからもうじき一ヶ月になろうとしている。
 医療行為に関する広範な資格を有していることを自己申告(米国内での免許だが…)してから、ルイーナは水無月家の専属医の如く、スタッフ全員の健康管理を半強制的に行っていた。
 可愛い外国人ドクター、しかも市井の病院に通うことができない連中である。
 人気が出るのに、なんの障害もなかった。
 大介が治療に関して制限をしなければ、大変なことになっていただろう。
 「…そうですね。では一つだけお伝えします。ただ、覚悟してください」
 ルイーナはさらに厳しい顔で告げた。
 「今、いずみの瞳が開きました」
 「え! 目覚めたのかっ?」
 「静かに! 目を開けたと言っただけです。意識自体は戻っていません」
 どこが違うんだ? と言う、湧の疑問は無言の圧力で弾かれた。
 「目は本能的に開いたのでしょう。視力はまだほとんどないと思われます。今、無闇に刺激を加えない方がいいので、そっと退室しました」
 ルイーナの説明によると、今はコピーされた細胞と幽体のリンケージが完全ではないので、身体の制御がうまくできていないということだ。
 「新陳代謝が進んで幹細胞がいずみのオリジナルに置き換わって行けば、リンケージ率も上がってきますので安定するでしょう」
 【ああ、そういうこと。じゃあ今は“いずみ(仮)”ってことね?】
 「さ、さくらさん? かっこ仮って…」
 湧は久しぶりに微笑んだ。
 【やっと笑ってくれたわね。いずみだってきっと頑張ってる。だから戻ってきた時に優しく迎えてあげてね…】
 「…ありがとう。気持ちを切り替えて待つことにするよ」
 「で、早速ですが…」
 一区切りついたと思い、すぐにルイーナが会話に割り込んだ。
 「大介さんは今、小菅豊の事件の報告で宮内庁に缶詰ですが、戻ってきたらすぐにYOUの自宅の調査が始まります」
 「そうだね。確かにルイーナの言う通り、今のうちに体調を万全にしておかないと…だね」
 「分かっていただけたなら、早く休んでください」
 そう言ってルイーナは、湧に割り当てられた個室に押し込んだ。

 湧にはもう少しかかるとは言ったが、ルイーナはいずみの意識が間もなく戻ることを確信していた。
 瞬きは1分ごとに行われ、瞳の色も以前見た濃いブラウンに戻りつつある。
 視神経がリンクすれば、視力が回復するはずだ。
 さらに時折、指先がかすかに動き出した。しかもその範囲が徐々に大きくなっている。
 この分なら明日あたりに意識が戻るだろう。
 しかしこの状況は、不謹慎だがある場面に似ていて、ルイーナは吹き出してしまいそうなのを必死にこらえていた。

 『メインシステム起動! メインカメラ自動補正。アクチュエーター作動チェック。各部異常なし。エネルギー充填完了。武闘ロボ、キアイトルーパー発進!!』

 「♪ゴー、ゴー、ゴー、ゴー、ゴー。キッアイジャーぁぁぁぁぁ…、ファイ!」
 ルイーナが口ずさんだのとほぼ同時に、いずみの目が閉じられ、すぐに全開した。
 「プギャァァ~~~~!!」
 意味不明の悲鳴とともに、いずみはベッドにはね起きた。
 あまりに突然だったので、ルイーナは壁まで飛び退き、瞳を全開にしていずみを凝視した。
 しかし、直後。
 「グァギィィィィィ~~!!」
 と叫び、両手で身体を抱きしめながら、再びベッドに倒れこんで悶え始める。
 「いずみっ! 急に起きるからですよっ! しばらく横になっててください」
 「ヒィ~~ん。痛い痛い痛い痛いっ!」
 新生してから初めて筋肉を動かしたのに、急激に動いたために神経が追いついていなかったらしい。
 先日の湧の時と全く同じだった。
 「全く、そんなところまでYOUとそっくりですね…」
 ルイーナが呆れつつ、いずみをそっと寝かしつけた。
 「誰? あなたは…」
 「え?」
 ルイーナは戸惑いながら、いずみの顔を覗き込む。
 いずみの両目は、それぞれあらぬ方向を向いていた。
 いわゆる“ロンパリ”状態だ。
 「あ~、そういうことですね。まだ焦点が定まっていないんですね」
 ルイーナがいずみに説明した。
 「? え~と。る…? なんだっけ?」
 いずみが不思議そうに尋ねる。
 「ルイーナです」
 と言って、ルイーナは右手を差し出した。
 いずみは焦点の定まらない目で、しばらくその手を眺めていたが、おずおずと自分も右手を伸ばし、ルイーナの手を取る。そして…
 「初めましてっ!」
 ベッドに横たわったまま、いずみはとっても良い笑顔で応えた。

 「…と、いうわけで…」
 ルイーナは深刻な表情で二人に告げる。
 「…と、いうことは…いずみの記憶はルイーナと出会う前のもの…と?」
 湧も青ざめながら、ルイーナの言葉を補足した。
 「いったい…いつ頃の記憶なんだろう」
 湧の呟きを聞いて、今度は慌ててルイーナが否定した。
 「あ、そうじゃないんです。いずみの記憶はまだ回復してないと考えてください。基本的な記憶、学業や生活知識はほとんど復原しているようなのですが、交流関係や出来事などの不確定要素はこれからのようです」
 「不確定要素? それはどういう?」
 「え~と。つまり他人との関係や絶えず変更される情報に関して…です」
 なんかルイーナが難しいことを言い出した。
 湧は眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。
 「あ、ゴメンなさい。遠回り過ぎました。つまり、いずみにとってはYOUとの出会いや今までの関わり方については、時間経過によってかなり変化してきたと思います」
 「そうだね。俺が転校してきた頃は全く交流がなかったけど、特撮ヒーロー番組のアトラクションのアルバイトがきっかけで、話をするようになった…なぁ。確か…」
 湧が遠い過去を観る目つきで語った。
 「特撮ヒーロー番組の、アトラクション?? そ、それはどういうものですかっ?」
 ルイーナが変なところに喰いついた。湧に抱きつかんばかりだ。
 「る、ルイーナ、それは後でいいだろう? ち、近い近い…」
 ドキドキしながらルイーナを押し返す。
 「あ、ゴメンなさい。え~と。だから、いずみの記憶を再構成するには、その出来事の発端からきちんと紐付けする必要があるのです」
 「記憶をトレースするってこと? かな?」
 湧は端的にまとめた。
 「でも、それにはトレスすべき記憶の断片が形成されてなければ不可能ですよね?」
 「う~ん。ジグソーパズルでいうと、バラバラだけど完成させるためのピースが揃ったってところかな? これから組み上げようとしてるって具合かな?」
 大介が奇妙な例えを持ち出す。
 「ジグソーパズルってやったことないから分りませんが、隣り合うピースの組み合わせを試してるってことですか?」
 湧は全くの未経験らしい。
 「その方法だといつまでも組み上げることはできないよ。まずはピースの形状を見て、角やヘリになるピースを分ける。その後は色味ごとに大まかに分けていくんだ」
 「へぇ~。そういうものなんですか?」
 「うんうん。そして基本的には周りの辺(縁)から組んでゆく。すると、その縁のピースの色合いが分かってくるから、近いもの、模様が似ているものから組んでゆくんだ」
 「大介さんはジグソーパズル好きなんですか?」
 「あ。まあ小さいものならいくつかやってみたかな?」
 大介の意外な趣味が公になった。
 「とにかく、今いずみが行っている紐付けって、周りのピースから組み上げて行ってるようなものじゃあないかな? って思ったのさ」
 大介はちょっと不機嫌そうに結論づけた。
 湧はこれ以上、大介にジグソーパズルの話題を持ちかけない方がいいと悟った。
 「まあ、端的に言うと断片化してる記憶の連結ですかね?」
 気まずい雰囲気を察して、ルイーナが慌てて割り込んだ。
 「つまりパソコンでいうところの“デフラグ”ですよ。記憶が整理されて再起動すれば、キアイトルーパーは稼働…(あ)、いずみの意識は戻るでしょう」
 言い切った後、ルイーナは天井のあらぬ方向に視線を彷徨わせた。
 「…今、微妙に…、奇妙な単語が聞こえたけど…、なんとなく理解した」
 湧は冷や汗をかきながら承諾した。

 「いずみも含めてなんだけど、人のってどういう風にされているんだ?」
 何気なく問われたルイーナは、湧の質問の意味が理解できずに目をパチクリさせた。
 「どうって…、う~ん。なんと言ったらいいのでしょうか?」
 かなり困惑してる。もしかすると高次元に関連しているのかもしれない。
 「この3次元においては、“物体”としてのできるのは、“脳”です」
 「それは分かってる」
 そんな当たり前な…と言いたげな湧に、ルイーナはちょっと意地悪そうに微笑み、
 「では、その“脳”にとして、させているのは何だと思いますか?」
 と、聞き返してきた。
 「それは…電気信号? かな?」
 あまり自信がなさそうに答える湧。
 「確かにシナプスによって、ニューロンへ電気信号としてしているのでしょう。しかし、人の感情や景色、その時の言葉など膨大な情報が書き込めるでしょうか?」
 「シナプスやニューロンの働きはよくわからないけど…」
 湧が悩んでいると大介が助け舟を出した。
 「如月君、多分ルイーナが言いたいのは物理的なものではなく、人が“考える”仕組みじゃないかな?」
 「そうです。説明が難しいのですが、人の思考ってそもそも3次元にはないのです。言葉や風景(色や感触)、音などは3次元特有のものですので、脳に記録できますが…」
 「ああ、そうか。人の性格や感情って、3次元に捉われる必要がない。さくらのようにフレンズになっても、生前の記憶が保たれているのがその証拠なのかもしれない」
 「だとすると、さくらさんの記憶が6次元にあるってルイーナは言ってたけど、人の記憶は次元を超えて存在してるのかもしれないってことですね?」
 「そうだ。だから今回いずみが記憶を保てていても、身体との不整合があると“エラー”が発生する危険性があるってことで、今の状態はその不整合を解消してるんだ」
 大介がすっきりした表情で言い切る。
 「すごいです! 大介さん。 そこまで既存の知識に捉われずに理解をした人は初めてです!」
 ルイーナが嬉々として踊り出した。
 今のいずみが希望に満ちた状態であることに、3人は安堵し、微笑みを交わした。
    <続く>
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