2 / 42
第2話 Kスポーツジム2
しおりを挟む
半年ほど前から20代半ばの新人女子社員がフロアーの担当になってい
た。
名前を大友裕子といった。
神野は初めの頃、彼女は女子大生か卒業直後のアルバイターかと思っていた。
ふっくらぽっちゃりしていて、動きも口調もゆっくりでいかにも田舎娘といった感じの女性である。
そののんびりとした雰囲気は、やもめ暮らしのご老体には、縁側の話し相手に最高の癒し系であろう。
それにしても動くことが嫌いのようだ。
ただ半日突っ立ったままで、なんかハシビロコウを連想させる。
エルゴメーターを使ったあとは、各自が備え付けのタオルで汗を拭くことになっている。
そうしなかった会員には注意をするなり自分が代わりに拭くなりする必要があるが、いつも知らん顔だ。トレッドミルまたしかり。
ストレッチマットを使用したあとは使用前用の箱にあるマット拭きで汗を拭くが、使用後は使用後用の箱に入れなければならない。
使用前用の箱が空っぽになっているよと何度注意してもその時に無表情のまま補充するだけ。
すぐに忘れるようで、注意をされてからでよいと思っているようである。
10月になり神野はKスポーツジムから3kmほど離れたGスポーツジムへの乗り換えの準備を進めていた。
例年通りだと12月からGスポーツジムではキャンペーンが始まるかもしれないのである。
そんなある日、神野はいつものようにセルフストレッチングのあと、エルゴメーターを30分漕いだ。
機種もゲームソフトもいつものとは微妙に違う。
更衣室でTシャツを着替え、フロアに戻ると裕子と鉢合わせた。
軽い気持ちで訊いてみた。
「エルゴメーターが新しくなったんだね?」
「そうです。他の機械も新しいの入ってます」
「じゃあ、見せてくれる?」
筋トレ用のマシンはフロアの西側にあり、そちらに案内される途中、神野は以前からずっと気になっていたことをダメ元で訊いてみた。
「数年前から、腰が固くなった精だと思うが腹筋での上体起しが全然できない……」
「あ、腹筋台ならこちらにあります」
神野は腹筋マシンの手ほどきを受けたいわけではなかった。むしろ避けていた。
腰椎すべり症を抱えている彼には上体を起こすタイプの腹筋運動は具合が悪いのだ。
だが、珍しく積極的に指導してくれようとしているのを断る理由はない。
誘われるままついて行く。
その腹筋台は黒革のカバーの付いた台に上向きに横たわるタイプで、両足をそれぞれ乗せるローラーが一対ずつセットされている安価な物だ。
裕子は北側から腹筋台に乗り、両足を東側にあるローラーに乗せた。上体を起こし、腰の角度を左手で指し示しながら、「この角度が90度になるように」と説明した。神野はこのときつられるように、右手で裕子の背中の下部に軽く触れた。
やがて裕子は腹筋台を南側に降り、二人ともフロアの中央に戻った。
神野は元々は腹筋、背筋はかなり強く、ほとんど測ったことのない背筋力は30年前で179kg、最後に測った数年後で164kgを記録していた。
一方腹筋力と言えば、70歳近い今でも、腹筋ローラーを脚を伸ばしたまま難なく20回できた。
上体起しも脚を固定しなくても、30年前には1分間で40回は余裕だった。
そんな神野が今現在脚を固定しなければ上体起しが一回もできない。全く力が入らないのである。
その原因を知りたかった。
最近になって神野自身は、おそらく10数年前から固くなってきた腰の精に違いないと考えていた。
上体起しで腹筋を鍛えたいわけではない。
腰の固さ故、上体起しができないのと同様に、ランナーに大切なふくらはぎ、ハムストリング、臀部下部を物につかまることなく一気に伸ばすストレッチングができないのが悔しいのである。
ランナーは通常外を走ってトレーニングを行う。
河川敷や林道でのランニングをメイントレーニングとするが、樹木や電柱や塀に手をかけることなく、いつでもどこでも行えるこのストレッチングは、彼らにとってたいへん価値あるものだといえる。
(ようやく、本命の質問に入れる)
神野は固くなった腰を柔軟にする方法が知りたかった。
(この有効なストレッチングの効果を体感してもらえれば、腰の柔軟性回復に関して何かヒントが得られるかも……?)
(まずは、このストレッチングを会得してもらわなければ……)
軽くポーズ を取りながら、
「ランナーにとって有効なストレッチングだけど、私は腰が固過ぎてやりにくい。
でも、貴女だったらできると思う。ちょっとやってみてくれる?」
裕子は無表情ながらも、その気はありそうだ。
「まっすぐ立って………」
「右脚を左脚の前にこのように重ねて………」
「無理に手を下に伸ばそうとしないで、頭と腕の重みだけを利用して………」
「腰を折りながら右膝の裏で左膝の皿を押す」
このとき、神野の左手は裕子の左肩に軽く触れていた。
「この辺りのストレッチ感を意識して………」
こう説明しながら、神野は右手のひらを裕子の左膝裏の上部から脚の付け根辺りまで軽く滑らした。
初めてこのストレッチングを説明するときはこのように説明しながら効果的な部位を手のひらで示すのが一般的だ。
筋トレにしろストレッチングにしろ効果を最大限に上げるにはその部位を意識する必要がある。
また意識するにはその部位に触れるのが効果的である。
これは英単語を教えるのに日本語で言ってから英語で発音する方法より、指で指したり触れたりした後、英語で発音する方法が身につきやすいのと同じである。
藤谷慶に限らずトレーニング仲間の女性会員は、ほぼ例外なく脚線が美しい。
脚の付け根から臀部にかけても滑らかで段差がない。
だが、裕子の場合は少し違った。
脚の付け根を過ぎた辺りですっと離れる感じでなく、何かにぶつかって急停車したような………。
神野はすぐ手を離した。その直後、女性の声が聞こえた。
「大友さん、内線が入ってますよ」
この10分ばかり前、受付にいた奈穂は更衣室から出てマシンフロアに入って行く神野を見送った。
5分ほどして、何気なく見たフロア西にある鏡に神野と裕子が腹筋台にいるのが映っている。
裕子が神野に腹筋台の使い方を説明しているようだ。
一瞬、神野が裕子の腰のあたりに触れたように見えた。
この流れで少しでも裕子の下半身に触れてくれればしめたもんだが……。
奈穂は心の底から期待した。
やがて裕子は腹筋台から南側に降り、二人とも西側のフロアに向かった。
二人は鏡から消えた。
奈穂は受付から離れて鏡の方に向かった。
8mも歩いたところで直に2人の姿が見えた。
通路の北端にある柵から4~5mのところで2人は向かい合って何か話している。
やがて裕子はこちらに背を向けたあと前屈姿勢をとった。
神野は何か話していたが、やがて少し姿勢を屈めて右手を裕子の左膝裏の上に置いた。
(しめた。チャンスかも)
神野の右手は裕子の左脚の付け根辺りまで動いている。
そのまま臀部に触れて手を動かしてくれれば万々歳だ。
しかし、期待に反して神野の右手は下に降りようとした。
(もう今しかない)
「大友さん、内線が入ってますよ」
奈穂は用意していた言葉を発した。
to the next Episode
た。
名前を大友裕子といった。
神野は初めの頃、彼女は女子大生か卒業直後のアルバイターかと思っていた。
ふっくらぽっちゃりしていて、動きも口調もゆっくりでいかにも田舎娘といった感じの女性である。
そののんびりとした雰囲気は、やもめ暮らしのご老体には、縁側の話し相手に最高の癒し系であろう。
それにしても動くことが嫌いのようだ。
ただ半日突っ立ったままで、なんかハシビロコウを連想させる。
エルゴメーターを使ったあとは、各自が備え付けのタオルで汗を拭くことになっている。
そうしなかった会員には注意をするなり自分が代わりに拭くなりする必要があるが、いつも知らん顔だ。トレッドミルまたしかり。
ストレッチマットを使用したあとは使用前用の箱にあるマット拭きで汗を拭くが、使用後は使用後用の箱に入れなければならない。
使用前用の箱が空っぽになっているよと何度注意してもその時に無表情のまま補充するだけ。
すぐに忘れるようで、注意をされてからでよいと思っているようである。
10月になり神野はKスポーツジムから3kmほど離れたGスポーツジムへの乗り換えの準備を進めていた。
例年通りだと12月からGスポーツジムではキャンペーンが始まるかもしれないのである。
そんなある日、神野はいつものようにセルフストレッチングのあと、エルゴメーターを30分漕いだ。
機種もゲームソフトもいつものとは微妙に違う。
更衣室でTシャツを着替え、フロアに戻ると裕子と鉢合わせた。
軽い気持ちで訊いてみた。
「エルゴメーターが新しくなったんだね?」
「そうです。他の機械も新しいの入ってます」
「じゃあ、見せてくれる?」
筋トレ用のマシンはフロアの西側にあり、そちらに案内される途中、神野は以前からずっと気になっていたことをダメ元で訊いてみた。
「数年前から、腰が固くなった精だと思うが腹筋での上体起しが全然できない……」
「あ、腹筋台ならこちらにあります」
神野は腹筋マシンの手ほどきを受けたいわけではなかった。むしろ避けていた。
腰椎すべり症を抱えている彼には上体を起こすタイプの腹筋運動は具合が悪いのだ。
だが、珍しく積極的に指導してくれようとしているのを断る理由はない。
誘われるままついて行く。
その腹筋台は黒革のカバーの付いた台に上向きに横たわるタイプで、両足をそれぞれ乗せるローラーが一対ずつセットされている安価な物だ。
裕子は北側から腹筋台に乗り、両足を東側にあるローラーに乗せた。上体を起こし、腰の角度を左手で指し示しながら、「この角度が90度になるように」と説明した。神野はこのときつられるように、右手で裕子の背中の下部に軽く触れた。
やがて裕子は腹筋台を南側に降り、二人ともフロアの中央に戻った。
神野は元々は腹筋、背筋はかなり強く、ほとんど測ったことのない背筋力は30年前で179kg、最後に測った数年後で164kgを記録していた。
一方腹筋力と言えば、70歳近い今でも、腹筋ローラーを脚を伸ばしたまま難なく20回できた。
上体起しも脚を固定しなくても、30年前には1分間で40回は余裕だった。
そんな神野が今現在脚を固定しなければ上体起しが一回もできない。全く力が入らないのである。
その原因を知りたかった。
最近になって神野自身は、おそらく10数年前から固くなってきた腰の精に違いないと考えていた。
上体起しで腹筋を鍛えたいわけではない。
腰の固さ故、上体起しができないのと同様に、ランナーに大切なふくらはぎ、ハムストリング、臀部下部を物につかまることなく一気に伸ばすストレッチングができないのが悔しいのである。
ランナーは通常外を走ってトレーニングを行う。
河川敷や林道でのランニングをメイントレーニングとするが、樹木や電柱や塀に手をかけることなく、いつでもどこでも行えるこのストレッチングは、彼らにとってたいへん価値あるものだといえる。
(ようやく、本命の質問に入れる)
神野は固くなった腰を柔軟にする方法が知りたかった。
(この有効なストレッチングの効果を体感してもらえれば、腰の柔軟性回復に関して何かヒントが得られるかも……?)
(まずは、このストレッチングを会得してもらわなければ……)
軽くポーズ を取りながら、
「ランナーにとって有効なストレッチングだけど、私は腰が固過ぎてやりにくい。
でも、貴女だったらできると思う。ちょっとやってみてくれる?」
裕子は無表情ながらも、その気はありそうだ。
「まっすぐ立って………」
「右脚を左脚の前にこのように重ねて………」
「無理に手を下に伸ばそうとしないで、頭と腕の重みだけを利用して………」
「腰を折りながら右膝の裏で左膝の皿を押す」
このとき、神野の左手は裕子の左肩に軽く触れていた。
「この辺りのストレッチ感を意識して………」
こう説明しながら、神野は右手のひらを裕子の左膝裏の上部から脚の付け根辺りまで軽く滑らした。
初めてこのストレッチングを説明するときはこのように説明しながら効果的な部位を手のひらで示すのが一般的だ。
筋トレにしろストレッチングにしろ効果を最大限に上げるにはその部位を意識する必要がある。
また意識するにはその部位に触れるのが効果的である。
これは英単語を教えるのに日本語で言ってから英語で発音する方法より、指で指したり触れたりした後、英語で発音する方法が身につきやすいのと同じである。
藤谷慶に限らずトレーニング仲間の女性会員は、ほぼ例外なく脚線が美しい。
脚の付け根から臀部にかけても滑らかで段差がない。
だが、裕子の場合は少し違った。
脚の付け根を過ぎた辺りですっと離れる感じでなく、何かにぶつかって急停車したような………。
神野はすぐ手を離した。その直後、女性の声が聞こえた。
「大友さん、内線が入ってますよ」
この10分ばかり前、受付にいた奈穂は更衣室から出てマシンフロアに入って行く神野を見送った。
5分ほどして、何気なく見たフロア西にある鏡に神野と裕子が腹筋台にいるのが映っている。
裕子が神野に腹筋台の使い方を説明しているようだ。
一瞬、神野が裕子の腰のあたりに触れたように見えた。
この流れで少しでも裕子の下半身に触れてくれればしめたもんだが……。
奈穂は心の底から期待した。
やがて裕子は腹筋台から南側に降り、二人とも西側のフロアに向かった。
二人は鏡から消えた。
奈穂は受付から離れて鏡の方に向かった。
8mも歩いたところで直に2人の姿が見えた。
通路の北端にある柵から4~5mのところで2人は向かい合って何か話している。
やがて裕子はこちらに背を向けたあと前屈姿勢をとった。
神野は何か話していたが、やがて少し姿勢を屈めて右手を裕子の左膝裏の上に置いた。
(しめた。チャンスかも)
神野の右手は裕子の左脚の付け根辺りまで動いている。
そのまま臀部に触れて手を動かしてくれれば万々歳だ。
しかし、期待に反して神野の右手は下に降りようとした。
(もう今しかない)
「大友さん、内線が入ってますよ」
奈穂は用意していた言葉を発した。
to the next Episode
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる