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フルーツ牛乳までが入浴です

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 話は前日に遡る。
 長い長い地下通路を休憩をとりながら進む。
 そろそろ大丈夫という場所で奴隷予備軍の猿ぐつわとロープは解かれた。
 
「皆さん、お疲れ様でした。これからあたしたちはある場所に向かいます。そこで保護していただけるようお願いするつもりです」
「皆様には今回の件についての証言をお願いいたします。罪もない人々が奴隷として売り飛ばされていた。宗秩省そうちつしょう総裁の罪を明らかにしなければなりません。どうぞご協力をお願いいたします」

 お庭番の皆さんに二人がお願いしていたこと。
 地下通路に軽食と飲み物を用意しておくこと。
 徒歩での移動は辛い。
 せめて飲食物だけは取りたい。
 そうやって目的地に着いたのは午後の鐘三つ。
 
「扉を開けたらどんどん中に入ってくださいね」
「気づかれないよう閉めたいので、立ち止まらず静かに進んでください」



 その日、午後のお茶は久しぶりに日光室サンルームで取ると言われた。
 ちょうど珍しい花が咲いたと報告があった。
 それを愛でながら休むのも悪くない。
 王宮侍女のさらに上。
 皇族の暮らす御所で働く御所侍女は速やかに用意をする。
 皇帝陛下と皇后陛下。
 お二人が和やかにお茶の時間を楽しんでいるとき、日光室サンルームの一角が不思議な音を立てた。

「何事でございましょうか」
「この音はどこから・・・」

 よく躾けられている侍女たちも、御所には不似合いな地鳴りのような音に不安そうな顔をする。
 さすがに両陛下は落ち着いてお茶を飲んでいる。
 と、壁の一角がバンッと開いて、中から屈強な男たちが走り出してきた。

「曲者っ ! 」
闖入者ちんにゅうしゃです ! 方々、お出あい遊ばせっ ! 」

 その声に突然の侵入者がパタッと止まる。

「こ、ここはっ ?! 」
「まさか、ここは・・・」
「ちょっ、止まらないでっ ! 」

 男たちに続いて飛び出してきた者たちが将棋倒しになる。
 
「わあ、なにこれ」
「皆さん、急に止まったら危険ですわって、遅かったみたい」

 開いた壁の前に立っているのは冒険者姿の男と少女の四人。

「ヨサファート、ライオネル、なぜそんな恰好をしている。いや、それより一体これはどういうことだ ? 」
「見知った顔がありますわ。王宮侍女たちですね ? 」

 慌てて立ち上がった王城勤務の者たちは恭しく跪く。
 
「まさか御所の中にまで秘密の通路があるなんて・・・なぜ黙っていたんです、アンナ」
「エリカも教えてくれればいいのに」

 だってねえ、と少女たちは顔を見合わせる。

「教えたらわたくしたちから地下通路を取り上げてしまうでしょう ? 」
「せっかく全線開通させたのに、横から持ってかれて国家機密になんかにされたらつまらないじゃない」

 あたしたちが遊ぶために頑張ったんだもん。
 ねーっと声を合わせる少女たちを呆れた顔で見ていた二人に、皇后陛下がコホンと咳をして声をかける。

「二人とも、そちらのお嬢さん方はどなたかしら。随分親しいようだけれど。よければ紹介していただけると嬉しいわ」
「うむ、なにやら麗しい装いだが、どちらのご令嬢かな ? 」
「あ、この二人は・・・」

 ライが紹介しようとするのをズィと退かして二人は自己紹介する。

「エリカノーマです ! 」
「シルヴィアンナと申します ! 」
「「 二人合わせて冒険者デュオ『霧の淡雪』です !! 」」

 少女たちはさっとお二人の前に跪く。

「命にかかわる事態で、一番安全な場所に逃げてまいりました」
「陛下の御慈悲にお縋りいたします。わたくし共をお助けくださいませ」
「助けるのは構わぬが、一体何があったのだ ? 」

 少女たちの切羽詰まった表情に、両陛下はグッと構える。

「「 お風呂に入らせて下さいっ ! 」」

 その言葉に部屋にいた者は、日光室サンルームの中がなにやら酸っぱい匂いにあふれていることに気が付いた。

「・・・良きにはからえ」



 夕方の浴場。
 カポーンといい音が響く。
 天井に溜まった湯気がポトリと落ちる。
 数日振りの入浴は気持ちがいいを通り越してとろけるような快楽だ。

「はあぁぁっ、極楽極楽」
「これはもうたまりませんわよね」

 エリカとアンナは侍女や衛兵たちとは違い、皇族用のお風呂に使っている。
 ファーとライとの親しそうな様子から、どうやらVIP待遇が適当と判断されたらしい。
 着たきり雀だった服を脱がされると、大量にお湯を掛けられた後で頭の先から足までピカピカに磨き上げられた。
 世話をされることになれていなかったエリカは顔を引きつらせていたが、アンナにこれも経験、プロに任せればまっさらになれるからと言い聞かされてトライした。
 これはこれでなかなか良い。
 なにより入浴は週に一、二回。後は体を拭くだけという世界だ。
 前世を思いだした共同生活の間は毎日お風呂に浸かっていたので、脱出してからはかなりストレスが溜まっていた。

「ずっとお風呂に浸かりたかったんだけど、こういうお風呂ってあまりないのよね。なんだか久しぶりで命の洗濯した気分」
「わかるわあ。こちらは気候もあって湯船に浸かるという文化はありませんものね。でもわたくしの家にはお風呂がありますから、なんでしたら入りにいらしてはいかが ? 」

 行く行く、絶対行くっ !
 お風呂上がりのフルーツ牛乳ってある ?
 ありますわよ。冷えたのが。
 輸入品で高いので、コーヒー牛乳がないのが残念だわ。
 
 少女たちの頭には畳んだ手拭。
 湯船の縁に寄り掛かってのんびりおしゃべりする二人を、タンキニ風の湯浴み着で控える侍女たちはどちらが皇太子妃かと頭の中で詮索していた。



「まさか貴族を律する立場の宗秩省そうちつしょう総裁が奴隷商売とは、なんとおそろしいことでしょう」

 ファーとライから話を聞いて、皇后が扇子で口元を隠してため息をつく。
 隣の皇帝も怒りに顔をしかめている。

「総帥と偽エリカノーマの出自から、某国が絡んでいることはわかっています。ですがこれは何十年という期間をかけて計画されたもの。根が深く某国の落としどころがむずかしい」
「ライ、逆にもっと単純に考えたほうがよくないか。これだけ簡単に証拠が集まっているんだ。正面から攻めた方が・・・」
「ファーのお気楽さには敬意を表しますが、もう少しでアンナたちが奴隷になるところだったんです。僕は絶対に許しませんよ」

 そりゃ俺だって同じ気持ちだが、とファーは用意された焼き菓子を摘まむ。

「しかしお前たちの妻に手先を据えて、最終的には我が国を乗っ取ろうという計画。決して許してはならない。対面式の前にわかってよかった。かまわん、やりたいようにやれ」
「俺のエリカを騙った罪は重い。目にもの見せてやります」
「アンナの仇です。地獄を見てもらいましょう」

 未だ冒険者姿の二人は、総裁と偽エリカにどんな復讐をしようかと悪だくみを始めた。

「まあ、二人とも嫁は決まったようだな」
「可愛らしいお嬢さん方でしたわ。楽しみですわね、発表が」

 皇帝夫妻は次代が決まってホッと胸をなでおろすのだった。
 相手の少女たちにちっともその気がないのを知らずに。



「それにしてもファーの本名がヨサファートなんて、いかにもお貴族様だわ」
「ライオネルも意外と言えば意外。わたくし、これからもライって呼んでいいのかしら」
「私はファーのままのつもりだけど、本人に聞いてみる ? 」

 お風呂の中の会話を聞いていたのか、湯上り後にはフルーツ牛乳が用意されていた。
 グラスに移そうとするのを断って、二人は瓶から直接飲む。

「美味しい ! やっぱりお風呂の後にこれがなくっちゃね」
「本当。入浴の儀式が済みましたって気分になるわ」

 控える侍女たちは、なぜ少女たちが仁王立ちで飲んでいるのか、どうしても理解できなかった。
 しかも腰に手を当てて。
 
「あー、やっぱりコーヒー牛乳欲しいなー」
「お父様におねだりしてみようかしら。安い豆を輸入して」
「あら、そしたらパパのお店でコーヒーゼリーとか出せそう。この騒ぎが終わったらプレゼンしましょうよ」
「いいアイディアね」

 娘たちは新たなビジネスを思いついたようだ。
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