世界初の乙女ゲームに転生しちゃったら ~ だってレジェンドだもん !

たちばな わかこ

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『霧の淡雪』増殖編

命のお値段ぼったくり

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 袋を担いだ男たちの後を追う。
 男たちは王都の外に出ると、木立の中を進んでいく。
 エリカとアンナは少し離れて後をつけていく。
 市は楽すると男たちは、木立を抜けて街道へ出る。
 見晴らしの良い場所では、つけている二人の姿も丸見えだ。
 エリカたちは木立の中を移動しながらついていく。
 と、一見の真新しい家が見えてきた。
 貴族の屋敷ではなく、商人の家のようだ。
 使用人が住めるよう部屋数が多いようだ。
 一介の窓数からそれがわかる。
 扉が開いた。
 男たちは袋を抱え直すと中に入っていった。



「アンナ、君って人はどうしてそう厄介事ばかりに出会うんです」
「エリカもその巻き込まれ体質をどうにかしたほうがいい」
「ひどい。あたしのせいじゃないわよ」
「調査を命じたのは、あなた方ではないの」

 理不尽な叱責に、少女二人は頬を膨らませる。
 いつもは会うなり耳が浮くような話をするのに、今日の二人は以前同様まともだ。
 もちろん何か言われる前に、こちらがイニシアティブを取ったというのもあるが。
 そんなわけで二人があの変なモードになる前に、とっとと自室に引き上げることにする。

「とにかく、その屋敷の場所は教えたわよ」
「他の扉はあと少しだから、明日には調査は終了するわ」
「「じゃ、おやすみなさい !! 」

 三十六計逃げるに如かず。
 二人は先を争うように扉に向かう。
 だが、男たちの方が少しばかり早かった。

「逃がしませんよ、アンナ」
「もう少し話をしようじゃないか、エリカ」
「え、いやですわ」
「疲れたの。もう寝たいのよ」

 壁に控えた侍女さんたちに助けを求めるが、今日も耳栓常装なのか完全に無視される。
 大きな男たちの手で、二人は元の場所に戻された。

「エリカ・・・耳栓が欲しいわ」
「戻る前に街で買ってくればよかった」

 今日は何を聞かされるかと、ギュッと目を瞑って覚悟する。
 繋いだお互いの手が震えている。
 そんな二人を見て、皇太子たちは深くため息をつく。

「・・・もうあれは言わないから安心してくれ」
「女の子の喜びそうな言葉だと思っていたのですが、僕たちの勘違いでした」「すまなかった」
「許してもらえますか、アンナ」

 少女たちはおずおずと目を開ける。
 そこには深く頭を下げた男たちがいた。

「本当 ? 」
「もう止めてくれるの ? 」
「約束する。二度と言わない」
「誓います。今度からは僕自身の言葉で言いますから」

 皇太子たちはギョッと顔色を変える。
 少女たちがいきなりポロポロと涙を流し始めたからだ。

「アンナ、どうしたんです」
「どこか痛い所でもあるのか、エリカ」
「こ、怖かったの。二人とも前と全然ちがったんだもん」
「あれをずっと聞かされると思ったら、どこに逃げたらよろしいのかしらって」

 そこまで追い詰めていたのか。
 「反省している。そんなに怖がっているなんて思わなかったんだ」
「君を思うは気持ちは変わりません。これからは決して不安にさせませんから」
 
 しゃくりあげながら頷く二人。
 この小さな少女たちを大切にしようと、皇太子たちは心から誓った。

「・・・何をしておいでですか」

 入り口付近から低い声が響く。

「昼間あれほどご説明いたしましたのに、性懲りもなく駄文を垂れ流しているのですか」
「じ、侍女長・・・」

 扉の前で仁王立ちしているのは地獄の侍女長。
 笑顔でありながら全身から黒い何かを発している。

「こ、誤解です。僕たちは何も・・・」
「嘘をおっしゃいますな ! 実際妃殿下方は泣いておられるではありませんか」
「本当だ。今日は何も言っていない。ほら、みんなも証言してくれ」

 侍女たちは自分たちの耳をさして「聞いていませんよ」というアピールする。
 ちっ、耳栓常装か。
 男たちはこれから行われることを思い恐怖する。

「妃殿下方はお部屋へどうぞ。直にお夕食の時間でございます」
「あの、二人は ? 」
「少々教育的指導とお仕置きを。些末なことでございますから、お二人はお気になさらずに」

 さあ、早くご案内を。
 申し開きをしてくれるはずの少女たちは、あれよあれよという間に連れ出されてしまう。
 残された皇太子たちは、昼間の再現を覚悟して待つしかなかった。



 翌日。
 エリカとアンナは残りの扉の始末をした。
 数も少なく、お昼過ぎには変わった。
 その後あの扉に戻ったが、利用されたらわかるよう挟んでおいた葉っぱは消えていた。
 出ていったのか入ってきたのか。
 画はかわらず不具合のままだ。

「お庭番から報告があった。問題の屋敷は現在建築中のものだ」

 お庭番からの報告をまとめた書類を見ながらファーが言う。

「それでは依頼者が誘拐犯なのかしら」
「いや、アンナ。それが違うのです。あの建物はまだ依頼者に引き渡されていないのです」

 貴族服のライは金色の髪を後ろで一つにまとめている。
 その姿をアンナはバレエの王子様のようだと思った。
 少しだけ胸がドキッとする。

「引き渡し前ということは、勝手に使っているってこと ? そんなこと出来るのかしら」
「依頼主には資材が届かず工期が伸びてしまったと言っているようです。ですから建設を請け負った工房に一味が紛れ込んでいると思われます」
「工房には取引が終了したと報告されている」

 あれえ、変だわ。
 エリカは前世で自宅を建てたときのことを思い出す。
「取引終了って、代金の支払いはどうなっているの ? 建築費を完済しなければ引き渡しはできないわよね。あれだけの家ならばそれなりの金額になると思うけど」
「ちゃんと支払われている。依頼者ではなく代理の者が来たらしい。権利書は後で依頼者が取りにくると言っていたそうだ」
「・・・用意周到ね」

 権利書と言っても土地の権利書ではない。
 土地は領主の者。
 権利書とは土地を使用する権利のことを言う。
 建物などの上物は所有できるが、土地の使用料を領主に払わなければならない。
 この場合の領主とは皇帝陛下。
 王都周辺は直轄領だ。

「建築費はそれほどやすいものではない。つまり、それだけの金額を払ってもおつりがくるくらいの収入を見込めるということだな」
「そして撤収までそれほどの期間はかからない。そう、彼らは大物を待っているのです。今までの収支を大幅黒字に出来る大物をね」
 
 大幅黒字の優良物件。
 誰だろう。

「有名な女優とか」
「歌手とか」

 まさか王侯貴族ではないだろう。

「君たちですよ、アンナ」
わたくしたち ? まさか」

 冗談でしょうと笑うアンナに、ライはいいえと首を振る。

「霧の淡雪が皇太子妃候補になった。その噂を流したのも彼らです」
「近衛が探しているという噂もだ」
「ちょっと待ってよ、ファー。そんな噂を流してどんなメリットがあるっていうの ? 」
「めりっと、なんだそれは」
「・・・特になるかってことよ」

 カタカナ英語は通じなかった。

「偽物が大量発生したろう。近衛をなのって人気のない場所に誘導する」
「そのままかどわかすんです。すでに何人か行方不明者が出ているのは知っていますね ? 」
「でも、それとわたくしたちとどう関係があるのかしら」

 アンナの疑問にライが答える。

「今年の新人冒険者の中で、霧の淡雪は頭一つどころか三つくらい抜きん出います。前総裁も最後の依頼は君たちだったと証言しています。優秀で美しい君たちを二人一組で売り出せば、どれだけの高値になるでしょうね」
「高値って・・・どれくらい ? 」

 生前の日本には奴隷制度はなかった。
 自分たちはどれくらいのお値段がつくのだろう。

「そうだな。女性、若い、美しい。これだけで二千万は行く」
「二千万 ?! 」
「うそでしょう ?!」

 安いマンションなら一部屋買えそうな値段に驚愕する。

「それだけではありません。君たちは街専として卓越した技術を持っています。さらに、商業ギルドにいろいろと登録している。君たちを所有できるということは、それらの収入も手に入るということです」
「そう考えると最低でも六千万。競りがあれば一人一億を超えると思われる」

 エリカとアンナの顔が真っ青になる。

「一人一億って、二人で二億・・・」
わたくしたちにそんな価値があるはずが・・・」
「あるんだ。そして自分たちの名で誘拐騒ぎが起きたと知れば、二人が必ず現れるとふんでいるはずだ。今攫われているのは行き掛けの駄賃だな」

 皇太子妃候補になるまで、奴隷売買があることを知らなかった。
 今までそのような境遇の人たちにあったことがなかったし、お妃教育の中で初めてこの国では売買も所有も禁じられているということを知った。
 奴隷禁止法は『不可侵の令』と言って、どんな時代になっても皇帝であっても変えることを禁じられている。
 破ればとんでもない罰則がある。
 だがそんな法律があるとは彼女たちは知らなかった。
 だから前回の誘拐騒ぎにしても、今一つ実感がわかなかった。
 他人事とまでは言わないが、なにか今一つ現実のことと思えずにいた。

「ちなみに前総裁、年齢的に仕える期間が限られているから、能力のわりに安かったぞ」
「ええ、それでも五千万でしたからね。あと十才若ければ八千万はいったでしょう」
 
 高値がつくのは子供、若い女性、読み書きソロバンなどの特別な技術を持つ者。
 それ以外で年予期だったり特技がなかったり、単なる肉体労働しかできないようなのは一人一万円程度だという。

「なんて安いの、人の値段」
「知らなかった。アンナ、こんな商売をする人たち、許しちゃいけないわ」

 結婚の自由などなかった前世。
 けれどそれは時代と土地柄の問題だ。
 強制されたかもしれないが、自分で選んだ道だ。
 だが、人がこんな風に商品として扱われていいはずがない。
 

「戦うべきよ、エリカ」
「もちろんよ、アンナ。オブ・ザ・ピーポー人民の
バイ・ザ・ピーポー人民による
「「 フォア・ザ・ピーポー人民のための !!! 」」

 帝国に解放宣言が響き渡った。

「おい、ライ。彼女たちは何を言っているんだ」
「さあ、何かの詠唱魔法でしょうか」
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