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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか
23話、さらば幼き日 ー前編ー
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まるで現代の閲兵式のように、ローゼンハーフェン北門の外でずらりと並ぶ新生ローゼリア軍。兵数の大小の差はあれど、わずか2ヶ月前にもこのような光景を見た事を思い出す。
あの時は父が帰らなかった。
あの時とは何もかもが違う。
我が命を受けたローゼリア軍部が心血を注いで育てている騎兵隊を、我が軍最強の呼び声高いヴァイスとツェツィーリアが率い、装備の充実著しい歩兵隊はオスヴァルトとホルガーらに任せ、騎兵隊と同じく育成に注思してきた長弓隊をアイリーンが率いている。
そして後ろを振り返れば、留守を任せた叔父上とエイブラムが見守っていた。
「奸計により奪われた我が北方領を取り戻す! 全軍進め!」
我が命を受けた各隊が、順次スムーズに縦隊へと陣替えを行い街道を進んでいく、新生ローゼリア軍の先鋒はヴァイス率いる第1騎兵隊が務め、それに続く形でツェツィーリアの第2騎兵隊が道を征く。
◇◇
時は少し戻り出陣前夜。
領主家家族用の居間でワインを片手に、ツェツィーリアと2人言葉をかわしていた。言葉を交わすと言うよりも、彼女に悩みを聞いてもらっていたと言う方が正しいのかも知れない。
「なぁツェツィ、君ならどうする?」
優しい眼差しで、私が次に発する言葉を待つツェツィ。
「父が討たれたあの日だ。討たれる数刻前に、私たち親子3人は顔を合わせていたのは知っているかな?」
「いいえ、知りませんでした……」
「腹の中では、我々を討つ算段であったくせに、何食わぬ顔で父や私に接したあいつが許せない。言葉では言い表せないほどの恨みや憎しみ、嘆きに心は捕われ、必ずあいつを討つと両親の墓前で固く誓ったよ」
「……」
ツェツィーリアは何も答えない。
ただ黙って、私の話を聞いてくれている。
「親が子を殺し、子が親を殺す。そんな世の中は嫌なんだ。己の欲望のままに兵を挙げる貴族達、平気で人の大事な物を奪う世が嫌だ。こんな世を変えたいと思っている。そんな私がだ、弟を殺して良いのだろうか?……」
「父や母は、本当にそんな事を望んでいるのだろうか?」
ツェツィは、私の瞳を柔らかい表情で見つめて言った。
「私はあの日、貴方に身も心も救われました。知っているでしょう? 懸賞金が掛けられていたそうですよ?」
「ああ、金貨400枚だったか?」
あの戦いの後、捉えた敗残兵から聞き出した情報の1つだった。
「ヘイゼルが来てくれなければ、私は自分で命を断っていたと思います。彼のお陰で生きながらえましたが、あの時、戦場に舞い降りた青い旗が無ければ、結局は自分で命を断つ事になっていたでしょう」
「……」
あの時の彼女の覚悟を聞いて、今度は私が何も言えなくなる。
「貴方に救われた私は、貴方のこの世を正したいと想う気持ちに強く胸を打たれ、今ここにいます。子が親を討つ、よりによって貴方の弟が、です。世を憂う兄がそれを討っても誰も責めません。もし肉親の情から討てなかったとしても、それもまた誰も責めないと思います」
「そんな事では私の心は変わりませんもの、民もまた同じじゃないでしょうか? それにね、あの優しげであった叔父様なら、子育てに一生懸命であったと聞く叔母様ならどの選択をしても優しく笑ってくださる気がしていますよ?」
ツェツィーリアの優しい言葉が、私の心にそっと染みていく。
◇◇
捕えた奴と対面した時、怒りのまま奴に死を命じるのか、それとも生きる事だけは許すのか未だに決断出来ないでいたが、決断出来ない事に苦しまないで良いのだ。それが人なのだから。
そして、どう決断した所で、天上で私を恨むような父母では無いと気づかせてくれた彼女に感謝する。
前方を進むツェツィーリア隊の背中に向けて『ありがとうツェツィ』と心中でそっと彼女へ礼を言うと、それが届いたのか、前方を進軍するツェツィーリアが振り返り目と目で通じ合えた気がした。ハハッ、そんな訳ないだろうに。
何となく彼に呼ばれた気がしたツェツィーリアもまた後ろを振り返り、彼がいるであろう辺りを遠く見つめている。
今や彼女の側で風にはためくこの青い旗が、颯爽と駆けつけるや彼女を死地から救い出し『ツェツィ知っているか? 青い薔薇の花言葉は奇跡だ。君が生きてくれていて本当によかった』と言われたあの日あの時から、彼女の心は温かい何かで満たされている。
これが恋と言うものなの?
彼女の胸の内に初めて生じた想いが何なのかを、彼女自身はっきりとはわかっていなかったが、初めて味わう胸の温かみと、時折苦しくもある胸のざわつきに戸惑いを覚えながらも、それが心地よくもあったのだ。
毎日が少しだけ違って見えるツェツィーリアだった。
「姫様? どうかされましたか?」
ラウラの問いに我に帰るツェツィーリア。
「ラウラ、今回の戦いもよろしくね」
「おまかせを」
ローゼリア軍とユリシス殿率いる治療隊が居なければ、このラウラもまた助からなかっただろう。ラウラとまた轡を並べて進むことが出来る今を改めて感謝するツェツィーリアであった。
↓ 呼ばれた気がしたツェツィーリアの挿絵です ↓
◇◇
早朝にローゼンハーフェンを出立した我々ローゼリア軍の行軍は順調に歩を重ね、ノーファーまであとわずか2刻ほどの距離にまで迫っていた。
この辺りまで来ると流石に奴も警戒しているのか、奴の斥候らしき騎兵が時折姿を表しては消えていく。
軍の行軍を一旦止め、各隊長を招集し軍議を行う。
「ノーファーまであと2刻ほどだ。思う所あれば遠慮なく意見を言うように」
「では、私から」
「──私は前回の戦いに参加しておりません。ですが彼らの非道なる行いは知っているつもりです。万が一レーヴァンツェーンの奇襲があっても対応出来るように警戒を怠らない事と、その……」
「ツェツィ? 軍議中は遠慮は無用だ。それが私に対するものであったとしてもだ。思う所があれば隠さず言って欲しい」
「では……閣下の弟御が……、もし、ノーファーの民を人質に取ったらどうされますか?」
以前まではアレクス、アレクシス殿と一般的な貴族の女性が男性に使う呼称を用いていたツェツィだったが、ローゼリア麾下に加わってからの数日を境に他者がいる時は”閣下”と呼ぶ事になってしまった。
私にとって身内でもある彼女だ、今までどおりでも構わないと伝えたのだが「貴方は必ず偉くなります。だから線引きは必要ですよ? 世を正して下さるのでしょう?」美しさに慈しみ宿る眼差しでそう言われると、何も反論できなかった。彼女の言ってる事の方が正しいのだから。
「はぁ、無いと言い切れないのが辛いな。だが、それについては1つ手を打っている。ヴァイス頼めるか?」
発言したツェツィーリアを含めた皆の視線がヴァイスに集まる。
その視線に動ずる事無く、ただこくりと頷き席を立ち、皆へ向けて説明を始める。
「エイブラム様が戦地より戻った時の事ですが、エイブラム様は戻るまでの数日間、平民の恰好でノーファーに紛れ情報収集を行っていた事はご存知かと、その時にノーファー領民と良い関係を構築する事に成功しております」
その話はエイブラムが戻った翌日には周知されており、隊長クラスの者で知らない者はいないはずだが、ローゼンヌから来たツェツィやラウラ辺りは知らない可能性がある。ヴァイスなりの気配りだろう。
「本遠征で不測の事態あらば、何時でもノーファー内部より事を起こせるよう、前回の潜入時にエイブラム様と共に潜伏したシェリダン様が、既にノーファーへ潜入済みです。両翁との話し合いや、ノーファーへ送り込む人員などについては、アンネマリー殿の手伝いを得ながら私の方で進めさせてもらいました」
シェリダン翁の手勢として使えるよう、商人に扮した兵も数名送り込んでおり、何かあればすぐに呼応する事が可能となっている。
ちなみにこのシェリダン翁、ローゼリア軍において最年長の騎士であり、エイブラムよりも年齢が上なのだ。シェリダン翁からすれば、エイブラムとて若僧扱いなのである……。信じられるか?
翁もまたエイブラムと同じく、父フランツを救えなかった事に責任を重く感じており、今回の危険な任務も喜んで引き受けてくれた次第、もうそろそろ楽隠居させてやりたいんだがなぁ……。
「潜り込ませた少数の兵や協力者で出来る事となれば、夜陰に紛れて火を放ち、混乱を起こさせるくらいでしょうか?」
オスヴァルトが詰めの確認を問う。
「通常であればそうだな、夜陰に乗じて門を開けさせる。火を点けるそんなところだろう。だが今回は違う、万が一情報が洩れてはと秘匿していたが、ここまで来ればもういいだろう。今回忍び込ませた者たちの主任務は、レーヴァンツェーン関与の証拠集めだ」
先ほども述べたが、万が一の情報漏洩を防ぐ為に、この話は秘匿され続けてきた。
殆どの者が知らないため、驚きの表情で私を見ている。
「レーヴァンツェーンから派遣された兵はいるのか? その数は何名程か、率いる隊長等の名前や旗の1つや2つも有れば最高だな。それらが手に入り次第、帝国の全貴族に対してレーヴァンツェーンが停戦の盟を破り、姑息な動きをしていたゆえ討つ。と檄文を送るつもりだ」
「「おぉ」」 「なんと」
「ノーファーを相手するにはやたら兵が多いと感じましたが、そのためでしたか」
「あぁ、そうだ」
皆が驚きと感嘆の表情を見せていた。
「机上と実戦は違う。相手の出方次第で修正は必要だろうが、あくまで狙いは証拠集めと、それを元にした討伐の檄文であり、アンネマリーを従軍させているのもそのためだ」
停戦中とは言え、レーヴァンツェーンの伏兵に備え警戒を怠らないこと。アルザスが万が一領民を盾とした場合の対策の可否についてと、隠されていた本遠征の主目的といった内容の軍議を終えた面々は、再びノーファーへ向けて進軍を開始する。
夕日が西の空へ沈もうと大きく傾き始めた頃、ローゼリア軍はついにノーファーへ到着した。事前の調査や斥候から聞いていた通り、元々からある街の周囲を囲むそう高くない木柵に、追加で拵えた防御柵で周りを補強する程度の守りで、決して難攻不落や攻めづらい類の物ではない。
唯一の問題点は中で暮らす民は全てローゼリア民であり、本来我々に庇護されるべき立場の者達だ。彼ら相手に被害を顧みない力攻めはなかなかに厳しい。
「陣の設営と野営の準備を急げ、それとヴァイスはいるか?」
「呼んでまいります」
「閣下、お呼びですか?」
「他の者達には陣の設営をさせるが、ヴァイスの隊は周囲の警戒を頼む」
「はっ、お任せを」
「ちょっと待てヴァイス、ここに」
警戒に出ようとするヴァイスを呼び止め、すぐ近くへ来るよう促す。
「どうかなさいましたか?」
ヴァイスが踵を返し、私のそばまでやってくる」
「アルザス戦から、レーヴァンツェーンとの決戦まで、私はヴァイスとその隊を酷使するつもりでいる。レーヴァンツェーンとの血の繋がりを持って、変にお前を勘繰られても敵わん。今後長きに渡りこの件で文句を言わせない為だ。そのつもりでいてくれ」
「元よりそのつもりです」
「私にとって本当の弟は、お前だよ」
ヴァイスは何も言わず、目にうっすらと涙を浮かべ頷いた。
◇◇
焚き火を前に幼馴染でもある4騎士のうち3人が揃い、会話を重ねていた。
「ねえアイリーン、シェリダン様の事とか何か聞いてたの?」
「ん、ホルガーどうして?」
「シェリダン様やエイブラム様との打ち合わせならアイリーンで良かったんじゃ? オスヴァルトだってそういうの慣れてるだろうし……」
「お前は相変わらずだなぁ……、落ち着いて考えてみろよ。この戦いから以降レーヴァンツェーンとの戦争がいよいよ本格化するだろ? アレクシス様はあえてヴァイスにやらせてるんだよ」
「うーん」
ホルガーはわかってなさそうだ。
「わからんか? この戦いの前準備からヴァイスにやらせる事で、ヴァイスは味方ですよって皆に示してるのさ、アレクシス様からの気遣いだよ。お前ももう隊長なんだから、これからはちょっと勉強しろよ?」
「ま、まぁでも、ホルガーはこれがいいんじゃない?」
「まぁな、表も裏も無いところがコイツの良いところだな」
「うんうん」
◆◆
「おい! どういう事だ! 約束と違うだろうが!」
ノーファーの執務室でアルザスの怒号が響く。
「アルザス殿、まずは落ち着かれよ」
「これが落ち着いていられるか! ローゼンヌは滅び、ローゼリアは出兵出来てもたかが知れてると言ってただろうが! あれを見ろ2千はいるぞ? 一体どうする気だ」
「奴らがアデン・ハーゲ子爵の軍を打ち破り、ローゼンヌ父娘を救うとは思いませんでした」
「そうですぞ? あれで予定が狂ったのです。本来であればお館様の軍とアデン・ハーゲ軍とで挟み撃ちの予定だったのです」
「馬鹿か貴様ら! 仮定に何の意味がある? 現実に目の前にいる2千をどうするか考えんかっ!」
「すぐに叔父に援軍を要請しろ!」
「ア、アルザス様それは無理です」
「なぜだ!」
ドンッと卓上に拳をぶつけるアルザス。
「ローゼリアとは現在停戦中でして……」
「散々汚れ仕事をしておいて今更何を気にする? 攻めれば良いではないか!」
「そ、そういう訳にはいかんのです」
「アウグスト殿が人質に捕られてるからだろう? あのお人好しの塊のような兄が、殺すわけないだろ、攻めろよ」
「無茶を言わんでください。我々はお館様からは戦うなと言いつかっておりますし、我らレーヴァンツェーンの援兵と合わせても精々300ですぞ? これで一体どうやって戦うと言うのです」
「それを考えるのがお前らの仕事だろうが。では戦わずして退くのか? それとも降伏するのか? 俺は嫌だぞ、今さらあの軟弱者に降るくらいなら死を選ぶわ」
あの時は父が帰らなかった。
あの時とは何もかもが違う。
我が命を受けたローゼリア軍部が心血を注いで育てている騎兵隊を、我が軍最強の呼び声高いヴァイスとツェツィーリアが率い、装備の充実著しい歩兵隊はオスヴァルトとホルガーらに任せ、騎兵隊と同じく育成に注思してきた長弓隊をアイリーンが率いている。
そして後ろを振り返れば、留守を任せた叔父上とエイブラムが見守っていた。
「奸計により奪われた我が北方領を取り戻す! 全軍進め!」
我が命を受けた各隊が、順次スムーズに縦隊へと陣替えを行い街道を進んでいく、新生ローゼリア軍の先鋒はヴァイス率いる第1騎兵隊が務め、それに続く形でツェツィーリアの第2騎兵隊が道を征く。
◇◇
時は少し戻り出陣前夜。
領主家家族用の居間でワインを片手に、ツェツィーリアと2人言葉をかわしていた。言葉を交わすと言うよりも、彼女に悩みを聞いてもらっていたと言う方が正しいのかも知れない。
「なぁツェツィ、君ならどうする?」
優しい眼差しで、私が次に発する言葉を待つツェツィ。
「父が討たれたあの日だ。討たれる数刻前に、私たち親子3人は顔を合わせていたのは知っているかな?」
「いいえ、知りませんでした……」
「腹の中では、我々を討つ算段であったくせに、何食わぬ顔で父や私に接したあいつが許せない。言葉では言い表せないほどの恨みや憎しみ、嘆きに心は捕われ、必ずあいつを討つと両親の墓前で固く誓ったよ」
「……」
ツェツィーリアは何も答えない。
ただ黙って、私の話を聞いてくれている。
「親が子を殺し、子が親を殺す。そんな世の中は嫌なんだ。己の欲望のままに兵を挙げる貴族達、平気で人の大事な物を奪う世が嫌だ。こんな世を変えたいと思っている。そんな私がだ、弟を殺して良いのだろうか?……」
「父や母は、本当にそんな事を望んでいるのだろうか?」
ツェツィは、私の瞳を柔らかい表情で見つめて言った。
「私はあの日、貴方に身も心も救われました。知っているでしょう? 懸賞金が掛けられていたそうですよ?」
「ああ、金貨400枚だったか?」
あの戦いの後、捉えた敗残兵から聞き出した情報の1つだった。
「ヘイゼルが来てくれなければ、私は自分で命を断っていたと思います。彼のお陰で生きながらえましたが、あの時、戦場に舞い降りた青い旗が無ければ、結局は自分で命を断つ事になっていたでしょう」
「……」
あの時の彼女の覚悟を聞いて、今度は私が何も言えなくなる。
「貴方に救われた私は、貴方のこの世を正したいと想う気持ちに強く胸を打たれ、今ここにいます。子が親を討つ、よりによって貴方の弟が、です。世を憂う兄がそれを討っても誰も責めません。もし肉親の情から討てなかったとしても、それもまた誰も責めないと思います」
「そんな事では私の心は変わりませんもの、民もまた同じじゃないでしょうか? それにね、あの優しげであった叔父様なら、子育てに一生懸命であったと聞く叔母様ならどの選択をしても優しく笑ってくださる気がしていますよ?」
ツェツィーリアの優しい言葉が、私の心にそっと染みていく。
◇◇
捕えた奴と対面した時、怒りのまま奴に死を命じるのか、それとも生きる事だけは許すのか未だに決断出来ないでいたが、決断出来ない事に苦しまないで良いのだ。それが人なのだから。
そして、どう決断した所で、天上で私を恨むような父母では無いと気づかせてくれた彼女に感謝する。
前方を進むツェツィーリア隊の背中に向けて『ありがとうツェツィ』と心中でそっと彼女へ礼を言うと、それが届いたのか、前方を進軍するツェツィーリアが振り返り目と目で通じ合えた気がした。ハハッ、そんな訳ないだろうに。
何となく彼に呼ばれた気がしたツェツィーリアもまた後ろを振り返り、彼がいるであろう辺りを遠く見つめている。
今や彼女の側で風にはためくこの青い旗が、颯爽と駆けつけるや彼女を死地から救い出し『ツェツィ知っているか? 青い薔薇の花言葉は奇跡だ。君が生きてくれていて本当によかった』と言われたあの日あの時から、彼女の心は温かい何かで満たされている。
これが恋と言うものなの?
彼女の胸の内に初めて生じた想いが何なのかを、彼女自身はっきりとはわかっていなかったが、初めて味わう胸の温かみと、時折苦しくもある胸のざわつきに戸惑いを覚えながらも、それが心地よくもあったのだ。
毎日が少しだけ違って見えるツェツィーリアだった。
「姫様? どうかされましたか?」
ラウラの問いに我に帰るツェツィーリア。
「ラウラ、今回の戦いもよろしくね」
「おまかせを」
ローゼリア軍とユリシス殿率いる治療隊が居なければ、このラウラもまた助からなかっただろう。ラウラとまた轡を並べて進むことが出来る今を改めて感謝するツェツィーリアであった。
↓ 呼ばれた気がしたツェツィーリアの挿絵です ↓
◇◇
早朝にローゼンハーフェンを出立した我々ローゼリア軍の行軍は順調に歩を重ね、ノーファーまであとわずか2刻ほどの距離にまで迫っていた。
この辺りまで来ると流石に奴も警戒しているのか、奴の斥候らしき騎兵が時折姿を表しては消えていく。
軍の行軍を一旦止め、各隊長を招集し軍議を行う。
「ノーファーまであと2刻ほどだ。思う所あれば遠慮なく意見を言うように」
「では、私から」
「──私は前回の戦いに参加しておりません。ですが彼らの非道なる行いは知っているつもりです。万が一レーヴァンツェーンの奇襲があっても対応出来るように警戒を怠らない事と、その……」
「ツェツィ? 軍議中は遠慮は無用だ。それが私に対するものであったとしてもだ。思う所があれば隠さず言って欲しい」
「では……閣下の弟御が……、もし、ノーファーの民を人質に取ったらどうされますか?」
以前まではアレクス、アレクシス殿と一般的な貴族の女性が男性に使う呼称を用いていたツェツィだったが、ローゼリア麾下に加わってからの数日を境に他者がいる時は”閣下”と呼ぶ事になってしまった。
私にとって身内でもある彼女だ、今までどおりでも構わないと伝えたのだが「貴方は必ず偉くなります。だから線引きは必要ですよ? 世を正して下さるのでしょう?」美しさに慈しみ宿る眼差しでそう言われると、何も反論できなかった。彼女の言ってる事の方が正しいのだから。
「はぁ、無いと言い切れないのが辛いな。だが、それについては1つ手を打っている。ヴァイス頼めるか?」
発言したツェツィーリアを含めた皆の視線がヴァイスに集まる。
その視線に動ずる事無く、ただこくりと頷き席を立ち、皆へ向けて説明を始める。
「エイブラム様が戦地より戻った時の事ですが、エイブラム様は戻るまでの数日間、平民の恰好でノーファーに紛れ情報収集を行っていた事はご存知かと、その時にノーファー領民と良い関係を構築する事に成功しております」
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「本遠征で不測の事態あらば、何時でもノーファー内部より事を起こせるよう、前回の潜入時にエイブラム様と共に潜伏したシェリダン様が、既にノーファーへ潜入済みです。両翁との話し合いや、ノーファーへ送り込む人員などについては、アンネマリー殿の手伝いを得ながら私の方で進めさせてもらいました」
シェリダン翁の手勢として使えるよう、商人に扮した兵も数名送り込んでおり、何かあればすぐに呼応する事が可能となっている。
ちなみにこのシェリダン翁、ローゼリア軍において最年長の騎士であり、エイブラムよりも年齢が上なのだ。シェリダン翁からすれば、エイブラムとて若僧扱いなのである……。信じられるか?
翁もまたエイブラムと同じく、父フランツを救えなかった事に責任を重く感じており、今回の危険な任務も喜んで引き受けてくれた次第、もうそろそろ楽隠居させてやりたいんだがなぁ……。
「潜り込ませた少数の兵や協力者で出来る事となれば、夜陰に紛れて火を放ち、混乱を起こさせるくらいでしょうか?」
オスヴァルトが詰めの確認を問う。
「通常であればそうだな、夜陰に乗じて門を開けさせる。火を点けるそんなところだろう。だが今回は違う、万が一情報が洩れてはと秘匿していたが、ここまで来ればもういいだろう。今回忍び込ませた者たちの主任務は、レーヴァンツェーン関与の証拠集めだ」
先ほども述べたが、万が一の情報漏洩を防ぐ為に、この話は秘匿され続けてきた。
殆どの者が知らないため、驚きの表情で私を見ている。
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「「おぉ」」 「なんと」
「ノーファーを相手するにはやたら兵が多いと感じましたが、そのためでしたか」
「あぁ、そうだ」
皆が驚きと感嘆の表情を見せていた。
「机上と実戦は違う。相手の出方次第で修正は必要だろうが、あくまで狙いは証拠集めと、それを元にした討伐の檄文であり、アンネマリーを従軍させているのもそのためだ」
停戦中とは言え、レーヴァンツェーンの伏兵に備え警戒を怠らないこと。アルザスが万が一領民を盾とした場合の対策の可否についてと、隠されていた本遠征の主目的といった内容の軍議を終えた面々は、再びノーファーへ向けて進軍を開始する。
夕日が西の空へ沈もうと大きく傾き始めた頃、ローゼリア軍はついにノーファーへ到着した。事前の調査や斥候から聞いていた通り、元々からある街の周囲を囲むそう高くない木柵に、追加で拵えた防御柵で周りを補強する程度の守りで、決して難攻不落や攻めづらい類の物ではない。
唯一の問題点は中で暮らす民は全てローゼリア民であり、本来我々に庇護されるべき立場の者達だ。彼ら相手に被害を顧みない力攻めはなかなかに厳しい。
「陣の設営と野営の準備を急げ、それとヴァイスはいるか?」
「呼んでまいります」
「閣下、お呼びですか?」
「他の者達には陣の設営をさせるが、ヴァイスの隊は周囲の警戒を頼む」
「はっ、お任せを」
「ちょっと待てヴァイス、ここに」
警戒に出ようとするヴァイスを呼び止め、すぐ近くへ来るよう促す。
「どうかなさいましたか?」
ヴァイスが踵を返し、私のそばまでやってくる」
「アルザス戦から、レーヴァンツェーンとの決戦まで、私はヴァイスとその隊を酷使するつもりでいる。レーヴァンツェーンとの血の繋がりを持って、変にお前を勘繰られても敵わん。今後長きに渡りこの件で文句を言わせない為だ。そのつもりでいてくれ」
「元よりそのつもりです」
「私にとって本当の弟は、お前だよ」
ヴァイスは何も言わず、目にうっすらと涙を浮かべ頷いた。
◇◇
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「ねえアイリーン、シェリダン様の事とか何か聞いてたの?」
「ん、ホルガーどうして?」
「シェリダン様やエイブラム様との打ち合わせならアイリーンで良かったんじゃ? オスヴァルトだってそういうの慣れてるだろうし……」
「お前は相変わらずだなぁ……、落ち着いて考えてみろよ。この戦いから以降レーヴァンツェーンとの戦争がいよいよ本格化するだろ? アレクシス様はあえてヴァイスにやらせてるんだよ」
「うーん」
ホルガーはわかってなさそうだ。
「わからんか? この戦いの前準備からヴァイスにやらせる事で、ヴァイスは味方ですよって皆に示してるのさ、アレクシス様からの気遣いだよ。お前ももう隊長なんだから、これからはちょっと勉強しろよ?」
「ま、まぁでも、ホルガーはこれがいいんじゃない?」
「まぁな、表も裏も無いところがコイツの良いところだな」
「うんうん」
◆◆
「おい! どういう事だ! 約束と違うだろうが!」
ノーファーの執務室でアルザスの怒号が響く。
「アルザス殿、まずは落ち着かれよ」
「これが落ち着いていられるか! ローゼンヌは滅び、ローゼリアは出兵出来てもたかが知れてると言ってただろうが! あれを見ろ2千はいるぞ? 一体どうする気だ」
「奴らがアデン・ハーゲ子爵の軍を打ち破り、ローゼンヌ父娘を救うとは思いませんでした」
「そうですぞ? あれで予定が狂ったのです。本来であればお館様の軍とアデン・ハーゲ軍とで挟み撃ちの予定だったのです」
「馬鹿か貴様ら! 仮定に何の意味がある? 現実に目の前にいる2千をどうするか考えんかっ!」
「すぐに叔父に援軍を要請しろ!」
「ア、アルザス様それは無理です」
「なぜだ!」
ドンッと卓上に拳をぶつけるアルザス。
「ローゼリアとは現在停戦中でして……」
「散々汚れ仕事をしておいて今更何を気にする? 攻めれば良いではないか!」
「そ、そういう訳にはいかんのです」
「アウグスト殿が人質に捕られてるからだろう? あのお人好しの塊のような兄が、殺すわけないだろ、攻めろよ」
「無茶を言わんでください。我々はお館様からは戦うなと言いつかっておりますし、我らレーヴァンツェーンの援兵と合わせても精々300ですぞ? これで一体どうやって戦うと言うのです」
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