ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜

神崎水花

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1章、人が生きる世こそ地獄ではないか

27話、決戦レーヴァンツェーン

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 思ったほど多いか?
 ローゼリア軍の眼前へ姿を現した、仇敵レーヴァンツェーンの軍勢。
 ずらりと並ぶその様は、我がローゼリア軍を圧倒する程である。
 数だけはな。
 
 女神様より賜りし我が異能を使うべく、仇敵へ向けて意識を集中させる。
[レーヴァンツェーン軍:3500、士気74]
 狙い通り奴らの詳細が判明した。
 敵軍は3500か、遠目に見た印象通り思ったより多かったな。
 本土決戦の割に士気が上がらない様を見ると、強制徴収された兵か民兵がかなりの割合でいると思われる。

 対する我が新生ローゼリア軍はこうとなる。
[ローゼリア軍:2100、士気102]
 まさかの士気100超えである。
 この数値には私も一瞬驚いたよ。
 仇敵を討つという皆の想いに、私の高い統率と魅力が合わさっての数値だろう。
 ツェツィーリアの異常なまでに高い統率と魅力の後押しも大きい。

 レーヴァンツェーンの地にて相対する2つの軍。
 何も知らぬものが見れば、異様な光景に映ったであろう事は間違いない。
 攻勢側は甥であり兄である私が率いし軍で、守勢側には叔父や実の弟がいる軍が向かい合っているのだからな。

 今から身内同士が殺し合うのだ。
 人間とはかくも醜いものなのかと嘆くが、我が軍はもう退けぬ。
 我が征くがおびただしい血と犠牲の上に成り立つ道だとしても、共に進むとあの日決めたのだ。

 そんな私の嘆きと決意をあざ笑うかのように、レーヴァンツェーン軍より一騎の男が姿を現した。騎士には似合わぬ豪奢ごうしゃな鎧と、見るからに尊大な風貌。
 叔父と表現するのさえ虫唾が走る、あの男が姿を現したのだ。
 そうヘルマン・ツー・レーヴァンツェーンが。
 
 悪鬼が如き男が、許可もせぬのに何かを叫び始める。
 奴の声など聴きたくも無いが仕方がない。
「我が名はヘルマン・ツー・レーヴァンツェーン、開戦前に一言物申す。あのような文、断じて認める事は出来ん。即刻取り下げてもらいたい」

「返答は如何に?」
 
 アルザスの時も思った事だが、奴らは馬鹿なのか?
 真正の阿呆なのか?
 領主たる男が賊に身を変え、妹の夫父フランツを騙し討ったのだぞ?
 妹の子アルザスと策謀し嫡子である私をも殺害して、父の領土を掠めとろうと画策したのはどこの誰だ? 権勢や権力闘争にまるで関心が無かった我が母まで殺害したのは何処の誰だか言ってみろ!
 なぜ恥じん?
 なぜ憤る? 
 物申したいのはこちらだろうが。
 奴らの傍若無人さが、恥を知らぬその様が、平静を装う私を怒らせ体を震わせる。

 怒りに身を震わせながら、整然と並ぶローゼリアの軍列を縦に割り、陣前に躍り出てあらん限りの怒声を発した。
「我が名はアレクシス・フォン・ローゼリア。もはや答える義理も無いがお答えしよう。アルザスから聞かなかったか? 檄文に書かれるは事実! それ一点のみである。取り下げる気はない!」

「レーヴァンツェーンとアルザスが企てしこの度のはかりごと、まこと度し難し! けして許すものでは無い! 恥すらも知らぬお前たちは、もはや人に非ず!」
 本当はお前たちの背後に誰がいるか知っているぞ?
 だが、それはまだ言えん。
 まだ勝てないからだ。
 
 そして振り返り、我が頼もしき将兵達へ向かって放つ。
「我がローゼリアの兵達よ、聞け! いまより悪を討つ! 我に力を! 我に力を貸してくれ!」
「「うおおおおおおお」」
 ローゼリア軍兵の熱い叫びが、咆哮が、空気を大地を震わせる。
 
「全軍、かかれーーーッ!」
 号令と共に右腕を振り下ろすと、『承った!』と言わんばかりに雄たけびを上げ、我が兵が進みだす。陣前にて鼓舞した我を超え進み、仇敵へ向けて歩みだす。

「弓が来るぞ! 盾を構えろ!」
 頼むぞオスヴァルト。
 レーヴァンツェーン恥しらずな軍から無数の黒い矢が飛来する。
 私たちの命を奪わんとす悪意の矢だ。
 先ほどの舌戦もあり、私は未だ軍の前線中央付近に身を置いていた。
 そんな私を狙ったのであろうな、確かに理には適っている。
 私が斃れればこの戦いは終わる。
 
 飛来する矢の半数近くが、前線の中央付近を目指して飛翔していた。
「アイリーン、応射だ! 全数で応射せよ!」
 命令が速いか、彼女が現れるが早いか、絶妙の頃合いで私の前に現れた大盾。
 ドガガガガガ
 大盾を空へとかざし、雨霰あめあられのように降り注ぐ敵の矢弾を防ぎしその人は、豪奢な金髪が美しく、決して華美では無い厳かな白と金色の軍装に身を包むユリシスと、彼女ユリシスが連れて来た一隊だった。
「主様! お怪我は?」
「ユリシス、君のお陰で無いよ。必ず来てくれると思っていた」
「当然です」
 盾を掲げており、その表情を伺い知ることは出来ないが、大体予想は付く。
 美しく微笑むのであろう?
 
 アレクシスが敵弓矢の攻撃を受けていたその頃。
「アレクシス様の声よ! 聞こえた?」
「いいえ、何も?」
「聞こえたでしょ!」
「いえ、聞こえませんでしたが……」

「もういいわ、長弓隊! 構えーッ」
「ア、アイリーン様、勝手に部隊を動かせば責任問題ですよ」
「いいわ、責任は私がとるから」
 絶対に聞こえた。あれは若様の声よ。
 間違う訳がないんだからッ。

「全員、敵弓兵を中心に放てーっ。今まで散々隠されて鬱憤も溜まったでしょ、ここで晴らしなさい!」
 赤髪を美しく揺らし叱咤する隊長のもと、ローゼリアが秘匿し続けた長弓隊がとうとうその姿を白日の元へ晒し、敵に猛威を振るう。
 矢羽が空を裂く音と共に、数百本の黒い影がとばかりに放物線を描き敵めがけて飛翔する。

 私の前にその肢体を晒し、必死になって矢を防ぐユリシスが居て。
 伝令も出していないのに応射するアイリーンが居た。
 この戦場で声が届いたのだ。
 私は確信した。
 悪鬼羅刹どもよ、見たか?
 これが人の絆、人が持つ美しさよ。かつてお前達も持っていたものだ。

「主様、本営に戻りましょう。ここは危険です」
「ああ、そうだな。ユリシスこそ怪我はないか?」
「ありませんが、あっても良いのです。主様の代わりになれたのですから」
 出会った当初は重くて仕方が無かった、彼女の重想美人がそう気にならなくなったのはなぜだろう? そこに打算や見返りの一切が存在せず、ただ純粋な思いから放たれる言葉だからだろうか?
「忘れるなユリシス」
「はい?」
「お前たちに死んでほしく無いのは私も一緒だ。だから決して無茶はするな」
「はい」
 そう返し、目にうすら涙を溜めるユリシス。
「ははは、大勢の前では泣かないのではなかったか?」
「主様! もう!」

 ◇◇
 
 ユリシスとその隊のお陰と言えよう。
 矢の集中攻撃を受けるも怪我のひとつも無く脱し、本営へ帰する事が出来た。

[レーヴァンツェーン軍:2938、士気68]
 開幕そうそうにも拘わらず、アイリーンの長弓隊により敵は500人以上の被害を出していた。やはり思った通りだった、通常の弓よりも長く作らせ飛距離と威力を増した長弓は驚異の一言に尽きる。
 敵が我が軍の前線を射撃するに対して、こちらは敵奥の弓隊や防御の薄い後衛を直接狙えるのだからな。しかも敵の矢を受ける当方の前線は盾を配備しており防御も万全。こうなると一方的に我が軍のみ敵を削る事が出来るという訳だ。

 公爵と当たるその日までに、出来るだけ長弓隊の増強を続けなければ。
 ただし、長くなった分だけ扱いが難しく、習熟に時間が掛かるのが難点だな。

 今は前線同士が接敵しているので長弓は使えない。
 お互いの主力歩兵同士が壁を形成し削り合う、我慢の時が続いていた。
 前線で時おり敵兵が爆ぜたようにその身を飛ばしている。
 おそらくホルガーが前線で武器を振るっているのだろう。
「はは、本当暴風のようだな」

 いつぞやの会合で取り決めた新生ローゼリア軍の軍容のうち、新たに設けられた部隊がひとつだけあった。戦闘能力はまるでないが、前線の負傷兵を本営の後ろに誂えた救護所へと運ぶ部隊だ。その隊の名称は私自らが運癒隊と名付けさせてもらった。
 その運癒隊のみ専用の服装を支給し纏わせている。
 全兵が一目見てわかるようにしてあるのだ。
 そしてその任務は負傷者を後方へ運ぶ、それ一点のみだ。
 いかなる士官もそれ以外の命令は出来ない。
 もちろん戦いの無い時は例外で治療の手伝いもしてもらうがな、戦中はそれ一点とした。
 
 その運癒隊が前線から負傷した兵を運んでは、後方の救護所へ届けていた。
 救護所の中ではユリシスを長とした治療隊が懸命に治療を行っている。
 ただ戦闘中となればユリシスは私の側へいる事が多い、彼女がいない間は副長のコルネリア・アーデルラインに治療隊を任せている。
 手当は早ければ早いほど良い。
 この仕組みがあれば、今後は無駄に命を落とす者も減るだろう。
 世界でただ一つ、ローゼリア軍でのみ見られる光景だ。

 太陽が西の空を燃えるような赤やオレンジ色に染めあげ、日没がそう遠くない事を我らに知らせていた。レーヴァンツェーン軍の到着が想像より遅かった事もあり、決着は明日へ持ち込むことになる。残念だ。
 
「よし、全軍防御陣地へと引き上げるよう伝えてくれ」
 前線を構築するオスヴァルト率いる主力歩兵部隊へ引き上げを命じた。
 全周囲をぐるりと囲む程では無いが、前側を重点的に防御柵や拒馬などを設置し、安心して休息が行えるよう構築してある。
「輜重隊と後衛の者は、食料の配布を頼む」


 領主だからと言って、前線で豪華な食事を望むほど愚かではない。
 隊長たちと同じ食事が眼前へ並べられる。
 平たく加工された煎り麦に干し肉の類、具がほぼ無い魚醤汁が一つ。
 平時の民の主食はパン類であったが、パンは嵩張る癖に日持ちが悪い。
 糧食には向かないと判断し、ローゼリアではこうしている。

 戦闘行為があったオスヴァルトや、ホルガーにアイリーンはそれぞれ直卒の兵士達と食事を取るようで、本営に今いるのはユリシスにアンネマリー、ツェツィーリアとヴァイスに私を入れた5人のみだ。
「ツェツィ」
「はい」
「ツェツィは、こういう食事はもう経験済みかな?」
 彼女は私と同じ帝国貴族の子女である。
 普通に考えれば戦闘糧食なぞ食べた事がないだろう。

「ええ、ローゼンヌでの戦いの時に初めて食べました。ですが、この……なんでしょうか、丸くて平たいモノは初めてです」
 ツェツィは、硬い円盤の様な食物を興味深そうに手に取りながら答える。
 その瞳には、貴族の令嬢らしからぬ好奇心が伺える。
「これは、我が軍で考案したものなんだがな。パンはほら、美味いが日持ちはせんし、大きくて嵩張るだろう?」
「ええ」
 彼女は、頷きながら私の説明に耳を傾ける。
「麦を焙煎してから、すり潰して固めてみたんだ。こうすると日持ちが良くなり便利だぞ。そのまま食べても良いし、汁に浸して柔らかくしてもいい。好きな方法で食べてくれ」
「わかりました」
 ツェツィは笑顔で答えた。その表情から、慣れない食事への不安よりも、冒険心の方が勝っているようで安堵する。

「その……すまないな。領主であろうが、仮に貴族であっても戦場では皆と同じものを食べるべきだと思うのだ」
 爽やかな微笑みを浮かべながら、静かに首を振る彼女。
「人を統べるものこそ、襟を正し範を示すべきではありませんか? 私は、閣下のそういうところが大好きですよ」

 ゴホッ、ゴホゴホ。
 ツェツィーリアの突然の言葉に、私は驚き、煎り麦を喉に詰まらせてしまう。
「ゴホン」
 咳き込みながら、照れた私は視線をそらす。
 一体何を言い出すのかと思えば……。
 心の中で先ほどのツェツィーリアの言葉を反芻し、照れくささと同時に、微かな喜びも感じていた。

「あー、ところでだ。ヴァイスとツェツィ、君たち2人は明日こそ活躍してもらうからな」
 話題を変えるように、私は二人に視線を向ける。
「決定的な一撃を放つ時が必ず来る。そのつもりでいてくれ」
「はっ」「はい」
 ヴァイスは力強く、ツェツィは微笑みながら頷いた。ツェツィは私の動揺に気づいているのかいないのか、ずっと微笑みを絶やさない。

 たぶん深く考えずに言ったのだろうとは思う。結構真面目な話だったのだがなぁ、彼女のせいで何とも締まらない結果になってしまった……。
 私は心中で苦笑しながらも、ツェツィーリアの笑顔に癒されていた。
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