ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜

神崎水花

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2章、聖なる花冠(ローゼンクランツ)へ…

37話、秘密兵器

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 仮の工房にと借り上げた、大きな建物に大勢の職人達が集められていた。
 いよいよ『馬車砦』の製造が始まるのだ。

 昨日の軍議が終わってからすぐ、ツァハリアス叔父上の手配により領内中の職人達が集められており、各職人を束ねる親方連中と実際の製造へ向けて打ち合わせが重ねられていた。
 各々に手渡されたリンハルトが書いたと思わしき絵図面は、良く出来てはいたものの所詮素人であり、実際に製造し組み立てに使うには色々と足らず、早急に手直しが必要だったからだ。
 私やリンハルト、アンネマリーにユリシスと言った参謀・幕僚組と、アイリーンら部隊を率いる隊長達の意見を取り入れた、最終的な絵図面が出来上がり皆へと配られると、それを受けた現場は慌ただしく動き始めていた。

 職人たちが手直しされた絵図面を元に、慣れた手つきで木材を加工していく。
 巨大な木材がだぞ? ノコギリやノミを持った職人達の手にかかると、みるみるうちに姿を変えていくではないか。
 車輪の輪になる部分が一つの輪では無くて、複数の部品で構成されていたなど知りもしなかった。こちらの職人達は厚みのある板を並べ組み合わせているな。これは防御壁となる部分の板だろうか? 知らぬ世界を見るのは、中々に面白いものだな。

 さすがに鍛冶職人たちは炉が無ければ仕事にならぬので、ここではなく、それぞれの工房で仕事をしてもらっている。時折運ばれてくる部品を覗くと、車輪の外輪やばね板らしき物を見ることができた。

 職人達が数か所へと別れて分担で作業を行い、それぞれで作られていく部品が集まり組み立てられ始めると、少しずつなっていく姿に自然と期待が高まる。
 
「いよいよだな」
「ええ、ちょっと緊張しています」
 間もなく、試作の1台目が出来上がる。
 この『馬車砦』の為に既に大勢の職人や材料が集められており、少々出来が悪かろうと今更この計画が消えてしまう事はないが、ワンベルク伯爵との戦いで実際に使えるのか、目に見えて大きな弱点などはないかなど、実用に耐えるのか急ぎ確認をしていかねばならない。リンハルトが緊張するのも無理は無かった。

「よし、これで完成だ!」
 職人たちが、矢狭間を備えた大きな木壁を台車部分へと取り付けると、馬車砦は一応の完成を見る。 
「おお、なかなか良い感じじゃねえか」
「これなら、敵の攻撃をかなり防げそうだぞ」
 他の職人たちもそれぞれの作業を終え集まり、出来栄えに歓声をあげていた。

 完成した馬車砦はまさに移動式の壁だった。それ以外の形容が思いつかないほどに立派な壁であったのだ。ただ、この壁は頑丈な車輪を持ち、馬で牽引することで戦場を自由に移動する事ができる。戦場の望む場所へ運んで馬を切り離せば、即座に強固な防御陣地が出来上がる。

「閣下」
「どうした?」
「今回は戦まで時がございませんので、急ぎ作れるよう簡易な構造のものへ変更いたしましたが、実際に戦場で使えるとなれば改良を施したく思います」
「そうだな。だがリンハルトよ、一度見せてしまえば良きものは真似されると心得よ。いずれ馬車砦が我らを阻む障壁になるやもしれん。今からコイツの倒し方を考えておいてくれ。もちろん私も考える」
「た、たしかに。そこまでは考えが及びませんでした」
 彼は自分の考案した馬車砦が、いつか我らの行く手を阻む障壁となる事は想定していなかったのだろう。私の言葉にわずかに視線を落としたが、その瞳は陰らない。
 新たな課題へ、どこか楽しげな笑みを浮かべるリンハルトであった。

「さてと、では色々と試してみるか……」 
 見た目は中々に素晴らしいが、実際の出来はどうであろうか。
 さっそく試作機を運んで試すとしよう。
 馬で引けるのかどうかも確認したいしな。

↓完成した試作馬車砦のイメージです↓

 
「アイリーン、ちょっと乗ってみてくれ」
 試作馬車砦への搭乗を促すと、彼女は「はい」と短く返事をして、馬車のステップ代わりにと車輪の軸部分に足を乗せて軽やかに飛び移る。
 
「どうだアイリーン、弓は撃てそうか?」
 部下から長弓を受け取ったアイリーンは、馬車砦に設けられた防壁の矢狭間から実際に弓を放つ動作を繰り返し試していた。
「意外と安定してますね。これなら大丈夫です。矢狭間の隙間も丁度良い感じかと」
「そうか、わかった。ではそのまま兵を乗せてみてくれ」
 アイリーンが手を上げ合図をすると、彼女の配下である長弓兵も馬車砦に乗り込みはじめる。人が乗るたびに馬車砦からギシギシと木材の軋む音が聞こえてくるが、どうだろう。強度を確かめようとアイリーンがその場で跳躍を繰り返し、それを見つめるオスヴァルトの姿が目に映る。

「何人くらい乗れそうだ?」
「射手は5、6人程でしょうか、余り多くても撃ち辛そうです。それよりも後ろから矢を渡してくれる者が欲しいですね。なら、かなりの数連射できそうです」
 実際の運用はアイリーンの長弓隊が矢を放ち、オスヴァルトの歩兵隊が周りを守備する形となる。細かい所は任せてもよさそうだな。
 
「よし、ではすまないが、そのまま待機してくれるか」
「はい」
「オスヴァルト、鉤縄かぎなわを上に引っかけてくれ、倒れないか試してみたい」
「わかりました。おい縄を掛けて引っ張るぞ」
 屈強な兵士たちが、彼の命のもと馬車砦の防壁前へ集められる。
 その内の1人が前に出て、鉤縄かぎなわのフックを防壁の一番上に引っ掛けると、残りの兵士たちが縄をしっかりと握り締めオスヴァルトの声はまだかと待っている。
「合図で一斉に引っ張るんだ。倒れそうになったら気を付けろ。挟まれるなよ」
 万が一馬車砦が倒れてしまうと、引く側も引かれる側も危険だ。
 皆に少し緊張が走る。
「よーし、いくぞ! せーの!」
 オスヴァルトの合図で、兵士たちは一斉に縄を引っ張り始めた。
 足は大地を踏みしめ、腕には血管が浮き上がる。
 馬車砦は左右に大きく揺れるが、倒れる気配はない。

「アイリーンどうだ? 倒れそうな感じはするか?」
「ありません! 大丈夫です」
 引く人数をもっと増やせば倒す事は可能だろうが、この馬車砦には長弓兵が乗る予定だ。目の前で易々と引かせる事は無い、この程度で十分だろう。
 これなら十分実用に耐える。あとは量産あるのみである。

「では、私はドレイク男爵家の使者と会ってくる。みな引き続き頼むぞ」
「お任せを。よし皆、作業に戻るぞ! 一刻も早くこの馬車砦を完成させるのだ!」
ツァハリアス叔父上の声が響き渡ると、職人たちは一斉に動き出した。槌音が鳴り響き、金属が擦れる音が重なり合う、工房は再び喧噪に包まれて行く。

 去り際に、試作馬車砦の壁を見上げて、オスヴァルトが何やら呟くのが聞こえた。
「見事な絶壁だな。まるでアイリーンだ」
「あんた、聞こえてるわよ? 誰か矢持ってない?」
 ここは、知らない振りして行くとしよう……。
 君子危うきに近寄らずとも言うしな。
 
 オスヴァルトは意外とアイリーンを構う事が多いような、まさか……?
 それはないか。

 ◇◇
 
 我が領主館1階の広間には、重苦しい空気が漂っていた。
 昨日から一夜明けて再び呼ばれたガルシアは、ローゼリア伯爵である私が来るのを膝を付き、頭を垂れて待っていたようだ。

「待たせてしまったか、ガルシア殿」
「いいえ、今来たところで御座います」
「ふふ、そうか。いや何、軍備にちょっと時間がかかってしまってな」
 ガルシアは私の台詞に一瞬驚き固まるも、声は上ずり、顔に喜色を浮かべ始める。
「軍備? も、もしや……」
「ああ、我がローゼリアはドレイク男爵家に援軍を出すと決めたぞ」
「ほ、本当ですか!? 伯爵様!」
 ガルシアの声は、驚きと喜びで打ち震えていた。
 震えたまま、深々と頭を下げて感謝の言葉を述べる。

「ありがとうございます! ローゼリア伯爵閣下、このご恩は忘れません。我が主も同じ気持ちのはずです」
「幼少のみぎり、社交で顔を合わす度に可愛がってくれたのは覚えている。ご安心召されよとドレイク殿に伝えてくれ」
「閣下……」
「では、軍の準備があるのでこれで失礼する。ああ、そうだ。到着は今日より5日後を予定している」
「ははーっ」
 ガルシアは肩を震わせて伏したままであった。
 肩を軽く叩いてやり「気を付けて帰れ」とだけ言い、私は広間を後にする。

 試作馬車砦の試験から使者であるガルシア殿との面会を終えた私は、明朝出発予定の第2騎兵隊、所謂ツェツィーリア隊の兵舎へと向かう。
 騎兵隊の視察と、明日以降の作戦内容について綿密な打ち合わせを終え、兵舎を出ると家々の屋根が夕日に照らされ橙色に輝いていた。

 両親が愛したローゼンハーフェンが、夕焼けに染まり何とも美しいではないか。
「夕日が綺麗だな。こんな日は歩いて戻るのも良いな」
「では3人で一緒に歩いて帰りましょう。ね、ラウラ」
「はい」
 ツェツィは昨晩から機嫌が良い、ような気がする。
 時折、私の方を見ては優しい笑みを浮かべて、ラウラはそんな私たちの数歩後ろを歩きながら嬉しそうにしていた。
 
「ツェツィ、叔父上は食事をちゃんと取っているだろうか?」
「どうでしょうか……、ああ見えて、父は集中すると飲食を忘れるところがありますから心配です。」
「叔父上に差し入れを持って行こうと思うのだが、どうだろう? もしよければ一緒に行かないか?」
「ええ!? 喜んで! お父様も、きっと喜んでくれるでしょう」

 ツェツィーリアにそう提案すると、花が咲いたように明るい笑みが広がった。
 普段は凛とした美しさを持つ彼女だが、笑うと途端に愛らしく、そのギャップに思わず見惚れてしまう。
 あと数日も経てば、また戦場で殺し合いが始まる。
 喜びと優しさに溢れたツェツィの瞳が、笑みが、私に束の間の安らぎと癒しを与えてくれていた。

「では、私は先に戻って料理長に差し入れをお願いして来ます」
 ラウラもまたツェツィのように、顔一杯に笑顔を浮かべて走って行った。
「そんな慌てなくても良いのに……」
「ですね。うふふ」
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