ローゼンクランツ王国再興記 〜前王朝の最高傑作が僕の内に宿る事を知る者は誰もいない〜

神崎水花

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2章、聖なる花冠(ローゼンクランツ)へ…

39話、大義と欲の衝突

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「おい、聞いたか?  敵は数えるほどしかいないらしいぜ」
「ははは、所詮男爵家だからな。伯爵様の軍隊にかなうはずもない」
「まぁ、どちらしろすぐに終わるさ。問題はその後よ」
「宝石や貴金属はもちろん、女も連れて帰れるかもな」
「早い者勝ちだからな。おい、俺が美人を捕まえても恨むんじゃねえぞ?」
 兵士たちの間では、軽口と笑い声が飛び交っている。
 大軍ゆえか既に勝利を確信し、戦利品への期待に胸を膨らませる者たちもいた。徴集された兵達の中には、略奪行為を目的に戦に参加している者も少なくなかった。

「報告します! 敵軍中にローゼリア家の旗を確認しました!」
「数は!」
「まだわかりません。わかり次第ご報告いたします」
 物見からの知らせに、ワンベルク伯爵は一瞬眉をひそめる。
 ローゼリア家が援軍を送ってくるなど予想外だったのであろう。
「奴らは仇であるレーヴァンツェーンとの戦いですら、3000ほどの兵しか出せなかったのではないか? 援軍でそれを超えてくることはまずあるまい」
 その程度であれば、まだ兵力差は倍以上あり我らの優位は変わらず。と考えたのか、伯爵は軽く手を煽り、報告に訪れた伝令を下がらせた。

「ローゼリア家の連中も出てきたか……。だが、奴らだけでは戦況を覆すことはできまい。油断せず、各部隊に警戒を徹底させれば十分であろう」
「閣下、仰る通りです。ローゼリア家など、我らの敵ではありません」
 伯爵以下、彼の幕僚たちも不敵な笑みを浮かべ、まだ見ぬ敵を侮る。
 ワンベルク伯爵軍は、上は幕僚から士官に始まり下は末端の兵士たちに至るまで、緊張感のかけらもなく、談笑しながら進軍を続けている。彼らにとっては、この戦はただの消化試合に過ぎないのだろう。

「いかんな、緩み切っている」
「勝ったほうが東部で大きく台頭する、ここは大事な局面でしょうに」
 ある百人隊の隊長と副長の会話だった。
 彼らのように経験豊富な、所謂いわゆる叩き上げと言われる一部の兵たちには、ローゼリア家の参戦に警戒心を抱いている者も少なからずいた。だが彼らの位は総じて低く、その声が上に届く事は無いだろう。

「なんだあれは?」
 ローゼリア軍に、もう間もなく迫ろうとしていた、ワンベルク伯爵軍の先鋒部隊が俄かに騒ぎ始める。
「ほ、報告いたします!」
 先鋒部隊から使わされた伝令は、息を切らして駆け付け、慌てた様子でワンベルク伯爵に頭を下げる。
「何事だ、落ち着いて話せ」
 伯爵は苛立ちを隠すことなく、伝令に発言を促す。
「は、はい。 敵陣の様子ですが……、見たこともない巨大な箱のような物が、等間隔に並んでおります」
「巨大な箱だと?  馬鹿を言うな!  見間違えであろう。仮にあったとしてそんなものが戦場で何の役に立つというのだ」
 伯爵は伝令の言葉を一笑に付した。
 周囲の幕僚たちも、クスクスと笑い声を漏らしている。

「閣下なにとぞ、一度前線でご確認いただけませんか?」
 伝令は必死に説得しようとするが、伯爵は聞く耳を持たない。
「閣下、相手の馬鹿さ加減を一度見ておくのも宜しいのでは?」
 幕僚の言葉に、伯爵は不敵な笑みを浮かべる。
「確かにな、それもおもしろいか。わかったもうよい、下がれ。確認には行くと前線の司令官に伝えよ」
 伯爵は供回りを引き連れ、愛馬の腹を蹴り前線へと向かう。
「箱の様なものが並ぶだと? ふん、箱に何ができると言うのだ」
 伯爵は前線へ向かう道中、鼻で笑いながら前を見つめた。
 しばらくすると、敵の陣地に大きな構造物のような物が並んでいる事に気づく。

「あれか?」
「そのようです」
「ふむ、なんだあれは? よく見れば車輪が付いておるな。馬車か?」
 伯爵は首をかしげ、不可解そうに呟く。
「少ない兵をごまかすために、大きな壁のような馬車で隙間を埋めているのでは?」
 幕僚の一人が恐る恐る推測を述べると、伯爵は眉間に皺を寄せ、腕組みをして考え込む。
「ふむ…確かに、そのような戦術もあり得るな」
 伯爵は納得した様子で呟いた。

 そうであれば何ら恐れる事は無い。攻撃の準備に入れ!
 そう命じようと伯爵が声を発する直前、ローゼリア伯の演説が風に乗って聞こえてくると、ワンベルク伯爵の顔はみるみるうちに紅潮し、握りしめた拳は怒りで震え始める。
「奴ら、よくもぬけぬけと!」
 伯爵は怒号を上げ、手元の杯を床に叩きつけると、恐怖で立ちすくむ従者たちを気にする様子もなく、早口でまくしたてた。
「大義がないだと? 世を正す? 笑わせるな! 奴らの偽善を打ち砕き、東部をわがものとするのだ」
 伯爵は息を切らし、肩で激しく呼吸を繰り返した。
 腹立ちと欲にその目をギラつかせて。
「全軍に告ぐ! ローゼリア軍を殲滅せよ!  奴らの血でこの地を染め上げるのだ。我々の力を思い知らせてやれ!」
 伯爵の怒りの叫びが、戦場に轟き渡った。

 ◆◆

「閣下、敵が進軍して来ます」
 物見櫓の下から、上へいる私へ向けて伝令の声が届く。
 見れば敵軍の無数の旗がはためき、まるで黒い波が押し寄せてくるようだった。

「主様の宣誓が、余程腹に据えかねたのでは?」
 同じく物見櫓に立つユリシスが、そう言ってくすくすと笑っている。
「やれやれ、思い通りにいきすぎるのも困ったものだ」
 馬車砦を見た敵が、臆して攻めてこないようでは困る。相手を挑発する目的も兼ねての激だったのだが、効果はてきめんのようだった。

 1万もの軍勢が織りなす人の波。大地を踏み鳴らす足音は轟雷となって、空気を震わせる。軍旗は風にうねり、その数は星の数にも勝るほどあるに違いない。
 全ての準備は整えた。我が軍は兵力以外の、全てにおいて敵に勝るだろう。
 それでも、総勢1万もの敵兵が押し寄せる迫力は圧巻だった。緊張に自然と唾を飲む。
 すると、すっとユリシスが私の斜め前方に位置を変えた。
 万が一に備えて自分を盾にするためだろう。彼女には本当に頭が下がる思いだ。
 仮にその時が来たとしても、私はむざむざ彼女を死なせるつもりはないがな……。
 いざとなれば守ってやるぐらいのつもりではいる。女神様のお陰で戦う力を取り戻せたのだから。でも、彼女の心根はありがたい。本当にうれしく思う。

 大地を轟かせる地響きと共に敵がやって来る。
 それを迎え撃つ我が軍は、等間隔に連なる馬車砦の間を縫うように、重装歩兵たちが盾を構えて密集隊形を形成している。彼らは馬車砦同士の隙間を守り、敵の攻撃から長弓隊を守る盾となるのだ。
 もし全ての隙間を防いだらどうなるか? より堅牢になるのではと思うか?
 隙が全く無い敵に押し寄せる馬鹿はいない。少数の兵が隙間を守るように見せる。突き崩す事が出来れば勝利は間違い無し。と思わせるのが肝要なのだ。その隙を隙で無くすための重装歩兵だった。
 ちなみに、私の前で献身的に私を守ろうとしてくれている彼女は重想美人だ。
 懐かしいフレーズに一人ほくそ笑む。
 ただ、最近は重いと感じなくなってしまったが……。

 戦場に突如現れた巨大な防壁の矢狭間からは、長弓隊の鋭い矢が雨のように降り注ぐ。至近で放たれた長弓の矢は空気を切り裂いて、甲冑を打ち破り敵兵の肉を貫く。悲鳴と怒号が入り乱れる戦場で、アイリーンが率いる長弓隊は冷徹なまでに正確に、そして容赦なく敵を射殺していく。
 
 太陽は既に中天を過ぎ、その身を傾き始めようとしていた。
 しかし戦場の熱気は一向に冷める気配を見せない。重装歩兵たちは、血と汗と埃にまみれながらも、馬車砦の周囲に鉄壁の防御陣を築き上げている。彼らの盾は幾重にも重なり、敵の矢や、槍での突きをことごとく弾き返す。

 馬車砦の台上でアイリーンは弓矢を番えながら、部隊を指揮していた。
 凛とした佇まいで、その表情は真剣そのものである。
 矢を番え弦を引き絞ると、矢は音もなく放たれて、前方の敵兵の胸を正確に貫いた。
「次!」
 アイリーンの声が響くと、背後に控える兵士が素早く矢を差し出す。アイリーンはそれを受け取ると、間髪入れずに次の矢を放つ。その動作は流れるように滑らかで、無駄がない。
 馬車砦の後ろでは、矢の補給係が忙しなく動き回っていた。彼らは、矢筒から矢を取り出し、それを次々と射手たちに渡していく。その手際のよさが、次々と放たれていく無数の弓矢の正体だった。

 長時間の戦闘で疲労困憊した射手たちは、馬車砦の台上を降り後ろの交代要員と入れ替わる。交代した射手は台上へと駆け上がると、アイリーンの指揮の下、弓を射続けるのだ。
 アイリーン率いる長弓隊は、もはや一つの暴力と言って良いかもしれない。彼女の指揮のもと組織的に運用され、矢は絶え間なく降り注ぎ、敵兵を次々と倒していく。その光景は、敵からすれば地獄以外の何物でもないだろう。
 そして、この馬車砦の最たるポイントの一つが、射出角度だ。
 戦場で良くある、山なりに打ち合う弓矢の応酬であれば、後ろでふんぞり変える伯爵たち幕僚にもわかりやすいのだが、馬車砦から、押し寄せる敵へ放たれる矢は水平射だ。後ろの奴らには見えないのが大きい。
 気が付けば兵が死んでいた。という状況になるだろう。
 
 しかし敵もまた、容易に屈するつもりはないように見える。
 彼らは数で勝ることを最大の強みとして、波状攻撃を仕掛けてくる。重装歩兵たちはその度に盾を構え直し、歯を食いしばって耐え忍ぶ。彼らの盾は傷つき、疲労の色が濃くなっていく。

[ワンベルク伯爵軍:9800→7910、士気70→56]
 皆の奮戦により、敵は既に二千近い戦死者を含む脱落者を出していた。
「まだ攻めるのか? 兵が無数に死んでいるぞ……」
「民兵がいくら死のうが痛くも痒くも無いのかもしれません……」
「主戦力である騎兵をつぶさねば止まらぬか……」
 ユリシスの言葉を聞き、私は口を真一文字に引き結び眉間にわずかな皺を刻む。
 敵とは言え、戦場で無駄に命を散らす民兵たちに胸が痛むのだ。しかし、ここで引くわけにはいかない。民のため、国の未来のために、我らは戦い続けなければならない。
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