Wish You Were Here

有明榮

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I wanna be with you everywhere...

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 合衆国南東部に位置するケープカナベラル基地跡は地上にわずかに残された清浄の地の一つ、合衆国第四四九居住区の中心である。防塵センター二階の二重ガラス展望デッキから西を望むと、ゆったりと流れる淡緑色のバナナ川と、その向こうには最後の探査船の打ち上げを以て廃棄されたケネディ宇宙センター跡地が、靄の中に浮かんでいる。

 センターの奥深くに並べられたパブリック・コンピュータ群の内一台がオレンジ色のランプを灯し、探査船からの超光速通信による着信を知らせた。超光速通信は大量のエネルギーを消費するので、通話は一度につき五分までと定められていた。ノイズ交じりに聞こえてきたのは、若い男の声だった。

「ジョニーだ。ニーナ、聞こえるかい? 超光速通信だと回線が安定しないからな……」
「ええ、聞こえてるわよ、ジョニー・B・グード准尉。今はどこにいるの?」
「一時間ほど前に、トロヤ群に差し掛かったところだ。二週間くらいかけてコロニー建設ポイントを決めるための測量をやるらしい」
「婚約者を置き去りにして新居づくりってわけね」

「そんなこと言うなよ。俺だって何も遊びに出ている訳じゃあない……人類の存亡がかかってるんだぜ」
「分かってるわよ、そんなこと……ちょっとしたジョークよ。外惑星居住地の探査なんて、とても……」

 会話にザザ…ッとノイズが乗った――

「名誉な仕事じゃない」
「ああ、そうだ。何世代か前の奴らのせいで地球がこんなになっちまったからな。尻拭いと思えば酷い話だが、宇宙にはロマンがある」
「ロマンね。男っていつの時代も変わらないのね、私がこんなにも……」

 ザザッ――

「待ちあぐねているのに」
「……ああ、悪いとは思っているよ。訓練期間から含めて一年半以上、まともに一緒に過ごせてないんだからな」
「別にあなたを責めたい訳じゃないわ。ただね、ロマンなんて言われると……」
「分かってる。地上を生きる人類にとっては生きるか死ぬかの問題だってことは」
「じゃあお願い、ロマンなんて軽々しく口にしないで。ああジョニー、あなたが、どこか……」

 ザザッ――

「遠くに行ってしまいそうで……」

 ザザッ――

「やるせないのに私だって、耐えているんだから」
「ごめん、謝るよ。それにしても、やけに今日は通信が良くないな。デブリが多いのか?」
「こちらこそごめんなさい。……通信の方だけど、太陽フレアが二週間くらいは強いらしくって。いくら微小ブラックホールを利用した超光速通信とはいえ、多少の妨害は免れないでしょうね」
「そういうことか。俺たちの測量にも影響がなきゃあいいんだが。……なあ、ニーナ」

「何?」

「何か別の話題にしよう。せっかく五分間の許可をもらってるんだ、こんな話題ばかりじゃ気が滅入っちまう」
「しょうがないわよ。使える土地は狭くなる一方だし、漁獲量と穀物の収穫量も年々減ってるし、一方で地下収容施設は限界が近づいているし」
「君はいつだって世界を悲観的に見る人間なんだね」

「悲観的だからこそ、美術は心を洗ってくれるし、音楽は勇気を与えてくれるし、文学は夢を見せてくれるのよ」
「ニーナ・リアノン・ネスビット哲学博士が言うのなら、それも間違いないんだろうな。そうだ、この間見つけたっていう音楽円盤の話、してくれよ。君が好きだって言ってたあのバンドのことも」
「ああ、CDね。二百年くらい前の主流な音楽形態で、個人利用よりも複数人を対象とした公的な音楽手段だって話だったわね。それで、私が……」

 ザザッ――

「何を好きだって言っていたっけ?」
「おいおい、またジョークか? マックだよ。フリートウッド・マック。旧イギリスのグループだっけか」
「ああ、そうだったわね。もともとブルース調のロックを奏でていたのだけれど、スティーヴィー・ニックとリンジー・バッキンガムが加入してからは一転してポップなグループに様変わりしたのよ」

「ああ、その話はもう五度目だよ。まったく、日を追うごとに知識ばかりが増えていくんだから……。人類という生物の瀬戸際にあって、そんなものは無意味だって言ってるじゃあないか」
「あら、ならどうして私にフリートウッド・マックの話題を振ったのかしら? きっと認めないだけで、あなたのこのグループの音楽をヘビーローテーションしているのよ」

「おいおい、僕は一言もフリートウッド・マックが気に食わないなんて言ってないよ。彼らの音楽は、君に勧められてから気に入っているからね。ただ僕は、そんな余計な知識を詰め込む暇があるのなら、もっと未来の投資になることを考えた方がいいと思っているのさ」
「あなたって昔から、ロマンとか夢とか言う割には、社会とか未来とか理屈っぽいのね。男っていつもそう。矛盾を孕んでばかり」

「矛盾は人間の本質じゃあないか」
「まあ、そうね。矛盾がなければ、人の心は……」

 ザザッ――

「単調で、つまらないものになっているはずだもの」

「そう言う君の言動は一貫していて羨ましいよ。女性ほど矛盾した生き物はないと思っていたんだが、君ほど聡明であればそうとも限らないみたいだね」
「そんなことはないわよ。私に自覚はないけれど、いずれ明らかになるわ。それこそ――」

 ザザッ――

「私たちが家族になったらね」
「待ち遠しいような、そうでもないような、不思議な気持ちだよ。ああ、そろそろ時間みたいだね。でも待っていてくれ。必ず君をコロニーの第一市民にしてあげるから。僕はどこでだって、君といたいのだから」

 ザザッ――

「ありがとう、ジョニー。航海の――」

 ザザッ――

「安全を祈っているわ」

 プツッ――

 オレンジ色のランプが消え、コンピュータのファンが低く唸っている。その時、展望デッキのガラスが僅かに振動した。南方百三十キロのセント・ルーシー原子力発電所の爆発による衝撃波がもたらしたものであった。同時に防塵センター館内にアラームが鳴り響き、合衆国第四四八居住区域の消滅が知らされた。
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