異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―

畑野きび

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第三章:武具庫と孤高の処刑人

第12話 中庭と首を落とす人

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目を見る。首を落とす。つよくなる。
 
 中庭の石畳の上を、ゆっくりと一周する。

 剣は、思った以上に腕にくる。  
 盾は、左の肩に、じわじわと居座るみたいに重い。  
 革の上着は、息を吸うたびに胸を締めつけてきて、深呼吸をする気をなんとなく奪っていく。

 それでも、走っていたときよりは、まだましだ。  
 周防篝《すおうかがり》は、自分にそう言い聞かせながら、石畳の端に腰を下ろした。

 ミカが「お茶と、おやつも持ってきますね」と言ってから、しばらく時間がたった。  
 館の中と違って、中庭は広い。どこに座っていても、「真ん中」みたいな気分になる。

 頭上には、相変わらず夜空が広がっている。  
 星は、さっき食堂から見たときと同じように、やけにくっきりしている。

(……剣と盾。首を綺麗に落とすのが上手い人)

 自分で並べておいて、あまり組み合わせたくない単語ばかりだ。

 膝の上には、小さなお皿がひとつ。  
 ミカが持たせてくれたクッキーが、二枚だけ乗っている。

 今食べてしまえば、きっと気持ちは軽くなる。  
 でも、これから何が来るのかを考えると、もったいなくて、なかなか手が伸びない。

 カサッ、と小さな音がした。

 風の音とも違う。  
 篝は顔を上げて、音のしたほうを見た。

 中庭の端。館の建物との境目あたりで、誰かがしゃがんでいた。

 黒っぽい布を頭からかぶった、大きな人影。  
 足元には、灰色の小鳥が何羽かいて、ついばんでいる。

 黒い手袋をした手が、無造作に何かをまいていた。  

 白っぽい欠片が、石畳の上にぱらぱらと落ちる。それを、小鳥たちが小さなくちばしで追いかける。

 そのすぐ横には、低い木の台がひとつ置かれていた。  
 細い柱が二本立っていて、そのあいだに、鈍い銀色の板が横向きにはめ込まれている。  
 刃物みたいにも見えるし、ただの鉄板みたいにも見える、よく分からない道具だ。

(……ああいうの、処刑場の絵で見たことある気がする)

 そう思った瞬間、頭のどこかで、慌ててその連想にふたをした。

(……いつから、いたの)

 館には、魔女とミカと、自分しかいない――そう思っていた。  
 さっき中庭に来たときには、誰もいなかったはずだ、と記憶を探る。

 胸の奥が、ぞわっとした。

 そのときだ。

「お待たせしました、周防さん」

 聞き慣れた声がして、篝は振り向いた。

 ミカが、両手で盆を持って立っていた。  
 盆の上には、湯気の立つカップと、小さなお皿。クッキーが、さっきより気持ち多めに並んでいる。

「ありがとうございます」

 篝が慌てて立ち上がろうとすると、ミカは首を振った。

「そのままで大丈夫です。座っていてください。装備の重さに慣れるまでは、立ったり座ったりするだけでも負担ですから」

 そう言って、篝の隣に盆を置く。

 ミカは、そのまま中庭の端のほうへ視線を送った。  
 鳥に餌をやっている大柄な影と、その横の妙な木の台を見つけて、静かに声をかける。

「リトさん」

 黒いフードが、ゆっくりとこちらを向いた。

 近くで見ると、なおさら大きい。  
 ミカより、頭ひとつ半は高い。肩幅も広くて、黒い布の下に詰まっている筋肉の量が、見ているだけで分かる。

 しゃがんでいた影が、ゆっくりと立ち上がる。  
 その動きにつられて、木の台の上の銀色の板が、かすかに光を反射した。

 リトの右手には、いつのまにか、長い柄の先に同じような銀色の板が固定された道具が握られていた。  
 斧と言われればそうかもしれないし、何かの台から引きはがしてきた部品にも見える。

 小鳥たちは、逃げるでもなく、ただほんの数歩離れたところで、ぱたぱたと羽を休めている。

「先ほどお話ししたとおりです」

 ミカは、落ち着いた声で続けた。

「周防さんに、剣と盾の、ごく基本の扱い方を教えていただけますか」

 フードの下から、低い声が返ってきた。

「……ああ」

 短い返事だった。

 銀色の板のついた柄を、リトは何でもない棒きれみたいに片手で下ろしたまま、わずかに首を傾ける。

 そのあと、ミカが、声を落とした。

「今日の分は、いつものように厨房にお願いしてあります。終わるころに、ちょうど焼き上がるはずですから」

(いつもの……?)  
(厨房……)

 篝の耳にも、その言葉は届いていた。

 ミカと魔女さん以外に、誰か働いている人がいるんだろうか。  
 それとも、この館のことだから、包丁とかオーブンが勝手に動いてパンを焼いていたりするのかもしれない。

 そんな光景を想像してしまって、背筋がぞくっとした。

 リトと呼ばれた人物は、それを聞いて、ほんのわずかに顎を動かした。  
 うなずいたのかどうか、篝には判然としない。でも、その一瞬だけ、鳥に向けていた視線がミカに移ったのは分かった。

(……パン、かな)

 さっきから、石畳の上に落ちている白い欠片。  
 よく見ると、パンくずに見えなくもない。

 そんなことをぼんやり考えているあいだに、ミカとリトは、間合いを一歩ぶんだけ開けて、向かい合っていた。  
 リトは、先ほどまで鳥に向けていた銀色の板付きの柄を、地面に軽く立てるようにして支えている。  
 木の台のほうは、その場に置きっぱなしだが、いつでも片手で引き寄せられそうな距離だった。

「周防さんを、どこかに連れ出して戦わせるつもりはありませんが……」

 ミカの声が、中庭の真ん中まで届いてくる。

「せめて、私や魔女さまがそばにいても、剣を振れる程度にはなっていただきたいのです」

 リトが、首をかしげる気配がした。

「普通の、騎士」

 低い声が、その言葉をなぞる。

「……あの、何してもバタバタ――」

 肝心なところで、風が吹いた。  
 木の葉が揺れる音にかき消されて、篝の耳には「バタバタ」までしか届かない。

(バタバタ、って何……)

 たぶん、聞きたくない続きだということだけは、分かった。

 ミカの顔は、わずかに固くなっていた。  
 それでも、丁寧な口調を崩さずに続ける。

「無理のない範囲で大丈夫です。教えていただけるところだけで」

「それだと、教えられるのは打ち下ろしぐらいだ」

 リトは、あっさりと言った。

 片手で支えていた刃のついた柄を、一度だけ肩の高さまで持ち上げてみせる。  
 振り下ろしたら、石畳ごと割れそうな重さが、見ているだけで伝わってきた。

「立つこと。打ち下ろすこと。それだけで、普通よりは長く生きる」

 普通、という言葉の重さが、篝にはうまく測れない。

 ミカは、ひと呼吸だけためらってから、もうひとつだけお願いを重ねた。

「それと……リトさんの目は、とても正確ですから」

「目」

「はい。動きや、間合いの見方も、周防さんに、少しだけ」

 そこで、ほんのわずかに間があいた。

 リトは、しばらく考えるように黙り込んでから、短く言った。

「……見るのは、自分でやるものだ」

 それ以上、説明する気はないらしい。

 ミカは、深くは追及しなかった。  
 代わりに、小さく息を吐いてから、ふたりで篝のほうへ歩いてくる。

 リトは、銀色の板のついた柄を肩に担いだまま、無駄のない足取りで近づいてくる。  
 木の台は、その場に残されたままだが、遠くからでも、あの鈍い光だけは目に入った。

「周防さん」

 名前を呼ばれて、篝は立ち上がる。  
 剣と盾の重みで、よろめきそうになったが、なんとか踏ん張った。

 近づいてきたリトを、改めて見上げる。

 黒いフードの隙間から見えるのは、目の周りだけだ。  
 その部分にも、余計な表情はほとんど浮かんでいない。

 ただ、じっとこちらを見ている。

 剣。  
 盾。  
 革の上着。  
 足元の靴。姿勢。息の乱れ。  
 そして、自分が握っている剣の刃の向きや、重心の位置。

 全部まとめて、一度に測られているような気がした。

(……見られてる)

 背筋に、ひやりとしたものが走る。

 本当は、顔をそむけたかった。  
 でも、せっかく教えてもらうのに、目を合わせないのは失礼な気がした。

 篝は、意識して、フードの奥の目を見返した。

 一瞬だけ、視線がぶつかる。

 その目は、思っていたほど「冷たい」という感じではなかった。  
 ただ、何かを数えているような、測っているような、静かな目だった。

 先に視線をそらしたのは、篝のほうだった。  
 胸の中で鼓動が跳ねて、革の上着がきゅっと食い込む感覚だけが、妙にリアルだ。

「その装備で、走るつもりか」

 リトが初めて、篝に向けて言葉を投げた。

 低くて、よく通る声だった。

「えっと……今日は、歩いただけで。走るのは、これからだと思います」

 正直に答えると、リトはひと拍置いてから「ああ」と返した。

「訓練用にしては、重い」

 それが誉め言葉なのか、ただの事実なのか、篝には分からない。

 ミカが、そっと口を挟んだ。

「……そのあたりは、また私からも魔女さまにお話ししておきます。今日は、無理のない範囲で」

「分かった」

 リトは、それ以上何も言わなかった。  
 肩に担いでいた刃のついた柄を、邪魔にならない位置へと動かす。  
 その仕草ひとつにも、無駄な力みがない。

 ミカが、篝のほうを向く。

「では今日は、立ち方と、打ち下ろしを、ほんの少しだけ」

「はい」

 返事をしながら、篝は自分の足元を見た。

 底の厚い靴。  
 その上に乗っている、自分の体重。  
 剣と盾と、革の上着。

(走るだけでもきついのに。  
 でも――教えてもらえるなら)

 不安も、怖さも、きっとなくならない。  
 それでも、何も知らないまま剣を構えているよりは、ずっとましだ。

 篝は、剣の柄を握り直した。  
 握り方を間違えていたのか、柄の内側から、ほんのわずかに楽な位置へと、重さが移動した気がする。

(……気のせい、気のせい)

 自分にそう言い聞かせながら、篝は一歩、前に出た。
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