異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―

畑野きび

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第三章:武具庫と孤高の処刑人

第14話 剣の影と、止める言葉

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とめるひと。とまるひと。
とまれないひと。

 中庭を出る前に、ミカが一度だけ剣へ視線を落とした。  
 灰いろの刃先が、夜の光を鈍く拾っている。

 「その剣は、周防さんのお部屋に置いて大丈夫ですよ」

 淡々と言われて、篝はうなずくしかなかった。  
 言われるまま、剣を胸に抱え直す。腕の内側に、硬い冷たさが食い込む。

 中庭の空気を背中に残して、廊下へ出た。  
 静かだ。静かすぎて、足音だけがやけに大きい。

 剣を落とさないように抱えたまま、階段を上がる。  
 一段ごとに腕がきしむ。冷たさがじわじわ深く刺さってくるのに、両腕で押さえているあいだは、なぜか「持ててしまう」。  
 体のどこかが勝手に踏ん張ってくれているみたいだった。

 部屋に入って、扉を閉める。

 ベッド脇の壁へ、剣をそっと立て掛けた。  
 柄から手を離した、その瞬間だけ――

 「うわ……」

 ずしん、と。  
 重さが、いまさら戻ってきた。指先が急に頼りなくなる。

 革の上着を脱ぐ。盾を外す。靴を片方だけ脱ぐ。  
 そこまでは、できた。

 でも、その次の一歩が出ない。

 ベッドの縁に腰を下ろすつもりが、体が横へずれて、そのまま倒れ込んだ。  
 板と布がまとめて沈んで、ぎし、と短く鳴る。

 「……っ」

 うつ伏せと横向きのあいだみたいな格好で固まる。  
 腕に力を入れようとしても、肩から先が途中で切り離されたみたいに重い。

 (やば……これ、ほんとに、上がらない)

 両腕の内側が、焼けた鉄みたいに熱い。  
 筋肉痛って、普通は次の日じゃなかったっけ。――ぼんやり、そんな疑問が浮かぶ。

 視線だけ動かして、ベッド脇の壁を見る。

 剣が、立て掛けられている。  
 灰色の金属が、部屋の灯りを鈍く返していた。

 (……明日も、って顔してる)

 勝手にそんな言葉が浮かぶ。  
 柄から手を離した指先が心細くなって、シーツをぎゅっとつかんだ。

 星の下の中庭が、ふっと脳裏をよぎる。  
 こちらへ向けて落ちてきた一瞬の線。空気を裂いて、銀色がすぱっと落ちる輪郭。流れ星みたいに、目の奥へ焼きついた。

 怖かったはずなのに、きれいだった。  
 理由は言えない。ただ、その感触だけが残っている。

 とん、と。控えめなノック。

 「周防さん、入ってもよろしいですか?」

 ミカの声だ。

 「……ぁ……」

 返事をしようとしたのに、喉から出たのは自分でも分からない音だけだった。  
 それでも向こうには届いたらしい。

 「失礼いたしますね」

 扉が開く。手提げのランプの光が、白い壁にやわらかい影を作った。  
 ミカがベッド脇まで来て、小さな瓶と布を取り出す。薬草みたいな匂いがふわりとした。

 「腕、お借りしてもいいですか?」

 「……あんまり、上がらないです」

 正直に言うと、ミカは篝の顔と腕を見比べて、短くうなずいた。

 「そのくらい振れたなら、今日はもう十分ですよ」

 そう言って、右手首をそっと持ち上げる。

 その瞬間、肩から先に鋭い痛みが走った。  
 息が詰まって、喉がひきつる。

 「……いっ」

 「ごめんなさい」

 小さく謝りながらも、ミカの手つきは乱れない。  
 布に瓶の中身を少し含ませて、熱いところへぴたりと置いた。

 「すぐ楽になりますからね」

 冷たさが触れて、ひやり、とする。  
 その冷えが皮膚の下へじわじわ沈んでいって、燃えていた感じが少しずつ丸くなる。

 ミカはランプを台に置き、慣れた手つきで布を巻いていった。  
 巻かれるたびに、腕が「外側から支えられている」感じが増える。

 「リトさんのこと、どう思われました?」

 ぽつりと聞かれて、篝は一瞬言葉に詰まる。  
 怖い、だけじゃない。刃をこちらへ向けていた人で、同じ回数だけ自分の素振りにも付き合っていた人でもある。

 「……すごい人、なんだろうなって」

 考えて、結局それしか出なかった。

 ミカが、ほんの少しだけ目元をゆるめた。

 「そうですね。あの人は、多分、けっこう強い部類ですよ」

 さらっと言われると、余計に遠い。  
 その「強い」の先がどこまで続くのか、篝には分からない。

 左腕にも同じように布を当てながら、ミカは少しだけ間を置いた。  
 考え込むというより、言葉の順番を確かめているみたいに。

 「……これからも、もう無理だと思ったときは、ちゃんとそこで止めてくださいね」  
 「周防さんが『もう無理です』とおっしゃったら、そこで終わりですから」

 中庭で「もう無理です」と言ったとき、そこで止まった。  
 誰も、無理やり背中を押してはこなかった。

 (でも……じゃあ、自分で止めないと、どこまででも行けるってこと?)

 形にならない不安が、疲れた頭の隅で丸まる。

 ミカは立ち上がり、ランプの火を少し絞った。  
 「では、今夜はゆっくりお休みください」

 「おやすみなさい、周防さん」

 扉のほうへ歩いていく。  
 その足音が、一度だけ止まった気がした。――気のせいかもしれない。  
 次の瞬間、扉が閉まる。遠ざかる足音が、廊下へ溶けた。

 部屋の空気が、ほんの少しだけやわらぐ。

 (……なんか、ちょっと気持ちいい)

 そう思ったのに、掴む前に眠気が勝った。

 篝は丸くなって、布を巻かれた両腕を胸の前で抱えた。  
 横目だけ動かして、ベッド脇の剣を見る。

 柄から伸びた細い影が、床に落ちている。  
 その向きが、抱えた腕の向きと、なんとなく揃って見えた。

 窓はない。  
 壁の向こうは夜だ、と想像するしかないのに、小鳥の声もしない。羽音もしない。ただ、館の中の静けさだけがある。

 (リトさんが来る前から、こんな感じだったっけ)

 引っかかったまま、答えは出ない。

 「走る」に、「振る」が増えた。  
 怖かったのに、きれいだと思った。――その矛盾が、変に胸の奥を軽くする。

 理由を考える前に、思考がぷつりと途切れた。  
 篝はそのまま、暗がりの底へ沈むみたいに眠りに落ちていった。
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