上 下
65 / 97
後編

私が悪い?

しおりを挟む
 少しして背中の痛みがましになり、私は声をようやくだせた。

「……ナホ……?」
「本当はこんなことしたくないんだけど、エリナちゃんが悪いんだよ?」

 悲しそうな顔をした、アナスタシアナホはアルテの胸に体を寄せる。

「こっちを向いて。アルテ様。私だけを見て」

 アナスタシアにそう命令され、アルテの顔が彼女の顔に近づいていく。
 いやだ、やめて……。何でそんな事を?

『エリナさんも、一緒にきた人に憎まれたり恨まれているとかないですか?』

 頭にカオルが言った言葉がよみがえってくる。恨まれていた? 何で?

「お願い、やめて……。ナホ……」

 私の目から涙が溢れてくる。私は何故、今こんなのを見せられないといけないの? どうして……、私、あなたにそんなひどいことしたの?

「はなして、ねぇ、いやだぁぁぁぁ!!」

 アルテのもとに行きたい。止めたいのに、動けない。私が動かせるのは口だけ。嫌だと叫ぶことだけ――。
 目の前で、二人の距離が零になる寸前だった。

「エリーナ様っ!!」

 突然、扉が開き、人が飛び込んできた。銀の髪の魔術師グリードだった。
 急な訪問者に、アナスタシアは振り向き、視線を向ける。

「腕輪の魔法かっ!!」
「グリード様?」

 誰かを理解した彼女は、グリードへと腕輪を向け呟いた。

「下がれ、ザイラ! その方を傷つけるな」

 何事もなかったようにグリードはザイラのもとへと行き、魔法ではなく物理で私を押さえつけていた彼を蹴りとばした。
 自由になった私はその場に座り込む。
 アナスタシアを見ると、目を見張ってグリードを見ていた。

「どういうこと…………。だって彼は前に……」
「アナスタシア様、話が――」
「ルディアス!」
「はっ」

 アナスタシアが誰かの名前を呼ぶと、フードを被ったローブの男が現れて、彼女を包み込んだ。そして、つぎの瞬間にはそこから姿を消していた。

「探さなきゃ……ツキシロ君……どこ……?」

 アナスタシアが消える瞬間、確かにそう言っていた。
 ツキシロ君って、アナスタシア、あなたはもしかして、ツキシロを知っているの? 探さなきゃ? カオルを? それとも……ダイスケ?

「大丈夫か?」

 ヒールの魔法をかけられながら、私はグリードに頷く。手で涙を拭いとり、立ち上がる。

「アルテ!」

 アルテの元へと行き、下から顔を覗き込んだ。彼の金色の瞳が虚ろで、何もうつしていない。

「アルテ? ねぇ、アルテ?!」

 体を揺すってみても反応がない。頬をぺちぺちと叩いてみたけれど、変わらない。ずっと止まっている。
 グリードは、ザイラにも魔法をかけた後、こちらへと歩み寄ってくる。そして、教えてくれた。

「魅了の魔法だ……。何と言った?」

 何って……。アナスタシアは確か、

「「私だけを見て」と……」
「……なるほど」
「ん、あれ。グリードいつの間に戻ってきて……、あれ? オレいったい何を……?」
「ザイラは軽くかけられただけだったようだな」
「あの……」

 なかなか事態が飲み込めず、私はもう一度アルテを揺すってみた。もちろん結果は変わらなかった。
しおりを挟む

処理中です...