暴走♡アイドル ~ヨアケノテンシ~

雪ノ瀬瞬

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中編

丙蓮華

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 朝は嫌いなんだ、ダルいから。眠い。起きたばっかなのに死にそうに思う。1日が48時間だったらなぁ、なんてよく思う。そうすれば単純に今の倍は寝れる。それかずっと夜だったらいいのに…



    目が覚めると当然のように外は明るかった。

    昨日、というより今日も朝まで遊び明かしてしまった。

『頭痛ぇ~』

    毎日こうだ。飲みすぎてしまう酒に、結局朝まで続いてしまう気持ちいいセックス。

    そんなのもう慣れたけど、やっぱり次の日の頭痛と気持ち悪さには慣れない。

    起きたらまずタバコに火。それから携帯を取る。彼から連絡が来てるかの確認。今日はまだ来ていない。まだ寝てるのかな?

    丙蓮華(ひのえはすか)は15歳。高校1年生だ。

    なんとか進学したものの、まだまともに学校へ行ったことはない。何回か暇潰しに行ったことはあったが、友達もいないので行ってすぐ帰った。

『せっかくおじいちゃんがお金出してくれたのになー』

    蓮華は今、祖父母と一緒に暮らしている。中学の頃から住ませてもらっていて、本人は高校に行くつもりも予定もなかったのだが、祖父が

『高校位は行かせてあげたい』

と高校にかかるお金を出すと言ってくれたのである。

    住ませてもらっているだけで蓮華は十分だったのだが、そこまで言ってくれるならと入学まではしてみせた。

    すると入学式の日、街で2つ上の先輩にナンパされ、すぐ付き合うことになった。背は自分より頭1個分高く、話し方が優しくてイケメンでモテそうな男だったが

『一目惚れしました』

なんて言われ、すぐ好きになってしまった。

    晃一という男だった。

    蓮華は自分に自信がある方ではなく、こんな自分に「一目惚れ」なんてしてくれたことに運命を感じてしまい、一気に恋に落ちていった。




『お腹減ったぁ…お母さん、もう帰ってくるかなぁ…』

    蓮華の育った環境はとても悲惨だった。

母親は10代で蓮華を産んだので若く綺麗だったが、それだけに遊び歩くことをやめれなかった。夫とはすぐに別れることになったし、それからもコロコロと男が変わっていった。なので蓮華は自分の父親を知らない。

    母親は毎日適当な時間に帰ってくる。

『お母さんだ!』

    蓮華は嬉しくなって玄関に出迎えにいく。

『お母さん、お帰り!お腹減ったよー。今日ね、これから面白そうなテレビやるみたいだよ』

    夜の9時。遅ければもっと遅い時もあるが、蓮華は空腹や寂しさが嘘のような笑顔で母親を出迎える。

『今日はもう…外行かない?』

    心の中いっぱいの不安と少しの期待で毎日同じことを聞くが、母親はスーパーで買ってきたおにぎりと少しのおかずを置いてまたすぐに出ていく。

『うん。行ってらっしゃい。お母さん、大好き!』

    その言葉はとても無力で、お母さんに嫌われたくないという気持ちが口からこぼれていただけだった。

    だが母親がその気持ちに応えることはなかった。

『お母さん、あたしのこと嫌いなのかな?』

    小学校では家がビンボーなだけでつまらないイジメにあった。蓮華はそれが嫌で学校に行かなくなり、いつも1人で家にいた。

    母親は何もしてくれなかった。蓮華が心配させないように何も言わなかったのだが、それにしても何一つしてくれようとはしなかった。

    小学校も高学年になると1人で夜フラフラするようになり、そんな蓮華に出会いがあったのは小学校5年の時だった。

    夜、近所のショッピングモールに行った。閉店後の服屋やペットショップなど、閉店後でいいから行ってみたかったのだ。可愛い洋服や犬や猫などを、ガラス越しに人目を気にせず見てみたかった。

    蓮華は洋服など買ってもらったことがない。いつからあったのか分からないボロボロの服を人目を気にしながら着ていた。だから夜出歩くようになった。

    人目が少ないと思っていたのに、閉店後のショッピングモールに人の声が重なって響いていた。

    人がいる?こんな時間に何してるんだろう。蓮華が声のする方を見ると女が何人かいるのが分かった。しばらく遠くから見ていると音楽が流れ始め、女たちは曲に合わせてみんなで踊りだした。蓮華は興味津々になって1歩1歩近づいていく。

『ダンスの練習してるんだ』

    みんなが同じように動いたかと思えば、1人1人違う動きをしてみたり、蓮華は近づく度に目を奪われていった。

    気づけば目の前で夢中になって見ていた。

『あれ?』

    蓮華に気づくと女たちは踊るのをやめた。

『君、何やってるの?何歳?どこの子?』

    どこからどう見ても小学生でしかない自分に驚いているようだ。蓮華が急に人に囲まれ言葉が出てこないでいると、女の中の1人が喋り始めた。

『あんた、名前は?』

『…丙蓮華』

『親は?一緒?』

『…一緒じゃない』

『心配してるんじゃないの?』

    蓮華はうつむいて首を横に振った。

『なんでさ。あんたみたいな子がこんな時間に出歩いてたら心配するに決まってるじゃん』

    そんなことを自分に言われても困った。自分だって本当は好きでこんな時間に出歩いてる訳じゃない。そう思うと目に涙が浮かんだ。

『おいおい。別にあんたを怒ってるんじゃないんだよ。ったく。ほら、こっちおいで。蓮華だっけ?』

    涙をこらえ呼ばれる方に歩み寄ると、その女はまず自分の目を見てくれた。

    綺麗な銀色の髪。自分よりは年上であるものの若そうに見える。面と向かって顔を見ると、とても可愛い人だ。髪も綺麗だが何よりも顔が綺麗で、目が合うとニコッと微笑んでくれて、それがすごく安心させてくれた。

『で、どうしたのさ、あんた。家出でもしてるの?大丈夫だから話してみなよ』

    その後蓮華は、今の自分の状況と自分が抱えている気持ちを少女たちに話した。みんなそれが思っていたよりも深刻な話すぎて、なかなか言葉が出てこなかったが、銀髪の少女がこともなげに言った。

『どうせ学校行ってないなら、そんな家出ちゃいなよ。あたしんとこおいで』

『え?でも…』

『いいから来な。その代わり勉強はするんだよ?あたしも学校はあんま行かないけど、勉強はしてるからさ。アホになりたくないだろ?』

『じゃあ、あの…あたしもダンスできるようになりたい!』

    銀髪は意外そうな顔をしたが、ニコッと微笑むとうなずいてくれた。

『お姉さん、名前は?』

    きっと自分はこの人のことを大好きになってしまう気がしていた。

『豹那。…緋薙豹那だよ』

    蓮華は生まれて初めて、自分のいたい場所を見つけた。


    豹那の家はワンルームのマンションだった。

『豹那さんって一人暮らしなの?』

『1人じゃないよ。ママがいる。家にはほとんどいないけどね』

    豹那も片親だったが、蓮華の母親とは違い、豹那のご飯はできる限り作られていたし、定期的に必要と思える位の金額が書き置きと共におかれていた。家には常に仕事でいないらしかったが、それでも毎日1度は帰ってくる。豹那は何の仕事なのかは分からないし、知らないし興味もないといった感じだったが、お互い大切に思っていることが見ていてよく分かり、蓮華はは羨ましかった。

    聞くと豹那は自分と2つしか違わないのに、すごく大人っぽくてカッコよく見えた。こんな人と一緒にいれるなんて、まるでお姉さんができたみたいで蓮華は嬉しかった。

『あんたはちょっと…みすぼらしいね。ボロッボロじゃん。何そのTシャツ、超よれよれ。ふふっ』

    言われて蓮華は暗い顔で泣きそうになった。

『マジになんなって!ちょっとからかっただけじゃん。ほら、ちょっとこれ着てみな』

    豹那はTシャツとスカートをバサッと手渡した。蓮華の目からはちょっと高そうに見える。

『えっ?…これを?』

『あんたが着れそうなの色々探したんだけど、すぐ見当たるのがそれしかなくてさ。ちょっと着てみなよ』

『いいの?』

『早くしなよ。サイズも見たいんだからさぁ』

    なんだか豹那が怒っているので、蓮華は着ていたボロボロの服を脱ぐと渡されたTシャツとスカートに着替えた。

(いい匂いがする)

『お、なんだピッタリだね。そのサイズのやつ全部出しといてやるからね』

    キラキラした飾りの付いたデザインの可愛いTシャツに、デニムのオシャレなスカート。こんな可愛い服を着たのは生まれて初めてなので、蓮華は恥ずかしそうに自分の姿を一生懸命見回している。

『鏡で見れば?』

    姿見鏡の前に立ち自分に目を向けるとビックリした。なんだか自分じゃないみたいだ。

『このボロい服は捨てるからね』

『本当にいいの?なんか悪いよ、あたしなんかに…』

『うるさいなぁ。どうせあたしもう着なくて捨てるのばっかだったんだからいいんだよ。まぁ、気に入らないなら無理にとは言わないけどね』

『そんなことない。でも、こんな可愛い服着たことなかったから、嬉しくて』

    続けて豹那はくしを持って蓮華の後ろに立った。

『あんたは髪もパッサパサだね。なんで?トリートメントもしてないの?』

『トリートメントって?』

    豹那はぶっと吹き笑いをすると蓮華の髪をとかし始めた。

『あんたには勉強どころか何から何まで教えてさしあげなきゃダメみたいだね。ま、あたしはいいけどさ。でもね、あんた』

    慣れた手つきで髪をまとめあげると蓮華の目を見て言った。

『あたしなんか、なんて言うんじゃないよ。あたしが何だって教えてやるから、そんな風に自分のこと言わない。ダンスやりたいんだろ?』

『…うん』

    豹那は優しく笑った。

『ほら、鏡見てみなよ。可愛いから』

(あたしが…可愛い?)

    鏡に目をやると、もう昨日までの自分とは別人になっていた。さっきまでの自分はもう、いなくなっていた。

    蓮華は自分の人生がこれから良い方に向かっていく予感と期待が抑えられずにいた。

    蓮華の目から見て豹那は世界一可愛い人だった。ダンスにしろファッションにしろ、常に先を上を求め努力する姿は彼女の生き方そのもので、とてもカッコよかった。特に踊っている時は誰よりも輝いていて、とにかく憧れていた。

    自分のことを本当の妹のように思ってくれ、優しくしてくれ大切にされているのがすごく分かった。だから蓮華も姉のように思い、大切にした。

    一緒にいれることが嬉しくて、心の底から豹那が大好きだった。

『ねぇ豹那さんは、なんでダンス始めたの?』

『さぁ、なんでだったっけ?忘れた』

『嘘つき。この前は今度教えてくれるって言ってたもん。忘れてないでしょ?』

    豹那は唇を噛んで、珍しく恥ずかしそうな顔をした。

『あたしさ…いつかアイドルになりたいんだ』



    メッセージを送ってから2本目のタバコを吸い終えても晃一から連絡はなかった。

『やっぱまだ寝てるよねー』

    晃一はあまり連絡がマメでなく、少ししつこい位連絡しないと返事が返ってこないことがある。だから蓮華は、晃一はそういう人と思うようにしていた。

    とりあえず起きてシャワーを浴びる。風呂場の鏡を見ると溜め息が出た。毎日ろくな物を食べさせてもらっていなかった昔や、みんなとダンスをしていた頃はあんなに細くスリムだったのに、今は少し肉がついていた。そのせいか胸も結構大きくなり、ブラジャーのカップはFだった。

『お風呂に鏡なんて誰が置き始めたの?本当に苦痛』

    男にはいい体だとか言われるが、蓮華にとっての理想の体型と言ったらそれは1人しかいない。

    シャワーを浴び終わりグダグダしていると携帯が鳴り始めた。

『晃一かな?』

    蓮華は急いで携帯を取ったが相手は晃一ではなかった。つい最近出会い系サイトで引っかけた30代の男からだ。一瞬迷ったが蓮華は電話に出た。

『はい』

『あ、カオリちゃん?何やってんの?』

    カオリ、というのは出会い系サイトで使っていた名だ。

『今起きてシャワー浴びたとこ。どうしたの?』

『いやー。俺も一緒にシャワー入りたいなー。時間あったら今からどう?』

『んー。どうしよっかなー。』

    正直、とても気持ち悪いオジサンだと思っていたが、お金の為だと気持ちを切り替えた。

『5なら行ってもいいよ』

『分かった、5万ね。待ち合わせは?』

『この前と同じとこで待ってる。何分?』

『すぐ着くよ』

    ちょっとは余裕持たせろよ、と言いたい所だったが蓮華は可愛い声を絞り出した。

『分かったー。すぐ行くね』

    蓮華は援助交際をしていた。豹那といた頃はそんなことしなかったが、彼女と離れることになってからまた母親の所に戻り、最初は自分の生活費の為に、そこからだんだん寂しさを紛らす為や時間を潰す為にそういう行為に染まっていった。出会う大人が悪かったのだ。

    SNSなどで人と会ったり、ナンパについていったりするようにもなり、今では仕事だ。

    祖父母に引き取られてからも、適当に自分で稼ぎ好きに生きている。

    世の男は、本当に女とやることしか考えてないんだなというのが、彼女の正直な感想だった。どんなにカッコよかろうと、どんなにお金持ちだろうと、どんなに偉い立場にいる奴だろうと結局最後にはそこに持っていこうとする。その過程にどれだけのことがあろうと大抵ゴールはそこだ。彼女がいようと子供がいようと夢追っかけてようとみんな同じ。

    よく自分は汚れていると思ってしまうことがあるが、そういう男たちこそが汚れの元凶であるということは、蓮華にとって揺るがない真実だった。

『会いたかったよ、カオリちゃん』

    この男はその中でも代表的なクズだった。妻と子供がいる身でこんなことをしておきながら、口から出てくるのは上司と妻への文句だけだった。その上ホテルに着くなり蓮華の足の指を丁寧に舐めしゃぶると、持参の大人のおもちゃを自分のケツに要求してきた。蓮華は吐きそうな気持ちでいっぱいだったがこらえ、それをしてやると男は女のような声で喜んだ。

    こういう人種に付き合うのは本当に大変だがその分金はいい。こんなクズとセックスしても自分は気持ちよくなれなかったが、それを感じさせない自分は正に女優だと思った。

    最後にそのクズは蓮華の尿が入ったペットボトルを大事そうに持って帰る。本当にクズだ。子供がかわいそうだった。

    2時間程度で5万円。蓮華にとっては我慢さえできるならこれ以上いいバイトはない。だが心の中はその度に少しずつ汚れ、黒くなっているのが分かった。それを止めることは今の自分にはできなかった。



    家に帰るともう夕方だ。いつの間にか晃一からメッセージが届いている。

「ごめん風邪ひいて熱出た」

    朝まで裸だったからだろうか。なんだか自分のせいに思えてしまった。

「大丈夫?ごめんね、あたしのせいだね。薬は飲んだ?なんか欲しい物あったら言ってくれればいつでも持ってくから!」

    すぐに返信すると晃一からも返事が返ってきた。

「大丈夫。2、3日すれば多分治るから気にしないで」

    本当はすぐに会いに行きたい。だが彼がそう言うのならそうするしかない。

『あーあ。じゃあ明日は暇潰しに学校でも行ってみようかな』

    それはただの気まぐれで、本来なら絶対思わないようなことだったが、蓮華は何故か次の日学校に行くことを決めたのだ。
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