鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴

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第15話 応報

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「このタコ野郎!隠れてないでさっさと出てきやがれ!」
「いつからアイアンハートセキュリティの連中は提携外の街にまで平気に首を突っ込むようになりやがった!?」
「薄汚いババァの情夫の分際で偉そうにするんじゃねぇ!ぶっ殺されてぇのか!」

 ドラグリヲが地中へ姿を消した後、代わりに地上の掃討を担当した浮遊戦車群の中で汚らしい罵声が木霊する。

 単にテリトリーを侵されたのが許せないのか、後々住人から非難されることが確定したことの腹いせなのか不明だが一仕事終えた兵士達は先ほどまで堂々と狙撃を行っていたスキュリウスの動向を掴もうと必死になって軍管区の中を駆け回っていた。

 万が一雪兎が地底から害獣を取り逃がした際のフォローのため、とっくの昔にポジションを変えられているとは露とも知らずに。

「はっ、後出しジャンケンだけやってりゃいいとはいい御身分じゃないか。
 あまりの羨ましさに全身の毛穴から反吐が出そうな気分だぜ」
「馬鹿の言うことなんて気にしないのが身の為よお坊ちゃん」
「そりゃ分かってるさ。こんなもん親父やジジィが言われ続けてきたことに比べりゃ屁でもねぇ。だがな、多少腹立たしい気持ちになったっていいだろう?俺だって兵士以前に人間なんだからよ」

 馳男の突発的な行動を危惧したテレサがさり気無く忠告を入れるも、馳男本人は我関せずと頬杖を突き、退屈そうに欠伸をして見せながらボヤく。

「まぁ何にしろ、これで騎兵隊共も重い腰を上げて仕事に取り組んでくれるだろ。
 それよりも俺が気になるのは、どうしてこれだけの規模の巣があるにも関わらず誰も気が付かなかったかだ」

 レーダーに映り込み始めた機影を眺める一方で、馳男は呉付近全域を捉えた地下空洞分布図に目を通す。

 そこには素人目にも明らかに怪しげな空間の存在が示されており、気が付かないほうがおかしいと馳男はテレサに文句をぶつけた。

「こんなモンにも気が付けないアホだらけだなんて信じたくねぇぜ俺は。
 正規軍人の練度が警備会社の人員より低くてどうするんだよチクショウ」

 こんなボンクラ連中に背中を預けて戦いたくねぇぜと愚痴を零しつつ、眼下の街並みを眺め続ける馳男。

 しかしその一方で、テレサは神妙な雰囲気を醸し出しつつ考え込んでいた。 呆れ果てて半笑いになった馳男とは対照的に、メットの顎部分に手を添えサブモニターへ多数のデータを投影しながら呟く。

「やはりここでも同じことが起こっていたのね……」
「同じことだと?馬鹿言ってるんじゃねぇよ。 安全地帯でちんたら航行しているN.U.S.A.が害獣の脅威に晒されるなんて有り得ないだろう?」

 N.U.S.A.に比べて矢面に立たされている国の住民として、若干嫌味が篭めながら馳男はテレサの言葉を否定する。 そもそも列島に社が健在である限り太平洋側に害獣が存在を検知されることなく潜り込む事は不可能であるはずだと。

 だが、テレサはそれに対し首を縦には振らなかった。

「そう、普通ではありえないことよね。 でもお坊ちゃん良い子だからよく聞いて頂戴。その馬鹿げたことが先日太平洋のど真ん中で起こったの。何も居ないはずの場所から現れた害獣共による襲撃がね。 先日援軍を出せなかったのもそれが原因よ」
「……そんな馬鹿なことがあるか。 海底から山脈に至るまで、列島のあらゆる所に生体センサーが張り巡らされているんだぜ? 技術の欠片も持ち合わせていない畜生共が、列島の監視網を抜けるなんざあり得ない」

 事の重大さを瞬時に理解し、馳男は動揺する心を隠しながら冷静を装いつつ口走るも、テレサは構わず畳み掛けるように言葉を続けた。

「この怪物共が科学や技術で対処出来るほどに単純な存在であるのなら、人類はオーストラリア以外の大陸全土から放逐されてなどいない。だからこそ奴らを超越する力が必要なの。 あの優しくもどこか甘っちょろい赤目の坊やのようにね」
「何だと? アイツが一体何だってんだ? あのお転婆なお嬢ちゃんは兎も角としてだ、アイツ自身にそんな力は無いはずだ」

 最古にして最大の神話級害獣“世界樹”によって世界が蹂躙される以前、科学の粋を集めて生み出された生体金属グロウチウム。

 自律意思によって思考し、自在に性質を変えるそれを用いて旧時代に製造された超兵器たるカルマを差し置いて、何故ただの訓練された人間に過ぎない雪兎を無意味に持ち上げるのかと、馳男は眉を顰めてモニターに映ったパワードスーツ姿のテレサを訝しげに睨みつける。

「俺はアイツとはガキの頃からの付き合いだからな、あいつの事はアンタよりも知っているつもりだ。だからハッキリと言えるぞ。 アイツはアンタが期待するような力は持っていない普通の人間だってよ」
「それはこれまでの話でしょう? 今の彼の姿を見ても普通の人間だと本心から言い切られるの?」
「ぐっ……」

 言い負かされて思わず口篭もった馳男の脳裏にチラついたのは、いつも通りの面影の中に僅かながらも人外の要素を覗かせていた雪兎の姿。

 鋼色に染まっていた髪だけでなく、人間が持つものとしては鋭く強靭すぎた爪と牙の存在は、テレサの言葉に大きな信憑性を付加して馳男を揺さぶる。

「なぁ知ってるなら教えてくれよ。 アイツに、雪兎の肉体に一体何が起こっているんだ?」
「直に分かる……いえ、恐らく今すぐにでも分かる羽目になるわ」

 ほんの僅かな瞬間、テレサは馳男の視線から顔を逸らしてサブモニターを確認すると、小さく溜め息を付いた後、己の発言を訂正する。

 それに何故だと馳男が問い詰める間も無く、スキュリウスのメインモニター内に退避を勧告するメッセージが仰々しい警告音に合わせて躍り、半ば気が抜けていた馳男の危機感を煽った。

「いきなり何だってんだ!?」

 新たな襲撃を警戒し、馳男は咄嗟に周囲へ視線を走らせるとようやく異変に気が付く。

 N.U.S.A.による火力支援により開けられた地面の穴。 そこから湧き出した常盤色の正体不明の瘴気によって、徐々に都市全域が侵されつつあったことを。

「まだロクデナシが居るってのか……」

 先ほど始末した雑魚とは比較にならない何かが居るという事実を直感で察知し、馳男は小さく舌打ちすると、一人地下に潜って行った雪兎の身を案じた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 不快なほどに湿潤な粘質の洞の中を鋼の龍が大股に駆け抜け、淀んだ空気を白熱させる。

 自らが発する光以外にはなんの光源も存在しない暗黒の中で、ドラグリヲは群がる化け物共を鎧袖一触に蹴散らすと足元に散乱する害獣の死骸を踏み躙りながら唸りを上げた。

「イナゴ共が!身の程を弁えろ!」

 フォース・メンブレンを纏った鉤爪が弧を描く度に肉と粘液によって固められた壁が抉り抜かれ、隠れていた連中を纏めて薙ぎ払う。 

 地上がどうなろうが問答無用とばかりに暴れまわるドラグリヲの所業は、ある程度頑強に造られていたと思われる害獣の巣窟を易々と崩壊へ誘っていた。

 生物の臓腑と骨格を想起させる壁と柱が弾け飛び、肉と粘液の下に隠されていた害獣侵入防止用地下防壁が無惨に打ち砕かれるも、雪兎の戦意は留まるところを知らない。 

 原因は雪兎の足元に散らばった骨の隙間に見え隠れする衣服や雑貨の残骸にある。 

 身分立場老若男女問わず無慈悲に喰い散らかされた人々の痕跡は雪兎の怒りをさらに大きく掻き立て、ドラグリヲの出力を際限無く上昇させていた。

『ユーザー、ここを破壊し尽くすこと事態は構いませんが余計な被害を出すことだけは避けて下さい。 物狂い共が何を考えてるかは存じませんが、この都市が地理的に重要な存在であることだけは確かなのですから』
「そんなことは言われずとも分かってる! だがな、産卵場所が分からないことにはそんなお上品なことはやってられない。お前だってそれは承知しているはずだ!」
『いや、場所自体は既に判明しているのですが明らかに怪しい雰囲気を感じまして進言するのを躊躇っておりました。 具体的に申しますと、通常なら卵を守護しているはずの大型害獣の反応が無いのです。 こんなこと通常ではあり得ない。 害獣が育児放棄するなど聞いたことがありません』
「気持ちは分からんでもないが少々ビクつき過ぎだ。今はそんなことを気にしている暇は無い!一刻でも早く駆除しないとまた手が付けられない勢いで殖えるぞ!」
『……そう思われるのであればお好きにどうぞ。 産卵所は貴方の100m真下です』
「分かってるならさっさと言え! 行くぞ!」

 半ば呆れた様子でカルマが目的地を示すと、ドラグリヲは全身に纏っていたフォース・メンブレンを右腕に収束させ、全力で拳を地面に叩き付けた。

 刹那、迸った莫大な熱量が足元を瞬時にしてマグマ化させ、最下層までの道を無理矢理に切り開いた。 

 溢れ出した紅蓮の液体が周囲の有機体を悉く焼き尽くし文字通り地獄を創るも、当の鋼の龍は一切頓着せず、莫大な熱が残る穴の中へ自ら飛び込んでいく。

「少々手間は掛かったが遊びは終わりだ。これで幕にしてやる!」

 現在の巣の状態を見るに今のドラグリヲを相手取って勝てる個体はいないだろうと判断し、決着を急ぐ雪兎。 

 その予想は珍しく間違いでは無いようで、結局何一つ障害にぶち当たる事無くドラグリヲは深く暗く生臭い巣の最奥へと降り立った。

 そこにはカルマの予測通りグロテスクで巨大な卵が大量に転がっており、孵化したばかりの害獣共がドラグリヲと共に降りてきたマグマに焼かれて次々と果てる。

「人様の家を乗っ取ろうとする思い上がった害虫共にはお似合いの末路だな。 しかし繁殖兼防衛役の女王がいないってのに、こいつ等一体どうやってここまで増えたんだ?」
『恐らく女王の代替を担うものが稼動していたのだと思われます。 我らに比べて遥かに物量が勝るとはいえ、優秀な個体を狩られて困るのは奴らだって同じです。だからこそ、この地底に使い捨てのプラントを創ったのでしょう。 ……とはいえ、まさかこれを敵である人間に運用させるなんて流石の私も思いつきませんでしたがね』

 計器の操作に気を取られながら疑問を呈する雪兎へ答えるように、カルマはコックピット内へ姿を現すと、特等席である雪兎の膝の上に座りながらある一点を指し示す。

 害獣共が撒き散らした血潮と死臭で穢され、人工物の面影を無くした要塞の腸たる高純度グロウチウム発電炉のすぐ小脇。 

 そこに存在していたのは、女王アリの腹部を思わせる巨大な肉塊と、それに下半身をまるごと取り込まれた哀れな男の姿だった。

 取り込まれてからまともに栄養を与えて貰ってもいないのか、男の身体には文字通り体毛と皮と骨しか残されておらず、生きているのが不思議なほどに無惨な姿と成り果てている。 

 さらに今にも折れそうな皺だらけの首には“私は敗北主義者です”と汚く殴り書きがされた看板が、これ見よがしに提げられていた。

『無様な有様ですね市長。 率先して共同体を裏切るような馬鹿が用済みになった後どうなるかなんて、常識的な知能を持ち合わせていればすぐに分かったかと思いますけども、その辺どうお考えですか?』

 採取したDNAデータと戸籍謄本を照らし合わせ、男が何者だったのかを確認すると、カルマはざまぁみろと言わんばかりに有りっ丈のイヤミをぶつける。

『作戦開始前、手慰みにこの都市の機密データにアクセスしてみたのですが、外交、軍事、経済等、重要度が高い資料が粗方収集された痕跡がありました。 何をどう煽られて人類を裏切ったのかなんて今さら知りたくもありませんが、貴方は最初から嵌められていたんですよ』

 全てにおいて利用価値を失った人の形をしたゴミを一通り嘲笑うカルマ。

 彼女は最後に地獄へ落ちろと言ってのけると、裁きを下すべくハッチを展開して主を解き放った。 赤々と燃える溶岩が放つ光を浴び、憤怒の意志を宿したかのように煌く瞳を市長に向ける雪兎。 投下の勢いそのままにしゃがみ込み、足元に散らばった人体の残骸を悼むように暫しの間膝を付く。

 そして、乾いた皮と肉の間から血の塊がへばりついた赤ん坊の玩具を抜き取ると、市長に向かってゆっくりと歩き出した。

「てめぇのせいで人が死んだ。 死ななくてもよかった人達が大勢死んだんだ!」

 胸の底から湧きあがってくる怒りを遠慮無く吐き散らし、雪兎は項垂れた市長の前に辿り着くと血塊の鈍器と化した玩具を思い切り振り上げる。

 これで死のうが知ったことではない。 一発でも殴ってやらなければ気が済まないと言わんばかりに。

 だが、おもむろに頭を上げた市長と目があった瞬間、雪兎は固く握った手をゆっくりと降ろし溜め息を付いた。 雪兎の凶行を押し留めたのは、今まで人形のようだった市長が見せた絶望の表情。

 それの原因が、雪兎が偶然握り締めていた物を見てしまったからだと気付いた故だった。

「そうかい、テメェはテメェで既に報いは受けていたと。
 同情してやる義理は無いが、せめて哀れだとは思ってやるよ」

 手にした玩具を市長の足元へと放り、目を逸らしながら雪兎は言い捨てるも、心の底から湧きあがってくる憐憫の情を隠し切れないのか表情は暗い。

『ユーザー、何を躊躇っているのです? 彼はもう……』
「皆まで言われずとも分かってるさ、その位僕にだってな」

 万一、市長に非がなかったとしても今さらその命を救うことなど出来ない。

 目の前で醜く蠕動する巨大な肉塊を眺めながら、雪兎は決意すると懐から愛用のククリナイフを引き抜く。

「不本意だが介錯してやる。 地獄の底で感謝しろ」

 斬られたと感じる暇も無く、一刀の元に処してやること。
 それだけが救いなのだと信じ、雪兎は乱暴に言い放ちながらナイフを構える。
 すると、それを見た市長は今まで悲しげだった表情を一変させた。
 それも恐怖や感謝という類のものでは無く、心の底からの侮蔑を顕す様な不気味な笑みへと。

「上司が上司だと部下も部下だな、甘いんだよ貴様らは」
「……あぁ?」

 話しかけられることを想定してなかったのか、それとも吐き付けられた言葉の意味が理解出来なかったのか、雪兎が戸惑いを露に立ち尽くすと、市長はその隙を突いて唯一自由が利く上半身を躍動させて全力で眼前の馬鹿を突き飛ばす。

「ちっ、この野郎!」
「甘っちょろいババァの情夫め! 生きて地獄を味わえ!
 私が味わった以上の苦痛と屈辱をその身に刻むがいい!」

 怒りと驚きで目を見開いた雪兎へ向かって市長が退化寸前の声帯を精一杯使って哄笑した刹那、巨大な肉塊の真下から膨大な量の霧が噴出し、巻き込まれた市長の肉体を瞬く間に塵芥に帰した。

「なんだこれは!?」

 轟々と吹き荒れる正体不明の奔流から逃れるべく雪兎は咄嗟に噴出孔から飛び退くも、立ち昇った奔流の中から放たれた殺気に射抜かれ、無意識に視線を上げる。

 常盤色に滲んだ黄泉の瘴気の奥深く。

 そこに浮かび上がるのは貝殻と騎士を無理矢理混ぜ込んだような異様な影。 

 奇しくも先日討伐した蜂の皇帝と同質の殺意を醸し出すそれは、雪兎が市長へやろうとしたように何処からか持ち出した凶器を構えると確実に絶命させるべく全力で突き出した。

『何をボサッとしているのですか! 死にたいのですか!』
「ウゴッ!?」

 咄嗟に反応が遅れた雪兎を救うべくドラグリヲのコックピットから銀糸が飛び、主をあるべき場所へと勢い良く叩き込む。 

 最も、救うためとはいえ首根っこ引っ掴んで頭から叩き落とすという救助された側の事を考えない行為は、雪兎の導火線に火を付けるには十分過ぎる過失だった。

「馬鹿野郎! もっと優しく扱いやがれ!」
『そんな余裕ありません! リアクターリミット強制解除! このまま逃げますよ!』

 全身を強く打ち付けられたことに腹を立てた雪兎の抗議など聞かず、カルマはドラグリヲを再び縦穴の中へ飛び込ませるとそのまま一目散に地上を目指し始めた。

 世界の破滅を目撃したかのような深刻な表情を浮かべつつ機体を制御する彼女の気迫に押されたのか、雪兎は一旦怒りを納めると大人しく座席に座り直して問う。

「らしくも無いぞカルマ! そこまで焦る必要がある相手なのか!?」
『説明している暇はありません。 兎も角今は戦いの準備を。
 貴方がやらなければ、この都市に息づく全ての生命が死に絶えるのですから』
「何だと!?」

 フォース・メンブレンが発する熱で溶融した地殻を粘土のように飛び散らせ、地上に躍り出るドラグリヲ。 あまりに速度を出し過ぎたせいで無駄に上空に飛び上がるも、そのお陰で雪兎はカルマが語ったことの意味を知る。

 接敵では無く、退避を促す特殊な警告音が絶えず鳴り響くコックピットの中で、メインモニター越しに雪兎が見たもの。

 それは、常盤色に淀んだ深い靄に覆われ、ゆっくりと腐食と沈降を開始した都市の姿だった。


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