鋼殻牙龍ドラグリヲ

南蛮蜥蜴

文字の大きさ
上 下
48 / 97

第48話 謁見

しおりを挟む
 いにしえより、旧都を支配するものだけが居城とすることを許されていた双頭の摩天楼。 

 その頂上で、あらゆる要素が相対する二匹の龍が我が物顔で憩っている。 

 片や座禅を組んで瞑想を行い、片や蜷局を巻いて微睡みの中に沈む。 

 まるで食後、小休止をする人のような仕草で落ち着いた時を過ごす異形達。

 だが、雲の切れ目が一瞬輝いた事に目ざとく気が付くと二匹の龍は瞼を押し上げて空を仰いだ。

 その視線の先にあったのは一つの人影。 パラシュートすら開くことなく、ただ重力に身を任せて落ちてくるそれは一切減速することなく猛スピードで元ヘリポートのど真ん中に到達すると、そのまま拳を打ち付けて衝撃を相殺し着地して見せた。

 濛々と立ち籠める砂埃の中で立ち上がるのは、ステルス機能を付与されたパワードスーツを着込んだ雪兎。 常人なら間違いなく赤いペーストになるような衝撃を難無く耐え切りながらも、彼は打ち付けた方の手を痛そうに何度も振る。

「あの馬鹿、何がこれが一番早い潜入方法だと思いますだ。 滅茶苦茶やりやがって」

 姿を見られて騒動を起こされるのが煩わしいのなら、絶対に見つからない場所から忍び込めば良いと大口を叩いたカルマによって雲の上からのダイブを強制され、雪兎は心底呆れ果てたような顔をして自分が落ちてきた空を見上げた。 

 何をやっても簡単には死なないとはいえ、こうも雑に扱われては流石に文句の一つや二つぶつけたくなると眉間に皺を寄せて小言を洩らす。 

 頭上から凄まじい殺気をぶつけてきている存在がいるという関わらず、その行動は一見余裕に満ちていた。

「ああもうそういうのはいいよ、貴方達が僕と同じような存在であることは分かってる。 首領……リンさんやアルフレドさんって名前に聞き覚えはないかい?」

 首領に託された刀の鞘を固く握り締めながら、雪兎は二匹の龍へ親しげに話しかける。 

 事情が知らぬ人間からして見れば間違いなく自殺行為であるが、ある種の確信を胸に抱く雪兎には不思議と不安は無かった。 

 もっとも、雪兎自身からしてもその理由は全く分からなかったが。

 程なくして、二匹の龍はそれぞれ剥き出しにしていた牙を収めると、各々がもっとも楽な姿勢で座り込んだ。 

 雪兎が語った名前に聞き覚えがあったのか、それともただの気まぐれなのか、二匹は興味深げな仕草で雪兎が次に紡ぐ言葉を待った。 

 周囲に渦巻いていた熱気と冷気は、それぞれ春の陽光と秋のそよ風を感じさせる優しいものへと変化し、心地よい空間を創り出す。

 それに促されるように雪兎は意を決すると、二匹の龍の頭を瞳の中にしっかりと映しながら力強く切り出した。

「今日ここにやってきたのは他でもない、互いに生き残る為に貴方達の力を借りたいんだ。 間もなくこの列島に途轍もなく恐ろしい神話級害獣がやってくる。 このまま放置すれば北海道から九州の先端まで余さず熔岩の中に呑み込まれ、消滅させられることになる。 貴方達もそれは決して看過出来ないはず。 せっかく築いたテリトリーを消されることと同意なのだから」

 地平線の遙か彼方、ユーラシアの方角へ時折視線を向けつつ雪兎は辿々しくも必死に説明を続ける。 連日続く連戦の精神的疲れが不慣れな場に乗じて身を現しているのか、雪兎自身が気付かぬうちに脂汗が額を伝って流れ落ちる。

「首領が身罷った今、列島であの蛇を狩れる可能性があるのは恐らく僕しかいない。 でも、僕一人で確実に奴を狩れるという保証はない。 だから貴方達の力を貸して欲しいんだ。 勿論タダでとは言わない。 もし列島を護り切ることが出来たなら、僕の血と肉を貴方達にやる。 望むならこの命もおまけにつけてやる。 貴方達もあのクソジジィの仕掛けた蠱毒に巻き込まれた身であるというのなら、欲しくて仕方の無いものであるはず」

 あくまで断片的で状況的な証拠から無理矢理導き出したに過ぎない稚拙な持論だが、最早なりふり構っていられないと、雪兎は顔を強張らせつつも必死に声を振り絞った。

「だからお願いだ! この列島や、その後ろで生きる皆を護る為に轡を並べて戦って欲しい!」

 誰もが未来の為に命を張ってきた今、日和っている訳にはいかないと自らを生け贄にする覚悟で雪兎は二匹の龍の目の前で無防備に両手を広げ、頼み込む。 

 そこに打算や小細工の類いは無く、ただ不器用に一人でも多く命を繋げられるようにと、後先考えず目を見開く馬鹿の姿があるだけ。

 これが人間同士テーブルの上での話合いであれば、尻の毛まで毟られるような無惨な結果に終わることは想像に難く無い、酷く幼稚な言い草だった。

 しかしこの世は、理屈や正論だけで物事が動くとは限らない。 

 情や好みといったくだらない価値観で過ちを犯す愚か者が存在する。 そしてその愚か者は意外にもすぐそばにいたようで、二匹の龍は雪兎の言葉を噛み締めるように受け止めると、行動を起こす。

 今まで胡座をかいていた赤い龍がゆっくりと立ち上がって翼を広げ、蜷局を巻いていた蒼い龍が長い身体をくねらせて宙に身を浮かせると、猛々しい咆哮と凜々しい旋律が旧都の空に響き渡り、揺蕩っていた厚い雲を纏めて霧散させた。

 敵意や殺意の類いを一切感じさせない勇壮な響き。 

 それを聞いた雪兎は安堵と希望に表情を輝かせて叫ぶ。

「……戦ってくれるんだな! 一緒に!」

 雪兎の問いに、勿論二匹の龍は言葉を返さない。 

 その代わりに赤い龍は力強くサムズアップをし、蒼い龍は見返し際にウインクをして応えた。 

 そこに底意地の悪い謀略の影は無い。

「カルマ!」
『ええ参りましょう。 我々に残された時間はあまりに少ないのですから』

 姿を隠していた雲が吹き飛んでしまった為、居場所を暴かれ警備ドローンに追い回されていたドラグリヲが、雪兎の求めに応じてすぐその背後に降り立つと、胸部装甲を展開して主をコックピットへ招き入れる。

『――たった今グレイスより報告が参りました。 鉄獄蛇に発していた偽装命令がバレたようです。 該当個体は旧EUより猛烈な速度で列島に接近中とのこと。 列島に余波無く殺すにはこれでも不十分かもしれませんが、まぁ沖縄近海で殺り合うよりずっとマシでしょう』

 サブモニターの中で大量のデータを捌くカルマのぼやきを黙って聞きながら、雪兎は己の拳を固く握るとメインモニターに映り込む二匹の龍の姿を眺める。 

 そして普段身内にしか見せないような笑みを浮かべると、二匹の龍に語りかけるように口を開いた。

「行こう、皆が生き残る為に」

 音声出力を行っていなかったためその呟きが外に届くことは無い。 

 そのはずが、二匹の龍は雪兎の声が聞こえたかのように頭を振ると、再び高らかに咆哮を上げながら上空へと向かった。 

 負けじとドラグリヲも続けて咆哮を上げて飛び立つと、3匹の龍はそれぞれ雄々しく翼をはためかせ、光と炎と氷を空一面にまき散らしながら地平線の向こうへ消えた。

 大した建前など無く、ただ生き残る為の戦いに赴く為に。
しおりを挟む

処理中です...