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ゆうべには白骨となる
【終章】ゆうべには白骨となる
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四月八日(火) 午前十時三十分 ――――
「ただいまより――故、田中薫さまの葬儀、ならびに告別式を、ここに謹んで開式いたします――お勤めいただきますのは、真宗大谷派――」
佐和子の一段トーンを抑えたアナウンスが、厳かに開式を告げた。
式場内は凛として静まり返り、おしゃべり好きなご親戚の面々も皆一様に前方の祭壇へと向き直る。一拍おいて、紫の法衣に身を包んだ導師が式場入口からゆったりとした足並みで入場してきた。
その場に居合わせた者はスタッフも含め皆、低頭の姿勢で丁重に導師を迎え入れる。
棺の手前まで歩みを進め、祭壇と向き合う形で導師が着座すると、いくつかの作法が行われたのちに鐘が打ち鳴らされて粛々と読経がはじまった。
特別に声を張り上げているわけでもないのに、空気を面で圧するような迫力のある声が会場全体に朗々と響く。
昨晩の通夜は、あれから滞りなく終了した。
それから一夜明けて、いよいよ今日が田中薫氏の火葬当日――
故人が御体をこの世に残していられる、その最後の日となった。
葬儀のお経がはじまって十五分ほどで表白が読み上げられ、それを合図に親族の焼香がはじまった。
喪主様から順に二人ずつ焼香台へと進み出て、三つ指で摘まみ上げた抹香を火の入った炭へと落としていく。煙が立つ中、遺影を見据え手を合わせて礼拝するその背中に、ひとりひとりの哀悼の想いが表れていた。
ここで感極まった浩文氏が、涙に滲んで手元が怪しくなったからか、焼香する際にうっかり炭のほうを摘まんでしまうという一場面もあったが、一瞬のことで火傷には至らず、誠人もほっと胸をなでおろした。
そうして焼香が進むこと三十分――
葬儀のお経が一区切りつくと、導師が年季の入った一冊の本のようなものを取り出す。それから恭しくそれを掲げて見せると、独特の節をつけながら詠うようにして読み上げはじめた。
【それ 人間の浮生なる相をつらつら観ずるに――】
【凡そはかなきものは――この世の始中終 幻の如くなる一期なり――】
【されば未だ万歳の人身を受けたりという事を聞かず 一生過ぎ易し――】
これは、いわゆる「白骨の御文」と呼ばれるものだ。
いまから五百年以上も前に、蓮如上人が浄土真宗の教えを一般に広く布教するにあたって書いた八十通にも及ぶ手紙のひとつであり、浄土真宗の葬儀ではこの第十六通にあたる「白骨の御文」が最後に読み上げられて閉式となる。
これが読まれるころには、すでに焼香や会葬者の案内もひとしきり済んでいるので、このときは式場内の親族も葬儀スタッフも全員でこの「御文」に聞き入っていた。
【今に至りて 誰か百年の形体を保つべきや――】
【我や先 人や先 今日とも知らず 明日とも知らず――】
【おくれ先だつ人は 本の雫 末の露よりも繁しといえり――】
興味本位で調べたことがあるので、現代語訳もある程度は知っている。
おおまかな内容としては「この世の無常」や「人間の儚さ」を説いたもので、現代を生きる人々の胸にも時代を超えて痛切に訴えかけるものがある名文だ。
もっとも、式の進行に携わる従業員には「そろそろ終わりますよ」以上の意味を持たないのがなんとも味気ないところだが。
浄土真宗の葬儀では毎回これが読まれるので誠人もすっかり諳んじて読めるようになってしまった。
【されば 朝には紅顔ありて――】
【ゆうべには白骨となれる身なり――】
導師に合わせて口の中でその言葉を呟いたとき、誠人はある感慨に浸っていた。
朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり――
「朝の時点では血色も良く健康そのものだった人も、その日の夕方には突然の不幸で亡くなって白骨になってしまうこともある。人生の終わりとは、それほど予測もつかないことなのである」という意味だ。
〈人の不幸は先読みが効かないのよ――〉
昨日だったか、佐和子がそのようなことを言っていたのを思い出した。
熊男――いや、田中薫氏は病床で最期を迎えたと伺ったが、それでも本人すら「今日がその日だ」とは、朝を迎えたときには思わなかったかもしれない。
蓮如上人の言うとおり、自分がいつ死ぬか知っている人間なんて、どこにもいないのだと思う。
しかし――と、誠人は式場内の親族席に目を向けた。
この葬儀の裏側を知る者にとって、この場で最もその言葉が相応しいのは、間違いなく「あの人」だろう――
その視線の先には、背中を丸め、両手で口を覆うようにしてさめざめと泣く浩文氏の姿があった。
この場にいる人間で、最も予測のつかない死を経験したのは浩文氏をおいて他にいないだろう。なにせ彼は、存命中であるにも関わらず手違いで遺影が作られてしまったのだ。
昨日の昼過ぎに誠人が写真を受け取ってからの数時間――この葬儀社の中の、ごくごく限られた一部の人間のあいだで、彼はたしかに「亡くなった」ことにされていたのだ。
佐和子の機転によって未然に防がれたからよかったものの、下手をすれば通夜に赴いた先で自分の遺影とばったり対面していたかもしれない。そうなれば、葬儀代金はまず払ってはもらえないだろう。
御文を認めた蓮如上人も、まさか遠い未来でこのような珍事が起きているなどとは夢にも思わなかったに違いない。
まったくもって、人の不幸とは予測のつかないものである。
【――誰の人も はやく後生の一大事を心にかけて――】
【阿弥陀仏を深くたのみまいらせて――】
【念仏申すべきものなり――】
【あなかしこ あなかしこ――】
お勤めが終わり、導師が退場したのちは告別式へと速やかに移行する。
祭壇前に安置されていた棺は式場中央へと移され、式場を彩っていた花々は故人へ手向けるために残さず切り落とされていく。
案内係が切り花のお盆を持って回りながら親族に花を配り、受け取った者から代わる代わるに棺の中へと手向けていく。
ゆっくりと別れを惜しむことができるのは、時間にして僅か十数分のこのお花入れが最後だ。
集まった親族のひとりひとりが、花を入れる際に薫氏の顔をそっと撫でて、それぞれの言葉で別れを告げていく。
「おじさん、本当にお世話になりました」
「いままで、ありがとうございました」
「さようなら、薫さん……」
ふと見渡すと、浩文氏の顔は溶けだした蝋燭のようにぐちゃぐちゃだった。
「――薫くん。よかったな。最後に大好きな花に囲まれてさ……いつか、そっちへ逝くからな。そのときはまた……あっちでお花見、しような」
言って、いまにも膝から崩れそうにわんわん泣いた。
浩美夫人が肩を貸すようにして、寄り添いながら棺を覗き込む。
「おとうさん――さようなら。大好きよ。もしも、いつかお互い生まれ変わることがあったら……次の人生でも、どうか私を選んでくださいね」
傍で見ていた誠人も、ここでとうとう限界がきた。
堪えていたものが決壊したのだ。
ずびー、と大きく鼻を啜ると、親戚一同の顔がこちらに向いた。
やってしまった――
思わず佐和子のほうを見やる。
彼女の冷ややかな目は「あんた、わかってるでしょうね」と口ほどに物を言っていた。
わかってます。わかってますとも――
葬儀のプロに涙は厳禁。それは重々わかっている。
この仕事は遺族に「寄り添うこと」であって、けっして「同情してはならない」のだ。大切な人を亡くした気持ちは、本人以外には計り知れない。安易に同情の姿勢を見せてしまうと、かえって遺族感情を逆撫でしてしまうこともあるという。
悲しみに暮れる遺族に代わって、ときに無感情を貫いてでも式を滞りなく進行する。それが葬儀屋の本分というものだ――
――ということは、わかってはいるんです。
でも……
無理なもんは、無理。
誠人はポケットからハンカチを取り出すと、人目も憚らず真っ赤に腫らした目を何度も拭った。
佐和子が「こりゃ、だめだ」と判断し、誠人を奥へ退かせようとした
そのとき――
「ねぇ、あなた。……よかったら――」
見ると、夫人が手にしたユリを一輪、こちらに差し出していた。
「あ、いえ……すみません。でも……」
「いいのよ」
そう言って誠人の手を取り、白ユリをそっと渡す。
「よろしいんですか……?」
その問いに優しく微笑みかけると、夫人はそれ以上何も言おうとしなかった。周りの親戚も「是非に」と頷きで返してくれている。
佐和子はというと……空気を察してか、視線を外して腕時計を二回、トントンと小さく叩いた。
「すみません。では、僭越ながら……」
誠人は棺の傍へと歩み寄り、その中へと視線を落とす。
坊主頭に豪快な髭――相も変らぬ威圧感であったが、美しい花に囲まれたその顔は、最初に見たときより心なしか随分と穏やかなものに見えた。
受け取った白ユリを、そっと顔の近くに添える。
生憎、気の利いた哀悼の言葉は持ち合わせていなかったが、誠人は丁重に合唱と礼拝をしながら、心の中で静かに故人に語りかけた。
田中さん、どうか安らかにお眠りください――
それと――
お騒がせして、申し訳ありませんでした――
棺を乗せた霊柩車のクラクションが高らかに響き渡る。
暖かな春の陽ざしが降り注ぐ中、葬儀スタッフ一同に見送られながら、田中家は故人とともに火葬場へと向け出発した。
誠人は佐和子と並んで、遠ざかっていく霊柩車に深々と頭を下げる。
「……行ったみたいね。さーてと、あたしらは戻り七日の準備をしなくちゃね」
「じゃあ私、香炉のお掃除してきますね」
「おトキさん、お食事の数はいくつになったの?」
「ちょい待ち。えっとね……まずは大人が――」
一同の、がやがやと騒ぐ声を耳にして、誠人もようやく面を上げた。
霊柩車は、角を曲がって、もう見えなくなったあとだった。
(了)
「ただいまより――故、田中薫さまの葬儀、ならびに告別式を、ここに謹んで開式いたします――お勤めいただきますのは、真宗大谷派――」
佐和子の一段トーンを抑えたアナウンスが、厳かに開式を告げた。
式場内は凛として静まり返り、おしゃべり好きなご親戚の面々も皆一様に前方の祭壇へと向き直る。一拍おいて、紫の法衣に身を包んだ導師が式場入口からゆったりとした足並みで入場してきた。
その場に居合わせた者はスタッフも含め皆、低頭の姿勢で丁重に導師を迎え入れる。
棺の手前まで歩みを進め、祭壇と向き合う形で導師が着座すると、いくつかの作法が行われたのちに鐘が打ち鳴らされて粛々と読経がはじまった。
特別に声を張り上げているわけでもないのに、空気を面で圧するような迫力のある声が会場全体に朗々と響く。
昨晩の通夜は、あれから滞りなく終了した。
それから一夜明けて、いよいよ今日が田中薫氏の火葬当日――
故人が御体をこの世に残していられる、その最後の日となった。
葬儀のお経がはじまって十五分ほどで表白が読み上げられ、それを合図に親族の焼香がはじまった。
喪主様から順に二人ずつ焼香台へと進み出て、三つ指で摘まみ上げた抹香を火の入った炭へと落としていく。煙が立つ中、遺影を見据え手を合わせて礼拝するその背中に、ひとりひとりの哀悼の想いが表れていた。
ここで感極まった浩文氏が、涙に滲んで手元が怪しくなったからか、焼香する際にうっかり炭のほうを摘まんでしまうという一場面もあったが、一瞬のことで火傷には至らず、誠人もほっと胸をなでおろした。
そうして焼香が進むこと三十分――
葬儀のお経が一区切りつくと、導師が年季の入った一冊の本のようなものを取り出す。それから恭しくそれを掲げて見せると、独特の節をつけながら詠うようにして読み上げはじめた。
【それ 人間の浮生なる相をつらつら観ずるに――】
【凡そはかなきものは――この世の始中終 幻の如くなる一期なり――】
【されば未だ万歳の人身を受けたりという事を聞かず 一生過ぎ易し――】
これは、いわゆる「白骨の御文」と呼ばれるものだ。
いまから五百年以上も前に、蓮如上人が浄土真宗の教えを一般に広く布教するにあたって書いた八十通にも及ぶ手紙のひとつであり、浄土真宗の葬儀ではこの第十六通にあたる「白骨の御文」が最後に読み上げられて閉式となる。
これが読まれるころには、すでに焼香や会葬者の案内もひとしきり済んでいるので、このときは式場内の親族も葬儀スタッフも全員でこの「御文」に聞き入っていた。
【今に至りて 誰か百年の形体を保つべきや――】
【我や先 人や先 今日とも知らず 明日とも知らず――】
【おくれ先だつ人は 本の雫 末の露よりも繁しといえり――】
興味本位で調べたことがあるので、現代語訳もある程度は知っている。
おおまかな内容としては「この世の無常」や「人間の儚さ」を説いたもので、現代を生きる人々の胸にも時代を超えて痛切に訴えかけるものがある名文だ。
もっとも、式の進行に携わる従業員には「そろそろ終わりますよ」以上の意味を持たないのがなんとも味気ないところだが。
浄土真宗の葬儀では毎回これが読まれるので誠人もすっかり諳んじて読めるようになってしまった。
【されば 朝には紅顔ありて――】
【ゆうべには白骨となれる身なり――】
導師に合わせて口の中でその言葉を呟いたとき、誠人はある感慨に浸っていた。
朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり――
「朝の時点では血色も良く健康そのものだった人も、その日の夕方には突然の不幸で亡くなって白骨になってしまうこともある。人生の終わりとは、それほど予測もつかないことなのである」という意味だ。
〈人の不幸は先読みが効かないのよ――〉
昨日だったか、佐和子がそのようなことを言っていたのを思い出した。
熊男――いや、田中薫氏は病床で最期を迎えたと伺ったが、それでも本人すら「今日がその日だ」とは、朝を迎えたときには思わなかったかもしれない。
蓮如上人の言うとおり、自分がいつ死ぬか知っている人間なんて、どこにもいないのだと思う。
しかし――と、誠人は式場内の親族席に目を向けた。
この葬儀の裏側を知る者にとって、この場で最もその言葉が相応しいのは、間違いなく「あの人」だろう――
その視線の先には、背中を丸め、両手で口を覆うようにしてさめざめと泣く浩文氏の姿があった。
この場にいる人間で、最も予測のつかない死を経験したのは浩文氏をおいて他にいないだろう。なにせ彼は、存命中であるにも関わらず手違いで遺影が作られてしまったのだ。
昨日の昼過ぎに誠人が写真を受け取ってからの数時間――この葬儀社の中の、ごくごく限られた一部の人間のあいだで、彼はたしかに「亡くなった」ことにされていたのだ。
佐和子の機転によって未然に防がれたからよかったものの、下手をすれば通夜に赴いた先で自分の遺影とばったり対面していたかもしれない。そうなれば、葬儀代金はまず払ってはもらえないだろう。
御文を認めた蓮如上人も、まさか遠い未来でこのような珍事が起きているなどとは夢にも思わなかったに違いない。
まったくもって、人の不幸とは予測のつかないものである。
【――誰の人も はやく後生の一大事を心にかけて――】
【阿弥陀仏を深くたのみまいらせて――】
【念仏申すべきものなり――】
【あなかしこ あなかしこ――】
お勤めが終わり、導師が退場したのちは告別式へと速やかに移行する。
祭壇前に安置されていた棺は式場中央へと移され、式場を彩っていた花々は故人へ手向けるために残さず切り落とされていく。
案内係が切り花のお盆を持って回りながら親族に花を配り、受け取った者から代わる代わるに棺の中へと手向けていく。
ゆっくりと別れを惜しむことができるのは、時間にして僅か十数分のこのお花入れが最後だ。
集まった親族のひとりひとりが、花を入れる際に薫氏の顔をそっと撫でて、それぞれの言葉で別れを告げていく。
「おじさん、本当にお世話になりました」
「いままで、ありがとうございました」
「さようなら、薫さん……」
ふと見渡すと、浩文氏の顔は溶けだした蝋燭のようにぐちゃぐちゃだった。
「――薫くん。よかったな。最後に大好きな花に囲まれてさ……いつか、そっちへ逝くからな。そのときはまた……あっちでお花見、しような」
言って、いまにも膝から崩れそうにわんわん泣いた。
浩美夫人が肩を貸すようにして、寄り添いながら棺を覗き込む。
「おとうさん――さようなら。大好きよ。もしも、いつかお互い生まれ変わることがあったら……次の人生でも、どうか私を選んでくださいね」
傍で見ていた誠人も、ここでとうとう限界がきた。
堪えていたものが決壊したのだ。
ずびー、と大きく鼻を啜ると、親戚一同の顔がこちらに向いた。
やってしまった――
思わず佐和子のほうを見やる。
彼女の冷ややかな目は「あんた、わかってるでしょうね」と口ほどに物を言っていた。
わかってます。わかってますとも――
葬儀のプロに涙は厳禁。それは重々わかっている。
この仕事は遺族に「寄り添うこと」であって、けっして「同情してはならない」のだ。大切な人を亡くした気持ちは、本人以外には計り知れない。安易に同情の姿勢を見せてしまうと、かえって遺族感情を逆撫でしてしまうこともあるという。
悲しみに暮れる遺族に代わって、ときに無感情を貫いてでも式を滞りなく進行する。それが葬儀屋の本分というものだ――
――ということは、わかってはいるんです。
でも……
無理なもんは、無理。
誠人はポケットからハンカチを取り出すと、人目も憚らず真っ赤に腫らした目を何度も拭った。
佐和子が「こりゃ、だめだ」と判断し、誠人を奥へ退かせようとした
そのとき――
「ねぇ、あなた。……よかったら――」
見ると、夫人が手にしたユリを一輪、こちらに差し出していた。
「あ、いえ……すみません。でも……」
「いいのよ」
そう言って誠人の手を取り、白ユリをそっと渡す。
「よろしいんですか……?」
その問いに優しく微笑みかけると、夫人はそれ以上何も言おうとしなかった。周りの親戚も「是非に」と頷きで返してくれている。
佐和子はというと……空気を察してか、視線を外して腕時計を二回、トントンと小さく叩いた。
「すみません。では、僭越ながら……」
誠人は棺の傍へと歩み寄り、その中へと視線を落とす。
坊主頭に豪快な髭――相も変らぬ威圧感であったが、美しい花に囲まれたその顔は、最初に見たときより心なしか随分と穏やかなものに見えた。
受け取った白ユリを、そっと顔の近くに添える。
生憎、気の利いた哀悼の言葉は持ち合わせていなかったが、誠人は丁重に合唱と礼拝をしながら、心の中で静かに故人に語りかけた。
田中さん、どうか安らかにお眠りください――
それと――
お騒がせして、申し訳ありませんでした――
棺を乗せた霊柩車のクラクションが高らかに響き渡る。
暖かな春の陽ざしが降り注ぐ中、葬儀スタッフ一同に見送られながら、田中家は故人とともに火葬場へと向け出発した。
誠人は佐和子と並んで、遠ざかっていく霊柩車に深々と頭を下げる。
「……行ったみたいね。さーてと、あたしらは戻り七日の準備をしなくちゃね」
「じゃあ私、香炉のお掃除してきますね」
「おトキさん、お食事の数はいくつになったの?」
「ちょい待ち。えっとね……まずは大人が――」
一同の、がやがやと騒ぐ声を耳にして、誠人もようやく面を上げた。
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