桜の死神とシンデレラ

佐々倉 桜

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魅惑の果実。

その 1

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 不思議なことだ…。

 一人暮らしの部屋なのに電気が付いている。
 
 ちゃんと消し………。

「あっ。」

 そうだ『葵』が家に居た…もしかしてまだ家に居るのか!?それとも電気の付けっぱなしか!?

 ふぅとため息を1つ…俺は部屋へと歩を速める。

 エントランスにてお隣さんである緑川さん老夫婦と鉢合わせになった。
 元官僚で寡黙な旦那さんと笑顔が絶えない奥さん。

 奥さんが近寄ってきた。

「お帰りなさい、神代さん。」

「こんにちは緑川さん。お出掛けですか?」

 軽く会釈をすると奥さんがにこにこと答える。

「こんにちは、そうなの郵便受けにこんなチラシが入っていてね。」

「チラシ?」

 今日行った『甘味処~七竜~』のチラシだ。
 なるほど…こういったチラシも配布しているのかあの店は。
 みどりさんが作成したであろうチラシはしっかりと作り込まれているし、コーヒー無料のクーポン券まである。

「主人がコーヒー好きでね、私は甘いものが好きだから一緒に行こうって話しになったのよ。」

「そうですか、この店はいい店なので是非いってみてください。」

「今から楽しみだわ。あっそうそう神代さん。」

「はい。」

「神代さんの彼女さんとっても良い方ね。」

 ………ん?

「今日たまたま仲良くなっちゃって一緒に主人の趣味の蕎麦を作ったよの~。」

 ちょっと待って…話が見えない…。

「主人もなかなか筋がいいって誉めてたわよ。」

 緑川さんは蕎麦屋を始めたいからと蕎麦作りを練習しているのは知っている。
 引っ越してきたとき挨拶に行ったら逆に蕎麦をご馳走になった。
 
 …そんなことはどうでもいい!とは何だ!

「おい、そろそろ行くぞ…。」

「はいはい、今いきますよ。それでは神代さん失礼します。」

 旦那さんに呼ばれて足早に離れていった。そして2人で軽く会釈をした後歩いていく。

 旦那さんにそっと寄り添う奥さん。旦那さんの方もちゃんと歩幅を奥さんに合わせているし…なんとも素敵な夫婦像だ…。

 2人を見送った後に振り返り部屋へと急ぐ。

 良い彼女さんだと…?

 仮に居るのが『夜』だとしよう…金にしか興味の無い奴が蕎麦を作る…?いやいや、それ以前に自分にプラスにならないと思う人とは会話もしない女だ…。

 と言うことは『夜』ではない訳で…他に知り合いの女性と言えば…。
 話が出来る人は…それこそ『甘味処~七竜~』のみどりさんくらいで…みどりさんは以外には尽くさない筈だし…。

 …だとすると…やはり。


 部屋の玄関を開けると女性物の靴が朝と変わらずそのままに…。

 微かに聴こえてくる鼻歌に漂ってくる匂い…。

 歩を進めたその先にはキッチンで何かを煮ている葵の姿があった。

「おい。」

「ん?あっちょっと待って。」

 俺に気が付いた葵は近づいてきた。

「お帰りなさい。」

 長い髪の毛を後ろで1本にまとめ。何処から持ってきたのか知らないが、茶色いエプロンを着用している。

「蕎麦作ったけど、どうする?」

「え?」

ご飯蕎麦にする?お風呂にする?そ、れ、と」

「蕎麦にしよう。」

「はやっ!えっ!ちょっと!最後まで言わせてよ!」

「いいから、話は蕎麦を食った後だ。」

 葵はちょっとつまらなそうに鍋へと振り返る。

「ざる蕎麦でいいでしよ?」

「あぁ、問題ない。」

 我ながら情けない…。好物蕎麦の誘惑に負けてしまった。

「はい、どうぞ。」

 目の前に置かれるざる蕎麦。

 箸でつまみ先ずは蕎麦の薫りを楽しむ。

 麺つゆへ浸ける時は蕎麦の7割まで1度に全部浸けたり麺つゆへのダイブなど邪道!

「どうかな?美味しい?」

 葵は顔を覗き感想を求めてきたが…タイミングが悪い。

「静かに!」

「えっ?」

 蕎麦を口に頬張った時の香り…そして歯応えと喉ごし!
 全ての蕎麦は一期一会!
 1つとして同じ蕎麦は無い と俺は思っている。

「うん、旨い。」

「ほんと!?やった!」

「でだ、葵はなんでまだここにいるんだ?」

 …間。

「え、えーと………。」

「もしかして帰るところがないのか?」

「えっ、あっ、そ、そう!そうなのよ!だ、だから困っちゃって…!」

 しどろもどろだな…しかし…俺が連れてきた手前、叩き出す訳にも…。

「まぁ、好きにするといい…。」

「いいの!?ありがとう!」

「詳しくは詮索しない…帰る場所が出来たら好きに帰ればいい。」

「はいはい、ではその時まで…ふつつか者ですがよろしくお願いします。」

「嫁入りじゃぁないんだ…いいか?働かざる者」

「食うべからずね?解ってる!炊事洗濯掃除なんでもやるよ!」

「それは助かるが…こっちへ。」

「なぁに?」

 葵をとある部屋の前へと連れていく。

 そこは

「ここだ。」

「ここね、ここも掃除しようと思ったけど…。」

「この部屋には絶対に入るな、入ろうともするな。それだけは守ってくれ。」

「この部屋はなんなの?」

「…強いて言うなら仕事の保管部屋だ…。」

「仕事?もしかして怪しい仕事とかじゃないんでしょうね?」

 ふぅ…説明がめんどうだ…素直にはいと言ってくれればいいのだがな。

 胸ポケットから3枚のカードキーを取り出して鍵を開ける。

「ちょちょちょ!えっ!?いいの!開けて!?」

 ガチャ!

 部屋の中にはシルバーラックがズラリと並んでいる。
 その上に並べているのは大小様々な白い箱。

「ご覧の通り全部俺の仕事のヤツだ…。」

 下手に隠すとかえって好奇心を煽ってしまう。

「なぁんだ…てってき麻薬とか栽培してるのなって思ってた。」

「そんなアホなことはしない。」

「へー…。」

 然り気無く葵は箱に手を伸ばす。

「触るな!!!」

「ひゃっ!ごめんなさい!」

 ビクッとなる葵を部屋の外へ連れ出す。

 ガチャ!

 急いで施錠すると葵が小さい声で言ってくる。

「あ、あの、ごめんなさい。」

 その姿は今にも泣きそうな少女だ。

「い、いや、こちらこそすまない…いきなり声を上げてしまって…。」

「ううん、勝手に触ろうとした私が悪いんだから…。」

「…だが、これで解っただろ?俺の仕事の物だから他の人に触られるのは困るから入らないでくれ。」

 葵を別の部屋へと移動させる。

「その代わり…。」

 8畳間の洋室。
 部屋の構造上窓は東側に1つだが開閉出来るしエアコンとベットも部屋にある。

 元々客間として利用しようと準備したが誰も使わない為用無しとなった部屋である。

「うわぁ~!」

「この部屋をお前に貸す。好きに使え。」

「いいの?」

「構わない昨日葵が寝たベットは俺のだからな。」

「あぁ!なら今夜は私の匂いを堪能…?」

「布団はすべてこっちへ移せ。俺は新品の布団を使う。」

「ちょっ、ちょっとー!!少しは私を楽しみなさいよ!」

「解った解った…では早速布団をこっちに移しとけ、俺は仕事の確認をしなければならない。」

「えー…もっとお話しようよ?」

「働かなければ生き残れない…。」

「ちょっと嫌なキャッチフレーズね…。」

 ぶーぶーと言う葵を無視してパソコンへと向かう。
 まぁ仕事の邪魔さえしなければ無理に追い出す必要もない。
 「帰るところがない。」という人間(嘘だと思う)にが「帰れ!」というのもおかしな話…。

 パソコンを立ち上げ起動。
 
 水夏が送ったメッセージに目を通す。

「布団の移動終わったよー!」

「つぎは皿洗いだ。」

「ぶー!!」

 これからなんとも奇妙なというか珍妙な同居生活が始まろうとしていた。

 



 …因みに…さっき葵が触ろうとした『箱』縦横30センチで高さは20センチ位だが…それ1つで1000万。場合によっては倍の近くに値上がるだ。
 
 …それを麻薬なんて…くだらない…。
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