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2章.ビッグイベント始動! お嬢様を手懐けろ!?
こんなイベント、無茶振りです
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“巨大魚釣り上げイベント”から一夜が明けた。
あの後いくつかのイベントをこなしたが、ロレスの様子がおかしかったのはあの時こっきりだった。花梨は気になって彼をこっそり観察していたのだが、無理をしているようにも見えなかった。
きっと、忘れてしまったというわけではないだろうと思う。
むしろそれは胸の奥深くに馴染みすぎてしまって、そこにあるのが当たり前になってしまっているのではないだろうか。
上手く隠した気になっても、完全になくなることはない感じ。もしそうだとすれば、それはひどく危うく思える。
そんな花梨の考えをよそに、時間はどんどん過ぎていった。
日が沈むとゲームは一旦休止らしく、夕焼けの中でイベントを終えた後、腕が熱くなることはなかった。袖を捲り上げてもルーレットは現れず、強制終了させられる形となったわけだ。
そして今日。心優しいトロールの夫婦に泊めてもらって食事までご馳走になった二人は、朝からまたゲームに精を出していた。その甲斐あってかだいぶ距離を稼ぎ、すっかりスタート地点は見えなくなっている。
しかしここにきて、花梨たちはイベントミッションに苦しむことになった。
『わがまま放題のお嬢様を手懐け、仲良くなった! 友情の証にプレゼントを貰う。残っている“アイテムカード”から好きなものをひとつ選び、ゲームを続ける。』
「ロレス、これ……無茶振りだと思うんだけど」
「俺に言わないでよ。でも確かにこれは、ちょっと……ね」
浮かび上がった文字を前に、花梨はロレスと揃って苦笑する。
ここまで酷いと怒る気にもなれないのが不思議だ。突っ込みどころが満載すぎて、逆にどこから突っ込めばいいのかが分からない。
わがまま放題のお嬢様って何だ? しかもそれを手懐けろときた。
やるからには頑張るけれど、せめてもう少し具体的にお願いしたい。ロレスのときでさえ、“エルフの青年”という記述があった。あれも大概めちゃくちゃだったが、手掛かりがほぼ皆無な分こちらの方がタチが悪い。
「ロレス、何か知っている?」
「んー、どうだろう。仕事柄、あんまりひとつの場所にとどまらないし……よく分からないな」
「そうだよね……。どうやって探したらヒットするかな?」
顎に手をやって花梨は呟く。わがまま放題にしていても許されるほどのお金持ちということだろうか。“お嬢様”ともあることだし。
手懐けるよりも先に、まずはそのお嬢様とやらに会わなくてはならない。かくして、花梨とロレスの「お嬢様探し大作戦」が始まった。
♢♢♢♢♢♢
意気込んで聞き込み調査を始めた二人だったが、意外にもそのお嬢様の情報にたどり着くのは早かった。
「あぁ、有名よ? ハルシア家のネラ嬢。まだお小さいみたいだけど、あれはちょっと酷いと思うわ。この前なんて、出された食事が自分の気分と違ったからって、担当の料理人を変えさせたらしいのよ。信じられないと思わない?」
「わがまま放題のお嬢様に心当たりはありますか?」という問いかけに対し、生きている蛇の髪をした奥様は立て板に水のごとく答えた。きっと、井戸端会議でも散々話題に上っているのだろう。これだから奥様の情報網は侮れない。
花梨たちはお礼を言って彼女と別れ、今度は半牛の男性を掴まえて尋ねてみる。
「すみません、ハルシア家ってご存知ですか?」
「知ってるも何も、ご当主はこの辺りのご領主様だぜ。何だ、お前らもネラ様の暇つぶし要員か?」
茶化したように言う彼の言葉に、花梨とロレスは顔を見合わせた。その様子には気が付かず、さらに彼は続ける。
「ご当主はいい人な分、直々に頼まれちゃあ断れねぇわな。けどまあ、暇つぶし要員なんかにされちまった日には、身も心もボロボロになるのは請け合いだぜ」
肩を竦めた半牛の男性と別れてから、花梨たちは道端に座り込んで聞いた話を整理することにした。ヒト通りの邪魔にならないように注意しながら、並んで腰を下ろす。
「ハルシア家のネラ様、ね」
「案外あっさり出てきたよなぁ。さて……これからどうしようか、カリン」
「うーん……。ねぇ、暇つぶし要員って何だろう? ロレスは分かる?」
花梨の質問に首を振ったロレスが、ふとそのままのポーズで動きを止めた。不思議に思って首を傾げる花梨をよそに、彼はじぃっと一点を見つめ続ける。
「ねぇ、カリン。ハルシア家のご当主は、この辺りのご領主様なんだったよね?」
「うん、そう言ってたね」
「ご領主様って、その土地で一番偉い人だよね?」
「それはそうだけど……。ねぇ、どうかした?」
一向に話が見えない花梨を、ロレスが振り返る。そしてにっこりと輝くような笑みを浮かべた。
「俺、その家、分かるかも」
♢♢♢♢♢♢
ロレスに案内されてやって来たのは、道を少し戻ったところにある大きな屋敷の前だった。確かにご領主様なら、辺りで一番大きな家に住んでいそうだと少し納得する。
「ここが、ハルシア家……? ネラ嬢のいる?」
「確信はないけど。でもここに来るまで、これ以上大きいお屋敷見なかったよね?」
ロレスが軽く首を傾げた。うん、相変わらず麗しい。
「でも、大きいからって絶対に偉い人が住んでるとは限らないんじゃ ─── 」
花梨が反論しかけたとき、急に口がロレスの手で覆われた。意外と逞しい腕に腰を引き寄せられ、すぐ側の植木の陰に連れ込まれる。
「んっ、ふむむっ!?(ちょっ、ロレスッ!?)」
「しっ、静かにカリン。誰か出てきた」
一気に混乱した花梨の耳に、ロレスが低く囁く。その言葉に屋敷の玄関を見てみると、なるほど若い娘がふたり並んで出てきたところだった。揃いの制服を着ているあたり、もしかしたらお給仕さんかもしれない。
「手、離すけど、大声出しちゃ駄目だからね?」
ロレスの言葉に花梨は何度も頷いた。そろりと彼の手が遠ざかっていき、空気が一気に口腔を満たす。
はぁ、と息をついた花梨は、ロレスとの距離が意外と近いことに気が付いて羞恥に悶えた。
やばい。イケメンの破壊力半端ない。これは面食いじゃなくても赤面しても、許されるレベルだと思う。
赤くなったであろう顔を隠すためにそっぽを向いた花梨は、自分たちが隠れている木が屋敷の敷地内であることに気付いた。……いや、敷地内!?
「ちょっとロレス、これ、不法侵入だよ! それにそもそも、隠れる必要なかったよね? 悪いこと何もしてなかったし」
「んー、そうかも。でも、咄嗟に隠れなきゃ! って思っちゃったんだよね……」
「そんなこと言って、気付かれたらどうするのよ」
ヒソヒソと会話をしていると、花梨たちの方へとさっきの娘さんたちが近付いてきた。思わず息を潜めるが、彼女らは気付いた様子もなく喋りながら通り過ぎてゆく。
「旦那様も、本当にお可哀想ですわ。私、もう見ていられません……」
「そんなことを言っては駄目よリリィ、どこで誰が聞いているとも分からないのに」
「いいえマウラーノさん、言わせて下さい。ネラお嬢様のわがままは度が過ぎます! 旦那様はお人柄が優しすぎて、お嬢様に厳しく言えないのです。奥様の具合も優れませんし、このままでは旦那様も倒れられてしまうのではないかと、私心配で」
リリィと呼ばれた若い娘が、いくらか歳上のように見えるもうひとりの娘に食いつく。どうやらここはネラ嬢のいるハルシア家で間違いないようだ。マウラーノと呼ばれた彼女は溜息をつき、控えめに首肯した。
「旦那様の体調に関しては、私も心配しているの。早く誰か、ネラお嬢様を止めてくれないものかしらね……」
彼女らは、お屋敷の敷地からどこか外へと出かけていった。お遣いにでも行くのだろう。
小さくなっていくふたりのお給仕さんの背を見送り、花梨とロレスは顔を見合わせたのだった。
あの後いくつかのイベントをこなしたが、ロレスの様子がおかしかったのはあの時こっきりだった。花梨は気になって彼をこっそり観察していたのだが、無理をしているようにも見えなかった。
きっと、忘れてしまったというわけではないだろうと思う。
むしろそれは胸の奥深くに馴染みすぎてしまって、そこにあるのが当たり前になってしまっているのではないだろうか。
上手く隠した気になっても、完全になくなることはない感じ。もしそうだとすれば、それはひどく危うく思える。
そんな花梨の考えをよそに、時間はどんどん過ぎていった。
日が沈むとゲームは一旦休止らしく、夕焼けの中でイベントを終えた後、腕が熱くなることはなかった。袖を捲り上げてもルーレットは現れず、強制終了させられる形となったわけだ。
そして今日。心優しいトロールの夫婦に泊めてもらって食事までご馳走になった二人は、朝からまたゲームに精を出していた。その甲斐あってかだいぶ距離を稼ぎ、すっかりスタート地点は見えなくなっている。
しかしここにきて、花梨たちはイベントミッションに苦しむことになった。
『わがまま放題のお嬢様を手懐け、仲良くなった! 友情の証にプレゼントを貰う。残っている“アイテムカード”から好きなものをひとつ選び、ゲームを続ける。』
「ロレス、これ……無茶振りだと思うんだけど」
「俺に言わないでよ。でも確かにこれは、ちょっと……ね」
浮かび上がった文字を前に、花梨はロレスと揃って苦笑する。
ここまで酷いと怒る気にもなれないのが不思議だ。突っ込みどころが満載すぎて、逆にどこから突っ込めばいいのかが分からない。
わがまま放題のお嬢様って何だ? しかもそれを手懐けろときた。
やるからには頑張るけれど、せめてもう少し具体的にお願いしたい。ロレスのときでさえ、“エルフの青年”という記述があった。あれも大概めちゃくちゃだったが、手掛かりがほぼ皆無な分こちらの方がタチが悪い。
「ロレス、何か知っている?」
「んー、どうだろう。仕事柄、あんまりひとつの場所にとどまらないし……よく分からないな」
「そうだよね……。どうやって探したらヒットするかな?」
顎に手をやって花梨は呟く。わがまま放題にしていても許されるほどのお金持ちということだろうか。“お嬢様”ともあることだし。
手懐けるよりも先に、まずはそのお嬢様とやらに会わなくてはならない。かくして、花梨とロレスの「お嬢様探し大作戦」が始まった。
♢♢♢♢♢♢
意気込んで聞き込み調査を始めた二人だったが、意外にもそのお嬢様の情報にたどり着くのは早かった。
「あぁ、有名よ? ハルシア家のネラ嬢。まだお小さいみたいだけど、あれはちょっと酷いと思うわ。この前なんて、出された食事が自分の気分と違ったからって、担当の料理人を変えさせたらしいのよ。信じられないと思わない?」
「わがまま放題のお嬢様に心当たりはありますか?」という問いかけに対し、生きている蛇の髪をした奥様は立て板に水のごとく答えた。きっと、井戸端会議でも散々話題に上っているのだろう。これだから奥様の情報網は侮れない。
花梨たちはお礼を言って彼女と別れ、今度は半牛の男性を掴まえて尋ねてみる。
「すみません、ハルシア家ってご存知ですか?」
「知ってるも何も、ご当主はこの辺りのご領主様だぜ。何だ、お前らもネラ様の暇つぶし要員か?」
茶化したように言う彼の言葉に、花梨とロレスは顔を見合わせた。その様子には気が付かず、さらに彼は続ける。
「ご当主はいい人な分、直々に頼まれちゃあ断れねぇわな。けどまあ、暇つぶし要員なんかにされちまった日には、身も心もボロボロになるのは請け合いだぜ」
肩を竦めた半牛の男性と別れてから、花梨たちは道端に座り込んで聞いた話を整理することにした。ヒト通りの邪魔にならないように注意しながら、並んで腰を下ろす。
「ハルシア家のネラ様、ね」
「案外あっさり出てきたよなぁ。さて……これからどうしようか、カリン」
「うーん……。ねぇ、暇つぶし要員って何だろう? ロレスは分かる?」
花梨の質問に首を振ったロレスが、ふとそのままのポーズで動きを止めた。不思議に思って首を傾げる花梨をよそに、彼はじぃっと一点を見つめ続ける。
「ねぇ、カリン。ハルシア家のご当主は、この辺りのご領主様なんだったよね?」
「うん、そう言ってたね」
「ご領主様って、その土地で一番偉い人だよね?」
「それはそうだけど……。ねぇ、どうかした?」
一向に話が見えない花梨を、ロレスが振り返る。そしてにっこりと輝くような笑みを浮かべた。
「俺、その家、分かるかも」
♢♢♢♢♢♢
ロレスに案内されてやって来たのは、道を少し戻ったところにある大きな屋敷の前だった。確かにご領主様なら、辺りで一番大きな家に住んでいそうだと少し納得する。
「ここが、ハルシア家……? ネラ嬢のいる?」
「確信はないけど。でもここに来るまで、これ以上大きいお屋敷見なかったよね?」
ロレスが軽く首を傾げた。うん、相変わらず麗しい。
「でも、大きいからって絶対に偉い人が住んでるとは限らないんじゃ ─── 」
花梨が反論しかけたとき、急に口がロレスの手で覆われた。意外と逞しい腕に腰を引き寄せられ、すぐ側の植木の陰に連れ込まれる。
「んっ、ふむむっ!?(ちょっ、ロレスッ!?)」
「しっ、静かにカリン。誰か出てきた」
一気に混乱した花梨の耳に、ロレスが低く囁く。その言葉に屋敷の玄関を見てみると、なるほど若い娘がふたり並んで出てきたところだった。揃いの制服を着ているあたり、もしかしたらお給仕さんかもしれない。
「手、離すけど、大声出しちゃ駄目だからね?」
ロレスの言葉に花梨は何度も頷いた。そろりと彼の手が遠ざかっていき、空気が一気に口腔を満たす。
はぁ、と息をついた花梨は、ロレスとの距離が意外と近いことに気が付いて羞恥に悶えた。
やばい。イケメンの破壊力半端ない。これは面食いじゃなくても赤面しても、許されるレベルだと思う。
赤くなったであろう顔を隠すためにそっぽを向いた花梨は、自分たちが隠れている木が屋敷の敷地内であることに気付いた。……いや、敷地内!?
「ちょっとロレス、これ、不法侵入だよ! それにそもそも、隠れる必要なかったよね? 悪いこと何もしてなかったし」
「んー、そうかも。でも、咄嗟に隠れなきゃ! って思っちゃったんだよね……」
「そんなこと言って、気付かれたらどうするのよ」
ヒソヒソと会話をしていると、花梨たちの方へとさっきの娘さんたちが近付いてきた。思わず息を潜めるが、彼女らは気付いた様子もなく喋りながら通り過ぎてゆく。
「旦那様も、本当にお可哀想ですわ。私、もう見ていられません……」
「そんなことを言っては駄目よリリィ、どこで誰が聞いているとも分からないのに」
「いいえマウラーノさん、言わせて下さい。ネラお嬢様のわがままは度が過ぎます! 旦那様はお人柄が優しすぎて、お嬢様に厳しく言えないのです。奥様の具合も優れませんし、このままでは旦那様も倒れられてしまうのではないかと、私心配で」
リリィと呼ばれた若い娘が、いくらか歳上のように見えるもうひとりの娘に食いつく。どうやらここはネラ嬢のいるハルシア家で間違いないようだ。マウラーノと呼ばれた彼女は溜息をつき、控えめに首肯した。
「旦那様の体調に関しては、私も心配しているの。早く誰か、ネラお嬢様を止めてくれないものかしらね……」
彼女らは、お屋敷の敷地からどこか外へと出かけていった。お遣いにでも行くのだろう。
小さくなっていくふたりのお給仕さんの背を見送り、花梨とロレスは顔を見合わせたのだった。
応援ありがとうございます!
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