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第3話 残虐なのは嫌いですか?

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 ニーナが私の両手を強く握る。

「じゃあ、今だけで構いません! 今だけ悪役令嬢になって、敵対する存在との戦いに身を投じてみませんか?」

「その強引な話の持っていき方は何? そうまでして、復讐したいの? そんなけしかけ方、これまでしてこなかったよね」

「今までは正体を明かしてませんでしたから! けど、もう少し悪役っぽく振る舞って欲しいとは以前から思っていました!」

「そんな過激な思いを内に秘めていたと思うとなんか嫌だね」

 思い返せば、私が何か迷惑をかけても、ニーナが叱ったことなど一度もなかった。
 むしろ、どこか笑みを浮かべ成長を喜んでいるかのような表情すら……いや、これ以上考えるのはやめておこう。

「さて、どうします?」

「いやいや、どれだけ急かされても、そこまで思い切った決断できないよ」

「…………」

「む、無言で圧をかけてきてもダメだからね?」

 今のこの状況、なんだかちょっぴり怖い。
 深さのある川の真ん中で、周囲に掴める物は一切なし。

 もし、このまま私が拒否し続けたとして、逆上したニーナに川に放り込まれでもしたら一巻の終わりだ。

「そ、そもそも復讐って何するの?」

「そりゃ、テンセイシャ狩りに関与した相手を見つけて殺して回るんですよ!」

「殺して回るってそんな……」

 ニーナが胸の前で拳をぎゅっと握りしめる。

「パン屋のオヤジさんの無念はいかほどのものだったでしょう! 他の殺されたテンセイシャたちもそう……だから仇を取ってあげたいんです!」

 そうだ――ニーナはこういう女性だった。

 自分のことより他人を優先、首を突っ込まなくて良いことにまで首を突っ込み、けれど最後はみんなを笑顔にする。

 私はそんな彼女が大好きだし、尊敬している。
 けど、だからこそブレーキ役が必要なのではないだろうか?

「……やっぱやめとくよ。勢いに任せて判断出来ることじゃないから」

「そうですか? 復讐なんて、むしろ勢いに任せなければ決断出来ないと思いますが!」

「あなたはそうかもね。でも、私は違うの」

 そう、これでいい。
 ニーナはこれまでだって、たくさんの人を助けてきた。

 自分の命を危険に晒してまで、仇を討つ必要なんてない。
 すると、ニーナが舟を漕いでいた手を急に止め上目遣いで私を見る。

「拷問……できますよ?」

「怖い怖い怖い! いきなり何!?」

「串刺しにしますか?」

「だから、いきなり何の話!?」

「だったら、火あぶりにしましょう!」

「ねえ、それって殺人の手段を言ってるの!?」

 なんだ、このバイオレンスな展開は。
 数秒前までのセンチメンタルな雰囲気を返して欲しい。

「生きたまま剥いだり」

「言い回しが怖いよ! 剥ぐって何を!?」

「埋めたり」

「……生き埋めってこと?」

「掘り起こしたり」

「ああ、死なない程度で助けてはあげるんだ」

「また埋めたり」

「非道の極みだよ!」

 もはや、ただ命を弄んでいるだけじゃないか。
 よくも今まで、こんな発想する人間の隣で平和に過ごしてこれたな。
 ニーナが身体を左右に揺らして駄々をこねる。

「とにかく、悪役令嬢として残虐の限りを尽くしましょうよ!」

「勝手なイメージだけど、悪役令嬢ってそういうのじゃない気がするよ? 嫌がらせしたり、陰口を叩いたり……場合によっては人殺しまで発展するかもだけど、ニーナの言う直球で乱暴な感じじゃないと思う」

 そこまでいったら『極悪令嬢』とか『残酷令嬢』とか……もっと、威圧的な名を冠しているはずだ。
 ニーナが眉間にしわを寄せ、ニヤリと笑う。

「残虐なのは嫌いですか?」

「その質問、滅茶苦茶怖いからね? 今のあなた、悪役どころじゃないよ。ぶっちぎりの邪悪だよ」
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