✘✘令嬢、脱兎のごとく!~テンセイシャ狩りから始まる没落喜劇~

森羅 唯

文字の大きさ
10 / 17

第10話 なんたって、魔王ですし!

しおりを挟む
 ジノスがマリーカに尋ねる。

「なんだ、これ城の奴だったのか」

「何よ? あんた知らずに食べてたわけ?」

 会話から察するに、どうやら二人にとっても魔王城は当たり前の存在らしい。

「なんか、みんなのリアクションが想像以上に薄くて驚いてるんだけど……。もしかして、向こうの大陸の人って魔王城の売店をそんな平然と利用するものなの?」

「夜光大陸に住む一般の方がどうかは分かりませんけど、少なくともマリーカさんは頻繁に利用してると思いますよ! なんたって、魔王ですし!」

「ええ……」

 なんとなく「病み」感のある見た目をしているなとは思っていたけど、まさか存在自体が「闇」属性だったとは。
 マリーカが顔色一つ変えずお茶を啜る。

「そういえば言ってなかったわね。あたし、魔王なのよ」

「凄いね、テンセイシャのコミュニティ」

 まさか、知らず知らずのうちに悪の親玉とティータイムを共にしていたとは……。
 ジノスがクッキーをかじりながら、空いた方の手を挙げる。

「ちなみに、俺は勇者をやっている」

「あなたは、さっきから本当にさらっとぶっこんでくるね」

 次から次に明かされる突飛な事実に、頭の中がゴチャゴチャしてきた。
 勇者と魔王が同室でクッキーを食べてる今の状況って、実はかなり殺伐としているのでは?

「まあ、なんだっていいじゃない。どうせあんたも、わけの分からない役割を押し付けられてるんでしょ?」

「えっと、ナントカ令嬢……です」

 なんだか、自分の役割を明かすのが変に気恥ずかしい。
 ニーナの復讐者ってのはさておき、勇者だの魔王だのが目の前に現れたら令嬢ごときで意気がっていた自分が途端にちっぽけな存在に思えてくる。

 そうした中、ニーナがそんなこと一切お構い無しといった様子でクッキーを口へと運ぶ。

「やっぱり、魔王クッキーは美味しいですね!」

「ニーナは本当に自由だね」

 口一杯にクッキーを頬張り、なんとなくリスを彷彿とさせる姿のニーナ。
 尋常ではない食べっぷりで、箱はみるみるうちに空っぽになった。

「……ちょっと勢い良すぎじゃない?」

「大丈夫です! わたし、最高で百二十個食べたことありますから!」

「さっきの話から増えてるし」

 私との平穏な日々を過ごす中で、いつ更新するタイミングがあったんだ。

「せっかくなので、本日も記録更新を狙っていきます!」

「そう……」

 勇者や魔王に気後れしないためには、これくらい逞しく生きなければならないのだろうか。
 だとしたら、繊細な私には無理だな。
 ニーナの咀嚼音が部屋に響く中、しばらく静かにしていたジノスが呟く。

「それじゃあ、ニーナが食べてる間に準備を済ませるとするか」

「準備って?」

「もちろん、反撃の準備に決まってるだろ?」

「さっきからオッサン軽いんだよ」

 マリーカに釣られて、つい勇者をオッサン呼びしてしまった。
 ……まあいいか。オッサン、こんなだし。

 怒涛の展開についていけない私をよそに、マリーカがテーブルの上に、謎の道具を並べる。

「えっと……コレとコレは必要ね。あと、アレは邪魔になるから置いてきましょうか」

「なんかマリーカまで淡々と準備を進めてるけど、反撃って殺人のことなんだよね? 抵抗感とかって――」

「ないわね」

「食い気味で来たね。テンセイシャの倫理観、一体どうなってるの?」

「そんなこと言われたって、あたしすでに何人も殺ってるし」

 まあ、魔王だもんね。そりゃそうだ。
 ただ、こうも見事に開き直られると、私が平和ボケし過ぎなのだろうかと不安になる。

 ジノスだって「俺も負けてない」とでも言いたげに目配せしてくるし、みんな命を軽視しすぎなのでは?
 慌ただしい雰囲気の中、ニーナが口の中に残っているクッキーをお茶でゆっくり流し込む。

「……けぷっ! もっと、クッキーください!」

 いや、あなたはもう少しやる気出しなよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...