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しびれ珈琲
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見る者すべてを魅了する幻獣の一種、ユニコーン。
新雪のような混じり気のない毛並を有するそれは、二階建ての幌馬車を牽引していた。
とある昼下がり、透き通るような青空は遥か山の向こうまで続いていた。
草原に囲まれた一本道を進む幌馬車に、道の脇から平凡な身なりの男が声をかける。
「こんにちは。ユニコーンに引かれた馬車なんて、生まれて初めて見ました。……少し、お時間よろしいですか?」
男の視線の先……御者席に座るのは十四歳の少女、クレナ。
セミロングの白髪を首の後ろでゆるくまとめたお団子頭に、紅色のケープコートという出で立ち。
右頬に残る刀傷の跡と腰に携えた剣は、年齢に似つかわしくない風格を漂わせていた。
クレナは背もたれに身体を預けたまま尋ねる。
「……何の用かしら?」
「実はわたくし、道行く馬車の点検を生業としている者でして。どこか、不具合などございませんか?」
「あいにく、この馬車は使い始めてから一ヶ月も経たないから問題ないわ。点検を生業にしてるんだったら、それくらい見りゃ分かるでしょ」
クレナが冷めた口調で答えると、男は訳知り顔で目配せした。
「もちろん、他者の豚小屋をくっつけただけのような小汚い馬車と違うことくらい、わたくしにも一目で分かります」
「豚小屋ってあんた……。いくら他人の持ち物だからって、そこまでボロカスに言うのはどうなのよ」
「まあ、今のはちょっとしたジョークです。けれど、こまめに点検しておくに越したことはありません。盗賊に危険な動物と……物騒は世の中に溢れています。特に女性の二人旅、ユニコーンがいるとはいえ念には念を入れるべきかと」
「いらないってば。炊事用の馬車を無理やり改造してはいるけど、どの部品もしっかり機能してるから問題ないわ」
「……分かりました。では、ぶっちゃけて言います。実はこの馬車、ヘドロみたいな匂いしてますよ? 心なしか、ユニコーンも涙目に見えます」
「あんた、絶対に営業向いてないわよ。ウチは飲食を取り扱ってるんだから、ヘドロみたい匂いなんてするわけないじゃない。あと、ウチのユニさんを勝手に泣かせるのもやめてくれる?」
「ならば、せめて別角度からも見させてください。これほど洗練された馬車は、そうお目にかかれませんので」
男はクレナから離れると、幌馬車をぐるりと一周してから呟いた。
「ふむ、荷台の一階部分が食料の保管用……そして、二階部分は就寝用の空間ですか。なるほどなるほど。これだけの機能が備わっていれば家の代わりとして、ほとんど不便もないでしょう。いや、本当に素晴らしい。なのに、どうして匂いだけがこんな悲惨な……」
「悲惨とか言うんじゃないわよ。……しばらく、鼻に詰め物しときましょ。あんまり執拗に言われたから、しないはずの匂いまでするような気がしてきたわ」
「で、どうです? 褒められたら、ちょっとだけ『こいつに、点検を頼んでやってもいいかも』となったのでは?」
「バカにしてんじゃないわよ。私、絶対あんたに点検なんか頼まないからね」
「それは残念。では、旅のご無事を祈っております」
男は頭を下げると同時、ニヤリと口元を緩ませた。
この男、実は点検屋でもなんでもない。
正体は旅人を狙う盗賊。
適当な職業を名乗って話しかけ、金目の物を持っている様子なら、道の先にある薄暗い森まで尾行して襲う算段だったのだ。
男は顔を上げると、再び営業スマイルに戻って告げた。
「ところで、今回の点検費用についてなんですが……」
「嘘でしょ!? 頼んでもないのに、そっちが勝手にチェックしただけじゃない!」
クレナの言葉に、男は一枚の紙きれを指し示して答える。
「具体的な、お支払い内容はこちらに記してありますので」
「ちょっ、何よこれ! 明らかにボッタクリじゃない!」
「ボッタクリなどではありません。この土地では、これが適正価格です」
「この土地の適正価格とか持ち出されても、信じるわけないでしょ! ほら、離れて離れて! ユニさん、少し走るわよ!」
「まったく、話の分からないお客様だ。後悔しても――」
男が脅迫を口にしようとした時、すでに幌馬車は遠く彼方を走っており、代わりに一つの珈琲カップが足元で湯気を立てていた。
日が沈み、幌馬車の二階から別の少女が降りてきた。
長い前髪を赤いヘアピンで留めた黒のミディアムカット。
オーバーサイズの白シャツをワンピースのように着こなす、ぼんやりとした瞳の彼女は、クレナの姉であるラミス。
ラミスは、首の後ろを掻きながら口を開いた。
「クレナちゃん、昼間のアレ何? 『鼻に詰め物しときましょ』ってやつ。アピールするなら、もう少し分かりやすいのにしてよ」
「そう言いながらも、完璧にあたしの意図を理解してくれたじゃない」
ユニコーンに水を飲ませながら答えるクレナに、ラミスが無気力に告げる。
「私だって、クレナちゃんに言われる前から、あの男の人が悪者だってことは気付いてたからね。去り際、しびれ成分を含んだ湯気を立てる珈琲を置いてきたよ」
「あらかじめ、聞いてはいたけど……それ、本当に珈琲なの? 劇物じゃなくて?」
「魔法の珈琲なんだから、そんな効果だって現れるよ。……ところで、クレナちゃんはどのタイミングで相手が悪者だって気付いた?」
「最初から警戒してたけど、確信に変わったのは男の口から『女性の二人旅』って言葉が出た瞬間。あんた移動中は馬車の二階でずっと引きこもってるのに、初対面の男がそれを把握してるなんて変だもの。きっと、いつかの休憩時間にこうして外に出てきてるのを見かけて、そこからつけられてたんでしょうね」
「うん、私も全く同じ考えだった。流石は双子だね」
まだ少し幼さの残る二人は、幌馬車を用いて移動式カフェを経営する駆け出しの旅商人。
けれど、そんな彼女たちは並大抵の困難には屈しない抜け目のなさを持ち合わせていた。
新雪のような混じり気のない毛並を有するそれは、二階建ての幌馬車を牽引していた。
とある昼下がり、透き通るような青空は遥か山の向こうまで続いていた。
草原に囲まれた一本道を進む幌馬車に、道の脇から平凡な身なりの男が声をかける。
「こんにちは。ユニコーンに引かれた馬車なんて、生まれて初めて見ました。……少し、お時間よろしいですか?」
男の視線の先……御者席に座るのは十四歳の少女、クレナ。
セミロングの白髪を首の後ろでゆるくまとめたお団子頭に、紅色のケープコートという出で立ち。
右頬に残る刀傷の跡と腰に携えた剣は、年齢に似つかわしくない風格を漂わせていた。
クレナは背もたれに身体を預けたまま尋ねる。
「……何の用かしら?」
「実はわたくし、道行く馬車の点検を生業としている者でして。どこか、不具合などございませんか?」
「あいにく、この馬車は使い始めてから一ヶ月も経たないから問題ないわ。点検を生業にしてるんだったら、それくらい見りゃ分かるでしょ」
クレナが冷めた口調で答えると、男は訳知り顔で目配せした。
「もちろん、他者の豚小屋をくっつけただけのような小汚い馬車と違うことくらい、わたくしにも一目で分かります」
「豚小屋ってあんた……。いくら他人の持ち物だからって、そこまでボロカスに言うのはどうなのよ」
「まあ、今のはちょっとしたジョークです。けれど、こまめに点検しておくに越したことはありません。盗賊に危険な動物と……物騒は世の中に溢れています。特に女性の二人旅、ユニコーンがいるとはいえ念には念を入れるべきかと」
「いらないってば。炊事用の馬車を無理やり改造してはいるけど、どの部品もしっかり機能してるから問題ないわ」
「……分かりました。では、ぶっちゃけて言います。実はこの馬車、ヘドロみたいな匂いしてますよ? 心なしか、ユニコーンも涙目に見えます」
「あんた、絶対に営業向いてないわよ。ウチは飲食を取り扱ってるんだから、ヘドロみたい匂いなんてするわけないじゃない。あと、ウチのユニさんを勝手に泣かせるのもやめてくれる?」
「ならば、せめて別角度からも見させてください。これほど洗練された馬車は、そうお目にかかれませんので」
男はクレナから離れると、幌馬車をぐるりと一周してから呟いた。
「ふむ、荷台の一階部分が食料の保管用……そして、二階部分は就寝用の空間ですか。なるほどなるほど。これだけの機能が備わっていれば家の代わりとして、ほとんど不便もないでしょう。いや、本当に素晴らしい。なのに、どうして匂いだけがこんな悲惨な……」
「悲惨とか言うんじゃないわよ。……しばらく、鼻に詰め物しときましょ。あんまり執拗に言われたから、しないはずの匂いまでするような気がしてきたわ」
「で、どうです? 褒められたら、ちょっとだけ『こいつに、点検を頼んでやってもいいかも』となったのでは?」
「バカにしてんじゃないわよ。私、絶対あんたに点検なんか頼まないからね」
「それは残念。では、旅のご無事を祈っております」
男は頭を下げると同時、ニヤリと口元を緩ませた。
この男、実は点検屋でもなんでもない。
正体は旅人を狙う盗賊。
適当な職業を名乗って話しかけ、金目の物を持っている様子なら、道の先にある薄暗い森まで尾行して襲う算段だったのだ。
男は顔を上げると、再び営業スマイルに戻って告げた。
「ところで、今回の点検費用についてなんですが……」
「嘘でしょ!? 頼んでもないのに、そっちが勝手にチェックしただけじゃない!」
クレナの言葉に、男は一枚の紙きれを指し示して答える。
「具体的な、お支払い内容はこちらに記してありますので」
「ちょっ、何よこれ! 明らかにボッタクリじゃない!」
「ボッタクリなどではありません。この土地では、これが適正価格です」
「この土地の適正価格とか持ち出されても、信じるわけないでしょ! ほら、離れて離れて! ユニさん、少し走るわよ!」
「まったく、話の分からないお客様だ。後悔しても――」
男が脅迫を口にしようとした時、すでに幌馬車は遠く彼方を走っており、代わりに一つの珈琲カップが足元で湯気を立てていた。
日が沈み、幌馬車の二階から別の少女が降りてきた。
長い前髪を赤いヘアピンで留めた黒のミディアムカット。
オーバーサイズの白シャツをワンピースのように着こなす、ぼんやりとした瞳の彼女は、クレナの姉であるラミス。
ラミスは、首の後ろを掻きながら口を開いた。
「クレナちゃん、昼間のアレ何? 『鼻に詰め物しときましょ』ってやつ。アピールするなら、もう少し分かりやすいのにしてよ」
「そう言いながらも、完璧にあたしの意図を理解してくれたじゃない」
ユニコーンに水を飲ませながら答えるクレナに、ラミスが無気力に告げる。
「私だって、クレナちゃんに言われる前から、あの男の人が悪者だってことは気付いてたからね。去り際、しびれ成分を含んだ湯気を立てる珈琲を置いてきたよ」
「あらかじめ、聞いてはいたけど……それ、本当に珈琲なの? 劇物じゃなくて?」
「魔法の珈琲なんだから、そんな効果だって現れるよ。……ところで、クレナちゃんはどのタイミングで相手が悪者だって気付いた?」
「最初から警戒してたけど、確信に変わったのは男の口から『女性の二人旅』って言葉が出た瞬間。あんた移動中は馬車の二階でずっと引きこもってるのに、初対面の男がそれを把握してるなんて変だもの。きっと、いつかの休憩時間にこうして外に出てきてるのを見かけて、そこからつけられてたんでしょうね」
「うん、私も全く同じ考えだった。流石は双子だね」
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