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謙虚なヒト
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その日の午前、双子の幌馬車は道の脇に止まっていた。
一階から這い出てきたラミスが、顔だけ外に出してクレナに尋ねる。
「クレナちゃん、荷台の一番手前に焙煎済みの豆が置いてあったはずなんだけど、知らない?」
「さあ? あたしは見てないわよ」
クレナは来た道をぼんやり振り返りながら問いかけた。
「何か大事な豆だったの?」
「うん、最近の中では一番の自信作。『別の動物に姿を変える』って効果なんだけど」
「なるほど、それはたしかにもったいなかったわね」
胸の前で腕を組み、小さく頷くクレナ。
すると、そこへ一人の青年が通りがかった。
色落ちした衣服に身を包み左目を眼帯で覆った何やら訳ありの風貌。
彼は静かな足取りで双子に近寄ってきて尋ねた。
「お嬢さんたち、何かお困りかい?」
「ええ、実は姉が袋に入った豆を落としちゃったみたいで」
「豆……? もしかして、これのことかな?」
青年が珈琲豆の詰まった紙袋を取り出して見せると、ラミスは声を弾ませた。
「あっ、まさしくこれだよ。お兄さん、ありがとう」
「なんだか、あっさり見つかったわね。……っと、それよりも何か、お礼をしなきゃいけないわね。お兄さん、少し待っててくれる?」
クレナは青年を呼び止めると、幌馬車の中へ引っ込み、しばらくしてネックレスを片手に戻ってきた。
「このアクセサリーなんて、どうかしら? 元々、何かの報酬として貰ったものだから、多少の値打ちはあると思うんだけど……」
「うーん……こういう立派なのは、ちょっと貰えないかな」
こう返事をして首を横に振る青年に、クレナは目を丸くして言った。
「驚いた。まさか世の中に、こんな謙虚な発言をする人間が、まだいたなんて。ますます、お礼をしたくなってきたわ。あたしたちにできることなら、なんでも言ってちょうだい」
「なんでもかい? じゃあ、お言葉に甘えて食べ物なんてどうだろう?」
「食べ物ね……いや、なんでもって言った手前、申し訳ないけど食べ物は少し厳しいわ。あたしたちも旅をしてる身だから、食料は簡単に譲れないのよね。近くに補給できる集落でもあれば、必要分を除いて全部あげてもいいくらいなんだけど」
「近くに集落があれば分けて貰えるのかい? だったら、次の分かれ道を右に曲がって、三つ目の橋を渡った先に集落があるよ。丸一日あれば着くんじゃないかな」
そう言って、破れかけの地図を取り出し、地面に広げる青年。
クレナは周囲の地形と青年の地図を見比べ、正確性を入念に確認してから答えた。
「えっと……そうね。これなら、五日分の食料まで渡せるわ」
「ありがとう。しばらく集落には行けないと思っていたから助かるよ」
「気にすることないわ。そもそも、助けられたのはこっちなんだから。それじゃあ、荷物を運ぶわね」
クレナは約束通り五日分の食料を荷台から取り分け、男に手渡した。
お互いの旅の無事を願い、握手を交わす。
クレナは去っていく男の背中を見送った後、ラミスに告げた。
「それにしても、良い奴だったわね。あたし将来、彼氏を作るなら、ああいうタイプにするから」
「……つまり、あのお兄さんに似た人を、クレナちゃんから遠ざけ続ければ、私は一生面倒を見てもらえるってことだね?」
「なんで、そうなるのよ」
幌馬車は、小気味よい振動と共に道を進んでいった。
――翌日、彼女たちは無事、地図に書かれていた集落へたどり着いた。
「おお、よくぞご無事で。どこか、お怪我はございませんか?」
幌馬車を止めた途端、すぐに声をかけてきた住人の男性に、クレナが聞き返した。
「別に平気だけど、どうしたの?」
「最近、近くに性悪なサルが住み着いているのです。非常に頭が回る奴でして、この集落も何度か襲撃されました」
「へえ、あたしたちは見かけなかったわね。とはいえ、あたし騎士だから仮に襲われたとしても返り討ちにしてやるけどね」
「そうでしたか。いや、問題がないならよいのです」
「ちなみに、特徴とかって分かるかしら? ついでだし、見かけたら倒してやるわよ?」
クレナが胸をポンと叩いて微笑むと、男性は落ち着いた口調で説明した。
「見た目の特徴としては左目が潰れていることでしょうか。それと、妙なことに人間が使う物を収集する癖もあるようで、庭先に干してある衣服を奪われたという人もいます。……あっ、そうそう。この間、立ち寄った旅人なんかは地図を奪われたとも言ってましたね」
「へ、へえ……」
額に汗を浮かばせながら、髪をかき上げるクレナ。
不穏な空気の中、ラミスが幌馬車から降りてきて口を開いた。
「うう……クレナちゃん、袋に穴が空いてたみたい。せっかく面白い豆だったのに、結構こぼれちゃってた。ショックだよ」
うな垂れるラミスに背を向け、クレナはポツリと呟いた。
「あたし、やっぱああいうタイプの男ダメだわ」
一階から這い出てきたラミスが、顔だけ外に出してクレナに尋ねる。
「クレナちゃん、荷台の一番手前に焙煎済みの豆が置いてあったはずなんだけど、知らない?」
「さあ? あたしは見てないわよ」
クレナは来た道をぼんやり振り返りながら問いかけた。
「何か大事な豆だったの?」
「うん、最近の中では一番の自信作。『別の動物に姿を変える』って効果なんだけど」
「なるほど、それはたしかにもったいなかったわね」
胸の前で腕を組み、小さく頷くクレナ。
すると、そこへ一人の青年が通りがかった。
色落ちした衣服に身を包み左目を眼帯で覆った何やら訳ありの風貌。
彼は静かな足取りで双子に近寄ってきて尋ねた。
「お嬢さんたち、何かお困りかい?」
「ええ、実は姉が袋に入った豆を落としちゃったみたいで」
「豆……? もしかして、これのことかな?」
青年が珈琲豆の詰まった紙袋を取り出して見せると、ラミスは声を弾ませた。
「あっ、まさしくこれだよ。お兄さん、ありがとう」
「なんだか、あっさり見つかったわね。……っと、それよりも何か、お礼をしなきゃいけないわね。お兄さん、少し待っててくれる?」
クレナは青年を呼び止めると、幌馬車の中へ引っ込み、しばらくしてネックレスを片手に戻ってきた。
「このアクセサリーなんて、どうかしら? 元々、何かの報酬として貰ったものだから、多少の値打ちはあると思うんだけど……」
「うーん……こういう立派なのは、ちょっと貰えないかな」
こう返事をして首を横に振る青年に、クレナは目を丸くして言った。
「驚いた。まさか世の中に、こんな謙虚な発言をする人間が、まだいたなんて。ますます、お礼をしたくなってきたわ。あたしたちにできることなら、なんでも言ってちょうだい」
「なんでもかい? じゃあ、お言葉に甘えて食べ物なんてどうだろう?」
「食べ物ね……いや、なんでもって言った手前、申し訳ないけど食べ物は少し厳しいわ。あたしたちも旅をしてる身だから、食料は簡単に譲れないのよね。近くに補給できる集落でもあれば、必要分を除いて全部あげてもいいくらいなんだけど」
「近くに集落があれば分けて貰えるのかい? だったら、次の分かれ道を右に曲がって、三つ目の橋を渡った先に集落があるよ。丸一日あれば着くんじゃないかな」
そう言って、破れかけの地図を取り出し、地面に広げる青年。
クレナは周囲の地形と青年の地図を見比べ、正確性を入念に確認してから答えた。
「えっと……そうね。これなら、五日分の食料まで渡せるわ」
「ありがとう。しばらく集落には行けないと思っていたから助かるよ」
「気にすることないわ。そもそも、助けられたのはこっちなんだから。それじゃあ、荷物を運ぶわね」
クレナは約束通り五日分の食料を荷台から取り分け、男に手渡した。
お互いの旅の無事を願い、握手を交わす。
クレナは去っていく男の背中を見送った後、ラミスに告げた。
「それにしても、良い奴だったわね。あたし将来、彼氏を作るなら、ああいうタイプにするから」
「……つまり、あのお兄さんに似た人を、クレナちゃんから遠ざけ続ければ、私は一生面倒を見てもらえるってことだね?」
「なんで、そうなるのよ」
幌馬車は、小気味よい振動と共に道を進んでいった。
――翌日、彼女たちは無事、地図に書かれていた集落へたどり着いた。
「おお、よくぞご無事で。どこか、お怪我はございませんか?」
幌馬車を止めた途端、すぐに声をかけてきた住人の男性に、クレナが聞き返した。
「別に平気だけど、どうしたの?」
「最近、近くに性悪なサルが住み着いているのです。非常に頭が回る奴でして、この集落も何度か襲撃されました」
「へえ、あたしたちは見かけなかったわね。とはいえ、あたし騎士だから仮に襲われたとしても返り討ちにしてやるけどね」
「そうでしたか。いや、問題がないならよいのです」
「ちなみに、特徴とかって分かるかしら? ついでだし、見かけたら倒してやるわよ?」
クレナが胸をポンと叩いて微笑むと、男性は落ち着いた口調で説明した。
「見た目の特徴としては左目が潰れていることでしょうか。それと、妙なことに人間が使う物を収集する癖もあるようで、庭先に干してある衣服を奪われたという人もいます。……あっ、そうそう。この間、立ち寄った旅人なんかは地図を奪われたとも言ってましたね」
「へ、へえ……」
額に汗を浮かばせながら、髪をかき上げるクレナ。
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「うう……クレナちゃん、袋に穴が空いてたみたい。せっかく面白い豆だったのに、結構こぼれちゃってた。ショックだよ」
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