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始まり 短時日の皮切り

フォンケール伯爵邸の変

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 辺境都市「ドレイル」中心部のフォンケール伯爵家の屋敷に向かっている一人の女性の影があった。

「……急いで戻らねばな」

(元々の用事とはいえ随分と時間が掛かってしまったな。だがその最中にドンデルの不審な行動の報告が紅音から出てくるとは思いもしなかった。私の名を勝手に使うなど言語道断だ。きっちり問い詰めねばならんな)

 従者が主の名を、しかも貴族の名を無断で借りて行動するというのは非道な裏切り行為と言える。しかもその依頼内容は命の恩人である紅音を死地に追いやるようなもの、到底許されるべき行為ではない。
 彼女がそうして思慮を巡らしていると屋敷の門まで辿り着く。彼女はそこにいた門番に尋ねる。

「スティーブ、ここにドンデルは戻ってきているか?」

「はい。つい先程戻られましたよ」

「そうか、ではまたな」

 そう言い残し彼女は屋敷へと、とっとと入っていった。いつもと違う様子の彼女に門番の男はこう思った。

(何だか今日のデリア様いつも以上に険しい表情をしていたな。まるで昔のような血気盛んな頃に戻られたような)

 デリアが今よりまだ若かりし頃、彼女はヤンチャ少女であった。そのヤンチャぶりから周りの人間は立派な淑女へと成長できるものかと皆不安になったほどであったが、今ではすっかりそのヤンチャぶりも落ち着いてほか貴族からの評判も良好でしたたかかで実に清楚さと気品を感じるお方だと。

「ドンデルッ! ドンデルはいるかッ!!」

「お嬢様どういたしましたか? 淑女たるものがそのように大声を出すなど……」

 と過去に彼女のお世話や教育も務めたメイド長の老女が出て来たのであった。

「今その小言はよせ、奴は今どこに居る?」

「――ッ! 左様ですか、ドンデル様ならば先程自室へと入られました」

 何か重大な事態であると察したメイド長は聞き返すことなくドンデルの居場所を伝えた。
 それを聞いた彼女は一目散へと彼の自室まで行き、扉の前まで来ると扉をノックした。

「ドンデルッ! いるんだろ貴様! さっさと開けて出てこいッ!!」

 ――ガチャッ、と扉が開き始める。

「どうかいたしましたか? 随分と慌てているようですが?」

 部屋から現れた彼はまるで何が起きてるのかが分かっていないようだった。 彼女はそのとぼけた顔をしている彼に対して苛つきを覚えながらも話す。

「とぼけてても無駄だぞドンデル。お前が私の名前を勝手に使って妙な依頼をしたことをな!」

「ん? 何の話ですか? 私は勝手に貴方様の名前なんて使っていませんよ。何か誤解なされているようですね」

 さらにとぼけたことを言う彼に対して苛つきが増していく。

「何を言うか! お前がつい先日、紅音に対し東のダンジョンの第一階層の突破などという勝手な依頼をしたのは分かっているんだぞ!!」

 それを聞いた彼は顔色を悪くすることも、驚くいた表情を一つもすることなく、ただただ平然とした顔でこう言った。

「……はい? それがどうか致しましたか? 貴方様がそうしろと仰られたではないですか」

 取り繕うわけでも、本性を表すこともなく彼は素頓狂すっとんきょうなことを言った。

「……は。な、なにを」

 あまりにも意味不明な事を言う彼に対し彼女は激しく動揺する。彼はそのまま続けて言う。

「何を誰に言われたのかはわかりませんが、私がその御名を独断で使うはずがありません。それにご自分で頼まれたこともお忘れのご様子、一度休息を取ってみてはいかがでしょうか? きっと疲れが祟っているのですよ」

(どういう事だ、嘘を吐くにしたってもっとマシな事を言うはずだ。なのになぜこんな事を言う? ……何だか気分が悪くなってくる)

 そう若干狼狽えていると、左奥の階段の方から声がかかってくる。

「どうしましたお嬢様? 何かあったのですか?」

 彼女は主人の怒声に異変を感じて駆けつけたのであった。

「ッ! トールか、いや何少々ごたついたまでのこと。私も少し熱くなりすぎたようだ」

 彼女の顔を見たデリアは少し落ち着きを取り戻す。彼女は自身護衛であると同時に良き友であるため、自然と安心し頼りたくなるというものだ。デリアは続けてドンデルに問いただす。

「何か行き違いがあったようだがドンデルよ、私はその様な事は頼んでいない。一体何のことか説明してほしい」

「ッ?……はい、わかりました。貴方様が私に紅音様へ名指しの依頼があると仰られたのはつい――」

 彼は彼女に言われた通りにその経緯を話し出した。だがその時、いつの間にかこちらに来ていたトールが割り込んできた。

「お話の最中に申し訳ありませんお嬢様。あちらにいらっしゃるのはどなたですか?」

「何? 誰か居るのか」

 と、一同彼女が差した方向へ目を向ける。がしかし誰もそこには居やしなかった。

「はて? 一体どこに――ッ!! グハァッ!!」

「――ッ!! ドンデル!」

 その時デリアが見たものは、ドンデルを後ろから刃物で突き刺していたトールの姿がそこにあった。その光景を目の当たりにした彼女は反射的に後退り距離を取る。

「トールッ!! お前、何しているッ!」

 その言葉に何の反応することもなく彼女は黙ってそれを引き抜く。刺されたドンデルは急所を貫かれ、そのまま倒れ込んだ。

「ド、ドンデル……答えろッ!! なぜこんな事をしたァ!」

「……」

 彼女はその問いかけにも答えることなく、ただただデリアを睨みながら狙いを定めていた。

「くッ! なぜ、お前がこんな事を……お前に私を狙う理由なぞ無いはずだッ!!」

「……」

 何も答えず何も喋らない彼女は刃物を突き立て、デリアを殺そうとにじり寄っていく。

(なぜトールが私を殺そうとするのだ! お前は他の誰よりも優しく、長い時の間苦楽を共にしたはずだ! お前と私の関係はそれほどまでに脆かったのか?)

 誰よりも信頼していたはずの彼女が自分を裏切るという衝撃の事実に直面したデリアが心の中で様々な感情と共にトールと過ごした幾度の思い出がよぎり始めた。それはまるで走馬灯のようでもあった。
 だがその刹那、トールが彼女に襲いかかる!!

「――ッ!!」

 襲いかかった彼女は急に動きを止めたのだった。デリアはふと彼女の足元を見るとその足が凍っているのに気づく。

「……氷属性魔法 “アイスフロート”ですよ」

 それは既に虫の息であるドンデルによる妨害攻撃だった。彼は自らの主の命を助けようと死の間際まで、その忠誠を全うしたのである。

「早く、お逃げ……くだ、さい」

「ドンデル! すまない!!」

 彼女はそのまま走り逃げていった。ドンデルがそれを見届けた後、足が凍り手こずっているトールに語りかける。

「あなた、トールさんじゃっ……ないでしょう? 彼女ならば、魔法でっ……溶かしますからね……ッ! いや、あな――」

 ――グシャッ

 何かに気づいた彼はそれを言い終える前に彼女によって殺されたのだった。


「はぁ……はぁ……ッ!!」

 一目散に逃げる彼女に先程のメイド長が話しかけてくる。

「ど、どうしたのですか!! 一体何が――」

「トールが裏切った! 何が何だかわからんが裏切ったのだ!!」

 衝撃の発言に流石のメイド長も普段の冷静な顔が驚嘆の表情に染まるのだった。

「そ、そのようなことが……いえ、そうだと言うのであれば急いでこちらに! 丁度こちらに馬車がございます。それで逃げましょう!」

「助かる!!」

 彼女の提案を受け入れたデリアは急いでその馬車に乗り込み屋敷から出ていった。

「なぜ、なぜトールはこのようなことを……」

 彼女は馬車の中で再度トールのことを考えるのだった。だがその最中に馬車は止まり、メイド長が馬車の扉を開けて言う。

「お嬢様! お降りください。ここから最短ルートを通って、騎士団のとこまで行きましょう!! この馬車は囮に使いましょう」

「あ、ああ。分かったそうしよう」

 彼女は言われるがままにその馬車を降りて二人で裏路地を通る形で騎士団がいる建物まで向かったのだった。

「はぁ……はぁ……ッ!!」

 すると突然メイド長がその歩みを止めたのだった。

「ど、どうした? 何かあるのか?」

 異変を感じた彼女はメイド長に尋ねるも次の瞬間! その姿が変貌する!!

「ッ!? ト、トール!?」

 そこにメイド長の老女の姿はなく、居たのはトールであった。

「な、なぜ!? お前がここに!!」

「にしても、ノコノコとここを通ることを何の疑いもなく了承するとか……。そんなに参ってたわけ?」

 ついにその口を開いたトールであったが、その喋り口調はまるで別人のものだった。

(トールじゃない! いや、見た目も声も完全にトールそのもの! 一体どういう……)

「いやそれ以前に何で私と一緒に来れた! あの時、ドンデルが足止めをしてたはずだぞ!!」

 彼女はドンデルが最後の力を振り絞って稼いだ時間とその位置関係から一瞬でメイド長に変装するには物理的に不可能だという所を言っているのである。

「あーあれね、あれは別に私自身じゃないのさ。あれは私が魔法で生み出した“パペット呪い人形”っていうやつさ。……驚いた?」

「そんな、“パペット呪い人形”は喋れない……ッ!! まさかあの時、既に交代していたのか!」

 彼女はあの時、トールが指を差した方向に向いていたその瞬間に入れ替わったのだということに気づく。

「そ! せいかーい!! 良い感してるね」

「……それで、彼女たちは?」

「ん?」

 トールは彼女の問いかけに対して理解できないといった姿勢を見せる。

「メイド長のマリアと“トール”はどうしたと聞いている」

「あーあの人達ね! もーう分かっているくせにぃー! ……こ・ろ・し・た・ぜ♡」

「……クゥッ!!」

 彼女はトールが裏切った訳では無いという事に嬉しさを一瞬感じるも、すぐさま二人を殺した目の前の偽物に対して激しい怒りの感情を募らせるのだった。

 しかし今の彼女にこの状況を打開できる方法は存在するのか? このままでは彼女も殺されてしまうであろう……。
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*あとがきに記載されている情報は読者向けであり、本作品に登場するキャラクター達は一切見れません。
 応援やご感想等よろしくお願いします。

ステータス
 名前:トール(偽)
 世界異能:【万化変術】
 ――以下不明
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