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第3話 婚約者ができました?
ep.15 エリク
しおりを挟む「……以上が、最近の彼らの様子です」
クラヴリー伯爵家の庭にある椅子で本を読んでいるぼくに、ミシェルが誰かを待っているふうを装って報告してくる。
ぼくは本のページを捲りながら、彼女の報告に耳を傾けていた。
「隣のゼクルス王国で動きあり、ね……」
「ええ。なにやら、よからぬことを企てているようですわ」
「彼らによからぬ企み以外に企てることがあるとは思えないけど」
「あら、いやですわ、殿下。そのように人の揚げ足を取るようなことばかりおっしゃるのは、女性に好かれませんよ?」
特に、リディは怒るでしょうね、と微笑むミシェルをギロリと睨む。
「……まあ、いい。これは有益な情報だ。よく調べてくれた、ミシェル」
「お役に立ててなによりです」
そう言うとミシェルは屋敷に向かって歩き出す。
恐らく、リディと会う約束をしているのだろう。
「……今の話は本当かな、ユーグ」
ぼくの後ろで気配を殺して盗み聞きしていたユーグに、顔をあげずに話しかける。
ユーグはわざとらしくガサリと音を立てて動き、ぼくの背後にある木のところまで動く。
視線は本に向けたままだから確かなことは言えないが、ユーグは木の幹に寄りかかったのだろう。
「さすが、王太子殿下の子飼いである諜報員だね。今の話は本当だよ。ゼクルスで彼らは動いている。ボクの管轄じゃないから詳しいことは知らないけれど……どうやら荒稼ぎをしているようだね」
「そう……うん。まあ、良い機会かな」
「良い機会……?」
「ちょっと隣国に行く用事があってね……」
ニヤリと、笑みを浮かべる。
──ちょうどいい。これはやつらに大きな痛手を負わせる大チャンスだ。
やつらも、まさかこの国の王子であるぼくが、隣国に来てなにかをするとは思わないだろう。ぼくが下手に動けば、大問題に発展しかねないからだ。
そんなリスクを負ってまで、やつらを追い詰めようするとは、普通ならば考えない。
それに……。
「王子サマ……? なにを企んでいるのさ……?」
「楽しいことだよ。……そういえば、ユーグ。最近、リディに付きまとう虫がいるようだけど」
「は……? 虫……?」
突然変わった話題にユーグは戸惑ったのか、少しの間思案し、「まさか……マルシェ家の坊ちゃんのこと?」と言う。
「そんな名前だったかな。ねえ、ユーグ。きみは必ずリディを守るって言ったよね? もうその誓いを破るつもり?」
「確かに王子サマがいない間はボクが守るって言ったけど……彼に関しては別に問題は……」
「問題あるに決まっているでしょ。リディに近づいている時点で問題なんだから。きみがいながら、どうしてやつをリディに近づけた?」
「いやいや、待ってよ、王子サマ……! リディの交友関係──ましてや、色恋沙汰にまでボクが首を突っ込むのはどうかと思うよ?」
誰と付き合おうと、リディの自由でしょ? と最もらしいことをユーグは言う。
「そんなもの、ぼくの知ったことじゃない。ぼくがきみをリディの傍にいることを許したのは、きみがリディの鉄壁の守りとなると思ったからだ。リディが変なやつに捕まって、傷ついたらどう責任を取るんだ?」
「そこまでは守りの範囲外だよ……」
キミはリディの父親か、というユーグのツッコミはスルーする。
「これからはリディに近づく虫がいたら、どんな手を使っても追い払うんだ。わかったね?」
「だから、そこまでは面倒見切れな──」
「……わかったよね?」
ドスの効いた声音と眼差しをユーグに送ると、ユーグはまるで壊れた人形のようにコクコクと首を縦に振った。
最初から素直に頷けば良かったのに。
「近々、隣国に行くから、きみも準備をしておいて」
「まさか……リディも連れて行くつもり?」
「そのまさかだよ。この機会に、一気に準備を進める。この機会を、逃す手はない」
「……ちなみに聞くけど……その機会というのは、組織のこと? それとも、彼女のこと?」
恐る恐るといったふうに尋ねたユーグに、ぼくはにっこりと笑いかける。
「それはもちろん──両方、だ」
ユーグはその答えを聞いて、「うわぁ……想像以上に腹黒……」と呟いた。
そんなユーグの台詞にぼくは聞こえなかったふりをする。
「……さて。ぼくはこれからいろいろと準備を進めないといけないから、もう帰るよ」
「リディに会っていかないの?」
「リディに会うのは明日でいい。それに、今はミシェルと楽しく過ごしているだろうし、邪魔をしたら怒られるからね」
ぼくは立ちあがり、持ってきた本を手に持って、ユーグの方に向かって歩く。
ユーグはいつもの黒装束ではなく、従者の格好をしていた。最近では、これがユーグの日中の普段着だ。
ユーグは今まで培ってきたスキルをいかんなく発揮し、クラヴリー伯爵家にすっかり溶け込んでいるようだ。
「……ねえ、ユーグ。そういえば、聞くのを忘れていたんだけど」
「なにさ?」
ユーグの横を通り過ぎ間際、ずっと聞こうと思っていたことを思い出し、足を止めた。
「きみは、組織を壊滅させることが目的なんだよね?」
「そうだけど……それが、なにか?」
「それ自体は別に問題じゃない。ただ──きみはその先のことを考えているのかな、と思って」
「その先……?」
不思議そうに聞き返したユーグに、ぼくの懸念は当たっていたことを知る。
きっと彼は自覚していない──いや、気づかないふりをしている、というのが正しいのか。
「きみはずっと、その目的を果たすことだけを考えて生きてきたはずだ。では、仮にもし、きみのその目的が果たされたら? そのとき、きみはどうする?」
「それ、は……」
ユーグは口を開き、すぐに閉じる。
きっと彼は、ぼくの質問に答えられない──否、考えられない。
ぼくが組織を壊滅させるのは、それ自体が目的なのではなく、それによって得られる報酬がほしいからだ。
だけど、ユーグは違う。
彼は組織を壊滅させることだけをずっと考えていた。恐らく、それが彼の生きる意味となっている。
では、その目的が果たされ、生きる意味がなくなったら?
彼は、生きていられなくなるのではないだろうか。
正直に言えば、彼が生きようが死のうが、ぼくには関係ないと思っている。
ぼくは冷たい人間だ。人の生死に、さして感じ入ることなどない。
けれど、リディは違う。
リディは普通の女の子だ。今まで近くにいた人がある日突然いなくなったら──ましてや、死んだと知ったら悲しんで、自分を責めるだろう。
ぼくはそんなリディを見たくない。
それに……知り合いが死んだとなれば、ぼくも少しだけ目覚めが悪く感じるだろう。
それはそれで不快だ。
だから、要らぬお節介だとわかっていながらも、ユーグに言うことにしたのだ。
「……その答え、別にすぐに答えなくてもいいよ。でも、できるだけ早く答えられるようにしておいて」
返事をしないユーグを置いて、ぼくはそのまま立ち去る。
一度だけ振り返ったときのユーグの表情は、まるで迷子のようで、これは答えが出るまで時間がかかりそうだな、と思った。
願わくば、ユーグの出す答えでリディが悲しまないといいのだけど。
まあ……ぼくが考えていても仕方ない。
最終的に答えを出すのはユーグなのだから。
気持ちを切り替え、隣国に行くための準備の段取りを考える。
ぼくの計画を成功させるには、いろいろと根回しが必要だ。兄上と父上、そしてクラヴリー伯爵に掛け合わねば……。
どうすれば効率良く準備が整うかと、この計画が上手くいったときのことを考えて、ぼくはニヤリと笑う。
近くに鏡があったなら、きっとものすごく悪どい顔をしているだろう。
「……マシェル家のローランと仲良くやっていられるのは今だけだよ、リディ」
ふっふっふ、と笑いながら、クラヴリー家の庭をあとにした。
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