わたしの理想の王子さま~婚約破棄騒動から始まる災難の日々~

増田みりん(旧みりんこ)

文字の大きさ
30 / 41
第3話 婚約者ができました?

ep.29

しおりを挟む

 ……エリクのバカ。
 なによ。誰よりも信頼しているって言ったくせに、結局はなにも言ってくれないんじゃない。

 腹立たしさと虚しさと寂しさがごっちゃになって、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
 この旅行でのわたしは、なんか変だ。前ならこんなふうに思うことなんてなかったのに。自分で自分の感情が上手くコントロールできない。

 なんでだろう。どうして、こんなに心が乱されるんだろう。相手はエリクなのに。もうわけがわからない。自分のことなのに、まったくわからない。

 こんな自分が心底いやだ。だって、子どもみたい。エリクがわたしになにも言ってくれないのが嫌で拗ねるなんて……。

 とにかく、落ち着かなくちゃ。
 大丈夫。ちょっと眠ればこの気持ちも落ち着いて、いつものわたしに戻る。だって、いつもそうだもの。寝たら全部忘れられるのが、わたしだ。

 早く王宮に着きますように、と必死に祈っているときに限ってなかなか着かない。
 そして先ほどのエリクの言動を思い出して、胸がざわざわとしてしまう。

 たとえば、エリクの手が予想外に大きかったこととか。慣れたように指を絡めてきたこととか。素っ気なく言ったのに、その言葉に反して指輪を嵌めるときのエリクの手つきが大切なものを扱うように慎重だったこととか。

 そんな些細な、けれどいやに胸が高鳴る出来事を反芻してしまう。そして、そのたびに、やっぱりなにも言ってくれないエリクに対して、悲しい気持ちになる。

「リディ」
「……なに?」

 エリクの顔を見ないまま、素っ気なく答える。
 態度が悪いけれど、大目に見てほしい。きっとわたしの顔はすごく不細工になっていて、見られたものじゃないだろうから。

「なにを怒っているわけ?」
「……怒ってなんかないわ」
「嘘だね。じゃあ、なんでぼくの顔を見ないの?」
「いいでしょ、別に。エリクの顔なんて見飽きているのだから」

 ああ、可愛くない。わたしの態度、本当に可愛くない。別にエリクに可愛いと思われたいわけではないのだけど、これはちょっと酷すぎる気がする。
 なんでこうなのだろう。きっとエリク以外の人になら、もっと愛想良く振る舞えるのに。

 呆れてしまったのか、それとも怒ったのかは顔を見ていないからわからないけれど、それ以降、馬車の中でエリクが声をかけてくることはなく、時折、伯爵さまとなにか話しているだけだった。

 王宮に着いて部屋に戻ると、わたしは寝室に引きこもった。
 今日は晩餐会もないし、このまま寝室に引きこもって寝てしまおう。そういえばお昼ご飯も食べていないけど、とりあえず気持ちを落ち着けるのが先決だ。

 服が皺になるのも構わず、わたしはベッドに潜り込む。ユーグに怒られるかもしれないけれど、まあそのときはそのとき。大人しく怒られよう。

 手袋を外してベッドの下に放る。
 そして何気なく見た右手の薬指には、先ほどエリクが買ってくれた指輪が、どこなく鈍い色をしていた。

 ぎゅっときつく瞼を閉じて、布団を被る。
 早く眠れと必死に唱えるのに反して、眠気は一向に訪れない。さっき、馬車でうたた寝をしてしまったから眠れないのかもしれない。

 早く寝て、いつものわたしに戻らなくちゃいけないのに、どうしてこういうときに限ってこうなのだろう。明日には夜会があって、それにはエリクの婚約者として参加しなくちゃいけないのに。

 こんな気持ちのまま、エリクの婚約者として振る舞うことなんてできない。
 だから早く眠って気持ちをリセットしなくちゃ。早くいつものわたしに戻らなくちゃ……!

「──リディ」

 突然、エリクの声がしてびくりとする。
 わたしが引きこもった寝室には鍵がなく、同室のエリクは当然入ることが可能だ。
 今はエリクの顔を見たくない。だから寝たフリをしてやり過ごそう。

「寝ちゃったの? 行きの馬車で寝てたのにねぇ」

 呆れたようなエリクの声にムッとする。
 うるさいな! いつ寝ようとわたしの勝手でしょ!

「……しょうがない子だね」

 そう呟く声と、ギシ、とベッドの軋む音がすぐ近くで聞こえた。
 恐らく、エリクはわたしの寝ているすぐ側に座ったのだろう。レディの寝顔を覗き見するなんて、紳士のすることじゃないと思うのだけど!

「まったく……勝手に一人で怒って寝ちゃうなんてね……本当に子どもだな」

 うるさい! 寝れば機嫌が直るんだからいいじゃないの! ほっといてよ!

 心の中で必死に反論するけど、当然それがエリクに届くはずもなく、ただムシャクシャするだけだった。寝たフリは失敗だったかもしれない。

「リディ」

 いつになく優しいエリクの声音に、胸がどくんと高鳴った。
 エリクの指が、わたしの髪を梳く。
 その動きが声音と同じくらい優しくて、そわそわしてしまう。今は寝たフリをしているから、身動ぎすらしてはいけないような気がして、緊張する。

 ドクンドクンと心臓の音が響く。
 なんとなく、いけないことをしているような気がしてしまって、落ち着かない。

 エリクはしばらくわたしの髪を梳いて満足したのか、指を離す。それが名残惜しく思ってしまったわたしはどうかしている。

「なんで怒っているのか知らないけど……いい加減、機嫌直してよね」

 エリクがそう言ったあと、パタンとドアが閉まる音がして、わたしは大きく息を吐いた。
 なんなの。本当にわたし、どうしちゃったの。

 とりあえず、これでは眠れそうにない。
 むくりと起き上がってベッドから下りて顔をあげると──そこには、出て行ったはずのエリクが立っていて、わたしと目が合うとニヤリと笑った。

「やっと起きた。寝たフリはもう満足したの?」
「なっ……!」

 バレてた! エリクに寝たフリってバレてた!!
 言葉が出ずに口をパクパクとさせるわたしにエリクが近寄り、手を取った。

「じゃあ、なんで怒ったのか吐いてもらおうか? こっちに来て」

 強引に手を引っ張られ、隣の部屋にあるソファに座らされる。
 わたしが逃げ出さないように、距離を詰めて座ったエリクはじっとわたしの顔を見つめた。
 エリクと目を合わせていられなくて、そっと顔を反らすと、エリクがため息を溢す。

「……あのさ、言いたいことがあるならちゃんと言いなよ。そういう態度を取られるのが一番腹立たしいんだけど」
「……別に言いたいことなんてないもの。わたしのことは放っておいて」
「へえ? じゃあ、ぼくの目を見て同じことを言ってよ。そうしたら望み通りにしてあげる」
「それは……」

 口篭ったわたしに、エリクが「ほら、言えない」と呆れたように呟く。

「そんなふうだと、困るんだよ。明日は夜会があるんだから、しっかりしてもらわないと」
「わかっているわ。明日までには、いつものわたしに戻るから……」
「どうだか。どうしてきみはそう、変なところで意地を張るわけ? ぼくに文句があるなら言えばいい。いつもそうしているくせに」

 その通りだ。わたしはいつも好き勝手にエリクに言っている。なのに、どうして今はこんなにもエリクから逃げたいと思うのだろう。こんなの、わたしらしくない。

「……だって……」

 わたしから出たのは、その一言だけだった。
 本当に情けない。

 実際、エリクに文句があるわけではない。ただちょっと、子どもみたいに拗ねているだけ。それだけのことだ。
 冗談めかして謝ればいい。「ごめんなさい」って。それだけで済む話なのに言えない。

 またしても黙り込んだわたしに、エリクはぽつりと「リディはさ……」と言い出した。

「普段は感情がそのまま顔に出るのに、肝心なところでは隠そうとするよね」
「そういうわけじゃ……」
「そういうことだよ。きみはぼくに信用できないのかって聞いてきたけど、そっくりそのまま聞き返すよ。ぼくのこと、そんなに信用できないの?」

 エリクの台詞にハッとして、わたしは咄嗟にエリクを見て否定した。

「違う! そんなんじゃ、本当になくて……」
「じゃあ、なに?」
「それは……」

 ああ、上手くこの気持ちを言葉にできない。それがすごく、もどかしい。

「……エリクは、わたしの考えていることなんて、お見通しなんでしょ? いつも通りにわたしの考えを読めばいいじゃない」

 結局わたしの口から出たのはそんな可愛くない言葉だった。
 なんて酷い台詞だろう。自分のことがわからないから、他人エリクに丸投げしてしまうなんて、最低だ。

「……ぼくにはリディの考えていることなんて、これっぽっちもわからないよ」
「うそ。だっていつも、わたしの考えていることをズバリと言うじゃない」
「それは考えを読んでいるんじゃない。長年の付き合いでの経験と、リディの表情を見て予測しているだけ。それに……リディの考えていることが読めるのなら、ぼくはこんなに苦労していない」

 少し苦々しく言ったエリクに目を見開く。
 そんなわたしを見て、エリクは眉間に皺を寄せた。

「むしろ……きみだからこそ、わからないんだ。きみはぼくとは全然違う考え方をする。ぼくはリディ以上に考えの読めない人は知らない」

 まっすぐにわたしの目を見て、エリクはそう言った。

「だから……きちんと言ってくれないと、ぼくはリディがどう思っているのか、さっぱりわからないんだ」
「エリク……」

 ……そうだったんだ。
 てっきり、わたしの考えはエリクには筒抜けなのだとばかり思っていた。エリクにわたしの考えを当てられたことは数えきれないほどあったから。

「教えて、リディ。きみは、なにを思っているの?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

処理中です...