貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第一章

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 ずっと誰かに呼ばれている気がして、声のするほうを見たら、あのときの神様がいた。

 目を開けているつもりが開いていなかったようで、声の主を見ようとしたら瞼がとても重い。ようやく瞼を持ち上げると、焦点が合わずにぼんやりする視界が銀色にきらめいて、そこにいたのは幼いときに出会った銀色の神様だった。思わず呼びかけると、はっきり象を結ばない目にもわかるくらい、銀色の影が動く。
 お礼を言わないと、と何度か瞬きを繰り返した目に映ったのは、驚いたように目を見開いたその人の額の銀色の角だった。

「凍牙、さ、ま」
「露珠」

 少しの安堵と心配、そして先ほどの驚きを表情に残して、凍牙が優しく露珠に呼びかける。

「覚えていたのか、私を」

 問いかけの意味がわからなくて、露珠は横になったまま凍牙を見つめ返す。

「神様、と」

 少しの後、その言葉が示すことに思い至る。

「あのときの、神様は、凍牙様でしたの?大雪山の湖で、私の願いを聞き届けてくれたのは。でも、角は」
「あの時はまだしっかり生えそろっていなかったから、この形ではなかった」

 露珠は、記憶の中の神の額に、銀色の宝石を思い出す。

「では、凍牙様は私をご存知でしたの?銀露への取引は」

 これまでの出来事の意味がみるみる塗り変わっていく。言いたいことが溢れて、急に身体を起こそうとする露珠を、凍牙がそっと押しとどめる。

「話は聞くし、聞きたいことにも答える。私も言うべきことがある。だが、まずはお前の身体だ」

 身体の具合をたずねられて、目が覚めて初めて紅玉の存在を体内に感じる。

「紅玉が……。凍牙様が?どうして……」
「どうして?」

 露珠の呟きのような疑問を聞き咎めた凍牙の目が剣呑に細められる。

「紅玉があれば、あの子の寿命を延ばせると……」

 これがあれば、凍牙より圧倒的に短い真白の寿命を倍には延ばせる。そう思って真白に渡したのに、と説明しようとするが、言葉を重ねるごとに深まる凍牙の不穏な雰囲気に、語尾が消え入る。

「寿命を延ばす?なぜそんなことを考えた。あれはあれの寿命を全うすれば良い」
「そう、なのですか?真白をご寵愛されているのですよね。だから私と離縁して、真白と一緒になられるのだと。妾としてではなく、ちゃんと……」

「ご寵愛」という言葉に虚を衝かれた凍牙は、一拍後にこめかみに手をやる。

「どうしてそうなる」

 頭を抱えているかの様なそぶりでため息と共にそう呟く凍牙の、その感情が出ている様が珍しくて、露珠は上半身を起こして凍牙と向き合う。

「だって」

 言いかけて、あまりにも言葉が崩れすぎた、と固まる。はく、と口閉じた露珠を、こめかみを押さえた指の隙間から見た凍牙が、思わず、といった様子で零す。

「お前は乱牙を好きなのだと思っていた」

 今度は露珠が焦る番だった。

「まさか。そんな、乱牙様は」

 弟の様な、といいかけて、倒れる直前に想いを告げられたことを思い出し、口ごもる。その躊躇いを、乱牙への想いと捉えた凍牙が「ほら」と言わんばかりに眉を上げてみせる。慌てた露珠が「私は、ずっと凍牙様だけを」と必死の表情で訴える。
 表情を大きく動かした露珠が、頬の痛みに一瞬顔を引き攣らせたのを見て、凍牙が直前の言動を謝る。

「すまない。お前の言葉を、疑ったわけではない。私が真白を望んでいると思って、その寿命を延ばそうとして紅玉まで差し出してくれた。それほどまでに、私は想われていると。自惚れている、今は」

 身体に障らぬように慎重すぎるほどに優しく露珠を抱き寄せ、頬の傷をそっとなぞる。
 抱き寄せられたことと、自分の凍牙に対する思いを客観的に、しかも本人の口から語られる恥ずかしさに、露珠が頬を染めて俯く。

「護れなくてすまなかった。一方的に離縁を申し出たことも。真白のことも。ずっと、お前は乱牙を想っていると、そうでなければ銀露の元へ帰りたいのだろうと思っていた。私がお前に心を寄せたせいで、無理矢理ここへ連れてくることになった。父のことも、私のことも憎んでいるだろうと……」

 露珠にしてみれば、思いもよらないようなことを言われ、凍牙の腕の中から上目遣いに見上げる。それに困ったような笑みを返す凍牙を、露珠は信じられない気持ちで見ていた。心を寄せていた、と言われただけでも舞い上がっているのに、凍牙が自分にこんな笑みを見せてくれるなんて、都合の良い夢でも見ているようで現実味がない。
 そんな露珠の胸中を見透かしたように、凍牙が今度は真剣な表情でその目を見つめる。

「露珠。大雪山で初めて会ったときから忘れられなかった。今ではなお、そなたを愛しく思う」

 大きく目を見開いた露珠が、喜びで顔を歪ませる。微笑みたいのに泣きそうになって、目の前の凍牙の胸に顔をうずめて凍牙の名を呼ぶ。それに応えるように、凍牙は露珠を抱く腕に少し力を込めた。

 しばらくそうして抱き合って、凍牙がそっと露珠を離し、布団に寝かせる。

「目覚めたばかりで少し話しすぎた。もう少し休め。傍にいる」

 最後の言葉に露珠がふっと頬を緩ませ、「はい」と目を閉じた。一瞬意識が戻っただけの時だったのに、つい気が昂ぶって色々と話をしてしまっていたが、一度紅玉を失った身体はまだ休息を必要としている。気を失うように再び眠りについた露珠は、その後何日もかけて寝たり目覚めたりを布団の中で繰り返した。
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