貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

文字の大きさ
30 / 56
第二章

(5)-1

しおりを挟む
 露霞が謎の妖の心当たりを調べに出た後、新たな妖の接近もなく、屋敷は落ち着きを取り戻しつつあった。凍牙も少し前からまた外に出ており、そろそろ戻ってくるころかと、真白を筆頭にその帰りを待っている中、屋敷を訪れたのは一人の女だった。



 朱華しゅかと名乗ったその女は、頭に一本の赤い角を持つ鬼だ。朱華は対応に出た家令に凍牙との面会を求めたが、不在であることを家令から伝えられると、会うまで帰らない、とその場に居座る。

 相手が鬼故に対応に困った家令が相談に来たのだが、高藤が対応するというのを止めて、露珠が朱華の前に出た。



「私、凍牙の妻で露珠と申します。朱華さん、とおっしゃいましたか。生憎夫は不在にしておりまして、私がご用件を伺ってもよろしいでしょうか」



 最低限の礼を尽くしつつも鬼相手に臆するところのない露珠の対応は、朱華には意外だったらしい。一瞬不快気な表情を浮かべて、朱華が立ちあがる。



「あんたが、露珠」



 全身を値踏みするように朱華の視線が露珠のつま先から頭の先までを滑る。その好意的でないのを隠す気のない様子に、場の緊張が高まる。と、朱華がふっと笑って露珠から視線を外した。



「凍牙がいないなら、まずはあんたでいいや。凍牙と番いたい。凍牙との子ができるまで、ここに住まわせてもらう」



 胸をそらせるようにしてそう宣言する。想定外の発言に固まる露珠に、朱華はその肉感的な身体を押し付けるように近づいて見下ろす。



「凍牙があんたで満足できるとは思えないし、鬼の身体は鬼のほうが良くわかる。それに、銀露なんて薬として飼っておけばいいだけで飾りの妻にもなりゃしないでしょ」



 露珠から見ても蠱惑的な赤い唇が、目の前で弧を描く。朱華の言い分の前半部分については露珠自身も思うところがあったが、後半部分に関しては発言者の意図とは違うところが引っかかる。



 明らかな侮辱に反応しない露珠に、自身の発言が的確に相手を動揺させたと判断した朱華が、満足げに身体を離す。



「大層なものをもらってるみたいだけどね」



 自然な動きで身を翻した朱華が、一瞬で胸元から取り出した小刀で露珠を切りつける。角の効果を確認する前に、控えていた高藤がそれを弾き、そのまま朱華への攻撃に転じた。





 ★



「どう、なさいますか」



 部屋で凍牙の肩によりかかりながら、露珠が問いかける。

 真剣な話をするのにふさわしいとは言えない姿勢だが、触れ合っていないと不安でまともに話ができそうにない。凍牙も露珠のそんな気持ちを察しており、肩を抱き寄せてやる。



 昼間の高藤と朱華の戦闘は、凍牙が戻ってそれを止めるまで続いていた。



 高藤は、露珠や屋敷の者に被害が出ないよう加減をしていたし、朱華も高藤をいなすばかりで本気ではなかったが、それでも屋敷の一部と周辺の森に被害が及んでいた。

 鬼同士が本気で試合えば、間違いなく死者がでる。



 凍牙によって強制的に引き離された後、朱華は露珠にしたよりは幾分丁寧に、来訪理由を告げ、それを凍牙が断ると、叶わないなら全力で暴れる、とほぼ脅迫に近い物言いで、屋敷への滞在を強行したのだった。



「目的がわかるまで、力ずくで対応するのは避けたいが」



 耐えられるか?と暗に問うてくる視線に、露珠は頷く。



 いかな凍牙とて、鬼を相手に軽く追い出す、というのは難しい。ましてや相手は、そうなれば全力で暴れる、と宣言していて、いわば凍牙以外の者すべてが人質のようなものだ。

 最悪、角を持っている露珠は無傷かもしれないが、それは露珠も望むところではない。



「本当に、凍牙様とのお子が欲しいだけということはないのでしょうか」



 朱華が本心を述べて乗り込んできた可能性を、露珠自身は低く見積もってはいない。



「どうかな。朱華とは昔何度か顔を合わせたことはあるが、私にこだわる理由がない。あれの周囲には他の鬼もいるはずだ。そもそも、父が珍しかっただけで、鬼は基本的に子孫を残すことに興味がない」



 鬼同士は子ができにくいようで、凍牙は鬼同士から生まれた子の話を聞いたことがない。

 鬼同士でなくても、片方が鬼だと子はできにくく、相手が違うとはいえ凍牙と乱牙、二人の子を持った晃牙は異例中の異例だ。



 朱華が望むように凍牙が対応したとしても、その命が尽きるまでに子を生せる可能性はほとんどないように思う。何か他の目的があるのでは、と凍牙は考えていた。



「どうしようもなくなれば、殺してでも追い出す。だが、本当の目的がわからないままでは少々不安もある。不快ではあろうがしばらく我慢してくれるか。もちろん、あれの要望に応えるつもりはない」



 今すぐにでも抱いてくれ、と高藤から引き離された朱華が凍牙に迫った時の様子を思い出し、露珠の表情が曇る。

 顔を隠すように少し俯いた露珠の頤をとらえて上向かせ、凍牙が口づけを落とす。

 お前だけだ、と耳元で囁いて、凍牙は露珠をやわらかく褥に押し付けた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

婚約者が番を見つけました

梨花
恋愛
 婚約者とのピクニックに出かけた主人公。でも、そこで婚約者が番を見つけて…………  2019年07月24日恋愛で38位になりました(*´▽`*)

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 7月31日完結予定

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...