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第二章
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露霞が謎の妖の心当たりを調べに出た後、新たな妖の接近もなく、屋敷は落ち着きを取り戻しつつあった。凍牙も少し前からまた外に出ており、そろそろ戻ってくるころかと、真白を筆頭にその帰りを待っている中、屋敷を訪れたのは一人の女だった。
朱華と名乗ったその女は、頭に一本の赤い角を持つ鬼だ。朱華は対応に出た家令に凍牙との面会を求めたが、不在であることを家令から伝えられると、会うまで帰らない、とその場に居座る。
相手が鬼故に対応に困った家令が相談に来たのだが、高藤が対応するというのを止めて、露珠が朱華の前に出た。
「私、凍牙の妻で露珠と申します。朱華さん、とおっしゃいましたか。生憎夫は不在にしておりまして、私がご用件を伺ってもよろしいでしょうか」
最低限の礼を尽くしつつも鬼相手に臆するところのない露珠の対応は、朱華には意外だったらしい。一瞬不快気な表情を浮かべて、朱華が立ちあがる。
「あんたが、露珠」
全身を値踏みするように朱華の視線が露珠のつま先から頭の先までを滑る。その好意的でないのを隠す気のない様子に、場の緊張が高まる。と、朱華がふっと笑って露珠から視線を外した。
「凍牙がいないなら、まずはあんたでいいや。凍牙と番いたい。凍牙との子ができるまで、ここに住まわせてもらう」
胸をそらせるようにしてそう宣言する。想定外の発言に固まる露珠に、朱華はその肉感的な身体を押し付けるように近づいて見下ろす。
「凍牙があんたで満足できるとは思えないし、鬼の身体は鬼のほうが良くわかる。それに、銀露なんて薬として飼っておけばいいだけで飾りの妻にもなりゃしないでしょ」
露珠から見ても蠱惑的な赤い唇が、目の前で弧を描く。朱華の言い分の前半部分については露珠自身も思うところがあったが、後半部分に関しては発言者の意図とは違うところが引っかかる。
明らかな侮辱に反応しない露珠に、自身の発言が的確に相手を動揺させたと判断した朱華が、満足げに身体を離す。
「大層なものをもらってるみたいだけどね」
自然な動きで身を翻した朱華が、一瞬で胸元から取り出した小刀で露珠を切りつける。角の効果を確認する前に、控えていた高藤がそれを弾き、そのまま朱華への攻撃に転じた。
★
「どう、なさいますか」
部屋で凍牙の肩によりかかりながら、露珠が問いかける。
真剣な話をするのにふさわしいとは言えない姿勢だが、触れ合っていないと不安でまともに話ができそうにない。凍牙も露珠のそんな気持ちを察しており、肩を抱き寄せてやる。
昼間の高藤と朱華の戦闘は、凍牙が戻ってそれを止めるまで続いていた。
高藤は、露珠や屋敷の者に被害が出ないよう加減をしていたし、朱華も高藤をいなすばかりで本気ではなかったが、それでも屋敷の一部と周辺の森に被害が及んでいた。
鬼同士が本気で試合えば、間違いなく死者がでる。
凍牙によって強制的に引き離された後、朱華は露珠にしたよりは幾分丁寧に、来訪理由を告げ、それを凍牙が断ると、叶わないなら全力で暴れる、とほぼ脅迫に近い物言いで、屋敷への滞在を強行したのだった。
「目的がわかるまで、力ずくで対応するのは避けたいが」
耐えられるか?と暗に問うてくる視線に、露珠は頷く。
いかな凍牙とて、鬼を相手に軽く追い出す、というのは難しい。ましてや相手は、そうなれば全力で暴れる、と宣言していて、いわば凍牙以外の者すべてが人質のようなものだ。
最悪、角を持っている露珠は無傷かもしれないが、それは露珠も望むところではない。
「本当に、凍牙様とのお子が欲しいだけということはないのでしょうか」
朱華が本心を述べて乗り込んできた可能性を、露珠自身は低く見積もってはいない。
「どうかな。朱華とは昔何度か顔を合わせたことはあるが、私にこだわる理由がない。あれの周囲には他の鬼もいるはずだ。そもそも、父が珍しかっただけで、鬼は基本的に子孫を残すことに興味がない」
鬼同士は子ができにくいようで、凍牙は鬼同士から生まれた子の話を聞いたことがない。
鬼同士でなくても、片方が鬼だと子はできにくく、相手が違うとはいえ凍牙と乱牙、二人の子を持った晃牙は異例中の異例だ。
朱華が望むように凍牙が対応したとしても、その命が尽きるまでに子を生せる可能性はほとんどないように思う。何か他の目的があるのでは、と凍牙は考えていた。
「どうしようもなくなれば、殺してでも追い出す。だが、本当の目的がわからないままでは少々不安もある。不快ではあろうがしばらく我慢してくれるか。もちろん、あれの要望に応えるつもりはない」
今すぐにでも抱いてくれ、と高藤から引き離された朱華が凍牙に迫った時の様子を思い出し、露珠の表情が曇る。
顔を隠すように少し俯いた露珠の頤をとらえて上向かせ、凍牙が口づけを落とす。
お前だけだ、と耳元で囁いて、凍牙は露珠をやわらかく褥に押し付けた。
朱華と名乗ったその女は、頭に一本の赤い角を持つ鬼だ。朱華は対応に出た家令に凍牙との面会を求めたが、不在であることを家令から伝えられると、会うまで帰らない、とその場に居座る。
相手が鬼故に対応に困った家令が相談に来たのだが、高藤が対応するというのを止めて、露珠が朱華の前に出た。
「私、凍牙の妻で露珠と申します。朱華さん、とおっしゃいましたか。生憎夫は不在にしておりまして、私がご用件を伺ってもよろしいでしょうか」
最低限の礼を尽くしつつも鬼相手に臆するところのない露珠の対応は、朱華には意外だったらしい。一瞬不快気な表情を浮かべて、朱華が立ちあがる。
「あんたが、露珠」
全身を値踏みするように朱華の視線が露珠のつま先から頭の先までを滑る。その好意的でないのを隠す気のない様子に、場の緊張が高まる。と、朱華がふっと笑って露珠から視線を外した。
「凍牙がいないなら、まずはあんたでいいや。凍牙と番いたい。凍牙との子ができるまで、ここに住まわせてもらう」
胸をそらせるようにしてそう宣言する。想定外の発言に固まる露珠に、朱華はその肉感的な身体を押し付けるように近づいて見下ろす。
「凍牙があんたで満足できるとは思えないし、鬼の身体は鬼のほうが良くわかる。それに、銀露なんて薬として飼っておけばいいだけで飾りの妻にもなりゃしないでしょ」
露珠から見ても蠱惑的な赤い唇が、目の前で弧を描く。朱華の言い分の前半部分については露珠自身も思うところがあったが、後半部分に関しては発言者の意図とは違うところが引っかかる。
明らかな侮辱に反応しない露珠に、自身の発言が的確に相手を動揺させたと判断した朱華が、満足げに身体を離す。
「大層なものをもらってるみたいだけどね」
自然な動きで身を翻した朱華が、一瞬で胸元から取り出した小刀で露珠を切りつける。角の効果を確認する前に、控えていた高藤がそれを弾き、そのまま朱華への攻撃に転じた。
★
「どう、なさいますか」
部屋で凍牙の肩によりかかりながら、露珠が問いかける。
真剣な話をするのにふさわしいとは言えない姿勢だが、触れ合っていないと不安でまともに話ができそうにない。凍牙も露珠のそんな気持ちを察しており、肩を抱き寄せてやる。
昼間の高藤と朱華の戦闘は、凍牙が戻ってそれを止めるまで続いていた。
高藤は、露珠や屋敷の者に被害が出ないよう加減をしていたし、朱華も高藤をいなすばかりで本気ではなかったが、それでも屋敷の一部と周辺の森に被害が及んでいた。
鬼同士が本気で試合えば、間違いなく死者がでる。
凍牙によって強制的に引き離された後、朱華は露珠にしたよりは幾分丁寧に、来訪理由を告げ、それを凍牙が断ると、叶わないなら全力で暴れる、とほぼ脅迫に近い物言いで、屋敷への滞在を強行したのだった。
「目的がわかるまで、力ずくで対応するのは避けたいが」
耐えられるか?と暗に問うてくる視線に、露珠は頷く。
いかな凍牙とて、鬼を相手に軽く追い出す、というのは難しい。ましてや相手は、そうなれば全力で暴れる、と宣言していて、いわば凍牙以外の者すべてが人質のようなものだ。
最悪、角を持っている露珠は無傷かもしれないが、それは露珠も望むところではない。
「本当に、凍牙様とのお子が欲しいだけということはないのでしょうか」
朱華が本心を述べて乗り込んできた可能性を、露珠自身は低く見積もってはいない。
「どうかな。朱華とは昔何度か顔を合わせたことはあるが、私にこだわる理由がない。あれの周囲には他の鬼もいるはずだ。そもそも、父が珍しかっただけで、鬼は基本的に子孫を残すことに興味がない」
鬼同士は子ができにくいようで、凍牙は鬼同士から生まれた子の話を聞いたことがない。
鬼同士でなくても、片方が鬼だと子はできにくく、相手が違うとはいえ凍牙と乱牙、二人の子を持った晃牙は異例中の異例だ。
朱華が望むように凍牙が対応したとしても、その命が尽きるまでに子を生せる可能性はほとんどないように思う。何か他の目的があるのでは、と凍牙は考えていた。
「どうしようもなくなれば、殺してでも追い出す。だが、本当の目的がわからないままでは少々不安もある。不快ではあろうがしばらく我慢してくれるか。もちろん、あれの要望に応えるつもりはない」
今すぐにでも抱いてくれ、と高藤から引き離された朱華が凍牙に迫った時の様子を思い出し、露珠の表情が曇る。
顔を隠すように少し俯いた露珠の頤をとらえて上向かせ、凍牙が口づけを落とす。
お前だけだ、と耳元で囁いて、凍牙は露珠をやわらかく褥に押し付けた。
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