貢物として嫁いできましたが夫に想い人ができて離縁を迫られています

藤花

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第二章

(5)-3

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「おう、戻ったぞ」

「お帰りなさいませ、お兄様」



 露珠が当然の様に正面以外から出入りする露霞を違和感なく迎え入れる。同じ場所にいた高藤は屋敷の主である凍牙よりも態度の大きい露霞に眉をひそめるが、凍牙に視線で宥められた。



「義兄上殿。妖についてなにか」

「少しな。俺が調べて来たことよりも、今ここに戻ってきて見たことのほうが余程大きい手がかりみたいだが」



 どかっと座敷に腰を下ろして胡坐をかいて露霞が座る。



「それはどういう……?」

「まあ待て、順に話す」



 酒を一口飲んで露珠に言う。



「とりあえず、牙鬼の縄張りの範囲内ならもうある程度調べてあると思って、その外側で話を聞いてきた。東方からこちらに来る途中で聞いた噂の中に気になるものがあったからな」



 都より東方であれば、多少土地勘がある。東方からこちらへ来る途中で聞いた噂の中に、『神鹿しんろくの住む森から妖が出てくる』というものがあった。噂の出始めは数年前のようだったが、その森の周りで話を集めてきた。話をまとめるに、どうやらその妖は今回ここの周りで発生している妖と同種の様だ。



「神鹿の森?あんな妖を発生させている森で、神鹿はどうしている」



 個体差の大きい妖の強さだが、鬼に近い気配を持つあれらの妖に、神鹿はどう対応しているのか。凍牙はその神鹿とは面識がないが、そんなにも強い妖だという認識はない。縄張りに隣接するため、鬼に対応できるほどの力がある妖が居れば、晃牙も放っては置かなかっただろう。神鹿は、神性は強いものの神ではなく妖の一種で、力はさほど強くない。社内<やしろない>で神の加護を受けていれば別だが、件の神鹿はそうではなかったはずだ。



「それが、どうも妖が出てくるようになるより更に前に、神鹿は死んだという話だ」

「神鹿の森をその妖が乗っ取ったということなのでしょうか」



 その状況を想像したらしい露珠が顔をしかめるが、いや、と露霞が続ける。



「その前に、鬼がその森に出入りしていたという話があって、事の前後関係は分からなかった」

「その鬼と、あの妖の鬼への近さは関係が……?」

「俺もそう思って調べに行ったが、そこはわからなかった。一度ここに戻ってこの話をした後、改めてその森に入ろうと思っていたんだが」



 一度言葉を切って、露霞がにやりと笑う。



「朱華というあの鬼、あの妖たちと同じ気配がする」

「朱華と?」



 朱華への警戒をほとんど解いていた露珠は、この場にいない真白のことが急に心配になる。立ち上がると、高藤を伴って真白のところへ向かう。

 露霞の報告を聞いた凍牙は、驚いた様子は見せないものの、表情が険しい。その険しさが、どうやら朱華ではなく自分に向けられているらしいことを露霞は感じ取る。



 正面から自分を見る露霞を見つめ返した凍牙は、固い声音で問う。



「義兄上殿。我々鬼よりも、鬼の気配に詳しくていらっしゃるようですが」



 露霞のこれまでの振舞いにも常に淡々と、義兄としての敬意をもって対応していた凍牙の珍しく真剣な雰囲気に、露霞も茶化さずに答えることになる。



「後天的に鬼の力を手に入れると、小さな違いにもよく気がつけるらしい。元からの鬼は強すぎて、微弱な変化には気がつけないのかね」



 ★



 何事もなく庭で遊んでいた真白を見つけて、露珠がほっと息を吐く。朱華の出現に始めは動揺していたし、凍牙も高藤も警戒していたのに、最近では気を許してしまっていた。朱華が、言葉は悪いものの初めの印象ほどは酷い態度ではないのも理由の一つだが、何よりも――



「朱華は眠りすぎだわ」



 思わず口に出してしまった呟きに、地面にしゃがみこんで絵を書いていた真白が振り返る。



「朱華ちゃん?よくお昼寝してるよねー」

「真白も、そう思う?」

「うん。だって、夜も真白と同じくらいの時間に寝るのに、真白が起きてる時間にも木の上とかお座敷でよく寝てるよ」



 良く眠っている、という状況で露珠が思い出すのは凍牙の父、晃牙のことだ。晃牙が亡くなる直前の様子が、まさにそうだった。睡眠時間が徐々に長くなり、最後は文字通り眠るように息を引き取った。その眠りが長くなった初期の頃に、今の朱華の状態が似ている。



 どこか具合が悪いか、力そのものを失いつつある。そう感じるから、つい朱華への警戒が緩んでしまう。そういえば、朱華の状態について凍牙と話したことはない。当然気がついているだろうと思っていたが、先ほどの兄の報告を受けて凍牙が朱華に何か仕掛ける可能性もある。一応話しておこう、と決めて、露珠は真白の遊びに加わった。





 ★



「飲むか?」



 縁側で月見酒を飲んでいた露霞が、通りすがった朱華を誘う。昼間からずっと飲み続けている露霞は上機嫌だ。露霞の誘いが意外だった朱華は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐにいつもの取り澄ました顔を作って露霞の横に立つ。



「露珠から私のこと聞いたんでしょ?妹が夫を寝取られるかもっていうのに、随分と楽しそうなのね」



 仕掛けているのは自分だというのに、妹を心配するそぶりのない露霞に朱華がつい絡んでしまう。



「楽しそうか?まあ、面白いことになっている、とは思ってるが」

「妹なんでしょう?気にならないの?」

「兄妹だからって、友好的とは限らない。常に味方とも限らない」



 拍子をとるような口調は酔っているようにも思えるが、見上げてくる目は理性的で、朱華は興味をそそられてその場に腰を下ろした。



「妹が嫌い?」



 それは、今までの会話と、凍牙や露珠から聞いていた話から露霞が想像していた朱華からは出て来ようもない真剣な声音で、思わず露霞が隣を見る。



「なんでお前がそんな顔をする」



 一瞬泣いているのかと思うほど、朱華は思いつめた表情をしていた。露霞の視線に気がついた朱華が表情を取り繕う。



「別に。随分と薄情な兄だな、と思っただけ」

「薄情ねぇ。あいつが居なければ、と思ったこともなくはない。今さらだからもうどうでもいいんだが。少し痛い目を見ればいいくらいには思ってるな、今も」

「どうして」



 まるで言われているのが自分かのような必死さで、朱華が露霞に問うた。



「鬼の出来損ない」

「え?」



 急に話を変えた露霞に、朱華が怪訝な顔をする。



 この辺りに現れる、朱華と同じ気配の妖。それを『鬼の出来損ない』という言葉で表現したのは露霞だが、その言葉に関しては、発した露霞自身思うところがあった。今、自らの身に宿している鬼の力。鬼そのものではない露霞を表現するなら『鬼の出来損ない』も外れてはいない。



「俺は銀露の出来損ないだ。だから――」



 銀露の出来損ないで鬼の出来損ない。



「少し羨ましかった。妹が」
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