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第二章
(8)-2
しおりを挟む想定外の告白に、流石の凍牙も目を見開く。露霞は、鬼の力を得ることになった顛末を語る。
大雪山を出た、まだ幼年の露霞を保護したのが、その鬼だった。穏かな若緑の瞳に、それよりも落ち着いた色の髪をしたその鬼は、鬼と言うよりもむしろ森の化身のようだった。その鬼の守護の下、露霞は成長し、時折その鬼の下を離れることはあっても基本的には共に過ごしてきた。その鬼の縄張りは広くなく、特に縁者もいなかったようで、時折他の鬼や妖と戦闘になっては、傷を負って帰ってくることがあった。幼少の露霞は一緒に戦うことも出来ず、血と白露をその鬼に渡そうとしたところ、諌められた。長じてからは露霞も共に戦えるようになり、鬼の怪我の回数も減ったが、それでも時折負う怪我に対して露霞が白露を渡そうとすると「怠惰だ」と詰られる。
そして、その鬼の死の間際、露霞は紅玉を使った。寿命による死を受け入れていた鬼は、露霞の紅玉<いのち>と引き換えの蘇生を望まなかった。互いの必死の説得の末、露霞は渡した紅玉ごと、相手の鬼を取り込み、結果、鬼の力を手に入れた。
「露珠も、そういう感じだろ?お前に。俺はあいつにしか、血も、白露も、紅玉もくれてやる気はなかったが、露珠はもっと……」
「で、もう気は済んだんですか?」
「まあ、そうだな」
鬼の力を得た経緯については、凍牙にとっても驚きだった。通常鬼を倒して喰らったとしても、その力が捕食者側に移行するとは聞いたことがない。紅玉の効能のように思えるし、露珠のために気になることではある。しかし、既に戦意を失い、恐らくもう露珠への手出しもしないと思われる露霞にこれ以上構っている時間はない。
「で、お前はいつまでそこで見てるつもりだ」
庭の木の上に向かって、凍牙が声をかける。
「いや、兄貴が苦戦してるの珍しくてさ、つい」
木から飛び降りてきたのは、凍牙と露霞の戦いの最中に屋敷に戻ってきていた乱牙だった。状況はわからないまでも、劣勢になるようだったら加勢しようと様子を見ていたらしい。
「弟……?半鬼か?」
地面に座ったままの露霞が、凍牙と乱牙を見比べる。
「父上とヒトの間の子だ。乱牙、露珠の兄で、露霞と言う」
「は?露珠の兄貴?」
なんだって露珠の兄と戦ってたんだよ、と混乱する乱牙に、凍牙が状況を説明する。
「別の鬼に露珠が攫われた。その手引きをしたのが義兄上だ。露珠を助けに行く。付いて来い」
「説明足りなすぎんだろ!てかこいつこの程度でいいのかよ?」
刀に手を掛けながら、乱牙が露霞に詰め寄る。
「やめろ、乱牙。この後どうするかは露珠が決める」
珍しい凍牙の言い様に、乱牙が呆気に取られる。凍牙が少し嫌そうに顔をしかめると、「露珠と約束している」と言い訳のように言って顔を逸らした。
★
屋敷に高藤と真白を残し、凍牙と乱牙、そして露霞が朱華に連れ去られた露珠を追う。露霞は朱華が去った方角を覚えていることと、朱華の気配を多少追える事から途中までの道案内を申し出た。凍牙は露霞を信用してはいないものの、このまま放置していくとなれば、万が一のために乱牙を屋敷に置いておく必要がある。置いていくよりは目の届く範囲にいてもらったほうがいいという判断からその申し出を受けた。ある程度近付けは自身の角のありかは分かることを考慮すれば、そこまで大きな賭けではないはずだ。
先頭を行く露霞、その後ろを行く凍牙を最後尾から眺めながら、乱牙は、『兄弟』という視点で自分と凍牙との関係を考えていた。説明が足りなすぎる凍牙に詰め寄って、ここまでの道のりで、露霞と今追っている朱華と言う鬼が来た辺りからの状況をある程度聞かせてもらっている。露霞は露珠に対して、助けてやりたいと思ったり、朱華に加勢して連れ去られてみたり、どうにも複雑な感情を抱いているようだが、自分はどうだろう。
それというのも、話の途中で露霞が「君達兄弟は、仲が良さそうだね」などと言うからだ。続けて「必要であれば、互いに角の融通くらいはするだろう?」と露霞がいい、それに間髪いれずに凍牙が「まさか」と答えたため、乱牙は答える機会を逸したものの、なんとなくそれを考え続けてしまっていた。
凍牙との仲が良いとは、家族含め誰も思っていなかっただろうが、乱牙は異母兄を嫌ってはいない。あからさまに敵意を向けてくる影見や、無関心な晃牙に比べ、凍牙は乱牙に構ってくれる唯一の家族といってよかった。喧嘩のたびに手ひどくやられるのは堪えたが、おかげで半鬼ながら鬼と対等に戦う力を持つことが出来た。言葉足らずのところや露珠の扱いについては色々言いたいことはあるが、ある意味では最も信頼しているといっていい。本人に言うつもりは決してないが。
露霞の問いかけの角についても、凍牙のためとは言わないが、ヒトのためにも半妖のためにも、強大な力を持つ者が居たほうが都合が良い。それに。それを頼んでくるのは凍牙ではなく露珠になるはずだ。そうなれば、乱牙に拒否する選択肢はない。例え話だろうから角の用途はともかく、それに類する力を銀露の血や紅玉が代替できるなら、露珠は迷わずそれを使うに違いないのだ。
考える対象が凍牙とのことから露珠に変わったことで、乱牙の頭が切り替わる。わざわざ攫っていく辺り、露珠にすぐに命の危険があるとは思えないが、やはり心配だ。おっとりしていそうに見えて、意外と無茶をしがちなのはこの前の騒動で身にしみた。
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