6 / 45
6.短いスカート丈(2)
しおりを挟む
足を見られるくらいなんだというのだろう。数ヶ月前であれば、もっと酷い辱めをうけたに違いないのに、本当にどこまでも覚悟が足りない。滲んだ涙を拭いて、隣で落ち着くのを待ってくれているアマリアを見る。
ベッドに隣り合って座っているので、俯いたシルヴィアには彼女の足が目に入る。低めのヒールを履いてやってきたアマリアは、室内に入るためにサンダルに履き替えていた。
膝丈しかない軍服のスカートから伸びた足は素足で、同性であるシルヴィアさえはっとさせる。
自分が与えられたスカートはこれよりも大分長い丈だった。これでも大分配慮されていただろうことが、シルヴィアにも察せられる。嫌がらせでなんかあるはずがない。
「お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません。もう、大丈夫です。アッシュ様にも、フリッツ様にもお詫びしないと」
「もう少し、ここで待っていてくれる?1時間もかからないわ」
シルヴィアの謝罪を遮って部屋を出て行ったアマリアは、着替えを持って戻ってきた。彼女が調達してきたスカートはくるぶしまである長いもので、室内履きとしてスリッパと、ソックスもいくつか買ってきてくれている。
「着替えたら、リビングまで来れる?」
問いかけにしっかり頷いたシルヴィアを確認して、アマリアは階下でそわそわしているだろう上司とその息子に状況を伝えに戻った。
「なるほど。スカート丈ねぇ……」
考えもしなかった、とコーヒー片手に天井を見上げるフリッツ。
「知らなかったとはいえ、下から見上げるようになってしまって、かわいそうなことをしました」
目の前で潤んでいくシルヴィアの瞳を思い出していたアッシュは、マグカップを両手に抱えてテーブルに視線を落とす。
「アンジェリーナを検分させた亡命者の集まりに少し聞いてみたのですが、帝国の貴族女性が素足を見られるのは、胸部を見られるより恥ずべきこととか」
アマリアが感情を込めずに淡々と告げると、その場の男性二人は更に深くため息をつく。
「わざとだ、と思われたでしょうか」
貴族ではない、と主張したシルヴィアに対する意趣返しととらえられた可能性はある。
アッシュの呟きを聞きながら、フリッツは更に別のことを考えていた。「もう少し丈の長いスカートがいい」「ソックスが欲しい」その程度のことを、軍人ではないアッシュにさえ言うことができなかったシルヴィアの心境を思うと、長引くであろう共和国での滞在に小さい少女の心身がどれだけ耐えられるか。状況を改善しないと最悪の展開を招くことになりそうだ。
本日何度目かの、男二人の深いため息が、クロフォード家のリビングに響いた。
服を着替えて降りてきたシルヴィアが恐縮しながら謝罪すると、フリッツは「配慮すべきはこちら側だった」とシルヴィアに頭を下げた。いとも簡単に敵国の捕虜、しかも彼からみれば小娘に頭を下げたフリッツを見て、シルヴィアが戸惑いを隠せないでいると、アッシュがシルヴィアをダイニングに誘う。
「アンジェ、父はいつもこうなんです。きっと、父の職場の方が見たら怒られますよ、父がね」
「おいおい、アッシュ」
情けない顔で頭をかくフリッツと、てきぱきと食事の用意をするアッシュを見比べて、シルヴィアは思わず笑ってしまう。ようやく笑顔を見せたシルヴィアに、フリッツとアッシュが顔を見合わせて息を吐く。
その様子を見て、アマリアが職場に戻ることを告げると、フリッツがそれを引き止める。
「君も食事をしていったらいいよ」
「まさか。私の休憩時間はまだです。それに、処理すべき書類が溜まっています」
言外に、「本来あなたがするはずの」という意味を含ませると、それを察したフリッツが両手を挙げて降参する。
「わかった。僕が戻るまで、頼むよ」
「はい、閣下」
フリッツから離れたアマリアがシルヴィアの傍にくる。
「アンジェリーナ。必要なものや、困ったことがあったら遠慮なく言って。これから徐々にわかると思うけど、クロフォード様もアッシュ様も、ここではあなたを家族のように大事にしてくれるはずよ。大丈夫」
アマリアの微妙な言い回しと配慮を、シルヴィアは正確に受け取った。個人としてはフリッツもアッシュは信用できるし、シルヴィアに悪いようにはしないから頼ってよい、というメッセージと、共和国として対応する場合にはその限りではない、という警告を。
「はい。アマリアさん。ありがとうございます」
シルヴィアの返事にアマリアは頷き、クロフォード邸を後にした。
ベッドに隣り合って座っているので、俯いたシルヴィアには彼女の足が目に入る。低めのヒールを履いてやってきたアマリアは、室内に入るためにサンダルに履き替えていた。
膝丈しかない軍服のスカートから伸びた足は素足で、同性であるシルヴィアさえはっとさせる。
自分が与えられたスカートはこれよりも大分長い丈だった。これでも大分配慮されていただろうことが、シルヴィアにも察せられる。嫌がらせでなんかあるはずがない。
「お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません。もう、大丈夫です。アッシュ様にも、フリッツ様にもお詫びしないと」
「もう少し、ここで待っていてくれる?1時間もかからないわ」
シルヴィアの謝罪を遮って部屋を出て行ったアマリアは、着替えを持って戻ってきた。彼女が調達してきたスカートはくるぶしまである長いもので、室内履きとしてスリッパと、ソックスもいくつか買ってきてくれている。
「着替えたら、リビングまで来れる?」
問いかけにしっかり頷いたシルヴィアを確認して、アマリアは階下でそわそわしているだろう上司とその息子に状況を伝えに戻った。
「なるほど。スカート丈ねぇ……」
考えもしなかった、とコーヒー片手に天井を見上げるフリッツ。
「知らなかったとはいえ、下から見上げるようになってしまって、かわいそうなことをしました」
目の前で潤んでいくシルヴィアの瞳を思い出していたアッシュは、マグカップを両手に抱えてテーブルに視線を落とす。
「アンジェリーナを検分させた亡命者の集まりに少し聞いてみたのですが、帝国の貴族女性が素足を見られるのは、胸部を見られるより恥ずべきこととか」
アマリアが感情を込めずに淡々と告げると、その場の男性二人は更に深くため息をつく。
「わざとだ、と思われたでしょうか」
貴族ではない、と主張したシルヴィアに対する意趣返しととらえられた可能性はある。
アッシュの呟きを聞きながら、フリッツは更に別のことを考えていた。「もう少し丈の長いスカートがいい」「ソックスが欲しい」その程度のことを、軍人ではないアッシュにさえ言うことができなかったシルヴィアの心境を思うと、長引くであろう共和国での滞在に小さい少女の心身がどれだけ耐えられるか。状況を改善しないと最悪の展開を招くことになりそうだ。
本日何度目かの、男二人の深いため息が、クロフォード家のリビングに響いた。
服を着替えて降りてきたシルヴィアが恐縮しながら謝罪すると、フリッツは「配慮すべきはこちら側だった」とシルヴィアに頭を下げた。いとも簡単に敵国の捕虜、しかも彼からみれば小娘に頭を下げたフリッツを見て、シルヴィアが戸惑いを隠せないでいると、アッシュがシルヴィアをダイニングに誘う。
「アンジェ、父はいつもこうなんです。きっと、父の職場の方が見たら怒られますよ、父がね」
「おいおい、アッシュ」
情けない顔で頭をかくフリッツと、てきぱきと食事の用意をするアッシュを見比べて、シルヴィアは思わず笑ってしまう。ようやく笑顔を見せたシルヴィアに、フリッツとアッシュが顔を見合わせて息を吐く。
その様子を見て、アマリアが職場に戻ることを告げると、フリッツがそれを引き止める。
「君も食事をしていったらいいよ」
「まさか。私の休憩時間はまだです。それに、処理すべき書類が溜まっています」
言外に、「本来あなたがするはずの」という意味を含ませると、それを察したフリッツが両手を挙げて降参する。
「わかった。僕が戻るまで、頼むよ」
「はい、閣下」
フリッツから離れたアマリアがシルヴィアの傍にくる。
「アンジェリーナ。必要なものや、困ったことがあったら遠慮なく言って。これから徐々にわかると思うけど、クロフォード様もアッシュ様も、ここではあなたを家族のように大事にしてくれるはずよ。大丈夫」
アマリアの微妙な言い回しと配慮を、シルヴィアは正確に受け取った。個人としてはフリッツもアッシュは信用できるし、シルヴィアに悪いようにはしないから頼ってよい、というメッセージと、共和国として対応する場合にはその限りではない、という警告を。
「はい。アマリアさん。ありがとうございます」
シルヴィアの返事にアマリアは頷き、クロフォード邸を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる