初恋の人と結婚したけど夫は私を妹としかみていない~~喧嘩して家出したら敵国の捕虜になりました~~

藤花

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27.ミリィ(4)

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――帝国 王宮内 回廊

 目の前から歩いてきた人物を認めて、シルヴィアは足を止めた。相手――ビアンカも、同様にシルヴィアを見て足を止める。
 通常であれば、相手がシルヴィアに臣下の礼をとるべきところではあるが、カルロとの婚姻は公にされていない。家の爵位としてはビアンカが上だが、今をときめくバルトロメオの妹と、爵位が維持されるかも怪しい落ち目の公爵家の令嬢。
 互いの逡巡を目線でかわした後、一瞬早く、シルヴィアがカーテシーをしたので、ビアンカが声をかける。

 「ごきげんよう、シルヴィア様。今日はバルトロメオ様とはご一緒でないのね」

 優雅に微笑むその姿は、かつてカルロが評したとおり天使のように美しい、とシルヴィアは思う。第三者から見れば、まだ少女の面影を残す銀髪のシルヴィアのほうが余程天使然としているように見えただろうが、当事者にはわからないものである。

 おっとりと優しげな声音を纏った言葉は、他意を感じさせない。あまり顔を合わせることがない相手な上に、兄と一緒にいるときよりも、茶会などの男性のいない場で会った事のほうが余程多かったはずだけど、と思いつつ、当たり障りのない対応をしなくては、と思う。
 カルロのことがあって、シルヴィアが一方的にビアンカに複雑な気持ちを抱いているだけで、今までの数少ない交流からは、「美しくて優しい天使」を否定する要素はなかった。抱えている感情が表に出ないように、意識しなくてはならない。

 「ごきげんよう、ビアンカ様。はい。私ももう大人ですもの。いつまでもお兄様の後ろを付いていくわけにはいきませんわ」

 シルヴィアの返答に。すっと、その目が細められる

 「そう。それで、バルトロメオ様の代わりに陛下に?」

 優しげな声音は変わらないのに、棘を感じる。それが自分の思い過ごしなのかどうか、シルヴィアは戸惑う。

 「――仰る意味が、わかりませんわ」

 何とか吐き出した言葉は、バルトロメオの妹として相応しいものだっただろうか。

 「いえね。最近、シルヴィア様がカルロ様のお傍にいらっしゃることが多いと聞いたので。お兄様のご威光があれば、陛下の傍に侍るなんて簡単ですものね」

 今度こそ明確に棘のある言い方に、シルヴィアの表情がピクリと動く。

 「そんなことは――」
 
 反論しようとしたシルヴィアを、ビアンカが遮った。

 「バルトロメオ様が進言なされば、陛下は貴方を皇后になさるでしょう。でも、このような形で即位なさった陛下をお支えするには、貴方では力不足です」
 
 一息置いて、言い聞かせるように殊更ゆっくりと続けられた言葉には、シルヴィアは反論できなかった。

 「私のほうが相応しい」

 完全に沈黙したシルヴィアに、畳み掛けるようにビアンカは続ける。

「それに。政治的な利点をおいておいても、妹扱いの貴女よりも余程、私のほうが上手く陛下をお慰めできると、そう思わない?私も個人的に、陛下のことをお慕いしておりますのよ」



 ビアンカとのやり取りを思い出しながら、シルヴィアは自分との間柄や肩書き、名前等、推測されそうな情報を伏せて簡単に説明する。

 「その流れでこの歌詞になるかな!?脚色しすぎでしょ。私のほうが上手に***して気持ちよくさせてあげられるとか――」
 「なんだよ、アンタの方があたしよりドストレートに言ってるじゃん」
 「あ」
 「そういう……意味の言葉だったんですか」
 
 よく分からず歌ったっていた歌詞の意味に、シルヴィアは顔を赤らめるよりも目を白黒させている。

 「まあまあ」

 とフリッツが三人の間に入る。

 「こういうところもミリィの歌の良さなんだから。でも、歌わせる前にちゃんとアンジェに意味を教えてあげて」
 「はあーい、おじさま」

 フリッツに返事をしたミリィが、くるりとシルヴィアのほうに首を回す。
 
 「話の途中で歌思いついちゃったから続き聞き損ねたけど、その彼はアンジェを選んだんでしょ?」

 確信を持った様子のミリィの問いかけに、驚いた様子でアンジェが振り返る。

 「どうして……」
 「だって、今も悩んでる風だったから。それで彼に振られてたら、落ち込みはするけど悩みはしないでしょ」

 楽屋でのやり取りもそうだったが、粗がありそうな推測なのにミリィはそれを外さない。

 「選んだ……。彼が、今でも彼女を好きだとは思いません。でも、多分、私のことが好きなわけでもないんです。彼は、どの女性のことも特別に好きなわけじゃない」 
 「今でも?何、その彼元々その女のこと好きだったの?」
 「あ、はい。彼がそう言っていたのを傍で聞いていたので」
 「ふうん……。幼馴染とか?それで、アンジェはずっと彼が好きなんだ?」
 「え、っと……あの、それは」
 
 消え入るように「はい」と答えたシルヴィアを見て、ミリィがばんっと、鍵盤を叩く。
 突然の大きな音に驚いて、シルヴィアが目をしばたかせる。

 「よし、わかった。アンサーソング作ろう」
 「はい?」
 「私のものよ!って言い返すんだよ」

 実際に起きたことじゃなくていいから、アンジェの気持ちを教えてよ。こうだったらいな、っていう理想でもいいから、と身を乗り出すようにして矢継ぎ早にミリィが言う。
 勢いに押されたシルヴィアが考え始めるのを見て、フリッツとアッシュは顔を見合わせて、再び階下へ下りた。

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