初恋の人と結婚したけど夫は私を妹としかみていない~~喧嘩して家出したら敵国の捕虜になりました~~

藤花

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34.帝国にて(5)

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 カルロの返答に顔を上げたシルヴィアの表情は、彼女がその回答に納得していないだろうことを物語っている。

 「では、ビアンカ様のことは?」
 「ビアンカ?」
 
 とぼけたつもりはなかった。本当に一瞬誰のことかわからなかったのだ。

 「スフォルツァ公爵家のご令嬢です。ずっと、天使と仰ってたじゃないですか」

 話し始めよりも丁寧になった言葉遣いに、シルヴィアがカルロに感じる距離が現れる。

 シルヴィアの説明に、ようやくカルロがビアンカを思い出す。
 そういえば、そんな話をしていた時期があった。確かに、一時期初恋かも、と思っていたことも思い出すが、その記憶に付随してくるのは、天使ビアンカのことではなく、シルヴィアのことだ。
 シルヴィアに惹かれている自分を自覚していたカルロは、全く自分に対してそんな様子を見せないシルヴィアの反応を見たかったのだ。実際初恋だったのかもしれないけれど、シルヴィアの前でその話をしたときには、もうそういう類の感情ではなかった。からかえばちょっと拗ねてみせるシルヴィアの反応は悪くないけれど、やはりそれは男女を意識したものではなくて。何も意識していない様子のシルヴィアとのスキンシップは、カルロの余裕をじわじわと奪っていた。
 ビアンカをわざわざ「天使」などと形容したのも、シルヴィアを意識していて、その反応を見たかったからだ。諦めきれずに、ちょいちょいビアンカ嬢の話題を出してみたけれど、期待したような反応は得られなかった。そのうち、母が後宮に召し上げられ、シルヴィアにさえ会う時間がとれなくなったカルロは、彼女のことを忘れていた。 

「そんなこともあったか。なんにしろ、昔の話だ」
「でも、ビアンカ様は、まだカルロのことを好きだって」
「ビアンカ嬢が?まさか。皇帝を、の間違いだろう。公爵家は今、俺に取り入りたくて必死なんだ」
「でも、カルロは」
「しつこいぞ」
「カルロには、ちゃんと好きな人と結婚して欲しい。私がそうできるようにしてくれているんだから、カルロだって―ー」
「……っ」

 自分から申し出た条件だったはずなのに、実際にシルヴィアからそれを言われると「好きな人ができたら別れて」と念押しされたようで苦々しい。

「ビアンカ様にも言われたの。バルトロ兄様がいるのだから、私よりも公爵家から皇后を迎えたほうが政治的にも安定すると。私も、そう思――」
「守られてるのがわからないのか」

 全てシルヴィアのため――。それが押し付けだということも、カルロは良くわかっていた。シルヴィアのためとは決して口に出すまい、シルヴィアを守りたい自分自身のためだ、彼女に恩を売るように思わせてはいけない。
 ずっとそう戒めてきたことが、彼女の言葉で一瞬、はじけたように思った。 
 カルロから見たらなんの躊躇いもない様子で、自分と分かれて他の女と結婚する方がメリットがある、と力説されて、つい、言うつもりのなかった言葉が口をついてしまった。
 
「守ってなんて言ってない」

 カルロが発言を撤回するより早く、シルヴィアが言い募る。

 「家を、相手を、窮地に陥らせてまで守って欲しいなんて思わない。そんなの、皆そうだよ。カルロのお母様だって、レオナルド様のことを好きだったから――」
 「黙れ」

 急に低くなったカルロの声と常の喧嘩の時とは違う表情で、失言に気がついたシルヴィアが言葉を止めるが、もう遅い。
 カルロの母親のことにまで言及するつもりはなかったのに。今は確認しようもないその気持ちについて推測して引き合いに出すなんて、してはいけなかった。

「カルロ、ごめんなさい。お母様のことは……」

 一瞬で頭の冷えたシルヴィアが謝るが、金髪を掻き分けるように、片手を額にやって俯いたカルロは動かない。
 感情のままにシルヴィアに怒りをぶつけないよう、興奮を鎮めようと深く息を吐く。それでも、口調は落ち着いているものの、口をついて出たのはそれなりに強い言葉だった。
 


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