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42.軍事機密(5)
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「ついさっき、情報が新しく入ってね。皇帝の成婚についてのなんらかの発表が、近々あるらしい。まだ帝国内にも知られていない情報らしいが――アンジェ?」
話を聞いているシルヴィアが、大きく目を見開いて驚きを表したあと、その瞳を昏く翳らせる。続く情報への前振りとして軽く告げた話題が、想定外の反応を引き出してしまったフリッツが言葉を途切れさせる。
「どうしたの?皇帝に憧れてた?」と茶化しては見るが、フリッツもシルヴィアの表情が、憧れの王子様が結婚してしまうというショックにしては深刻そうだとわかっている。
何とかして無事に帰らなくては、帝国のために――
そう思っていたけれど、私とカルロの婚姻はお兄様と教会のごく一部の人間しか知らない。共和国との和平を望むのであれば、たとえ私が戻らなくても、何事もなかったことにして講和を結ぶことができる。皇后などいなかったし、そもそもロッシ家に娘はいない――
考えこんでしまったシルヴィアの意識を逸らすように、フリッツが話を続ける。
「こっちが本題だったんだけど、君たちの引渡しについての交渉が本格的に始まりそうだ」
告げられた言葉にはっとしてフリッツの顔を見上げる。
「帝国側は交渉に随分前のめりでね。逆に少し不安になるくらいだよ」
ぼやき混じりに続いた言葉を聞いて、シルヴィアは考え方を改める。
自分とは違う誰かとの結婚話かと思ったけれど、そうじゃない。共和国との講和条件が不利になっても、早期の帰国を実現させようとしてくれているのだ。事態が進展しなければ、結婚を発表することで私の立場を共和国に知らしめようとしている。私への対応によっては、もう一度全面戦争を辞さないと。
表情が変わったシルヴィアに、フリッツがほっと息をつく。
「身体が大丈夫そうなら、そろそろ帰ろう。ヴォルフが心配していたから、ちょっと声をかけてあげるといい」
フリッツに促されたシルヴィアが、医務室を出て探すと、すぐ目の前の廊下の突き当たりで煙草をふかしているヴォルフを見つける。
「ヴォルフ様。先ほどは助けていただいてありがとうございました。それから……壊してしまって、申し訳ありませんでした」
「ふん、わざとやっておいて白々しい」
近寄ってきたシルヴィアをちらりと一瞥すると、また窓の外を向いて煙を吐き出す。
「魔力切れ、ねぇ……」
窓の外、遠く連なる山の彼方を見るようにしながら呟かれた含みのあるそれを、シルヴィアは受け流すことにする。
「亡命者の中には、亡命が本意ではなかった方も居ると噂に聞いております。ヴォルフ様は帝国に戻りたい、とは?」
さらっと話題を変えたシルヴィアに、少し興味を惹かれたようで、ヴォルフはシルヴィアに視線を向ける。
「ここで、そうだと答えたら、そのまま大将殿に筒抜けで、俺は処刑、って寸法か?」
「いえ、そのようなことは……証明は、できませんけれど」
「ふ、冗談だ。どちらかといえば、チクられてまずいのはあんたのほうだ。違うか?」
あっと言う間に戻った話題に、シルヴィアの眉がピクリと動く。
「魔力持ちが少ないからばれないとでも思ってたのか?俺と、あと何人かは、お前が何をしていた気がついていたぞ」
あんなあちこちに無駄な魔力這わせてれば、見るやつが見りゃわかる。と、ヴォルフが続ける。
飛行機の爆破についてはフリッツに知られていることは承知していたが、魔力で内部構造を探っていたことまでばれているとは思っていなかったシルヴィアは、今更怖くなる。
青い顔をして指先を震わせるシルヴィアを見て、ヴォルフがこれ見よがしにため息をついた。
話を聞いているシルヴィアが、大きく目を見開いて驚きを表したあと、その瞳を昏く翳らせる。続く情報への前振りとして軽く告げた話題が、想定外の反応を引き出してしまったフリッツが言葉を途切れさせる。
「どうしたの?皇帝に憧れてた?」と茶化しては見るが、フリッツもシルヴィアの表情が、憧れの王子様が結婚してしまうというショックにしては深刻そうだとわかっている。
何とかして無事に帰らなくては、帝国のために――
そう思っていたけれど、私とカルロの婚姻はお兄様と教会のごく一部の人間しか知らない。共和国との和平を望むのであれば、たとえ私が戻らなくても、何事もなかったことにして講和を結ぶことができる。皇后などいなかったし、そもそもロッシ家に娘はいない――
考えこんでしまったシルヴィアの意識を逸らすように、フリッツが話を続ける。
「こっちが本題だったんだけど、君たちの引渡しについての交渉が本格的に始まりそうだ」
告げられた言葉にはっとしてフリッツの顔を見上げる。
「帝国側は交渉に随分前のめりでね。逆に少し不安になるくらいだよ」
ぼやき混じりに続いた言葉を聞いて、シルヴィアは考え方を改める。
自分とは違う誰かとの結婚話かと思ったけれど、そうじゃない。共和国との講和条件が不利になっても、早期の帰国を実現させようとしてくれているのだ。事態が進展しなければ、結婚を発表することで私の立場を共和国に知らしめようとしている。私への対応によっては、もう一度全面戦争を辞さないと。
表情が変わったシルヴィアに、フリッツがほっと息をつく。
「身体が大丈夫そうなら、そろそろ帰ろう。ヴォルフが心配していたから、ちょっと声をかけてあげるといい」
フリッツに促されたシルヴィアが、医務室を出て探すと、すぐ目の前の廊下の突き当たりで煙草をふかしているヴォルフを見つける。
「ヴォルフ様。先ほどは助けていただいてありがとうございました。それから……壊してしまって、申し訳ありませんでした」
「ふん、わざとやっておいて白々しい」
近寄ってきたシルヴィアをちらりと一瞥すると、また窓の外を向いて煙を吐き出す。
「魔力切れ、ねぇ……」
窓の外、遠く連なる山の彼方を見るようにしながら呟かれた含みのあるそれを、シルヴィアは受け流すことにする。
「亡命者の中には、亡命が本意ではなかった方も居ると噂に聞いております。ヴォルフ様は帝国に戻りたい、とは?」
さらっと話題を変えたシルヴィアに、少し興味を惹かれたようで、ヴォルフはシルヴィアに視線を向ける。
「ここで、そうだと答えたら、そのまま大将殿に筒抜けで、俺は処刑、って寸法か?」
「いえ、そのようなことは……証明は、できませんけれど」
「ふ、冗談だ。どちらかといえば、チクられてまずいのはあんたのほうだ。違うか?」
あっと言う間に戻った話題に、シルヴィアの眉がピクリと動く。
「魔力持ちが少ないからばれないとでも思ってたのか?俺と、あと何人かは、お前が何をしていた気がついていたぞ」
あんなあちこちに無駄な魔力這わせてれば、見るやつが見りゃわかる。と、ヴォルフが続ける。
飛行機の爆破についてはフリッツに知られていることは承知していたが、魔力で内部構造を探っていたことまでばれているとは思っていなかったシルヴィアは、今更怖くなる。
青い顔をして指先を震わせるシルヴィアを見て、ヴォルフがこれ見よがしにため息をついた。
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