シカノスケ

ZERO

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水谷口の戦い

石見の狼

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中山口で小次郎の軍が戦っていた時、水谷口では吉川元春・小早川隆景が率いる部隊が戦っていた。



吉川元春は山をゆっくりと登りながら拠点を作っていた。


拠点を作るとは簡単に柵や堀を作り、敵からの攻撃を防ぎつつ山を登るのだ。



山地での戦いでは一気に山をかけ上がる攻め方もあるが、戦いは上を取った方が明らかに有利である。


かけ上がってくる部隊を待ち構えている敵に奇襲や罠の類いにやられるのが目に見えている。


その為、一気に頂上を取るのではなく、少しずつ山を登り、敵に詰め寄る戦法を取った。





吉川元春の作戦は上手くいくと思われていた。

しかし、地の利で尼子が圧倒的に有利で拠点を作っている最中に攻撃をされたり、鉄砲での威嚇射撃により拠点作りがままならないのであった。



実はこれはただ地の利が有れば上手くいく訳ではない。

山中鹿之介が、どのタイミングでどの様に拠点を作っているのかを分析して攻撃をしており、今の吉川元春は鹿之介の掌で踊らされている様なものである。




吉川軍は明らかに劣勢で有り、この戦況をどの様にしたら変わるのか、まるで分からなかった。



戦の天才、それも寡兵の戦いに於いては史上最強の鹿之介の部隊に打撃を与え、戦況を五分にして士気も上げられる・・・そんな一手を考えていた時、吉川元春の頭脳に電流が走る・・・!




(そ、そういえば確か我が毛利には武勇だけ突出した猛将がいたはず・・・!わしの直属の配下では無いから名前は忘れたが、確かにいたはず・・・!)




武勇に優れた人物は確かに毛利家にいた。


その人物に会うために吉川元春は吉川軍の一部を率いる益田藤兼に会った。



この拮抗した戦況を打破できる武将、それが益田藤兼の配下にいる。


吉川は益田藤兼に珍しく頭を下げる。

「頼むっ・・・!お前のところにいるアイツを先駆けとして戦いに出してくれないかっ・・・?」


しかし、益田藤兼は困った顔をする。

毛利を代表する吉川元春に頭を下げてもらって困惑している。


「し、しかし…アイツは御し難いので動いてくれる分かりませぬぞ?アイツは個々の武においては優れているが将の器では有りません。」




「違うっ・・・!部隊を率いるのでは無く、好き勝手に戦場を荒らすだけで良いっ!それに必ずあの『因縁』にもケリを着けさせてやるっ!」





この吉川元春の言葉に益田藤兼は承諾した・・・!


承諾をせざるを得ない・・・!


この戦況を打破できる武将は少ない。


御し難くても使わなければ遅かれ早かれ破滅しかないのである。







しばらく後、益田藤兼の陣から太鼓の音が鳴り響く。


「ドドンガドン」という音に合わせて益田藤兼の兵士が言う。





「生まれは石見!」


「勇武に優れし石見の狼!」

「天武を極めし武士(もののふ)!」


「至高にして至強!」


「天下無双の品川大膳のここに見参っ!」


兵士達が言い終えると、その直後に銅鑼の音が戦場に鳴り響いた。



そして一人の大男が馬に乗り、尼子の軍に突撃をする。



その大男は強烈な武の臭いを放ち、顔には刀による古傷が有り、大きな薙刀を手に騎乗して戦場を駆ける。




尼子の弓隊・鉄砲隊から格好の標的になるが大男は飛んでくる弓矢を薙刀で弾いて前に進む。



大男は時折尼子軍が放ってくる鉄砲の弾を薙刀の刃で鉄砲の弾丸の軌道を逸らして自分の身に当たらないように前に進んで行く。



その圧倒的な武勇に尼子兵は初めは感心していたが、尼子兵自らの命が危うくなると、その武勇に畏れを抱く。



大男の目は鋭く、その目で尼子兵に威圧しながら突撃し、その気迫のこもった鋭き眼光に尼子兵は畏縮し、更には逃げ出す者も現れた。



大男はそんな弱き人間を逃さず、目の前にいる戦意ある敵を馬で蹴散らし、先に逃げる尼子兵の首を次々と討ち取っていく。




返り血で身体中が血塗れの大男は「我は戦意無き者を許さぬ」と言い、再び生きている敵兵に斬りかかっていく。





この大男こそが『石見の狼』と呼ばれる品川大膳である。


毛利軍最強にして最後の切り札である。





品川大膳が尼子の軍に突撃をして、尼子の陣形を荒らした為、尼子軍は体制を整える為に前線を少し後退することになった。



この時点で吉川軍は拠点を作り、水谷口での前線を前に進めることが出来、少しずつだが毛利に流れが傾いてきた。
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