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アグレッシブ婆ちゃんと陰キャ孫
しおりを挟む「う~ん……」
「どうしたの婆ちゃん。スマホ眺めて憂鬱そうな顔して。自分の残りの寿命考えて憂鬱になってきた? ちゃんと全財産は孫に譲るって遺言書書いてな?」
「酷い孫だね。後、アタシはこの先100年は死なないよ」
「マジかよ。アタシより長生きしそうじゃん。勘弁してよ」
「そうだよ。アンタがむしろアタシに全財産譲る遺言書きな」
「マジでそうなりそうで怖いんだよな。寿命前日に全額ギャンブルに使ってやろ」
「せめて慈善活動に寄付しな」
「ちげーねー」
ケラケラ笑いながら孫は婆ちゃんと一緒の炬燵に入ると、机の真ん中に置かれているミカンを一個取って皮を剥き始める。そんな孫の様子を見て、婆ちゃんはスマホから目を逸らすと、
「そーいやアンタ宛の年賀状無かったよ。友達居ないのかい? イジメられているのかい? アタシが年賀状書いてやってくれって頼みに行ってやろうか?」
「友達居ないのは否定しないけど頼みに行くのは止めてくれい。そんなん送られても困るし、絶対年明け文句言われるし。後、今どきの子は年賀状なんて送らんよ。スマホよ、スマホよ。婆ちゃんも手に持ってるっしょ」
「あー。LINEとかで行ってるのか」
「アタシのLINE知ってる人なんて居ないよ。誰にも教えてないし」
「アンタそれ学校で浮いてないの?」
「浮いてるかもしれんけど、そもそも浮いてる・浮いてないに興味が無いね。どうせ卒業したら会うことも無いような希薄な人間関係だ。気にするだけ無駄無駄」
「アータも悲しい人だねぇ。そしたらSNSでも始めたらどうだい? 話し相手くらいできるだろうよ」
「婆ちゃんに孫がSNS勧められるって変な感じだね。SNSなんて嫌だよ。リアルの人間関係だって面倒くさいのに。この上SNSなんてしがらみ増やしたくないね」
「リアルの人間関係がそもそも無いだろうよ」
「ちげーねー」
孫は相変わらずケラケラ笑う。人間関係のしがらみが無い快適性を楽しんでいるご様子。
社交性ゼロと言うべきか、達観していると言うべきか。人間関係に悩む人からすると羨ましい性格かもしれない。
みかんの皮を剥き終わった後、みかんを半分に割り、割った半分から一粒取ってみかんを口へと放ると孫は、
「んで? 寿命じゃないなら何悩んでんの? 顔の皺? 染み? 最近確かに梅干しと見分け付かないもんね」
「そー思うならアンタもうちょっと美容に気を遣うんだね。今の方が紫外線強いんだから。油断していると年取ってから酷い目に合うよ」
「悪いけど、来るかどうかも分からない未来に興味無いね。アタシは今を生きてるんで」
「そんなこと言っていると顔梅干しになって婚活苦労するよ」
「梅干しのアタシを愛してくれない男なんて要らん」
「くわっ」
何を言っても無駄だ、と諦めた婆ちゃんは視線をスマホに移す。それを見て、みかんを一粒ずつ食べるのが面倒になった孫が残ったみかん半分を口に放り込んで租借した後、
「ほいで? 何悩んでたの?」
「最近YouTube流行っているだろ?」
「大分前だけどね」
「そこで流行に乗り遅れちゃいかんと最近YouTubeを始めたんだけどね」
「乗り遅れてはいると思うけどマジ? 始めたの? その行動力はホントすげーな。アグレッシブな婆ちゃんだね」
「手始めに登録者数一千万人を目指してたんだけどね」
「手始めで目指す人数じゃないね」
「これが中々増えなくてねー」
「そりゃあそう簡単には増えないでしょ。実際中々増えないから過激なことやり出す人が居るくらいだし。まぁバズったらラッキーくらいの気持ちで気長に続けてみるこったな。その前に飽きるかもだけど」
「そうだね~。十万人までは行ったんだけどねー。そっから中々増えなくてね」
「え? マジ? 十万人行ってるの? 最近始めたのに? 普通に凄くね?」
ひょっとして床に無造作に放られているこれって銀の盾ってやつだろうか? あんまりにも雑に放られているものだからおもちゃか何かかと思っていた。
「チャンネルどれよ?」
そこまでバズっているならちょっと気になる。孫はYouTubeにアクセスして婆ちゃんのチャンネルを検索する。
どれどれ。どんなの上げているんだ? 一番再生されているのこれか。なになに? 『孫の着替え覗いてみた』? またずいぶん犯罪臭のするってちょっと待て。孫って誰だ? 私だ。
「おいこら婆ちゃん。何人さまの着替えシーン勝手に全世界配信してくれとんじゃ」
「いいじゃんか。どうせ見せる相手に心当たりもないだろ。顔も隠してるし。若い女の体ってのはそれだけで一個の武器なんだ。使わにゃそんそん」
「だからって何でどこの馬の骨とも知れない奴にタダで見せなきゃいけないんだ。収益折半しろ」
「そこなんだね。まぁ安心しなよ。着替えシーンほぼモザイクで若い女性ってこと以外誰かなんて分からんから」
「釣り動画じゃねーか」
「釣りとは失礼な。顔出ししないYouTuberさんとか居るだろ? あれと一緒さ」
「一緒ではないと思う」
「視聴者の想像を掻き立てるって意味では一緒なのさ。どんな顔してるんだろうな? とか、どんな声してるんだろうな? とか、動画見続けたらそのうち公開するかなって、ついつい見続けちゃったりね」
「はぁ、なるほど?」
一理あるような無いような? と孫が胡散臭い目で婆ちゃんを見ている間にも話は続く。
「逆に見えないことが想像を掻き立て実物よりエロく見えるってこともある。足元とか肩とか一部だけ切り取って強調して勝手に実物大よりも誇大なエロを妄想させて」
「何か分かんないけど、実物はエロくねぇってディスられてる?」
「より男性のエロを刺激できるように脚色をしている、って言っている」
「で? 孫を世の性に飢えた男たちにエロコンテンツとして提供していることに良心は痛まない?」
「出演している動画の再生数に応じて収益を提供」
「いいぞー、もっとやれー」
出演者の許可も無事取れたので、婆ちゃんはこの話はここまで、と言わんばかりに話を変える。
「大体、そんな動画ばっか上げているわけじゃないよ」
「孫の体を張った着替えシーンを『そんな動画』と言ったか?」
「あれは面白半分で上げただけで実際滑っても良かったんだ」
「孫の裸体を面白半分で世に上げたと言ったか?」
「ほら、色々上げている」
孫のクレームを無視して、他にも再生数が回っている動画を見せてくる。なになに?
『ライオンとタイマンしてみた』? あー、そういえばこの前ケンカしたって言って軽い擦り傷に消毒液かけて絆創膏貼ってたな。ライオンとケンカしてきたのか。……何やってんだ? この婆ちゃん。
『富士山を半袖半ズボンで登頂してみた』? そういえばこの前散歩してくると言ったきり数日帰ってこないことあったな。もう少しで行方不明者として捜索願を警察に出すところだったが富士山行ってたのか。……何やってんだ? この婆ちゃん。
不覚にも、上がっている動画のサムネやタイトルとを見ていると、興味を惹かれるのがチラホラある。だてに10万人も登録者行っていないということか。孫もこっそりチャンネル登録をしておいて、後で動画を見てみようと思う。……あと、再生リストに『孫シリーズ』があるのでこれもしっかり見ておこう。後できっちり請求しなくては。
「でね、新年一発目どんな動画上げようかと思っているんだけど、何か案無いかい? できれば手軽でバズりそうなやつがいいんだけど」
「そうやって簡単にバズろうと思っている奴の大概はバズんないと思うけど?」
「そりゃそうだ」
孫にド正論を言われ腕を組んで頷く婆ちゃん。そんな婆ちゃんを横目に、『アタシの動画結構上がってね……?』ってことに驚きつつ適当に、
「コンビニ行っておでんでもツンツンしてくればいいじゃん。前それでバズっている人居たよ」
「よしやってみよう」
「その即行動の精神は尊敬するが待つんだ婆ちゃん。冗談で言った。炎上するぞ」
「アタシの指ならいいんじゃない?」
「アナタがロリかアイドルなら喜ぶ信者も居るかもしれんが、梅干し婆ちゃんじゃファン層がコア過ぎる」
「じゃあアンタが突っついてきな」
何とブーメランになって孫に跳ね返ってきた。言いだしっぺではあるが、孫は嫌そうな顔をして、
「アタシみたいな美人の指なら確かに喜ぶ人大勢居るかもしれないけど嫌だよ」
「アンタが美人かは置いておいて、収益弾むよ」
「美人だし。自分が美人と思ってれば美人だし」
「はいはい」
「流したなこの婆ちゃん。寝ている時に顔に梅干しの落書きしてやろ。つーか、どれぐらい貰えるか知らんが捕まる可能性天秤にかけて割がいいとは思わんので嫌じゃ」
「なんだい。意外と頭いいね。アンタが勝手にやったことにして再生数だけ貰おうかと思ったのに」
「何て婆ちゃんだ。孫を使い捨てにしようとしやがった。信じられん」
「えっへん」
「褒めてない。つーか新年に上げるべき動画なんて一本じゃないの? バズるかは知らんけど」
「?」
「普通に『明けましておめでとう』って動画上げればいいんじゃね?」
「それ面白いかい?」
「時期的なものだしそれなりに回んじゃないの? つーか、再生数云々より観てくれている視聴者に対して挨拶動画作った方がいいんじゃね? っていう」
「はー。アンタもたまにはいいこと言うね」
「アタシはいつもいいことしか言わないし」
「寝言は寝て言いな」
「寝込み気を付けな」
そうと決まれば、と。婆ちゃんはどこかへ出かける準備をする。
「じゃあまずは挨拶に着る用の着物を作るところから」
「アグレッシブな婆ちゃんだな」
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