【完結】王城文官は恋に疎い

ふじの

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12戸惑う胸中〜パパのアシストを添えて〜②

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 城門を出て、馬車が石畳を進む。揺れる車内で、セリーヌは向かい合うカインに正対した。いつもの文官の顔、のはずが、ひそかに心が騒ぐ。

(……陛下に言われたのだもの。任務。任務に集中)

 カインもまた、昨夜の迷いを飲み込み、努めて淡々と話題を選ぶ。

「検収は工房の倉庫前だ。外注契約の様式、君の確認に頼る」
「はい。規程二十七条に則り、数量・品質・魔力残滓の有無を確認します」

 工房に着くと、なぜか仕事を任せた国王がいた。しかし執務の件ではなく、「ついで」が炸裂した。

『あ、工房長!あの新型の帳簿判別印、今見せてくれんか!別棟にある?ならば私は別棟を見てくる!二人は検収の立ち合い、よろしく頼むぞ!』

 国王はひとり、鼻歌まじりに別棟へ消えた。工房長は慌てて王を追い、現場には、気づけば二人と最小限の工員だけ。

 倉庫のシャッターが上がる。整然と積まれた木箱の列――の、はずが、一角に雑な積み上げ。セリーヌはすっと前に出て、腰の札入れから簡易魔力検査紙を取り出した。

「まずは乱れのある列から。殿下、ここを押さえていただけますか?」
「ああ」

 示された場所にカインが手を添え、セリーヌが箱の封を切る。ふたりの手が、木箱の角で不意に触れた。ぴり、と微かな電気でも走ったように、セリーヌの指先が跳ねる。

「……失礼」
「いや」

 短い言葉。息が合わないほどではない。だが、ひどく近い。互いに、顔を上げるまでの間が、いつもより長い。

 箱の中身は革表紙の記録簿と魔力刻印具。セリーヌは冊数を数え、刻印具の封を検査紙に当てる。うっすらと青が浮かぶ。

「微弱な漏れ。調整が必要です」
「工房長に伝えよう」

 二人の動きは自然だった。次の箱、次の列――役割を交代しながら、言葉少なに、しかし確実に進む。

 途中、台車の車輪が溝に取られ、積み荷ががくんと傾いた。工員が「まずい」と声を上げる間もなく、セリーヌは反射的に支えに入る。重心が流れ、身体が前に倒れ――カインの腕がすっと伸び、腰を支えた。

「っ……」

 息がひとつ、重なる。近い。午前の光が、埃を含んで二人の間に降る。セリーヌの耳の奥で、鼓動が強くなるのを彼女自身が驚く。

「助かりました、殿下」
「いや、体が勝手に動いた」

 言葉に笑みが混ざる。ふと、お互いの顔から、力が抜けた。

「……こういうの、陛下はお見通しなのかもしれません」

 セリーヌは冗談めかして呟いた後、自分で驚いたように目を瞬く。冗談を口にする自分など、滅多にいない。

「父上は、だいたい何も考えていない顔で全部通すからな」

 カインも口元を緩める。二人の笑いは短く、しかし柔らかかった。

 倉庫の隅で、城から派遣されていた側付き二名が、さりげなく視線を交わし、静かに親指を立てる。工房の若弟子も、事情は知らねど「なんかいい雰囲気だ」と目を輝かせる。



 検収が終わる頃、国王がぱん、と手を叩いて戻ってきた。

「どうだ、進んだか!いやあ、あの判別印は素晴らしいぞ。三色出るのだ、三色!」
「陛下、調整が必要な刻印具が数点。報告書にまとめます」
「うむ、頼もしい!セリーヌ嬢、カイン、よくやった。――ところで昼餉だ、腹が減らんか?」

 豪快な笑い声。国王は工房長を相手に世間話を始め、自然と二人を同じテーブルへ促した。

 質素な工房の昼食。皿に盛られたちょうどよい焼き目の肉。焼いた根菜に塩をふり、スープをすする。湯気の向こうに、いつもより柔らかなカインの横顔があった。セリーヌは匙を置き、静かに言う。

「殿下とこうして現場に出るのは、やはり心強いです」
「俺も、君がいると、意識が――締まる」

 言い淀んだ瞬間、国王が笑いながら割って入る。

「若いのは良いな!腹が減っては恋も務めもできぬ!」

 恋という単語が、食卓にさらりと落ちた。セリーヌの指先がわずかに止まり、カインは咳払いひとつで誤魔化した。国王は、何も気づかぬ顔でスープを飲み干す。

 帰路の馬車。午前よりも会話は滑らかだった。業務の報告、工房の改善点、そして、ほんの少しの他愛ない話。車輪が石畳を刻む音の合間に、二人は小さな笑いを交わす。

 城門が見えたところで、国王が満足げに言った。 
「うむ、よい仕事であった!こういうのは、勢いが大事だ。二人とも、今後も頼んだぞ」
「はい、陛下」
「承知しました、父上」

 城内。侍女、衛士、文官、若手魔導師――影の協力者たちは、廊下の端でそっと手を握り合い、小さく跳ねた。

「陛下、神……!」
「これだから好かれるんだよな、うちの陛下……!」
「最終兵器は空気を読まない、だった」
「パパ、ナイスアシスト!」
「だれだ、パパって言ったのは。」

 その夕、王家の夕食は珍しく賑やかだった。久しぶりに家族と食事を共にする国王は上機嫌で、「三色に光る印」の話を延々と語り、王妃は穏やかに微笑む。アレクシスは顎に手を当て、「自然同伴、成功だな」と記し、レオルドは「偶然性の真価は第三者、つまり父上」と結論づけ、ユリウスは肩をすくめた。
「計画の外側から一撃で通すとは……反則めいてる」

 食卓の端で、カインは静かにワインを傾け、目を伏せる。
(……運が俺に向いている)
 その確信は、昨日までの迷いを薄く溶かした。

 一方、セリーヌは自室で帳面を閉じ、窓の外の星を見上げた。昼の、ふっと零れた笑い。支えられた腰の感覚。国王の豪快な声に紛れて聞こえた、殿下の柔らかな息。

(……どうして胸がこんなに高鳴るの?)

 答えはまだ、慎重に、ゆっくりと。けれど確かに、芽は光の方へ顔を向け始めていた。
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