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番外編
王子妃は愛に疎い
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王宮の朝は早い。
まだ陽が昇りきる前から、王子妃セリーヌは机に向かっていた。
広げられた書類の山は、まるで小さな砦のようだ。外交文書の確認、各地から届く報告の要約、式典に関する予定の最終チェック。セリーヌの細い指が走るたび、整然と積み上げられていく。
「こちらは既に封蝋済み……こちらは再検討を……」
文官としての習慣が抜けないのか、眉間に皺を寄せ、ペン先を小気味よく走らせる。
結婚から1週間。
彼女は第三王子カインの妃となり、名実ともに「王子妃」と呼ばれる立場になった。
……が、本人は一向に浮かれることもなく、王子妃という華やかな肩書よりも「王城随一の真面目文官」という呼び名のほうがしっくりくるようである。
「カイン様。本日のご予定は、十時より使節団との謁見。その後、王妃殿下との昼食会です。準備は整っております」
きっちりと報告を終え、振り返るセリーヌ。
その瞳は相変わらず真剣そのもので、言葉に揺らぎは一切なかった。
そんな彼女に向けられたのは、隣に立つ青年の苦笑だ。
寝癖がついたままの髪を手ぐしで整え、まだ目元に眠気を残したまま、彼は妻を見つめている。
「……おはよう、セリーヌ」
「おはようございます。ご体調はいかがですか?」
「……うん。まあ」
即答したセリーヌはすでに書類に視線を戻していた。
カインは心の中で頭を抱える。
彼が愛を込めて「おはよう」と告げても、返ってくるのは健康チェックと業務報告。
どう見ても「王子妃」ではなく、「殿下付きの側近か秘書」だ。
(……いや、側近でも秘書でもなく、俺の“妻”なんだけどな)
嘆きは声にならない。
その代わり、彼はわずかに肩をすくめ、机に広がる書類の山を見やった。
「セリーヌ、朝からそんなに詰め込まなくてもいいだろう。今日は俺と一緒に――」
「詰め込みではありません。効率的な確認です。油断をすれば国益に直結しますので」
きっぱりと返され、言葉を飲み込む。
彼女の辞書には「愛」よりも「職務」「責務」「分析」が大文字で載っているに違いない。
「……そうか。じゃあ俺のことは、何ページ目くらいに載ってるんだろうな」
思わずぼやいた声は、小さすぎて彼女には届かない。
そのとき、控えの間で待機していた侍従や文官の若者たちが、ちらりと視線を交わした。
(殿下、がんばってください……!)
(王子妃殿下、どうか愛を学んでください……!)
彼らはひそやかに祈りながら、主君たちのすれ違い劇を見守るしかなかった。
カインは、妻が机に向かってペンを走らせる姿を眺める。
凛とした横顔。一本も乱れていない髪。真剣すぎて笑みを忘れた口元。
(……愛してる、って言いたいな)
だがその願いが叶う気配は、今のところ、まるでなかった。
まだ陽が昇りきる前から、王子妃セリーヌは机に向かっていた。
広げられた書類の山は、まるで小さな砦のようだ。外交文書の確認、各地から届く報告の要約、式典に関する予定の最終チェック。セリーヌの細い指が走るたび、整然と積み上げられていく。
「こちらは既に封蝋済み……こちらは再検討を……」
文官としての習慣が抜けないのか、眉間に皺を寄せ、ペン先を小気味よく走らせる。
結婚から1週間。
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……が、本人は一向に浮かれることもなく、王子妃という華やかな肩書よりも「王城随一の真面目文官」という呼び名のほうがしっくりくるようである。
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きっちりと報告を終え、振り返るセリーヌ。
その瞳は相変わらず真剣そのもので、言葉に揺らぎは一切なかった。
そんな彼女に向けられたのは、隣に立つ青年の苦笑だ。
寝癖がついたままの髪を手ぐしで整え、まだ目元に眠気を残したまま、彼は妻を見つめている。
「……おはよう、セリーヌ」
「おはようございます。ご体調はいかがですか?」
「……うん。まあ」
即答したセリーヌはすでに書類に視線を戻していた。
カインは心の中で頭を抱える。
彼が愛を込めて「おはよう」と告げても、返ってくるのは健康チェックと業務報告。
どう見ても「王子妃」ではなく、「殿下付きの側近か秘書」だ。
(……いや、側近でも秘書でもなく、俺の“妻”なんだけどな)
嘆きは声にならない。
その代わり、彼はわずかに肩をすくめ、机に広がる書類の山を見やった。
「セリーヌ、朝からそんなに詰め込まなくてもいいだろう。今日は俺と一緒に――」
「詰め込みではありません。効率的な確認です。油断をすれば国益に直結しますので」
きっぱりと返され、言葉を飲み込む。
彼女の辞書には「愛」よりも「職務」「責務」「分析」が大文字で載っているに違いない。
「……そうか。じゃあ俺のことは、何ページ目くらいに載ってるんだろうな」
思わずぼやいた声は、小さすぎて彼女には届かない。
そのとき、控えの間で待機していた侍従や文官の若者たちが、ちらりと視線を交わした。
(殿下、がんばってください……!)
(王子妃殿下、どうか愛を学んでください……!)
彼らはひそやかに祈りながら、主君たちのすれ違い劇を見守るしかなかった。
カインは、妻が机に向かってペンを走らせる姿を眺める。
凛とした横顔。一本も乱れていない髪。真剣すぎて笑みを忘れた口元。
(……愛してる、って言いたいな)
だがその願いが叶う気配は、今のところ、まるでなかった。
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