嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される

花月

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第1章.嘘つき預言者の目覚め

12 偽りのピュロス ①

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この『亡国の皇子』は古代ギリシャやローマ時代に似た世界観の小説だ。
 小説を読んだわたしは、現代にはいない奴隷が日常生活を支えていたことを知っている。

 そしてこの世界ではいわゆる魔法というものは存在せず、全て神の力を借りる。

 そのため神殿で『神』と通じ合えるものだけが祝福を受けて神の力を行使できる。
 神官然り、預言者然り…。
 一般の信者も含めた人々はちからを持たないので、信仰する宗教の神の力の行使が出来る人物を強く敬う傾向がある。

 ザリア大陸の中でも『レダ』神と『メサダ』神は大勢の信者がいて、信仰宗教の二大勢力とされていた。

 その中でもマヤ王女は『レダ』神の言葉を直接話せる数少ない預言者の一人だった。
 だから彼女はゼピウス国の王女ながら、最後まで殺されずに済んでいたと言える。

 ******************

 厩舎の前でニキアスを待っていたら、ゼピウスの旅人風の男がわたしの手を掴み
「お前...実は奴隷だろう」
 と言い出した時にはとてもびっくりした。

 わたしの一体何処に奴隷っぽい雰囲気があるというんだろう?

 最初はどこかの豪商の愛人と間違われたかもしれないと思っていた。
(もしそうならこんな素泊まり宿のところには泊まらない筈だが)

 けれどその男がギラギラした欲望の目でわたしを見ている事に気づくと、無理にでも『足抜けした奴隷』にしてわたしを連れて行きたいという魂胆が見え隠れしているのが分かった。

 奴隷は正式な売買契約をされる物で財産だ。
 これは一応手続きがいるので、主人の元に買われた奴隷は、主人の許可なしに外出なども許されない。

 だから勝手に奴隷が主人の元を逃げたりすると処罰の対象になったり、主人から無理に奪ったりすれば盗難になったりで、後々めんどくさい裁判に発展することも珍しくない。

 平常時であれば...の話しだが。

 幸い相手の男は気づいていないが、わたしにはニキアスが無表情で男を見ながらも少しずつ殺気が漏れ出ているのが分かった。

(...ニキアスが怒ってる…)
 ただでさえ面倒くさい立場のわたしを連れ、仕方なくハルケ山に向かっているのだ。

(だけどここでニキアスがキレて男に何かしたら、たぶん大騒ぎになってハルケ山に向かえないわ)

 なんとかニキアスを止めなくてはと、わたしは彼の左腕にがしっとしがみついた。
 でもここでさすがに敵国将軍のニキアスの名前は出せない。

(え、ええと...どうしたらいいんだろう…)
 わたしはニキアスを見上げながら一生懸命思い出そうとしていた。

(小説の中でヒロインのオクタヴィア姫がギデオンに何て呼びかけていたっけ?)

 ええと、何だっけ…ピュ、ピュロ…。
(...あ!そうだ!)

『ピュロス』だわ。

 それでニキアスに呼びかけた。
「...もう誤魔化すのは無理よ、ピュロス」

 その瞬間、ニキアスがびっくりした様にわたしの方を見た。

 ******************


 ニキアスが表情を変えたのを見て、わたしは自分の言葉の選択が間違えてしまった事に気が付いたが、今更引っ込められなかった。

 慌ててその場で奴隷と主人を装った夫婦だとでっち上げたからだ。

(びっくりするほどするすると適当な言葉が出て来るわ…)

 さすが嘘つき預言者マヤ王女の身体と言うべきなのかしら。
 以前の世界では、嘘をつくと変にどもったりしたのに…。

 男は早速『王国が、アウロニア帝国に陥落された』という話に喰いついてきた。
 伝達事情が発達してない世の中だから人づての情報が一番早いのだろう。

 でっち上げの話がボロが出ない内に話を収束させたくて、ニキアスに怒られるとは思ったが、
「ね…ピュロス」
 再度そう呼びかけた瞬間、ニキアスのいつもは落ち着いた美しいグレーの瞳がギラっと光った。

(ひっ…やばいわ)
 怒られる、下手したらこのままだと後にお手打ちになってもおかしくはないと覚悟した。

 けれどいつまでもニキアスの怒りの声は聞こえなかった。
 その代わりに、ふっと笑うニキアスの声が聞こえる。

「彼女が俺の女だという証明なら出来るぞ」

(...ん?証明?)
 言葉と共にわたしはぐいと身体を引っ張られ、顎を指で挟んだニキアスに上を向かせられた。

(...え?)
 訳が分からないままにニキアスを見上げると少し強ばった表情の、金色の虹彩の入る美しい濃いグレーの瞳が近づいてきた。

 長い睫毛だわ...と見惚れているとニキアスのセクシーな形の唇がゆっくりと上から降ってくる。

 はじめは触れるか触れないかのキスだった。

(...震えてる)
 彼の唇は温かく小鳥の様に震えていた。

 そして彼はもう一度、わたしの唇に自分のをしっかりと重ねた。
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