12 / 138
第1章.嘘つき預言者の目覚め
12 偽りのピュロス ①
しおりを挟むこの『亡国の皇子』は古代ギリシャやローマ時代に似た世界観の小説だ。
小説を読んだわたしは、現代にはいない奴隷が日常生活を支えていたことを知っている。
そしてこの世界ではいわゆる魔法というものは存在せず、全て神の力を借りる。
そのため神殿で『神』と通じ合えるものだけが祝福を受けて神の力を行使できる。
神官然り、預言者然り…。
一般の信者も含めた人々はちからを持たないので、信仰する宗教の神の力の行使が出来る人物を強く敬う傾向がある。
ザリア大陸の中でも『レダ』神と『メサダ』神は大勢の信者がいて、信仰宗教の二大勢力とされていた。
その中でもマヤ王女は『レダ』神の言葉を直接話せる数少ない預言者の一人だった。
だから彼女はゼピウス国の王女ながら、最後まで殺されずに済んでいたと言える。
******************
厩舎の前でニキアスを待っていたら、ゼピウスの旅人風の男がわたしの手を掴み
「お前...実は奴隷だろう」
と言い出した時にはとてもびっくりした。
わたしの一体何処に奴隷っぽい雰囲気があるというんだろう?
最初はどこかの豪商の愛人と間違われたかもしれないと思っていた。
(もしそうならこんな素泊まり宿のところには泊まらない筈だが)
けれどその男がギラギラした欲望の目でわたしを見ている事に気づくと、無理にでも『足抜けした奴隷』にしてわたしを連れて行きたいという魂胆が見え隠れしているのが分かった。
奴隷は正式な売買契約をされる物で財産だ。
これは一応手続きがいるので、主人の元に買われた奴隷は、主人の許可なしに外出なども許されない。
だから勝手に奴隷が主人の元を逃げたりすると処罰の対象になったり、主人から無理に奪ったりすれば盗難になったりで、後々めんどくさい裁判に発展することも珍しくない。
平常時であれば...の話しだが。
幸い相手の男は気づいていないが、わたしにはニキアスが無表情で男を見ながらも少しずつ殺気が漏れ出ているのが分かった。
(...ニキアスが怒ってる…)
ただでさえ面倒くさい立場のわたしを連れ、仕方なくハルケ山に向かっているのだ。
(だけどここでニキアスがキレて男に何かしたら、たぶん大騒ぎになってハルケ山に向かえないわ)
なんとかニキアスを止めなくてはと、わたしは彼の左腕にがしっとしがみついた。
でもここでさすがに敵国将軍のニキアスの名前は出せない。
(え、ええと...どうしたらいいんだろう…)
わたしはニキアスを見上げながら一生懸命思い出そうとしていた。
(小説の中でヒロインのオクタヴィア姫がギデオンに何て呼びかけていたっけ?)
ええと、何だっけ…ピュ、ピュロ…。
(...あ!そうだ!)
『ピュロス』だわ。
それでニキアスに呼びかけた。
「...もう誤魔化すのは無理よ、ピュロス」
その瞬間、ニキアスがびっくりした様にわたしの方を見た。
******************
ニキアスが表情を変えたのを見て、わたしは自分の言葉の選択が間違えてしまった事に気が付いたが、今更引っ込められなかった。
慌ててその場で奴隷と主人を装った夫婦だとでっち上げたからだ。
(びっくりするほどするすると適当な言葉が出て来るわ…)
さすが嘘つき預言者マヤ王女の身体と言うべきなのかしら。
以前の世界では、嘘をつくと変にどもったりしたのに…。
男は早速『王国が、アウロニア帝国に陥落された』という話に喰いついてきた。
伝達事情が発達してない世の中だから人づての情報が一番早いのだろう。
でっち上げの話がボロが出ない内に話を収束させたくて、ニキアスに怒られるとは思ったが、
「ね…ピュロス」
再度そう呼びかけた瞬間、ニキアスのいつもは落ち着いた美しいグレーの瞳がギラっと光った。
(ひっ…やばいわ)
怒られる、下手したらこのままだと後にお手打ちになってもおかしくはないと覚悟した。
けれどいつまでもニキアスの怒りの声は聞こえなかった。
その代わりに、ふっと笑うニキアスの声が聞こえる。
「彼女が俺の女だという証明なら出来るぞ」
(...ん?証明?)
言葉と共にわたしはぐいと身体を引っ張られ、顎を指で挟んだニキアスに上を向かせられた。
(...え?)
訳が分からないままにニキアスを見上げると少し強ばった表情の、金色の虹彩の入る美しい濃いグレーの瞳が近づいてきた。
長い睫毛だわ...と見惚れているとニキアスのセクシーな形の唇がゆっくりと上から降ってくる。
はじめは触れるか触れないかのキスだった。
(...震えてる)
彼の唇は温かく小鳥の様に震えていた。
そして彼はもう一度、わたしの唇に自分のをしっかりと重ねた。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる