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第1章.嘘つき預言者の目覚め
26 帰途の選択 ①
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事前に伝えていたとはいえ、ニキアスとマヤ王女が戻ってきた事を確認すると、皇軍「ティグリス」内は一時的に大騒ぎになった。
「戻って来られた!」
「ニキアス=レオス将軍が戻ってきたぞ!」
兵たちがマヤとニキアスの乗っていた馬をあっという間に囲んでいる。
「間一髪だった様だな」
副将軍であるダナスがその側近と何か話しながら苦々しい表情でこちらを見ていた。
「明日の到着なら遅かったかもしれないぞ」
ニヤリとしてニキアスは馬から降りた。
「ダナス副将軍、待たせたな。確認してきた帰路について再検討するぞ。部隊長等をテントへ集めろ!」
ニキアスは将軍らしく皆へ指示を出し始めた。
それから近くの兵等に対し手招きすると、そのひとりに命令をした。
「マヤ王女を丁重に扱えよ。俺のテントに連れて行って湯あみと着替えを頼んでくれ」
とだけ伝えると、わたしの顔を見て
「行け」
と言った。
わたしは頷きそのまま去っていくニキアスの背中を見たが
「...ほら、いくぞ」
と声を掛けられ、指示された兵の後をついて行った。
****************
ニキアスは、何度かこちらを振り返るマヤの視線を感じた。
完全に彼女の姿が兵達の姿の中へ消えると
(行ったか…)
と今度は少し安堵のため息をついた。
「お召し物の着替えは…」
部下の兵等からの言葉にニキアスは首を振って断った。
「要らん。このまま本部のテントへ行く」
泥で汚れたままのマントをひるがえし、作戦本部となる目印のついたテントへと足を進めたのだった。
「神託だと――まったく信じられん」
ダナス副将軍は言った。
「お分かりか?嘘つきと名高い預言者の言葉ですぞ?」
「恐れながら、ニキアス将軍。ゼピウス国残党の巧妙な仕掛けでは?」
「確かに…」
「あのマヤ王女が今更真実を告げる預言者になったとは思えません」
軍の部隊長らも一斉にその意見に賛同した。
「俺も一時はどうかと疑った。地面が波の様に流れてくるなどあり得ないと。しかし――見ろ」
ニキアスは泥だらけになった衣服とマントを皆に見せた。
「確認した結果がこうだ」
「皆に問うが、まさか俺がわざとこうして帰ってきたとは思わないよな」
ニキアスが集まった部隊長等を見渡して言うと、隊長らは少しずつざわつき始めた。
ニキアスは冗談の通じない堅物と知られている。
厳しい軍の規定に将軍自ら順守する生真面目さは皆が知るところでもあった。
ましてや全てを管理する将軍職にあたるニキアスが、わざわざ嘘をつく小細工をしたり虚言妄言を吐くなど有り得ない。
「いや、しかし…ハルケ山を通らないルートだと、今はやたら幅を利かせている大盗賊団が出ると言われる街道か、ルー湿原のどちらかを選ぶしかないですよ」
気を取り直し、部隊長の一人が地図を広げてルートを確認するためニキアスへ尋ねた。
街道は公道として一応成らされているが、昔から山賊や追剥が出ると言われている。
戦争で人民と土地が荒らされ、国境近くしか関所が無いためどうしてもそうなってしまうのだ。
現在はある義盗賊団が組織的に大きくなり、精力的に活動している様だった。
細長く軍が移動すれば途中で針をつつくように計画的に盗賊団は襲ってきて、最終的に少なからず被害は出るに違いない。
そしてルー湿原は、得体の知れないナメクジのような母子頭大の生物が靴や服の隙間から入り込み、足や身体に張り付いて血を吸うという情報がある。
それが『ヴェガ神』の遣いと云われ恐れられて、実は余程の地元民しか近寄らない。
ニキアスは再度帰国ルートの検討を始める必要があった。
**************
わたしはニキアスに指示された兵と共にテントへ向かった。
しかし兵士がニキアスの言っていた『俺のテント』ではなく、奴隷用のテント方向へ案内しようとしているのは明らかだった。
ニキアスに事前に説明されていて、将軍用のテントへはこの道を使わない事は知っていたのだ。
(これが気を付けろと言っていた事の一つなんだわ)
ニキアスのテントからどんどん離れた場所へ連れていこうとしているのに気付いたわたしは
「こちらではなく、ニキアス将軍様のテントに案内してください」
と言った。
兵はギラっとわたしを睨むと大声で怒鳴った。
「お前が将軍のテントに入ろうだなんて×××め!」
強烈な帝国語の訛りで『×××』の意味は分からなかったが悪口であろうことは間違いなかった。
するとそこへ
「ちょっと…ちゃんと将軍の命令を聞いてた?レオス将軍のテントへお送りするんでしょう?」
ハスキーな声が聞こえた。
わたしが後ろを振り向くと簡易鎧を付けた淡い金髪で少し線の細い美人が立っていた。
(え?女性?珍しい…)
背の高い美女だと思った――最初は。
この世界は、古代ローマの世界観に漏れず女性の地位がとても低い。
下手をすればただの夫の所有物になる時代背景がモチーフの世界だからこそ、女性兵士なんて居ないと思っていたのに。
「僕、ニキアス様に言いつけちゃうからね」
その言葉にわたしの頭中で『?』が浮かぶ。
「あ!...貴方は...」
わたしは声に出して思わずその人を指差してしまった。
美人がわたしのその声に気が付いたようにこちらを見た。
(女の人じゃない…男の子だ)
まだ成人前の十五歳の少年だが、彼の名前はユリウス=リガルト=ダナス。
ダナス副将軍の息子の一人で今回が初陣となる。
ニキアスの副官で後にわたしを火炙りにする決断をうながした人物のひとりでもあり――。
最終的に皇帝を弑逆して闇落ちするニキアスに見切りをつけ、主人公ギデオン陣営に身を翻す人物だった。
「戻って来られた!」
「ニキアス=レオス将軍が戻ってきたぞ!」
兵たちがマヤとニキアスの乗っていた馬をあっという間に囲んでいる。
「間一髪だった様だな」
副将軍であるダナスがその側近と何か話しながら苦々しい表情でこちらを見ていた。
「明日の到着なら遅かったかもしれないぞ」
ニヤリとしてニキアスは馬から降りた。
「ダナス副将軍、待たせたな。確認してきた帰路について再検討するぞ。部隊長等をテントへ集めろ!」
ニキアスは将軍らしく皆へ指示を出し始めた。
それから近くの兵等に対し手招きすると、そのひとりに命令をした。
「マヤ王女を丁重に扱えよ。俺のテントに連れて行って湯あみと着替えを頼んでくれ」
とだけ伝えると、わたしの顔を見て
「行け」
と言った。
わたしは頷きそのまま去っていくニキアスの背中を見たが
「...ほら、いくぞ」
と声を掛けられ、指示された兵の後をついて行った。
****************
ニキアスは、何度かこちらを振り返るマヤの視線を感じた。
完全に彼女の姿が兵達の姿の中へ消えると
(行ったか…)
と今度は少し安堵のため息をついた。
「お召し物の着替えは…」
部下の兵等からの言葉にニキアスは首を振って断った。
「要らん。このまま本部のテントへ行く」
泥で汚れたままのマントをひるがえし、作戦本部となる目印のついたテントへと足を進めたのだった。
「神託だと――まったく信じられん」
ダナス副将軍は言った。
「お分かりか?嘘つきと名高い預言者の言葉ですぞ?」
「恐れながら、ニキアス将軍。ゼピウス国残党の巧妙な仕掛けでは?」
「確かに…」
「あのマヤ王女が今更真実を告げる預言者になったとは思えません」
軍の部隊長らも一斉にその意見に賛同した。
「俺も一時はどうかと疑った。地面が波の様に流れてくるなどあり得ないと。しかし――見ろ」
ニキアスは泥だらけになった衣服とマントを皆に見せた。
「確認した結果がこうだ」
「皆に問うが、まさか俺がわざとこうして帰ってきたとは思わないよな」
ニキアスが集まった部隊長等を見渡して言うと、隊長らは少しずつざわつき始めた。
ニキアスは冗談の通じない堅物と知られている。
厳しい軍の規定に将軍自ら順守する生真面目さは皆が知るところでもあった。
ましてや全てを管理する将軍職にあたるニキアスが、わざわざ嘘をつく小細工をしたり虚言妄言を吐くなど有り得ない。
「いや、しかし…ハルケ山を通らないルートだと、今はやたら幅を利かせている大盗賊団が出ると言われる街道か、ルー湿原のどちらかを選ぶしかないですよ」
気を取り直し、部隊長の一人が地図を広げてルートを確認するためニキアスへ尋ねた。
街道は公道として一応成らされているが、昔から山賊や追剥が出ると言われている。
戦争で人民と土地が荒らされ、国境近くしか関所が無いためどうしてもそうなってしまうのだ。
現在はある義盗賊団が組織的に大きくなり、精力的に活動している様だった。
細長く軍が移動すれば途中で針をつつくように計画的に盗賊団は襲ってきて、最終的に少なからず被害は出るに違いない。
そしてルー湿原は、得体の知れないナメクジのような母子頭大の生物が靴や服の隙間から入り込み、足や身体に張り付いて血を吸うという情報がある。
それが『ヴェガ神』の遣いと云われ恐れられて、実は余程の地元民しか近寄らない。
ニキアスは再度帰国ルートの検討を始める必要があった。
**************
わたしはニキアスに指示された兵と共にテントへ向かった。
しかし兵士がニキアスの言っていた『俺のテント』ではなく、奴隷用のテント方向へ案内しようとしているのは明らかだった。
ニキアスに事前に説明されていて、将軍用のテントへはこの道を使わない事は知っていたのだ。
(これが気を付けろと言っていた事の一つなんだわ)
ニキアスのテントからどんどん離れた場所へ連れていこうとしているのに気付いたわたしは
「こちらではなく、ニキアス将軍様のテントに案内してください」
と言った。
兵はギラっとわたしを睨むと大声で怒鳴った。
「お前が将軍のテントに入ろうだなんて×××め!」
強烈な帝国語の訛りで『×××』の意味は分からなかったが悪口であろうことは間違いなかった。
するとそこへ
「ちょっと…ちゃんと将軍の命令を聞いてた?レオス将軍のテントへお送りするんでしょう?」
ハスキーな声が聞こえた。
わたしが後ろを振り向くと簡易鎧を付けた淡い金髪で少し線の細い美人が立っていた。
(え?女性?珍しい…)
背の高い美女だと思った――最初は。
この世界は、古代ローマの世界観に漏れず女性の地位がとても低い。
下手をすればただの夫の所有物になる時代背景がモチーフの世界だからこそ、女性兵士なんて居ないと思っていたのに。
「僕、ニキアス様に言いつけちゃうからね」
その言葉にわたしの頭中で『?』が浮かぶ。
「あ!...貴方は...」
わたしは声に出して思わずその人を指差してしまった。
美人がわたしのその声に気が付いたようにこちらを見た。
(女の人じゃない…男の子だ)
まだ成人前の十五歳の少年だが、彼の名前はユリウス=リガルト=ダナス。
ダナス副将軍の息子の一人で今回が初陣となる。
ニキアスの副官で後にわたしを火炙りにする決断をうながした人物のひとりでもあり――。
最終的に皇帝を弑逆して闇落ちするニキアスに見切りをつけ、主人公ギデオン陣営に身を翻す人物だった。
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