嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される

花月

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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

21 動けないマンティス ①

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*mantis (マンティス) mantide

男性名 ギリシャ語 カマキリ(一説によればバッタ、イナゴ)
前足が祈っている様に見える事から預言者を表す虫ともいわれている。

 *****

わたしはバアル様の言葉を聞いてから、長身のガウディ陛下を恐る恐る見上げた。
「あの…陛下。何か…わたくし、いたしましたか?」
(何かおかしな事があったの?)

「いえ、マヤ様、申し訳ありません。私の勝手な…呟きと思ってください」
バアル様は口元に手を当てたまま、床へ視線をずらして言った。
何だか笑いを堪えている様な感じなのが気になる。

無言でじいっとバアル様を見た陛下は、そのままゆっくりと前に首を動かした。
そのまま小首をかしげて、いつもの真っ黒な光の無い瞳と無表情で陛下はわたしを見下ろしている。

「レダの預言者よ。話を続けろ」
「あ…大まかなところは以上になります。細かなところはちょっと…」

「では後日、預言を精査する『第三評議会』に呼ぶ事になるだろう。その時に再度報告する事になるだろうから詳細はまとめておけ」
「…分かりました」

わたしは陛下の視線を受け止める様に頷いた。
(まずはレダの預言者として信用してもらえたと思っていいのかしら)

少し安堵した次の瞬間、整えた顎鬚に触れながら陛下が発した言葉にわたしの身体は凍り付いた。

「では余が部屋まで送る」

 ******


「――では余が部屋まで送る」
その言葉が陛下の口から出た途端、わたしは頭からすうっと血の気が引くのを感じた。

わたしの様子を見たバアル様は訝し気な表情をして陛下に声を掛けて尋ねた。

「陛下…それはマヤ王女を部屋までご自分で送られるという事ですか?それは…大変珍しい…」

バアル様の声を遮る様に陛下はわたしへと言った。

「そういう事だ。良いな、レダの預言者」
「は…はい。ありがたきお言葉…」

低いザラりとした声に強烈な圧を感じて、一瞬でパニック状態に襲われる。
わたしは頭を下げて、ただこくこくと首を縦に振るしかなかった。

陛下は白と紫のトーガを揺らしながら歩き、訪れた時と同じ様にバアル様の部屋の扉を勢いよく開けた。

そこには先程ドロレスと呼ばれたでっぷりとした巻き毛の男と、数人のお付きの奴隷と屈強な衛兵、そして心配げな表情のリラが立っている。

「マヤ王女を部屋まで送る」

陛下が言った瞬間、ドロレスはひッと飛び上がって声を上げた。

「陛下…!預言者は愛人と立場が違いますぞ、フィロン様が例外なだけで…」

その不敬な言葉に回りの取り巻きはかなりざわついたが、陛下は珍しく少しウンザリした様子に彼に念を押す様に言った。

「部屋に送るだけだ、ドロレス。では行くぞ。レダの預言者」

 ******

何だかおかしな光景ではあった。

向かう廊下の前方と左右に屈強な衛兵が距離を取って歩き、その廊下の後ろにも衛兵が――わたしと陛下の話し声が聞こえない位置まで下がったリラと陛下のお付きの者を引き連れて、ぞろぞろと列をなして歩いている。

陛下の身長はニキアスよりやや高い位だろう。
わたしが並んで歩くと大人と子供のようにアンバランスだ。

ニキアスやバアル様と較べればひょろりとした手足に見えるが、やはり筋肉がしっかりと浮いて見えるから鍛えてはいるのだろう。

そして歩くのが異様に早い。
遅れない様にと、わたしは小走りになりながら陛下に付いて行くのがやっとだった。

わたしが少し息が切れ始めると、陛下の足がピタリと止まった。

「――遅い」
「…も、申し訳ありません」

自室までもうしばらく歩く距離の筈だけど、足並みが遅れたら何か罰が下るんじゃないかと想像すると怖い。

「もう少し早く歩きます。申し訳…ありません」

息がかなり切れているのを陛下に悟られないように何とか伝えると、いきなり陛下の大きな骨ばった手で顎を掴まれ、ぐいと強引に上に向かされた。

「これぐらいで息が上がるのか。レダの預言者は運動不足か?」
「は?……」
「それとも余が早いのか?」

「いえ…申し訳、ありません。わたくしめの運動不足でございます」

(何なの、この会話…?)
今後のわたしとニキアスに関わってくると考えると陛下の態度や、その言葉一つ一つに慎重にならざるを得ないのだけれど。

顎を掴まれたままのわたしは、上から降ってくる陛下の視線と目を合わせない様に瞼を伏せた。

その間も、今後の自分の立ち回りを頭をフル活用して一生懸命に考える。

けれど次の瞬間、陛下の言葉と声音にわたしは雷に打たれたような衝撃を受けて、ビクっと身体を揺らしてしまった。

「…マヤ、愛している」

その声音は一瞬、恋人と聞き間違える程、酷似していた。
怯える事も忘れて思わずわたしは目を開けてしっかりと、陛下を仰ぎ見てしまった。

「…そんなに驚くほどニキアスに似ていたか?」

ガウディ陛下は揶揄する様に、ほんの少し口角を上げた薄笑いを浮かべていた。
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