嘘つき預言者は敵国の黒仮面将軍に執着される

花月

文字の大きさ
110 / 138
第2章.『vice versa』アウロニア帝国編

23 動けないマンティス ③

しおりを挟む
*mantis (マンティス) mantide

男性名 ギリシャ語 カマキリ(一説によればバッタ、イナゴ)
前足が祈っている様に見える事から預言者を表す虫ともいわれている。

 ******

陛下はわたしを興味深そうに、まじまじと見つめた。

「…面白いな。お前の言葉から怒りを感じる。神はお前自身の加護をする尊い存在ぞ?その神に対してお前は憤りを感じるのか?」

はっと気づけば、わたしは自分が息を切らしながら陛下に向かって訴えていたのだった。

(いけない…わたしはレダ神様の預言者なのに)
こんな神を否定する様な事を云ってはいけないのに。

我に返って廊下のわたし達の後ろを歩いていた集団へと、振り向いた。

陛下とわたしとは大分離れた所で、リラを始め御付きの者皆が屈強な衛兵に止められた状態で、こちらを不安そうに見つめている。

「い…いえ、あの…申し訳…」
「憤りを覚えるか?」
「陛下…」

「――マヤ王女、お前にとって神とは何だ?」

ガウディ皇帝の底の見えない程の真っ黒い瞳に捉えられて、わたしはどうしても目が離せなくなった。
まるで底なし沼にはまって動けなくなったようだ。

わたしは知らず知らずの内に顔を横に振っていた。

「いえ、いいえ…陛下、あの…」

ふと遠くでゴロゴロという雷鳴が聞こえているのに気が付いた。

次の瞬間、くらりと視界が揺れる軽い眩暈に襲われる。

(これ、まさか…)
以前、テントでニキアスといる時に遠雷が聞こえ始めた時にとても良く似ているのだ。

(『神の怒り』?)

すると肩に温かいなにかの感触がして、見れば、陛下の両手がわたしの両肩にそっと置かれている。

関節のしっかりした長い指の大きな手で、痛くはないが、逃げられない程度にはしっかりと掴まれている。

(不思議…手は温かいのね)

妙な思い込みだけど、何故だか陛下の手が冷たく湿っているイメージがあったわたしは、陛下の手が予想外に温かい事に驚いていた。

陛下がしっかりとわたしを見つめたまま話し始めた。

「言ってしまえ。レダの預言者よ。お前は今…何を感じている?」
「…あの、陛下?…」

「お前の存在は、一体何だったと言った?」
それはぞっとする程、優しい声音だった。

「お前は実際の力を何も持たない弱い存在だったな」

冷たい風が吹き込み、わたしは思わず石窓の方に顔を向けた。
それと共に割れる様な雷鳴の音が急速に近づいているのだ。

「預言者として能力がありながら、国民に信じてもらえず無力感に打ちひしがれ――」

こんな激しくなる雷鳴の中で、陛下のザラついているのにねっとりと低い声だけは、妙にハッキリとわたしの耳に聞こえてくる。

「…どうやっても変えられない運命の言葉を『何故無駄だと知りつつも皆に伝えなければならないのか』と、虚しさは感じなかったか?」

いきなりドーン!ドーン!と幾つもの落雷の音が建物の回りで聞こえ始め、ビリビリとした振動が建物に伝わってきた。

屈強な衛兵らも、急激な天候の変化と激しい落雷の音と振動にお互いの顔を見合わせている。

「疑問を持たなかったか?何故この様な能力を持って生まれたのか――その生を受けた意味を」

いつの間にか陛下の低く囁く声は、わたしの顔の横で聞こえている。

「…余に教えろ、マヤ王女」

遅効性の毒の様にじわりじわりと陛下の言葉がわたしの中に滲み込んで来る。

「へ…陛下…わたくし…」
「レダ神を敬うべき預言者の立場でありながら――お前は神とその運命を呪ったか?」

その時稲光が雷の音と同時に廊下の石窓越しに差し込んで、陛下の顔をくっきりと照らし出した。

その光景に、思わずわたしははっと息を呑んだ。
「…気に入ったぞ」

(陛下が嗤っている)
「お前の無力感と神への憤り。余はすべてが気に入った」

この状況の中、ガウディ皇帝は黒目がちの瞳を細い月の様に細めて、微笑んでいた。

 ******

「ガウディ…見て、ほらマンティスよ。拝んでいるみたいね」

「何のことですか?母上」

「カマキリよ、すごく大きいわ!…そこにいるでしょ?」

ふわふわと微笑む母はあっと少女の様な声を上げると
「ねえ、蝶よ。綺麗…」
と呟いてから、ふらふらと歩いて大公邸の庭の奥へと入っていく。

アウロニア王国の王弟殿下は、身分が高く権力のある元老院の大貴族の一人娘の母を娶ることで確固たる後ろ盾を手に入れた。

生まれ付きこの様な母でも、ゆるがない権力と金を手に入れる為に父は受け入れた。

男児が生まれるまで待たずに、愛人を何人か作って邸宅には戻らず、酒と女遊びを繰り返した父親である。

時に暴力沙汰や金のトラブルを起こし、常に女を侍らそうとする――王家にはふさわしくない、だらしのない男であったと幼心にも直ぐ理解が出来た。

けれど、この屋敷で穏やかに暮らす自分と母に影響を及ぼさなければ、何も関係が無かったのだ。
――あの時までは。

「マンティス…?」

美しく手入れされた庭をふと見ると、草群に一際艶々とした緑色のカマキリがいて、ちょうど大きな強靭な前足で小さなバッタを捕まえたのだろう。

頭からむしゃむしゃと食べていた。
このカマキリは出会う昆虫をこうやって捕まえては食べるのだろう。

小さな頭をしきりに動かしながらバッタを平らげていく様はとても興味深かった。
喰われながらも、バッタの前足は痙攣する様に動いている。

おかしな事だが生まれて初めて、妙な高揚感――興奮を感じていた。
生まれからほとんど感情が動かされた事が無いから、珍しい事ではある。

ただ魅入られたようにそこにとどまり、艶々した大きな緑色のカマキリが獲物を喰らう様子をじっと見つめていた。

(不思議な虫だ…決して美しい…とは言えないが)
目が離せなかった。

太い前足を摺り合わせている姿は、何かに向かって請うている様にも祈っているようにも見える。

そうしてそれは、幼いガウディのお気に入りの虫になったのだ
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...