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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編
38 消える太陽 ②
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*日蝕の周期計算はサロス周期を参考にしています。
*****
「ニキアス様…」
いつの間にか高く積まれた書類の上から、ユリウスの顔がひょっこりと覗いている。
ニキアスは視線を目の前の書類から副官の少年へと移した。
「どうした?ユリウス」
いつものユリウスには珍しく、少しもじもじとしながら立っている。
「あの…ニキアス様。今度の元老院には出席されますか?」
「…? 何故そんな事を訊くんだ?」
ユリウスは少し下を向いていたが、意を決した様に口を開いた。
「次回の元老院会議でレダの預言者の神託の話が出る筈なんです。
父には外部に漏らすなと言われましたが、いつもニキアス様は出席なさらないので…」
ニキアスは暫く無言でユリウスを見つめていたが
「……ありがとう。ユリウス 助かる」
と言ってまた直ぐに机の上の山積みにされた羊皮紙へと目を落とした。
次回の元老院は5日後に開催される予定だった。
(しかし、レダの預言か…)
ニキアスは皇宮に連れて行く前のマヤの言葉を思い出していた。
『神託よ ニキアス…それだけ』
ニキアスを優しく抱きしめたマヤの白い腕と指先を思い出す。
自分を安心させる様に背中を撫でてくれた彼女だが、あの時に既に何か見えていたのかもしれない。
普段元老院に出席しないニキアスにとって、マヤが皇宮付きの預言者になり今回の神託を上申した旨も、すべてユリウスを初めとした他人からの情報だった。
(マヤとのやり取りや、伝達手段が少しでも許可されていれば良かったのだが…)
敗戦国の王女の立場から、アウロニア帝国の預言者になる事を決めたとは云え、マヤ自身もここまで身柄を厳重に秘匿されるとは思っていなかったに違いない。
そしてニキアスも、ガウディと関わるのをなるべく避けていた為に、皇宮の方針や内情を今までほとんど知らずにいたのが裏目に出ている。
自分の知る預言者『ドゥーガ神』のバアルは特に制限なく帝国内の各地を放浪している事から、ここまで行動を制限されるとも考えていなかった。
皇宮付きの預言者達が神託内容の漏洩防止を目的に、ほぼ皇宮内に隔離状態にされる事をニキアスはマヤが皇宮へ行ってから初めて知ったのだ。
(…いままで俺自身が逃げてきたツケがここに来て出ている)
いうのも分かっていた。
ニキアスは五日後の元老院に出席する旨を伝える様に、秘書官に伝えた。
「わ…分かりました。お伝えしておきます」
いつも『欠席する』と伝えているために、連絡を頼んだ秘書官の顔が少し面食らっている様だ。
ドロレス執政官がうるさく嫌味を言いまくる未来は見えているが、
(ことマヤに関する事だ)
と思えば躊躇している暇は無い。
仕事中だというのにマヤの柔らかな蜂蜜色の金髪と碧い瞳を姿を思い出すと
「…会いたい…」
「何ですか? ニキアス将軍」
思わずため息と共に呟いた言葉を、隣に立つ書記官が訊き直した。
「いや…何でもない」
ニキアスは首を振って答えた。
***************
「急とはいえ、わざわざ時間を作って頂いて申し訳ない…レダの預言者殿」
わたしの目の前に座っているのは、緑色のトーガをきっちりと纏った第三委員会のクイントス=ドルシラと、いつにましてもトーガが乱れ、くるくる髪が爆発した様になっている数理天文学者のアポロニウスだった。
「いえ…そんな事…」
目の前にいる二人へとわたしは軽く頭を下げた。
私室と繋がった所謂事務所的な部屋のベンチに、二人は並んで座っている。
わたしは真向いに座った状態で二人の話を聞くという塩梅だった。
今朝いきなり第三委員会から連絡が来てわたしと面会したいという希望があったらしい。
明日『皆既日食の預言』について再び元老院が開かれる予定で、わたしの言っていた内容の結果について話したいとの事だった。
(皆既日食の日が判定できたのかしら…)
二人は応接間にたくさんの資料を持って入って来た。
一瞬『嘘つき』と言われたりするのでは…と不安に思っていたけれど、クイントス=ドルシラは拍子抜けするくらい丁寧な対応だったし、数理天文学者のアポロニウスに至っては、何処か嬉しそうな様子だ。
目の前の大理石のテーブルには大きな羊皮紙が何枚か重ねられ、そこには大きく天体の図が記されている。
アポロニウスはくるっと丸まりそうな羊皮紙の端を両手で押さえて、わたしにうきうきと説明を始めた。
「実はですね。以前から関連資料はあったのです!」
羊皮紙には地球を中心に各惑星が回っている図が精巧に記されており、隣に惑星の名前と難しい計算式も書き込んであった。
「『太陽が消える』という現象についての日時の特定ですが、以前からあった天体の情報と動きの把握で、すでに計算は出来るようになっています」
そこでアポロニウスは少し躊躇っていたがわたしの顔を見てはっきりと言った。
「…えーと、実は先日王女の国から運ばれてきた資料ともすり合わせています」
「…分かりました」
わたしは深く頷いた。
「日蝕のパターンを調べると223朔望月を基本周期とする式ができます。
これは天体の観測に優れていた彼の国で観測されていたものも参考に、急遽作ったものですが…見て下さい」
と、アポロニウスはびっちりと書き込まれた表をわたしに見せてくれた。
アポロニウスは、そこに『38日の日付と223の朔望月が書かれています』と言っていたが、わたしには全くのチンプンカンプンだ。
「…あとやはり文献を紐解けば、過去に何度かこの地でも太陽が一部欠けたりする現象はあった様です。計算をすれば18年と11日毎に起こっています」
「まあ…」
(やっぱり…)
予想通り以前から観測はされていたのだ。
「ただその日の天気で見えなかったり、太陽の欠けの状態を確認しにくかったり、戦争や文献の破壊もあったりで、十八年前以前にもあった事を知るのは元老院の中でも極一部の人でしょう」
(そんなに昔じゃない)
と思ったが、そもそも平均寿命が短く長生きと言われる人でも生きて五十代から六十代の時代背景だ。
出生人口の数パーセントだけが長生きをする中、更に選ばれたアウロニア帝国人でかつ元老院という機関に入るとなるとなれば、人数も減る。
言い方に御幣はあるが、元老院の彼らは選ばれた一握りの人々だ。
おまけに日蝕自体、凶兆と言われる現象である。
流行り病や戦争、飢餓がその地を荒らせば簡単に沢山の人々が死ぬ状況では
(人々の口にはなかなか上らないのかもしれないわね…)
わたしが羊皮紙の惑星図を見ながらぼうっと考えていると
「今回の皆既日食を計算すると、実は三か月後の今日になります」
とアポロニウが話を閉めた。
(三か月後…直前でなくて良かったけれど)
「…素晴らしいですわ。これではっきり分かりましたわね。大変な作業ご苦労様でした」
わたしがアポロ二ウスへにっこり笑い掛けると、彼は照れたように髪をガシガシとかいた。
くるくるの髪が更に爆発していく様が見える。
「…それで話が変わりますが」
それまでわたしとアポロニウスの二人のやり取りを黙って聞いていたクイントス=ドルシラはここで口を開いた。
「後にメサダ神の神殿に神託が降りているか確認し正確な日時の確定としますので、是非レダ神の預言者殿にも特別に出席して頂きたい」
*****
「ニキアス様…」
いつの間にか高く積まれた書類の上から、ユリウスの顔がひょっこりと覗いている。
ニキアスは視線を目の前の書類から副官の少年へと移した。
「どうした?ユリウス」
いつものユリウスには珍しく、少しもじもじとしながら立っている。
「あの…ニキアス様。今度の元老院には出席されますか?」
「…? 何故そんな事を訊くんだ?」
ユリウスは少し下を向いていたが、意を決した様に口を開いた。
「次回の元老院会議でレダの預言者の神託の話が出る筈なんです。
父には外部に漏らすなと言われましたが、いつもニキアス様は出席なさらないので…」
ニキアスは暫く無言でユリウスを見つめていたが
「……ありがとう。ユリウス 助かる」
と言ってまた直ぐに机の上の山積みにされた羊皮紙へと目を落とした。
次回の元老院は5日後に開催される予定だった。
(しかし、レダの預言か…)
ニキアスは皇宮に連れて行く前のマヤの言葉を思い出していた。
『神託よ ニキアス…それだけ』
ニキアスを優しく抱きしめたマヤの白い腕と指先を思い出す。
自分を安心させる様に背中を撫でてくれた彼女だが、あの時に既に何か見えていたのかもしれない。
普段元老院に出席しないニキアスにとって、マヤが皇宮付きの預言者になり今回の神託を上申した旨も、すべてユリウスを初めとした他人からの情報だった。
(マヤとのやり取りや、伝達手段が少しでも許可されていれば良かったのだが…)
敗戦国の王女の立場から、アウロニア帝国の預言者になる事を決めたとは云え、マヤ自身もここまで身柄を厳重に秘匿されるとは思っていなかったに違いない。
そしてニキアスも、ガウディと関わるのをなるべく避けていた為に、皇宮の方針や内情を今までほとんど知らずにいたのが裏目に出ている。
自分の知る預言者『ドゥーガ神』のバアルは特に制限なく帝国内の各地を放浪している事から、ここまで行動を制限されるとも考えていなかった。
皇宮付きの預言者達が神託内容の漏洩防止を目的に、ほぼ皇宮内に隔離状態にされる事をニキアスはマヤが皇宮へ行ってから初めて知ったのだ。
(…いままで俺自身が逃げてきたツケがここに来て出ている)
いうのも分かっていた。
ニキアスは五日後の元老院に出席する旨を伝える様に、秘書官に伝えた。
「わ…分かりました。お伝えしておきます」
いつも『欠席する』と伝えているために、連絡を頼んだ秘書官の顔が少し面食らっている様だ。
ドロレス執政官がうるさく嫌味を言いまくる未来は見えているが、
(ことマヤに関する事だ)
と思えば躊躇している暇は無い。
仕事中だというのにマヤの柔らかな蜂蜜色の金髪と碧い瞳を姿を思い出すと
「…会いたい…」
「何ですか? ニキアス将軍」
思わずため息と共に呟いた言葉を、隣に立つ書記官が訊き直した。
「いや…何でもない」
ニキアスは首を振って答えた。
***************
「急とはいえ、わざわざ時間を作って頂いて申し訳ない…レダの預言者殿」
わたしの目の前に座っているのは、緑色のトーガをきっちりと纏った第三委員会のクイントス=ドルシラと、いつにましてもトーガが乱れ、くるくる髪が爆発した様になっている数理天文学者のアポロニウスだった。
「いえ…そんな事…」
目の前にいる二人へとわたしは軽く頭を下げた。
私室と繋がった所謂事務所的な部屋のベンチに、二人は並んで座っている。
わたしは真向いに座った状態で二人の話を聞くという塩梅だった。
今朝いきなり第三委員会から連絡が来てわたしと面会したいという希望があったらしい。
明日『皆既日食の預言』について再び元老院が開かれる予定で、わたしの言っていた内容の結果について話したいとの事だった。
(皆既日食の日が判定できたのかしら…)
二人は応接間にたくさんの資料を持って入って来た。
一瞬『嘘つき』と言われたりするのでは…と不安に思っていたけれど、クイントス=ドルシラは拍子抜けするくらい丁寧な対応だったし、数理天文学者のアポロニウスに至っては、何処か嬉しそうな様子だ。
目の前の大理石のテーブルには大きな羊皮紙が何枚か重ねられ、そこには大きく天体の図が記されている。
アポロニウスはくるっと丸まりそうな羊皮紙の端を両手で押さえて、わたしにうきうきと説明を始めた。
「実はですね。以前から関連資料はあったのです!」
羊皮紙には地球を中心に各惑星が回っている図が精巧に記されており、隣に惑星の名前と難しい計算式も書き込んであった。
「『太陽が消える』という現象についての日時の特定ですが、以前からあった天体の情報と動きの把握で、すでに計算は出来るようになっています」
そこでアポロニウスは少し躊躇っていたがわたしの顔を見てはっきりと言った。
「…えーと、実は先日王女の国から運ばれてきた資料ともすり合わせています」
「…分かりました」
わたしは深く頷いた。
「日蝕のパターンを調べると223朔望月を基本周期とする式ができます。
これは天体の観測に優れていた彼の国で観測されていたものも参考に、急遽作ったものですが…見て下さい」
と、アポロニウスはびっちりと書き込まれた表をわたしに見せてくれた。
アポロニウスは、そこに『38日の日付と223の朔望月が書かれています』と言っていたが、わたしには全くのチンプンカンプンだ。
「…あとやはり文献を紐解けば、過去に何度かこの地でも太陽が一部欠けたりする現象はあった様です。計算をすれば18年と11日毎に起こっています」
「まあ…」
(やっぱり…)
予想通り以前から観測はされていたのだ。
「ただその日の天気で見えなかったり、太陽の欠けの状態を確認しにくかったり、戦争や文献の破壊もあったりで、十八年前以前にもあった事を知るのは元老院の中でも極一部の人でしょう」
(そんなに昔じゃない)
と思ったが、そもそも平均寿命が短く長生きと言われる人でも生きて五十代から六十代の時代背景だ。
出生人口の数パーセントだけが長生きをする中、更に選ばれたアウロニア帝国人でかつ元老院という機関に入るとなるとなれば、人数も減る。
言い方に御幣はあるが、元老院の彼らは選ばれた一握りの人々だ。
おまけに日蝕自体、凶兆と言われる現象である。
流行り病や戦争、飢餓がその地を荒らせば簡単に沢山の人々が死ぬ状況では
(人々の口にはなかなか上らないのかもしれないわね…)
わたしが羊皮紙の惑星図を見ながらぼうっと考えていると
「今回の皆既日食を計算すると、実は三か月後の今日になります」
とアポロニウが話を閉めた。
(三か月後…直前でなくて良かったけれど)
「…素晴らしいですわ。これではっきり分かりましたわね。大変な作業ご苦労様でした」
わたしがアポロ二ウスへにっこり笑い掛けると、彼は照れたように髪をガシガシとかいた。
くるくるの髪が更に爆発していく様が見える。
「…それで話が変わりますが」
それまでわたしとアポロニウスの二人のやり取りを黙って聞いていたクイントス=ドルシラはここで口を開いた。
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