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第2章.『vice versa』アウロニア帝国編
46 レダ神の預言者との面会 ①
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「どうぞお入りください」
若い女性の声がすると同時に、レダの預言者の面会の控え部屋の扉が開いた。
開けると同時に室内から甘い香りが漂ってくる。
マヤ王女付きの侍女リラが扉の近くで立ニキアス一行を待っていた。
控えの部屋は、あの懐かしい花が生けられたり床に散りばめられて甘い香りで満たされていた。
否が応でもあのマヤの八歳の誕生日の夜が思い出された。
(…やはりマヤの部屋からだったか)
その時、アポロニウスが床を見て呟くのをニキアスは聞いた。
「これはガルデニアの花の香りだ」
思わずアポロニウスへニキアスは尋ねた。
「…ガルデニアと言うのか?」
ニキアスの質問に一瞬アポロニウスは眉を寄せたが、ふっと顔を反らせ
「…そうですよ。香料としては採るのが難しいので、これは生花の筈です」
「成程。君は良く知っているのだな」
感心した様に云うニキアスに対し、アポロニウスはふんと鼻を鳴らした。
「常識ですよ、こんなのはね。戦争ばかりされている方は、やはり俗世の知識が多分に疎かになるのですね」
とアポロニウスはニキアスを見据えて煽った。
これには流石のニキアスも、カチンときてしまった。
天文学者としてとても優秀な男であっても、何故こんな二十歳前後のヒョロヒョロした若造に面と向かって、ここまで馬鹿にされなければいけないのか。
マヤに会う為の控室だとは言え、ニキアスは小声で
「おい、少しばかり言い過ぎではないか?」
と湧き上がる怒りを押し殺し、アポロニウスへと向き直った。
「ニキアス様…」
側に立つリラはおろおろとニキアスとアポロニウスの顔を交互に見た。
「アポロニウス様、どうぞお控えください。ここは…」
そのリラの言葉を遮る様に、アポロニウスは耳を真っ赤にしてニキアスへと言い返した。
「常識知らずだからそう言わせて頂いたまでです。それがお分かりになっていないから、元老院で今回の案をご自分の手柄の様に仰ったのでしょう?」
「な……」
(何を言っているんだ)
とニキアスが言いかけたところで、レダ神の預言者の部屋の扉がバタンと開いた。
「こんな場所で喧嘩は止めてください」
レダ神の預言者――マヤ王女の柔らかい声がした。
預言者の部屋からマヤが自ら現れたのだ。
今日のマヤはとりわけ美しかった。
少し光沢のあるクリーム色のチュニックとトーガで衣服は統一しており、蜂蜜色の金髪にはあの花――ガルデニアの花を編み込んでいる。
ニキアスを見つめる海の様に碧い瞳は、きらきらと輝いていた。
前スリットから覗く足は白く、その爪は桜貝のように染められている。
肩の出た方に蜂蜜色の髪を垂らし(先日見た時はマントを着ていたので分からなかったが)以前較べ胸や腰が少し豊かに女性らしくなった様だ。
豊潤の女神――真にレダ神の様だ。
ニキアスがその姿に目を奪われているとマヤ王女は紅を塗ってぷっくりとした唇を開いた。
そしてニキアスとアポロニウスへ向かってきっぱりと言った。
「これ以上ここで言い争いを続けるおつもりでしたら、このままお二方とも帰っていただきますわ」
********
わたしの耳に、お客様が控えの間に入ってくる音が聞こえた。
アポロニウスともう一人――声は低く小さくて聞き取りにくかったが、二人が控えの間に来られたらしい。
扉をノックされたらいつでもお迎えする準備をしていたのだが、そのままお客様は控えの間で何か話をし続けている様だった。
(あら?…何故?)
と思いつつも待っていたが、何だか様子が変だ。
わたしはそっと扉に耳を付けて様子を伺った。
控室にいる人の声がいきなり大きくなり聞こえやすくなる。
と同時に、いきなりヒートアップして張り上げたアポロニウスの声が聞こえてきた。
「常識知らずだからそう言わせて頂いたまでです!……」
(ええ…まさか喧嘩してるの?)
ちょっとここで言い争いをするのは止めてほしいわ。
わたしは慌てて自分の部屋の扉を開けた。
「――こんな場所で喧嘩は止めてください」
言ってから、わたしは口論する二人を見て思わず目を見張ってしまった。
ニキアスとアポロニウスが立っている。
(今日のお客様って――ニキアスだったのね…)
わたしはリラの余念の無い準備にやっと合点が行った。
ニキアスは艶のある黒髪を一つにまとめ、象牙色の肌の逞しい身体には白と真紅のトーガを纏っていた。
先日より更に、左目の痣は薄くなっている様だ。
濃い睫毛の下のグレーの瞳がわたしを見ると、色気のある形の唇が『マヤ』と声無く呟くのが見えた。
反対にアポロニウスに視線を移すと、相変わらずクルクル髪の天文学者は今日も緑色のトーガを身に纏っている。
いつも違うのはその顔に珍しく怒りの表情を浮かべている事だ。
ここ最近の付き合いで、彼が簡単に怒る様な人では無い事は分っていたので、わたしは驚いてしまった。
(一体何があったのかしら)
と思いつつも
「これ以上言い争いを続けるおつもりでしたらお二方とも帰っていただきますわ」
ニキアスとアポロニウスの二人にしっかりと釘を刺した。
それからアポロニウスへと向き直って
「これから話し合いだけど…大丈夫? アポロニウス」
と尋ねた。
彼は少し顔を赤らめてわたしから視線を外すと小さな声で
「大丈夫です。すみません、マヤ様。場所もわきまえず…」
「いいのよ。落ち着いて話をしましょうね」
アポロニウスへ諭す様に伝えると、わたしの言葉が恥ずかしかったのか、彼は耳を赤くして
「…はい」
と言って俯いてしまった。
ふと強い視線を感じて横を向くと、今度は明らかに不機嫌な表情のニキアスが腕組みをしたままこっちをじっと見つめている。
ニキアスは何か言いかけたけれど、そのままため息をついて首を振った。
そして
「――騒がしくして申し訳ない」
とだけ言った。
(本当に…一体何があったの?)
わたしは困惑しつつも頷いて
「…いいえ。ではリラ、お二人をお部屋にお通ししてちょうだい」
とその場で困った顔をして立っている侍女へと命じたのだった。
若い女性の声がすると同時に、レダの預言者の面会の控え部屋の扉が開いた。
開けると同時に室内から甘い香りが漂ってくる。
マヤ王女付きの侍女リラが扉の近くで立ニキアス一行を待っていた。
控えの部屋は、あの懐かしい花が生けられたり床に散りばめられて甘い香りで満たされていた。
否が応でもあのマヤの八歳の誕生日の夜が思い出された。
(…やはりマヤの部屋からだったか)
その時、アポロニウスが床を見て呟くのをニキアスは聞いた。
「これはガルデニアの花の香りだ」
思わずアポロニウスへニキアスは尋ねた。
「…ガルデニアと言うのか?」
ニキアスの質問に一瞬アポロニウスは眉を寄せたが、ふっと顔を反らせ
「…そうですよ。香料としては採るのが難しいので、これは生花の筈です」
「成程。君は良く知っているのだな」
感心した様に云うニキアスに対し、アポロニウスはふんと鼻を鳴らした。
「常識ですよ、こんなのはね。戦争ばかりされている方は、やはり俗世の知識が多分に疎かになるのですね」
とアポロニウスはニキアスを見据えて煽った。
これには流石のニキアスも、カチンときてしまった。
天文学者としてとても優秀な男であっても、何故こんな二十歳前後のヒョロヒョロした若造に面と向かって、ここまで馬鹿にされなければいけないのか。
マヤに会う為の控室だとは言え、ニキアスは小声で
「おい、少しばかり言い過ぎではないか?」
と湧き上がる怒りを押し殺し、アポロニウスへと向き直った。
「ニキアス様…」
側に立つリラはおろおろとニキアスとアポロニウスの顔を交互に見た。
「アポロニウス様、どうぞお控えください。ここは…」
そのリラの言葉を遮る様に、アポロニウスは耳を真っ赤にしてニキアスへと言い返した。
「常識知らずだからそう言わせて頂いたまでです。それがお分かりになっていないから、元老院で今回の案をご自分の手柄の様に仰ったのでしょう?」
「な……」
(何を言っているんだ)
とニキアスが言いかけたところで、レダ神の預言者の部屋の扉がバタンと開いた。
「こんな場所で喧嘩は止めてください」
レダ神の預言者――マヤ王女の柔らかい声がした。
預言者の部屋からマヤが自ら現れたのだ。
今日のマヤはとりわけ美しかった。
少し光沢のあるクリーム色のチュニックとトーガで衣服は統一しており、蜂蜜色の金髪にはあの花――ガルデニアの花を編み込んでいる。
ニキアスを見つめる海の様に碧い瞳は、きらきらと輝いていた。
前スリットから覗く足は白く、その爪は桜貝のように染められている。
肩の出た方に蜂蜜色の髪を垂らし(先日見た時はマントを着ていたので分からなかったが)以前較べ胸や腰が少し豊かに女性らしくなった様だ。
豊潤の女神――真にレダ神の様だ。
ニキアスがその姿に目を奪われているとマヤ王女は紅を塗ってぷっくりとした唇を開いた。
そしてニキアスとアポロニウスへ向かってきっぱりと言った。
「これ以上ここで言い争いを続けるおつもりでしたら、このままお二方とも帰っていただきますわ」
********
わたしの耳に、お客様が控えの間に入ってくる音が聞こえた。
アポロニウスともう一人――声は低く小さくて聞き取りにくかったが、二人が控えの間に来られたらしい。
扉をノックされたらいつでもお迎えする準備をしていたのだが、そのままお客様は控えの間で何か話をし続けている様だった。
(あら?…何故?)
と思いつつも待っていたが、何だか様子が変だ。
わたしはそっと扉に耳を付けて様子を伺った。
控室にいる人の声がいきなり大きくなり聞こえやすくなる。
と同時に、いきなりヒートアップして張り上げたアポロニウスの声が聞こえてきた。
「常識知らずだからそう言わせて頂いたまでです!……」
(ええ…まさか喧嘩してるの?)
ちょっとここで言い争いをするのは止めてほしいわ。
わたしは慌てて自分の部屋の扉を開けた。
「――こんな場所で喧嘩は止めてください」
言ってから、わたしは口論する二人を見て思わず目を見張ってしまった。
ニキアスとアポロニウスが立っている。
(今日のお客様って――ニキアスだったのね…)
わたしはリラの余念の無い準備にやっと合点が行った。
ニキアスは艶のある黒髪を一つにまとめ、象牙色の肌の逞しい身体には白と真紅のトーガを纏っていた。
先日より更に、左目の痣は薄くなっている様だ。
濃い睫毛の下のグレーの瞳がわたしを見ると、色気のある形の唇が『マヤ』と声無く呟くのが見えた。
反対にアポロニウスに視線を移すと、相変わらずクルクル髪の天文学者は今日も緑色のトーガを身に纏っている。
いつも違うのはその顔に珍しく怒りの表情を浮かべている事だ。
ここ最近の付き合いで、彼が簡単に怒る様な人では無い事は分っていたので、わたしは驚いてしまった。
(一体何があったのかしら)
と思いつつも
「これ以上言い争いを続けるおつもりでしたらお二方とも帰っていただきますわ」
ニキアスとアポロニウスの二人にしっかりと釘を刺した。
それからアポロニウスへと向き直って
「これから話し合いだけど…大丈夫? アポロニウス」
と尋ねた。
彼は少し顔を赤らめてわたしから視線を外すと小さな声で
「大丈夫です。すみません、マヤ様。場所もわきまえず…」
「いいのよ。落ち着いて話をしましょうね」
アポロニウスへ諭す様に伝えると、わたしの言葉が恥ずかしかったのか、彼は耳を赤くして
「…はい」
と言って俯いてしまった。
ふと強い視線を感じて横を向くと、今度は明らかに不機嫌な表情のニキアスが腕組みをしたままこっちをじっと見つめている。
ニキアスは何か言いかけたけれど、そのままため息をついて首を振った。
そして
「――騒がしくして申し訳ない」
とだけ言った。
(本当に…一体何があったの?)
わたしは困惑しつつも頷いて
「…いいえ。ではリラ、お二人をお部屋にお通ししてちょうだい」
とその場で困った顔をして立っている侍女へと命じたのだった。
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